MONA LISA

  フランスのプログレッシヴ・ロック・グループ「MONA LISA」。 67 年オルレアンにて結成。 73 年ドミニク・ル・ギュネが加入、翌年 ARCANE(CRYPTO)レーベルからアルバム・デビュー。 五枚の作品を残す。 79 年解散。 ANGE に続くフレンチ・ロック・テアトルの代表。 エキセントリックなヴォーカルが強引にリードするドラマチックな展開と、テクニックを超越する思い込みの激しさが特徴。



 L'Escapade
 
Jean-Luc MARTIN bass
Christian GALLAS electric guitar, violin
Francis POULET drums, percussions, vocals
Jean-Paul PIERSON keyboards, guitar, vocals
Gilles SOLVES electric & acoustinc guitar
Dominique LE GUENNEC lead vocals, flutes, sax, percussion

  74 年発表の第一作「L'Escapade」。 素朴なクラシカル・テイストと原色サイケの酩酊感、幻視感を兼ね備え、そこから味わいあるペーソスと狂気を表現するフレンチ・ロック・テアトルの佳作である。 一人芝居風のヴォーカリストは、フルートやサックスも奏で、その歌唱で紅涙を最後の一滴まで絞り取らんと力みかえる。 GENESIS の影響は強いようで、そこここにそれらしい表現が見られる。 ギター、ベース、キーボード(バッキングの主役は大時代なオルガンである)、すべてに 74 年とは思えぬ強烈に古臭い音処理がされているところも、おもしろい。 エコーやファズは、おそらく 60 年代のものである。 音割れもあるようなので、単に製作が行き届かなかったのかもしれない。 もっとも、アンプの生音に近い音でかき鳴らされるギターやオルガンには、昨今のデジタル・サウンドにはない骨太さがあると思う。 ベースがギター並にリフで演奏をリードして目立つところも、ポリフォニックなアンサンブルを構成するためであり、いわゆるシンフォニックなプログレの傾向である。 また、二人のギタリストが、それぞれ、クラシカルでアコースティックな演奏とエレクトリックな演奏を分担しているのも特徴だろう。 全体に、作曲も含めて、苦悩や非現実感や幻想悪夢といった曲想作りのための堅実なシナリオが、きちんと整備されている気がする。 R&B、ブルーズといったスタイルの消化で終わらずに、こういう音を生み出すには、通常は演奏技術とアイデアのタイミングのいい結びつきが必要である。 この作品では、それがいい線まで行っている。(アルバム・デビュー以前のキャリアもかなりのものらしく、したがって、演奏そのものの水準は高い) それにしても、業突張りの実業家であるイアン・アンダーソンが「Aqualung」のジャケットみたいな格好で歌ってもリアリティがないが、こっちは、サウンドやジャケットからなんとなく本当に生活に困っているようなイメージが漂うから大したものである。 こういうのをアングラ臭というのだろうか。 ANGE はもちろん、サイケ・オルガン系、GENESIS のような一人芝居系、VAN DER GRAAF GENERATOR のような妄想弾き語り系が好きな方は、試す価値あり。 MUSEA の CD は盤起こしのようなので、なんとか、いい状態の音源から再ミックス、マスタリングしてほしいものです。(2009 年に日本で再マスタリングしたようです)
   プロデュースは ANGE のギタリスト、ジャン・ミシェル・ブレゾヴァル。 ここのジャケット写真は再発 CD のもの。 曲名や器楽アレンジからして、英国を舞台にした物語のようですが詳細は不明。 ヴォーカルはフランス語。

  「Prelude A L'escapade(脱出の序曲)」(2:10)アコースティック・ギターを主役にフルート、オルガンが支えるバロック調のアンサンブル。 素朴な響きがいい。最後の五度の反復は GENESIS そのもの。 雰囲気たっぷりの優れた導入部です。

