Bill Frisell

  アメリカのギタリスト「Bill Frisell」。 空間系ギタリストとして適所である ECM からデビューの後、NY/KNF シーンとのコラボレーションを経て、アメリカン・ルーツ・ミュージックのモダンな解釈へと進む気鋭のギタリスト。 初期は、かなりプログレ。

 In Line
 
Bill Frisell electric & acoustic guitars
Arild Andersen bass

  84 年発表のアルバム「In Line」。 初の ECM リーダー作となる幻想的なギター・アルバム。 アコースティック・ベースが一部で加わるが、主役はオーバー・ダビングされたギターだ。 熱気を孕みながら生まれ出その音が、わずかな間に冷えてゆき、淡く静かな紋様を成しながらやがて消えてゆく。 喜びを不器用に表すうれし泣きのようなギターの表情が独特だ。 ヴァイオリン奏法やアーミングを駆使したエレキギターによる、独特のサスティン、ディレイを活かしたスペイシーなサウンドを基本に、誠実なアルペジオやコード・ワークを交え、ときに、プリペアド・ギターのような奇妙なアクセントを散りばめる。 特殊奏法を用いた大胆な表現もあるが、緩やかな表現が続いてゆくために、インパクトや存在感という点では目立つものはない。 ただし、その一見無機的な音響空間に、カントリー、ジャズといった独特の人間臭さ、親しみやすさが浮かび上がってくる。 余白というか余韻というか、音を取り巻く空間がこれだけ深く、広いにもかかわらず、同系統の作風を得意とするテリエ・リプダルのアヴァンギャルドと比べると、こちらはやや暖かい。 また、薄暗く震え波打つような世界が描かれ、そこには単に「アンビエント」と呼ぶにはあまりにたくさんの「歌」がある。 厳粛で瞑想的、音響主体の作品のようでいて、素朴なたくましさや口ずさめるような楽しさもあるのだ。 核爆発で消し飛んだ地球の軌道に余韻のように漂っているのは、こういう音ではないだろうか。 2 曲目のような、郷愁というにはあまりに普遍的で無垢でいとおしい響きは、なかなか耳にすることはできない。 6 曲目は、ここでは重厚な部類に入る音であり、SIGUR ROS のような薄暮の世界のイメージも。

  「Start」(5:51)
  「Throughout」(6:48)
  「Two Arms」(3:55)
  「Shorts」(3:04)
  「Smile On You」(4:03)
  「The Beach」(6:00)
  「In Line」(4:32)
  「Three」(4:12)
  「Godson Song」(3:57)
  
(ECM 1241 837 019-2)

 Lyle Mays
 
Lyle Mays piano, synthesizer, autoharp
Alejandro N. Acuna drums
Billy Drewes alto & soprano sax
Bill Frisell guitars
Marc Johnson acoustic bass
Nana Vasconcelos percussion

  86 年発表のアルバム「Lyle Mays」。 PAT METHENY GROUP の鍵盤奏者ライル・メイズのソロ作品。 内容は、キーボードが中心の PMG 風コンテンポラリー・ジャズ。 PMG ほどはアーシーでオーガニックな音ではなく、アーバンでメロー、なおかつほんのりブルージーでさらには清潔感もある音である。 パーカッシヴな、アタックのある音はピアノがリードするので、フリゼールはメイズのホイッスル系シンセサイザーおよびサックスとよく似たアタックのない音で控えめな(というかこれがスタイルだが)演奏をしている。 ただし 7 曲目では、歪み系の音でアンバランスなアクセントとして緊張感を演出している。 ギターらしからぬギターの音を求められたときには適材である。 こういう音ばっかりだった世間もナンでしたが、こういう音が全然ない世間は少しさびしいものです。

  「Highland Aire」(7:02)
  「Teiko」(7:21)
  「Slink」(8:17)
  「Mirror Of The Heart」(4:58)
  「Alaskan Suite
    「Northern Lights」(3:17)
    「Invocation」(3:57)
    「Ascent」(6:58)
  「Close To Home」(6:10)
  
(9 47250-2)

 Lookout For Hope
 
Bill Frisell guitars, banjo
Hank Roberts cello, voice
Kermit Driscoll bass
Joey Baron drums

