PINK FLOYD

  イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループ「PINK FLOYD」。 65 年結成。 初期のスペイシーなニュー・ロックから、メンバー交代や種々の音楽的な実験を経て、前衛ロックの頂点へと登りつめたグループ。 ロジャー・ウォーターズが内面に抱える問題意識と詩的世界を実験的なサウンドで展開するスタイルは、ロックの表現としてシリアスかつ深い共感を呼ぶものだ。 意表を突くスタジオ・ワークと完璧な再現力をもつライヴを両立させたところもすごい。 今聴いて全然ハマれなかった人は、20 年くらいとっておいてください。 必ずハマるときがきます。
  2014 年十八年ぶりの新譜「Endless River」発表。

 A Sourceful Of Secret
 
Syd Barret  lead guitars, vocals
Roger Waters  bass, vocals
Rick Wright  organ, piano
Nick Mason  drums
Dave Gilmour  lead guitars, vocals

  68 年発表の第二作「A Sourceful Of Secret」は、心を病んだシド・バレットの参加した最後の作品。 タイトル曲では、既にデイヴ・ギルモアが参加している。 甘やかでファンタジックな作品(それでもかなりサイケデリックであり、トリップ・ミュージック調である)である「Remember A Day」や「See-Saw」よりも、「Let There Be More Light」や「Set The Contorls For The Heart Of The Sun」、さらにはタイトル曲らなど、重心は空間的なサウンドをベースとしたヘヴィな曲に移りつつある。 特にタイトル曲は、サウンド・エフェクトとミュージック・コンクレートの手法を存分に生かした現代的なスペース・ロックの傑作であり、脈動するようなアンサンブルと暗い音像に、後の大作の片鱗がうかがえる。 THE BEATLES 調のサイケデリック・チューン「Corporal Clegg」のコーラス・ワークにも、オリジナルなセンスが感じられる。 そして、アルバムの最後を飾るキュートなアコースティック曲「Jugband Blues」が、PINK FLOYD におけるバレット最後の作品となった。
  この後、数枚のアルバムの音楽的路線の礎となった作品。 「A Sourceful Of Secret」に代表されるスペース・サウンドを支えるのに、ライトのキーボード・ワークが重要な役割を果たしていると思う。 プロデュースはノーマン・スミス。

  「Let There Be More Light」(5:38)扇動的なサイケデリック・ロック。 ベンベン・ベースと呪術的オルガン。アッパーにしてダウナー。 終盤のギターはバレット? ウォーターズ作。

  「Remember A Day」(4:33)スウィートなビートポップ調の歌を、クラシカルなピアノと奇妙なノイズのようなスライド・ギターが捻じ曲げてゆく佳曲。 独特の重くユルいドラミングが似合っている。 ライト作。

  「Set The Controls For The Heart Of The Sun」(5:28) 呪術的な傑作。執拗なベース・パターンが眠りを誘い、エフェクトやフィードバックを利用したエレピ、オルガンが悪夢を描き、ヴァイブが覚醒をうながすように意識にちらつく。 「太陽讃歌」という邦題がカッコいい。 ウォーターズ作。

  「Corporal Clegg」(4:13)ガレージ風のダーティにしてユーモラスなサイケ・チューン。 ヴォーカルは、声色を使うウォーターズ独特のスタイルである。 サビのハーモニーは、後々まで PINK FLOYD の定番となる。

  「A Sauceful Of Secrets」(11:57) 前半は、コンクレート・ミュージック風にさまざまな断片が散りばめられる。 ノイズが高まるピークを経て、中盤はパワフルなドラム・ビートがドライヴし、アヴァンギャルドなピアノ、轟々たるノイズが拮抗する。 衝撃的。 そして終盤は、チャーチ・オルガンとノイズが渦巻きコラールが湧きあがる、厳粛にして永遠なる世界。 レクイエム調である。 次作の「Sysyphus」へとつながっていったに違いない大作。 邦題は「神秘」。 ウォーターズ/ライト/メイスン/ギルモア作。

  「See-Saw」(4:36)キュートな歌ものをメロトロン、オルガンらによる重厚なサウンドで取り囲んだ佳品。 ライトのメロディ・メイカーとしてのセンスは抜群。 マリンバの音が愛らしい。 ライト作。