  「Le Fantome De Galashiels(ガラシエルスの幽霊)」(6:38) ギター、オルガン、ベースらによるねっとりとした演奏に、童謡のようなフレンチ・ヴォイスの歌唱が重なる、ANGE 風の作品。 サイケデリック・ロック時代風の古めかしい音のギターとキーボードが、苔むした墓からよみがえる幽霊の演出にぴったりの味わいを生む。 ギターのアルペジオとオルガン、フルートによるリリカルなシーンから、ベースとドラムスが吼える爆発的な演奏までドラマチックに進む。 ベースとノイジーなキーボードがのたうち、ヴォーカルが絶叫するブリッジ部が強烈。 冒頭、嵐の中のバグパイプの旋律は Amazing Grace か。

  「Voyage Vers L'infini(無限への航海)」(3:42)短いながら雰囲気、テンポがめまぐるしく変転する音楽的密度の高い力作。 内向的でアコースティックな弾き語り風と爆発力あるへヴィ・ロックが交錯する。 ファズ・ギターの咆哮、力強いアンサンブルの疾走が印象的。 哀願調のヴォーカルが不思議といやみに感じられないのは、嘘のない生活感が漂うからだろうか。 エフェクトで水浸しのエレクトリック・ピアノがすごい。

  「Les Vielles Pierres(手回し琴のピエール)」(8:13)思い出したくても思い出せない記憶をたどるように、短い断章が積み重ねられたオムニバス大作。 イントロのオルゴール(音楽骨董箱である)が奏でる「エリーゼのために」が印象的。 ささやくようなギターの調べ、毛羽立ったエレクトリック・ピアノの響き、切々たる表情のヴォーカリスト。 イタリアン・ロック風の大胆な変転。 わびしきフルートの調べ、オルガンのざわめき、あてもなくとぼとぼと歩くようなアンサンブル。 意味ありげな反復、そしてベースの鼓動が、パワフルな演奏を呼び覚ます。 確実な歩みと手応え、そしてポジティヴな肯定力のある歌唱から、マーチ風の勢いまで得て、ロックな高揚感ある演奏が続く。


  「Le Colporteur(行商人)」(8:12) 馬車に乗った行商人の笛の音が導くイントロダクションから、ぼんやりとした序章を経て、一気にギターのリードするハードロックへと突っ込み、力強い疾走を見せる。 もちろん、決して全編同じ調子では進まず、緩急や硬軟の変化を巧みにつけている。 タイトなアンサンブルにヴォーカルも立ち向かう。 ヴォーカルを支えるのは、レガートなヴァイオリン・ギターとオルガン。 展開部は、本家のブレゾヴァルには及ばないながらも、思い切りの泣きのギター・ソロ、そして歌唱も泣きのバラードへ。 オルガンは大見得から、クラシカルなオスティナート、そしてフルートも加わって、メロディアスなブリッジとなる。 戻ってきたメイン・ヴォーカルを、今度はオルガンの 3 連パターンで守り立てる。 3 連で攻め立てるオルガンとたたみ込むようなドラミング、そして緩急巧みに変化をつけつつ、再びヴァイオリン・ギターによるあまやかな幻想へと吸い込まれてゆく。 「The Knife」的なエネルギーを感じるシンフォニック・ロック作品。

  「Petit Homme De La Terre(地球の小さな人間)」(12:04) デフォルメを効かせた演劇調ヴォーカルを大きくフィーチュアして、シャンソン風の表現をロックに叩き込んだプログレ大作。 オルガンやギターによるシンフォニックな表現もここではヴォーカルに付き従い、その自由闊達な表現を支えている。 エレクトリック・サウンドもパワフルで精緻なアンサンブルも、狂的でミステリアスなイメージを描くための道具として巻き込まれている。 フルートのタンギングやサックスのスタッカートで緊張感をあおるところは、「Watcher Of The Skies」のイメージだろうか。 苦悩と暴発が繰り返された果てに、虚脱したような表情で思いを綴り、かと思えば再びイタリアン・ロック風の熱狂へと自らを投入してゆく。 シャンソン・ハードロックであり、シャウトにもアコーディオンが似合うのだ。 終盤は、牧歌調の穏やかな歌唱をギターのアルペジオとサックスが守り立て、自然なブルーズ・フィーリングも現れる。 そして、再び、ものさびしいフルートの響きと憂鬱なヴォーカルを骨太のアンサンブルが押し立てて突き進み、ギターやサックスがラウドに盛り上がる。 ロックのカッコよさの幅を広げたという点で、自信を持ってプログレというべきアプローチだと思う。 管楽器のフィーチュアなどイタリアの DELIRIUM あたりの大作に通じる、破天荒な内容である。