  88 年発表のアルバム「Lookout For Hope」。 THE BILL FRISELL BAND 名義の作品。 内容は、コンテンポラリー・ジャズというよりはアメリカン・フォーク・ミュージックを素材とした、現代的かつプライヴェートなニュアンスもある長閑なギター・ポップスである。 フリゼールは、ナチュラル・トーンののどかなフレーズにヴォリューム・ペダルやアーミング、エフェクトによる独特の空間のゆらぎを重ね合わせて、アヴァンギャルドにして愛すべきトラディショナル・ミュージック風オリジナルを奏でる。 決してカントリー、ハワイアンそのものではなく、フリゼールのセンスで切り取り再構築したものであり、微笑ましくもどこか奇妙にねじれている。 フォーク・ソングにしては、妙にテクニカルであり、同時にどことなく危うい感じがある。 フリゼールのギター・プレイには、いわゆるギターのニュアンスとはやや異なる、管楽器的ななめらかさと浮遊感がある。 スライド・ギターがうまいというよりは、エレキで独特の音にこだわった(デヴィッド・トーンや大御所ホールズワースも同じような道を歩いたような気がする)結果、スライド・ギターを用いるのと同等のサウンドに辿りついた、という感じである。 したがって、ルーツ・ミュージックへの近接もごく自然な流れなのだろう。 どちらかというと、ギターがアンビエントで緩やか、なおかつ遊び心も感じられるのに対して、バッキング連中がかなりソリッドでヘヴィである。 ジョエイ・バロンの生々しく凶暴な、時にリズムを拒否するようなドラムス、ファンシーな広がりをもつロバーツのディストーション・チェロなど、バンドっぽさを主張できる魅力的な音が満載。 セロニアス・モンクのカヴァー「Hackensack」あり。 アヴァンギャルドと思って聴くと、意外にメロディアスであり、音も美しい。 タイトル作である名曲は、97 年のビッグヒット「Gone, Just Like A Train」でも再演された。

  「Lookout For Hope」(6:27)裏パット・メセニー的ジャズロック。

  「Little Brother Bobby」(6:57)ノスタルジックで愛らしいオムニバス風ギター・ポップス。リズムも自由に変化する。

  「Hangdog」(2:24)バンジョーとチェロによるカントリー風変拍子ミニマル・ミュージック。80' CRIMSON のニュアンスもあり。

  「Remedios The Beauty」(6:18)

  「Lonesome」(4:36)アコースティック・ギターを使ったハワイアン風の作品。

  「Melody For Jack」(3:26)アブストラクトなブルーズ。チェロが活かされている。

  「Hackensack」(2:51)

  「Little Bigger」(3:10)

  「The Animal Race」(1:56)

  「Alien Prints (For D. Sharpe) 」(6:26)
  
(ECM 1350 833 495-2)

 Before We Were Born
 
Bill Frisell guitars, banjoArt Lindsay guitars on 1,7,8
Hank Roberts cello, voice on 2-6Kermit Driscoll bass on 2-6
Julius Hemphill alto sax on 2Billy Drewes alto sax on 2
Doug Wieselman baritone sax on 2Cyro Baptista shaker on 7
Joey Baron drums, percussion
Peter Scherer keyboards, drum programming, keyboard bass on 1,7,8

  89 年発表のアルバム「Before We Were Born」。 フリゼールと AMBITIOUS LOVERS の共演にジョン・ゾーンがスパイスを効かせた、得意の「不気味で謎めいた」傑作。 普通のジャズやカントリー、ブルースから、あたかもトレース紙がズレてしまったように、乖離してしまった奇妙な音楽である。 そのままでは居心地が悪いはずなのに、ギターがそれを独特のまろやかさや暖かみで自然なものに思わせる。 ただし、違和感と不安感が消えるかというとすべて消えるわけではない。そういうものを携えたまま飄々と進む。それが、フリゼールの音楽の特徴だ。
   フリゼールの不可思議音響ギターにアート・リンゼイの下手なギター(というかこの人は演奏ができない)が絡まる空間的な演奏や、死にそうなヴォイスなど、リンゼイ/シェーラー(ISLAND のあの方です)組との作品は、醒めているくせに刺激的なコンテンポラリー・ポップ・ミュージックである。 そして、ゾーンのアレンジによる作品では、THE BILL FRISELL BAND が勢ぞろいして、得意のコラージュを絨毯爆撃するパワーチューンをぶち上げる。 これは KING CRIMSON、レコメン、XLSDr.NERVE ファンにも絶対受ける内容。 また、2 曲目、ユーモラスでねじれたジャズ解釈では、デヴィッド・サンボーンやティム・バーンが師事したフリーの巨匠ジュリウス・ヘムフィルも共演。 モダン・ジャズのキャンバスに、NY の景色が風変わりではあるもののみごとなタッチで描かれているような気がする。 とにもかくにも、ミクスチャー感覚という点で図抜けていた作品でした。 プロデュースは、リー・タウンゼント。