  「Jugband Blues」(3:00)バレット作。

(EMI Columbia SCX 6258 / 7243 8 29751 2 0)

 Ummagumma
 
Dave Gilmour  guitars, vocals
Roger Waters  bass, vocals
Nick Mason  percussion
Rick Wright  keyboards

  69 年発表の第三作「Ummagumma」。 アナログ二枚組。 ライヴ録音とメンバーのソロ作の並ぶスタジオ新作から構成される。 ライヴ・サイドは、スタジオ盤を凌ぐサイケデリック・ロックで力強く迫り、スタジオ・サイドは、ピュアでアヴァンギャルドな感性が牙を剥く充実した内容だ。 ライヴ・サイドでは、荒れ狂う音が呪術的な酩酊感を生む「ユージン、斧に気をつけろ」と、轟音の果てに瞑想的な世界の広がる「太陽讃歌」、「神秘」が圧巻。 やや取ってつけたような拍手が気になるが、ライヴ演奏としては文句ないできばえである。 スタジオ・サイドにおけるライト、ウォーターズ、メイスンの作品は、もはやアカデミックといってもいいほどの現代音楽への試み。 一方、ギルモアは個性的なポップ・センスを貫いており、後の PINK FLOYD のサウンドのファサードに当たる部分が彼の音であることがよく分かる。 また、前衛的な音のイメージには、THE BEATLES が踏み込んだ世界をさらに押し広げて、風通しをよくしたようなところもある。 なににせよ、若く屈折したセンスが、コマーシャルな追い風を得て、理想的な形で表に出た野心作といえるだろう。 「Sysyphus」は、個人的に現代音楽への目ざめとなった曲であり、忘れられません。 KING CRIMSON ファンはぜひ試しましょう。 初期 PINK FLOYD を見渡すためにはお薦め。 プロデュースはライヴ・サイドがグループ、スタジオ・サイドがノーマン・スミス。

  「Astronomy Domine」(8:25)シド・バレットの残した佳品。とげとげしいヘヴィ・サイケデリックの魂が沈黙の支配する漆黒の宇宙へと旅立つ。ひしゃげたようなギターのノイズを消え入りそうなオルガンが吸い込んでゆき、いつしか天使のコラールの鳴り響く見知らぬ星の聖堂へとたどりつく。 ストラトキャスターの弦を思い切り振るわせたときにしか現れない激情と脱力が交じりあった音を一番活かした作品である。
  「Careful With That Axe. Eugine」(8:46)正調ディープ・サイケ。 後半のジャム、いつ聴いてもフランク・ザッパ調だなあと思います。 これはどちらが先?
  「Set The Controls For The Heart Of The Sun」(9:07)OSANNA の「Palepoli」はここからか。呪術的。
  「A Sauceful Of Secrets」(12:48)胸を塞ぐさまざまな思いを一つに丸めて宇宙の果てに向けて放り投げたような傑作。ダイスキです。妖艶なるメロトロン。最後の祈り。

  「Sysyphus Parts 1-4」(1:08+3:24+1:47+6:55)ライト作。メロトロン、ピアノらによるきわめて重厚な現代音楽。
  「Granchester Meadows」(7:26)ウォーターズ作。
  「Several Species Of Small Furry Animals Gathered Together In A Cave And Grooving With A Pict」(4:56)ウォーターズ作。
  「The Narrow Way Part 1-3」(3:27+2:53+5:53)ギルモア作。へヴィな音もある PINK FLOYD らしいサイケデリック・ロック。
  「The Grand Vizier's Garden Party Part 1-3」(1:00+7:06+0:38)メイスン作。
  
(Harvest SHDW 1/2 / TOCP-65734-35)

 Meddle
 
Roger Waters  bass, vocals
Nick Mason  percussion
Dave Gilmour  guitars, vocals
Rick Wright  keyboards, vocals