以下は、アルバム・デビュー以前の 73 年に録音され、未発表となっていたもの。アルバム収録作と遜色ない力作である。
  「Diableries(神秘劇)」(8:49)ボーナス・トラック。冒頭の哄笑が強烈。
  「Les Vielles Pierres」(5:35)ボーナス・トラック。

(ARCANE 87015 / MUSEA FGBG 4032.AR)

 Grimaces
 
Dominique LE GUENNEC lead vocals, flutes, sax, percussion
Jean-Paul PIERSON keyboards, vocals
Christian GALLAS guitar, vocals
Jean-Luc MARTIN bass, vocals
Francis POULET drums, percussions, vocals

  75 年発表の第二作「Grimaces」。 ギタリストが脱退し、五人編成となる。 内容は、大袈裟に芝居がかったヴォーカル表現とシンプルながらも堅実な演奏のバランスがとれた好作品。 サイケデリックな全体演奏のパワーで押し捲った前作と比べると、むやみに音を使うのではなく、適所に必要な音を配置するというスタンスが見えてくる。 ド派手なヴォーカルと対比すると「おとなしい小楽団」といった趣きのアンサンブルに感じられるが、曲の中での場面作りは巧みだ。 つまり、個性的というか癖のあるサウンドやプレイを、より楽曲に反映できるようになってきたということだろう。 ヴォーカリストは歌唱、表情ともに格段と進歩し、ほとんどの曲で強力に前面に出て展開をリードしている。 ハーモニウム風のオルガンなど、レトロな音を交えて、カーニバルや芝居小屋や教会堂のノスタルジックな雰囲気を出すのはあいかわらずうまい。 エフェクトだらけのサイケデリックなサウンドやあからさまな GENESIS 調を払拭して、アレンジに才能を使って曲を活かしていると思う。 最終曲を耳にすると、イメージをうまく音にできるのであれば、特にロックである必要もない、くらいに思っているように感じる。 個人的にイラスト風のジャケットが気に入っている。
   プロデュースは、ジャン・クロード・ポニャン。

  1 曲目「La mauvaise reputation(悪評)」(3:29)演技ヴォーカルが全開の一人芝居ロック。 田舎臭く垢抜けないテーマをつぶやき、呪い、叫ぶ。 伴奏は壊れたラッパのようにコミカルなシンセサイザー、そしてオブリガートはスティーヴ・ハケットに倣ったような粘っこいギター・プレイ。 もっとも、曲調は GENESIS というよりも FRUUPP に近い。 侘しげなエレクトリック・ピアノやトライアングルなど御伽噺風の音が怪しげなヴォーカルにしっかりと付き従って奇天烈な物語を彩る。 めまぐるしい変化を見せる密度の高い、絶妙の「つかみ」である。

  2 曲目「Brume(霧)」(4:59) おどろおどろしいコーラスが貫くバラード調シャンソン。 憂鬱だがしなやかなヴォーカルと重苦しい演奏によるメイン・パート、そしてイタリアン・ロック風のギター・アルペジオが導くサビでは苦悩を叩きつけるように高らかに叫ぶ。 間奏部では、パーカッションも巻き込んだタイトなリズムとともにシンセサイザーとフルートによるメロディアスな演奏が繰り広げられ、ギターがビシっと受け止めてゆく。 この間奏のインストゥルメンタルの充実度合いはなかなかだ。 キメは厳かなコーラス。 ワウ・ギターがまとわりつくメイン・ヴォーカル、古臭いエレクトリック・ピアノの響き、伸びやかに悩ましげに高まるヴォーカル。 ふたたび、タイトなアンサンブルがよろめきつつも走り、「Salmacis」風のシンセサイザーのオスティナートが消えてゆく。 初期のサイケデリック感覚とは一線画す構築性を見せる、器楽の充実した作品だ。