  「Before We Were Born」(6:46)ごりごりのドラムスが喚声ギターと轟音ノイズを沸騰させるヘヴィ・チューン。破滅後の世界も描く。

  「Some Song And Dance

    「Freddy's Step」(3:02)ブレイクビーツ、ドラムンベースとスイング・ジャズ。

    「Love Motel」(6:43)スペイシーなバラード。エモーショナルなようでいて無機質。

    「Pip, Squeak」(5:27)なかなか派手な展開を見せるアヴァンギャルド作品。チェロが火付け。レコメン系。

    「Goodbye」(1:37)ムード歌謡風のまとめ。

  「Hard Plains Drifter」(13:18)ガレージ・パンクを軸にしたアヴァンギャルドなコラージュ音楽。躁鬱、自暴自棄と安寧惰眠の落差が激しいです。本アルバムの目玉。

  「The Lone Ranger」(7:30)序盤は歪なワルツ。中盤からはインダストリアルな 8 分の 6 拍子の管弦楽。ギターは終盤現れて転がる枯れ草のように音のまとめをする。全体にピーター・シェーラー氏がアレンジに腕を振るった感じです。

  「Steady, Girl」(2:08)リンゼイの寄る辺なき歌唱。
  
(ELEKTRA 9 60843-2)

 Where In The World
 
Bill Frisell guitars, ukulele
Hank Roberts cello, jazz-a-phone fiddle
Kermit Driscoll bass
Joey Baron drums

  91 年発表のアルバム「Where In The World」。 THE BILL FRISELL BAND 名義の作品。 ルーツ・ミュージックの影響を感じさせるメロディを用いた素朴な味わいの作品から、やや室内楽風の深刻な作品、そして、ギターが金切り声を上げるヘヴィ・チューン(もっともメロディはのどかだったりする)まで、多彩な内容を悪夢を見続けるような調子で貫いた名盤。 独特のギター・サウンド、プレイは ECM 作品のままで、ここにはさらにバンドとしての一体感、グルーヴがある。 ギターはジャズというよりはロック的な気もするが、全体としては、きわめてボーダーレスなイメージの音である。(こういう作風をコンテンポラリー・ジャズと称するのかも知れないが) それでも、いわゆるアヴァンギャルド・ミュージック特有の激烈な主張はなく、静かに佇みながらただあらぬ妄想だけは人一倍抱いているようだ。 短調のバッキングで長調のテーマ、またはその逆といった変則的な和声も多用している。 この内容なら、プログレッシヴ・ロックといって何らはばかるところはないだろう。 全編、鬼才ハンク・ロバーツのチェロのアグレッシヴなプレイとフリゼールのギターのやりとりの呼吸は、みごとの一言に尽きる。 ひねりのある展開の楽曲も楽しい。 KING CRIMSON ファンにはお薦め。
   2 曲目は、後半開始とともに現れる吹っ切れたようなロック・ギターがカッコいい上に、クラシカルなまとまりもある大傑作。 ここでもチェロとのインタープレイがいい。 3 曲目は、牧歌調にして怪しい傑作。クラシカルなアンサンブルと爆裂ギターの組み合わせがカッコいい。タイトルとおりというか、呪術系っぽいところもあり。 9 曲目の KING CRIMSON がカントリーをやっているような演奏は新鮮でした。 10 曲目は、きわめてシリアスなギター・ミュージック。

  「Unsung Heroes」(5:08)平板なテーマを巡ってブルーズらしき奇怪な夢想が繰り広げられる。このギターの音にハマればしめたもの。リズムは 4 ビート。