  71 年発表の作品「Meddle(おせっかい)」。 音楽的バラエティが広まるとともにアルバムとしての密度も充実し、グループとしての独自性を発揮できた佳作。 吹きすさぶ嵐の中、ベース・リフが魔術的なドライヴ感を生むスペース・ロック、「One Of These Days」以降、リリカルなヴォーカル曲が並び、最後に、幻想的な超大作「Echoes」で大団円を迎える。 表題作ともいえる「Echoes」のみならず、すべての楽曲においてサウンドやアレンジへの配慮がゆきとどいており、このグループの無常感あふれるイメージからすると意外なほどに表情が豊かである。 挑戦的なハードロック・インストゥルメンタル「One Of These Days」を経て、「A Pillow Of Winds」では、さまざまなギター・サウンドを駆使した透明なリリシズムで個性を発揮し、「Fearless」では、アーシーでしなやかなフォークソングのエンディングに大胆な編集を加え、「San Tropez」では、ジャジーでノスタルジックなムードを演出し、「Seamus」では、けだるいブルーズ・テイストで軽く意表を突く。 それぞれの楽曲の特徴、技が以後の作品でも見つけられる(犬も吠えてるし)という点で、グループとしての重要なアンカー・ポイントとなる作品といえるだろう。 それを音楽的に支えるのは、ギルモアの多彩なギター・テクニックと意外にも器用なライトのプレイである。
   そして、イントロのピアノの響き(「弦チェレ」か?)があまりにも有名な「Echoes」は、はりつめた空気の中を一つ一つの音が静かに生まれ出で、そのほのかにして幽玄なる流れが、やがて悲劇的なメロディとなってすべてが共鳴し始める、きわめて神秘的な作品である。 幻想的だが、サイケデリック・ロックから進化した構築の美と、たゆむことなく前進する力強さをもつ。 中盤、タイトにして挑発的なリズムとともにハモンド・オルガンとギター、ベースが繰り広げる、元祖ドラムンベースというべきジャムがすばらしい。 全体として、いわゆる PINK FLOYD 的な音/進行は、本作で確立されたと思う。 ひょっとすると、次作のプロトタイプという面すらあるのかもしれない。 個人的には、トリップ・ミュージックのようでいて、ちゃんと人間臭いところがいいです。 本曲には、「2001 年宇宙の旅」の公開試写で終盤のクライマックスの音楽として使われたものの最終的に採用されなかった、という逸話があるようです。 プロデュースはグループ。
   余談ですが、PINK FLOYD は往時の流行であったサイケデリック・ロックを出発点に、英国らしいヘヴィなブルーズ・ロック、その進化系のハードロックなど、常にロックたることを意識しながら、次第に独自性のある音楽を確立させていったのだと思います。 ジャズやクラシックといった他の音楽とのクロスオーヴァーや現代音楽風の構築的なアプローチではなく、ロックらしい「反骨心」や「オルタナティヴ」としての矜持を明快に掲げたまま、技術の進歩を助けに、前衛を走り続けていたのです。 常にジャズを奥底に抱えたままサイケデリックからジャズロックへと進んだ GONG、クラシックと交わるポップ・アーティストとして名声を確立した THE MOODY BLUES といった他のグループの歩みと対比してみると、その独自性がよく分かります。

  「One Of These Days」(5:57)両チャネルから轟く不気味なベースのリフがドライヴするヘヴィ・チューン。 後の「Money」や「Animals」へとつながるハードロック的な面を強調した作風である。 中間部にはサイケデリックな混沌を用意し、それを再びリフが切り裂くときのカタルシスは格別。凶悪レスラーの入場テーマ「吹けよ風、呼べよ嵐」としても有名。シングル・カット。

  「A Pillow Of Winds」(5:07)スライド・ギターが印象的な、秘めやかなラヴ・ソング。若干インド。たなびくオルガン、後半のほのかな開放感もいい。ドラムス・レス。(シンバルはあるか)
  「Fearless」(6:05)ギターの上昇音形が特徴的な 60 年代テイストのあるフォーク・ロック。後半現れるピアノが郷愁を誘う。アメリカンな味わいもあるが、エンディングに合唱を挿入するアレンジは完全に BEATLES。シングル・カット。
  「San Tropez」(3:40)ジャジーな弾き語り。ピアノ・ソロが秀逸。
  「Seamus」(2:13)スライド・ギターとホンキートンク・ピアノをフィーチュアしたブルーズ。のべつ犬が鳴いています。
  「Echoes」(23:31)感傷と無常感にまみれて肥大する妄想は宇宙の果てを極め再び自我へと回帰する。

(Harvest SHVL 795 / 7243 8 29749 2 5)

 Obscured By Clouds
 
Roger Waters  bass, vocals
David Gilmour  vocals, guitars
Richard Wright  keyboards, vocals
Nic Mason  percussion