  3 曲目「Conplainte pour un narcisse(ナルシスへの哀歌)」(4:22) アクセントの強い演奏が守り立てるヴォーカルが、チャップリンのように表情豊かにコミカルに歌いまくるヴォードヴィル調のロックンロール作品。 アッパーなヴォーカルを支える伴奏はチープなエレクトリック・ピアノとヤクザなギターだが、展開部ではピアノのリードで走る場末の酒場のジャズ・バンドに変化し、かと思えば、ブレイクを経て、フルートの舞い踊る管弦楽調に切り換わる。 シンセサイザーのハイトーンが突き刺さる。 後半は、エレクトリック・ピアノとギターによるリズミカルな伴奏とともにヴォーカリストが自由自在の快調な歌唱を披露し、リズムの変化とともに老耄の変質者か酔漢のようなモノローグへと落ち込む。 この芸風は、きわめて落語や志村けんに近い。 滑稽味とおぞましさは表裏一体であることを確認できる。 ヴォーカルの気分のままに脈絡をぶっ飛ばして展開する、それでも基本はシャンソン・ロックンロールな怪曲。

  4 曲目「Le jardin des illusions(幻の庭園)」(6:33) ミドル・テンポで堂々と進むハイテンションのシンフォニック・ロック。 しなやかなギター、高音ベースの強調された重量感あるアンサンブルが、オルガンに彩られ、マーチング・ドラムスとともに凱旋軍のように突き進む。 オブリガートのオルガンやギターは粘っこく酸味も利いている。 ヴォーカルもマーチング・スネアやフルートともに勇ましくもコミカルに、胸を張って行進する。 勇壮さと滑稽さとはまさに紙一重。 古びたエンジンが唸りをあげるような演奏のブリッジを経て、後半もヴォーカルと演奏ががちゃがちゃと煽動し合い、烈しい応酬が繰り広げられる。 ブルージーなアドリヴに突っ込むギター、それを取り巻く厳かなクワイア。 へヴィなプログレッシヴ・ロックらしい展開である。 ハーモニウムのようなオルガンとギターによるクラシカルな応酬からエンディングへ。 このグループの作風の中心となってゆく堂々のシアトリカルなシンフォニック・チューンであり、A 面のクライマックスである。

  5 曲目「Accroche-toi et suis-moi」(6:09) オープニング、ヴァイオリン奏法のギターとエレクトリック・ピアノのリフレインが複雑にリズムと絡むところが演奏力の向上を物語る。 ドラムス、ベースの連打は力強いヴォーカルを呼び覚まし、なめらかなシンセサイザーとギターがリードするアンサンブルが動きだす。 このイントロダクションはみごとな語り口であり、独特なもたつき加減も個性と思えば悪くない。 実際、もたつきがそのままクラシカルで垢抜けた感じにつながっている。 のびのびとしたヴォーカル、ミドルテンポの悠然たる展開である。 レガートに歌い上げるギターとキーボードのユニゾンがヴォーカルとともにシンフォニックに高まるも、一転してフルートとピアノによるひそやかなデュオへと変化、そこをぬってけたたましいヴォーカルがはさみこまれる。 イントロと同じ謎めいた演奏とともに、明暗をゆき交う一人芝居風のヴォーカル。 ベースのきっかけとともに粘っこいギターが提示するテーマを聴きながら、思いのたけを募らせてゆくヴォーカル。 反復されるテーマとともにヴォーカルはどんどんエキサイトし、絶叫を繰り返す。 エンディングに向けてばたばたとした、いわばコミカルなフリージャズのような演奏がエネルギッシュに繰り広げられる。 サイレンのような音はキーボードだろうか。 メロディアスなフォークロックがヴォーカルと演奏が一体となって描き出す奇天烈なイメージへと塗りかえられてゆく。 活気はあるが狂気すれすれのような作品である。