  「Rob Roy」(6:56)ウクレレ室内楽を経て、アコースティック・ギターがおずおずと提示したテーマを、決意の迸りのようなギターがハッシと受け止める。 このギターはカッコいい。手の込んだ展開もよし。傑作。プログレ。

  「Spell」(6:59)アブストラクトな現代音楽のようでどこか長閑、しかし危うさもある、「らしい」曲調。 4 人のじつに緊迫感あるやり取り。チェロの煽り方、ノイジーなギター、遊爆状態のドラミング、うねりながら地表に現れるベースなど、 KING CRIMSON 直系。 圧迫感に息の詰まる傑作。

  「Child At Heart」(5:57)ブルーズ・フィーリングは強いがメロディアスなジャズの佳曲。フロントはジャズ・ギターでバッキングは得意の空間系という多重録音。3:40 の第二部からはスペイシーなサーフロックに豹変。

  「Beautiful E.」(3:22)チェロの多重録音らしき室内楽。 アコースティック・ギターが寄り添うとクリスマス・ソングのように柔らかな表情が生まれる。慈愛。

  「Again」(6:38)再び赤い悪夢調の薄暗いスローなアンビエント系サイケ・ジャズ。病んでますが、カッコいい。 スペイシーなギターの絶唱。

  「Smilin' Jones」(2:34)アコースティックなアンサンブルによるフォークダンス?エチュード? 田舎の農場の結婚式。

  「Where In The World?」(5:25)アコースティック・ギターとチェロによる、うち沈んでいるのに元気があるという現代人の心理のように矛盾して行き所のない作品。

  「Worry Doll」(4:58)深く薄暗いアンビエンスに賛美歌のようなニュアンスを漂わせる前半、そのテーマをインダストリアルなヘヴィ・サウンドで展開する後半。破断したまま埋まらない溝。

  「Let Me In」(6:02)時を刻むのに鉈を振り下ろすようなドラムス打撃が世界を切り取る。悲鳴を上げる世界。
  
(ELEKTRA MUSICIAN 61181-2)

 After The Requiem
 
Gavin Bryars composition, bass on 2,4Bill Frisell guitars
Alexander Balanescu viola on 1, violin on 2,4Kate Musker viola on 1
Tony Hinnigan cello on 1Roger Heaton bass clarinet on 2, clarinet on 4
Dave Smith tenor horn on 2, piano on 2,4Martin Allen percussion on 2,4
Simon Limbrick percussion on 2,4Evan Parker soprano sax on 3
Stan Sultzman soprano sax on 3Ray Warleigh alto sax on 3
Julian Argüelles baritone sax on 3

  91 年発表のアルバム「After The Requiem」。 四つの大曲から構成されるギャビン・ブライアーズの作品。 フリゼールは 3 曲にギタリストとして参加している。 内容は、弦楽や管楽によるクラシカルなアンサンブルであり、タイトルからの連想にたがわず、厳粛で瞑想的な世界である。 フリゼールは「In Line」を思わせるプレイで管弦楽器とまったく違和感なく融合し、神秘的な曲想にとけ込んでいる。 いわゆるアンビエント・ミュージックではなく、印象派など近代クラシックの延長にある作品である。

  「After The Requeim」(15:38)アタックを消したギターと弦楽三重奏との共演による幻想的で、やや不気味な作品。ヴァイオリンではなくヴィオラが 2 本あるので、エレキギターはヴァイオリンの役を果たしているのだろう。1990 年作。

  「The Old Tower Of Löbenicht」(15:49)序章は、弦に代わって管楽器のドローンが不気味に蠢き、前曲よりもさらに不気味。 ピアノとヴァイオリン、シロホンのアンサンブルが描き出すラベル風の幻想が美しい。ギターはノイズのような音だけ。1987 年作。

  「Alaric I Or II」(15:04)サックス四重奏。 バロック音楽に近く、ほのかにノスタルジックなジャズの響きもある傑作。ギターはなし。1989 年作。

  「Allegrasco」(19:46)重厚なピアノ、つややかな木管らによる揺らぎやすい繊細な世界。意外に愛らしい表現も盛り込まれている。やはり、ラベルやフォーレの作風が連想される。本アルバムでは異色作。 ギターは苦悩を表現するような演奏だ。 1983 年作。
  
(ECM 1424 847 537-2)


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