  72 年発表の「Obscured By Clouds(雲の影)」。 内容は、ロマンティックで内気なサイケデリック・ロック。 60 年代を早々とリバイバルしたような楽曲がそろい、当時の音をより洗練された技術で再生したサイケデリック・サウンド総括的な作風である。 歌ものとインストが半々くらい。 後の安定した作風を支えるブルーズ・ロック風のギターががんばる作品よりも、エネルギッシュにはじけるサイケデリック・ロック作品のほうがいい感じだ。 「More」と同じく映画のサウンド・トラックらしい。

  「Obscured By Clouds」(3:05)
  「When You're In」(2:28)
  「Burning Bridges」(3:29)
  「The Gold It's In The...」(3:07)傑作。
  「Wot's...Uh The Deal」(5:09)
  「Mudmen」(4:20)
  「Childhood's End」(4:35)
  「Free Four」(4:16)BEATLESSTACKRIDGE のような牧歌的な英国ロック調とヘヴィな FLOYD サウンドの合体技。
  「Stay」(4:07)
  「Absolutely Curtains」(5:52)

(SHSP 4020 / CDP 0777 7 46385 2 4)

 Dark Side Of The Moon
 
Roger Waters  bass, vocals, VCS3, tape effects
David Gilmour  vocals, guitars, VCS3
Richard Wright  keyboards, vocals, VCS3
Nic Mason  percussion, tape effect
guest:
Dick Parry  saxophoneClare Torry  vocals
Doris Troy  backing vocalsLeslie Duncan  backing vocals
Liza Strike  backing vocalsBarry St John  backing vocals

  73 年発表の「Dark Side Of The Moon(狂気)」は、幻惑的なサウンドが多くの人々を惹きつけ、ロックのアルバムとして空前のセールスを記録した作品である。 「月の裏側」という暗喩が示すとおり、人間の狂気について言及した非常に暗い主題をもち、テーマ性にとどまらずに、描写力のある演奏と巧みな音響効果によって音楽だけでも十分に楽しめるようになっている。 これが、この作品の凄いところだ。 優れた BGM になり得るし、なおかつマニアックな思い込みを伴うリスニングにも耐えることができる、稀有なアルバムといってもいい。
  生命の誕生をイメージさせる心臓の動悸を模したバスドラのキックから始まり、様々なドラマを経て、終盤のクライマックスは、幻惑的かつ刺激的なエレクトリック・サウンドによるメドレーでひた走り、感動的な大団円を迎える。 ごく個人的な感想だが、サックスとジャズ風の女性スキャットも手伝ってか、このアルバムの持つ雰囲気には、当時のイギリスの音楽よりもアメリカのミュージシャンの作品のようなところがある。 60 年代後半から 70 年代にかけてブリティッシュ・ロックが持ち続けた、どこか屈折した美しさ、独特のダークな雰囲気といったものを、このグループは長い時間をかけて吸収し変容させて、遂にははるかにコンテンポラリーな音楽へと推し進めてしまったのかもしれない。 非常に高級な BGM であり、薄暗くも明快なポップスという印象があるのだ。
  個人的にはプログレ = 長い曲というイメージは、この作品で確立した。 実際にはタイトルのある複数の楽曲から構成されるアルバムだが、暗く幻惑的な色調が、歌詞から演奏、そしてそれらが喚起するイメージをも貫いており、アルバム一枚で一曲に聴こえる。 そして、スペイシーかつ悪夢的なサウンドと絶望的現実を語るメッセージが、みごとなまでに一つになって、リスナーの心を揺さぶり魅了するのだ。 パーソナルな苦悩を織り込んだメッセージが、結果として、70 年代の社会、文化といった人間の活動をそのものを象徴、包括するようなメッセージへと拡張されて、今に至っても色褪せることなく永遠の輝きを放っている。 「and everything under the sun is in tune, but the sun is eclipsed by the moon.」というメッセージには、諦念と悲痛な叫びが交じり合った「生きること」そのもののような響きがある。
  個々のプレイというよりも、効果音を含めた全体の音像が語りかけてくるタイプの音楽だが、ライトのキーボードとギルモアのギター・ワークは本作でも冴え渡っている。
  あまりに唐突なアメリカ志向の音という点について、他にも何人かの方が、同じ意見を持っておられるようです。 最終プロデュースのクリス・トーマスのアイデアなのか、それともバンドの意思なのか興味あるところです。