  6 曲目「Au pays des grimaces(見せかけの国)」(6:09) ゲイブリエルばりの老人役に挑戦するリード・ヴォーカリスト。 その不気味なモノローグから始まる。 打ち鳴らされる太鼓、オルガンが神妙に響き渡る。 熱に浮かされたような演奏だ。 一転、活発なリズムの演奏に切りかわり、ヴォーカルもエネルギッシュに、弾けるように百面相を見せる。 ギターのオブリガートが強烈だ。 着実なビート、そして、正気を取り戻したヴォーカルがギターの伴奏で切々と語りはじめる。 テンポアップとともに、ヴォーカルの表情は大きく変化し、演奏も無軌道な動きを見せ始める。 勢いはあるがヤケクソ気味の、パンキッシュといっていいような演奏だ。 テンポが落ちつくと、再びギターやキーボードのメロディアスな伴奏で、穏やかな牧歌調に変化する。 危ういヴォーカリストも安定した演奏とともにしだいに落ちつきを取り戻す。この幕引きがいい余韻となる。 ヴォーカルが七変化を見せる、濃厚な一人芝居歌ものロックである。 しっかりと終局へと導ける表現力がある。

  7 曲目「Maneges et chevaux de bois(森の牧場と馬)」(7:00) サーカスようなジングルと歓声、そして道化師のような笑い声で始まる。 にじんでしまったようなエレクトリック・ピアノの音が可愛らしい。 走ったり止まったり、SE をはさみながらヴォーカルが高らかに歌い続け、ハーモニウム風のオルガンも大胆に伴奏する。 モノローグとともにリズムレスのオルガン伴奏が鳴り響き、次第にリズムが加わって、シンセサイザーの可愛らしいメロディとレガートなギターによる行進曲が始まる。 パラノイアックに元気なヴォーカルとおもちゃの楽隊のようなアンサンブル。 最後は、本物の行進曲をバックに、ヴォーカルがにこやかに歌う。 なんとも無邪気だが、それは不安定さや不気味さにそのままつながっている。 愛らしくもアナーキーなシャンソンである。

  8 曲目「Maneges et chevaux de bois」(7:53) ボーナス・トラック。 ライヴ録音。 いかにも舞台映えしそうな、凄まじい迫力の演奏である。 スタジオ版のチャイルディッシュな味わいは少なく、よりワイルドで尖がったパフォーマンスになっている。

(913050 / MUSEA FGBG 4119.AR)

 Le Petit Violin De Mr.Gregoire
 
Jean-Luc MARTIN bass, vocals
Pascal JORDAN electric & acoustic guitar
Francis POULET drums, percussions, vocals
Jean-Paul PIERSON piano, organ, synthesizer
Dominique LE GUENNEC lead vocals, flutes, synthesizer

  77 年発表の第三作「Le Petit Violin De Mr.Gregoire」。 ギタリストがスタンダードなロックらしいプレイを得意とするパスカル・ジョルダンに交代。 内容は、演劇調の台詞回しで迫るヴォーカリストをリズミカルで骨太な演奏が守り立てるシアトリカル・シンフォニック・ロック。 アコースティック・ギターも操るギタリストを中心とした明快なプレイと、前作までの幼稚な戯画調を抑えたヴォーカル表現のおかげで、全体のバランスがよくなって聴きやすさが飛躍的にアップした。 特徴的なのは、クラシカルでキュートなメロディ・ライン、デフォルメした声色で怒鳴りたてるヴォーカルとともにズンズン突き進む演奏、古めかしいオルガンからポジションを一部奪ったシンセサイザーのプレイなど。 ギタリストは、オーソドックスなペンタトニックのプレイを見せるかと思えば、デリケートにメロディを歌わせるのも巧みな実力派である。 多彩な声色を用いるヴォーカリストは、前作までのヘタウマの味に頼っていたところから一皮向けて、声量とオーセンティックな技巧を生かしたプロフェッショナルな表現を駆使するようになった。 演奏は、アンサンブル決めどころでの技巧的な甘さはあるものの、クラシカルでなじみやすいテーマを使った、緩急や静動の自然な変化があるものになった。 リズム・セクションのレベル・アップや、音色を活かしたていねいかつ締まった演奏のおかげで、アンサンブルが一体になったときの澱みのない動きがすばらしくよくなった。 個性的なヴォーカルが一番のウリだったはずのグループの作品に二曲もインストゥルメンタルがあることが、作曲や演奏面の腕が上がった証拠である。 もちろん製作面でのブラッシュアップもあると思う。(サウンドは全般にくっきりと明確である) これだけ演奏、サウンドがよくなると、時おり見せるノスタルジックな音も効果的である。 比べるとするとやはり ANGE だが、このグループはやや線が細く若々しい。 苔むしたようにサイケデリックな混沌から一歩進んで、より現代的なロックになったというのが最大の変化だろう。
  タイトル曲は三部構成の組曲。 ベートーベン風からジャズまで多彩なピアノがリリカルに歌い、シンセサイザーによる透明感ある旋律が夢の中のような追いかけっこを繰り広げる。 シアトリカルなモノローグや哀愁のフルートの見せ場もある。 溌剌としたアンサンブルがいい余韻を残す。 ボーナス・トラックである最終曲が、古式ゆかしいメロトロンが奏でる絶妙のエピローグとなっている。
   プロデュースは、ジャン・クロード・ポニャン。 本作品より CRYPTO レーベル。 製作面の向上も顕著。

  「Le Chant des glaces」(4:30)愛らしいテーマをもつシンフォニック・ロック・インストゥルメンタル序曲。 初期の YES のような演奏だ。

  「Allons Z'enfants」(6:15)濃いヴォーカルが押し捲るハード・チューン。 荒々しいリズム、噛みつくようなヴォーカル、ハードロック調のギターを前面に出して突き進む。

  「Le publiphobe」(2:27)チャーチ・オルガンを伴奏にしたモノローグ。 サイレンのようなノイズ、愛らしいトライアングルがちりばめられる。説法のイメージ。

  「Solaris」(2:50)キュートなギターのテーマ、アコーディオンのようなキーボードが印象的なインストゥルメンタル小品。

  「Le petit violin de Mr Gregoire」強烈なヴォーカルと荒々しくもクリアーな器楽が一体となったロック・オペラ風の傑作。 ロマンチシズム、リリシズムとモダンなエネルギーの邂逅であり、衝突。
    「La folie」(5:36)
    「De toute ma haine」(5:56)
    「Plus loin vers le ciel」(9:00)

  「La machine a theatre」(5:26)ボーナス・トラック。インストゥルメンタル。メロトロンはもちろん、不安定に揺れ、音のにじむエレクトリック・ピアノが気に入っている。

(ZAC 6402 / MUSEA FGBG 4009.AR)

 Avant Qu'il Ne Soit Trop Tard
 
Jean-Luc MARTIN bass
Pascal JORDAN electric & acoustic guitar, synthesizer
Francis POULET drums, percussions
Jean-Paul PIERSON piano, organ, synthesizer, polyphonic orchestra, Mellotron
Dominique LE GUENNEC lead vocals, flutes, percussion

  78 年発表の第四作「Avant Qu'il Ne Soit Trop Tard」。 邪悪耽美なサウンドと息苦しいまでの緊迫感が特徴の傑作。 演劇調の歌唱パフォーマンスをタイトな演奏が取り巻く硬質なイメージの作品である。 ヴォーカリストはプロの役者のように研ぎ澄まされた演技を見せ、器楽はシンセサイザー(PULSAR に通じる耽美で狂気をはらむサウンド作りにこのシンセサイザーが果たす役割は大きい)とギターを中心に迫真の演奏を繰り広げる。 骨太かつ稠密な演奏が、悪夢の世界でもがき続けるヴォーカル・パフォーマンスをなぞり、底抜けに怪しい世界をダイナミックに表現している。 自由なリズムによる演劇パートと、きっちりアンサンブルを聴かせるパートのコントラストもくっきりしており、その効果は劇的である。 サウンド・プロダクションも明快になっており、場面ごとに出るべき音がちゃんと前に出ている印象である。 間違いなく最高傑作でしょう。 プログレ最後の輝きの一つか、英国ネオ・プログレより早かったプログレ復権の最初期作か。
   プロデュースは、ジャン・クロード・ポニャン。 CRYPTO レーベル。
  
  1 曲目「Avan Qu'il Ne Soit Trop Tard(限界世界)」(3:58) 凄まじい緊迫感をもつヴォーカル・パフォーマンスに圧倒される。 前半のインパクトが強烈なだけに、中盤からのリリカルな表情も活きてくる。
  
  2 曲目「La Peste(ペスト)」(6:54) シリアスなシンセサイザーが深い暗黒をイメージさせ、呪文のようなアジテーションが狂気を迸らせる。 ギターが加わったアンサンブルには独特のチープさ、不良っぽさがありかなりガレージ・ロック的。 そういうタッチながらも、自意識過剰気味の無闇な深みや広がりを感じさせるところは、VdGG と共通する。
  
  ドラマチックな傑作である 3 曲目「Souvenirs De Naufrageurs(難船掠奪者の記憶)」(7:28) 危うさに満ちた一人複数役芝居と神経症的ながらもデリケートなアンサンブルがコントラストをなし、狂気の暴走を予感させる怪奇なドラマを生む。 童謡のような調べが一瞬にして熱気に満ちた扇動へと変化し、センチメンタルな独白がふと気づけば唾を飛び散らすアジテーションとなる。 邪悪な力が貫く物語に満ちた正統的なシンフォニック・ロックであり、綱渡り的な不安定さのスリルと重苦しさを振り払うように疾走する演奏のカッコよさは、GENESIS を凌ぐかもしれない。 テーマやギター・ソロはかなり ANGE に近い。 傑作。
  
  4 曲目「Tripot(庭球場)」(4:15) エネルギッシュにひた走る 7 拍子のアンサンブルが特徴的な歌ものハード・プログレ。 テーマがどこか傾いだ感じのスタカートの変拍子パターンなだけに、8 ビートのギター・ソロの安定感が印象的。
  
  5 曲目「Lena(レナ)」(5:23) 穏やかな歌唱をアコースティック・ギター、マリンバが彩るフォーク・ロック調の前半から、興奮し高まる歌唱とともに曲折しつつも次第に音の種類、量が増えてゆき、やがてシンセサイザーとフルートがリードする華やかなインストゥルメンタル・パートへと進んでゆく。 ラベルの「ボレロ」を思わせるクラシカルな舞曲調の演奏とせわしないリズムが渾然となり、すべてが煮えたぎってゆく。 エンディングのシンセサイザー・ソロがすばらしい。 傑作。
  
  6 曲目の組曲「Creature Sur La Steppe(大草原の上の生物)」(9:44) スペイシーなイントロからエンディングまでスケールの大きな演奏を見せる。 クラシカルなキーボード、荒々しく吼えるギター、正統的な歌唱、怪しすぎる電子音、すべてが冴えわたり、繊細にして大胆不敵な音楽を提示する。
  「(a)Comme Dans Un Reve(夢の中で)」
  「(b)L'Oppression(圧制)」
  「(c)Avec Le Vent(風とともに)」
  
  
  前作で完成されたスタイルに、さらに緊迫感と異常な感情の振幅を加味したシンフォニック・ロック・テアトルの名作。 お薦め。KING レコードの CD には、3、6、5 曲目のライヴ録音のボーナス付き。

(ZAL 6440 / KICP 2809)


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