  「a)Speak To Me」(3:57)鼓動から始まり、さまざまな SE を散りばめた不気味なプロローグ。
  「b)Breathe」スライド・ギターとアルペジオによる倦怠した、ただし思いのほかソフトなタッチの序曲である。映画「2001 年宇宙の旅」で流れても違和感はないと思う。
  「On The Run」(3:31)スネア・ビートと VCS3 のシーケンスを「走」に見立て、アナウンスやモノローグ、笑い声、さまざまなノイズをコラージュした作品。
  「Time」(7:05)ギルモアのスペイシーなブルーズ・ギターが冴える名曲。冒頭、時計の群れのざわめきが強烈。 エレクトリック・ピアノのバッキングやスキャットが演出するジャズ・テイストがみごとにフィットする。 最後は「Breathe」 がリプライズする。
  「The Great Gig In The Sky」(4:47)旧 A 面のラストを飾る最初のクライマックス。 厳粛なるピアノとスライド・ギターによるアーシーなアメリカン・ロック・テイストは、エリック・クラプトンの渡米後の作品にも通じる。 リザ・ストライクのパンチの効いたゴスペル風スキャットが、文字通り、宗教的な熱狂とそれとは裏腹な無常感を巧みに演出する。
  「Money」(6:23)7 拍子のダルなロッカ・バラード。冒頭のキャッシュ・レジスタ音の製作逸話が有名。 フランク・ザッパの「Grand Wazoo」との聴き比べもおもしろい。 トレモロを効かせたギター・コードのアクセント、ギターとエレクトリック・ピアノによるファンキーなノリ、アーチー・シェップばりに濃いサックスと粘っこいギター・ソロなど、サイケデリック・ロックとフリージャズのブレンドを思わせる、ありそうでない作風である。
  「Us And Them」(7:48)ここからは、透徹なる視線を保ったまま一気に厳かで終末感あふれるエンディングへと導いてゆく。 オルガンによる慈愛の調べ。サックスもソニー・ロリンズのように夕暮れの涼風を吹かせる。 高まる思い、ほとばしる叫び、虚空へと消えるささやき。第二のクライマックス。
  「Any Colour You like」(3:25)シンセサイザーを駆使したメタリックな「Breathe」 の再現、そしてワウ・ギターによる泥酔ファンク。前曲でのスピリチュアルな姿勢を翻した生への妄執を象徴するのか。
  「Brain Damage」(3:50)不可避の運命をイメージさせる唐突な変転、そして、呪文のようなヴォイスと前々曲の宗教的な高揚がシンクロする。ゆっくりとした発狂。
  「Eclipse」(2:04)美しき絶望の歌は 40 年経った今でもリスナーの心にこだまし続けている。 「There is no dark side of the moon, really」

(Harvest SHVL 804 / CDP 0777 7 46001 2 5)

 Wish You Were Here
 
Roger Waters  bass, vocals
David Gilmour  guitars, vocals
Richard Wright  keyboards, vocals
Nic Mason  drums
guest:
Dick Parry  saxophoneRoy Harper  vocals
Venetta Fields  backing vocalsCarlena Williams  backing vocals

  75 年発表の「Wish You Were Here(炎)」は、シンセサイザーによる壮大にして憂鬱なオープニングや圧巻のギター・ソロ、曲間の SE など、パフォーマンスと優れたアイデアは、決して前作に劣らない傑作。 しかしながら、前作ほどは全体を貫く芯のようなものは見当たらず、リスナーを巻き込んでいくようなパワーも露には感じられない。 そして、エンディングへ向けた、駆け上がってゆくようなクライマックスもなく、アルバムは思いのほかあっさりと終ってしまう。 前作の強烈なベクトルにさらされたリスナーは、畢竟さらに強烈なものを求めてしまったのだろう。 それはそれで仕方がない。
  首をひねるような第一印象は、多くのリスナーに共通の思いであったが、このアルバムの凄さは一つのヒントが明らかにする。 それは日本盤のタイトルをグループ側が指定してきたこと。 「あなたがここにいてほしい」。 これは、すべての人に「Wish You Were Here」という英語の意味を明確に知ってもらいたい、という意図に違いない。 そして、その意図とは、本作がバレットへの思いを歌いこんだ作品でもあると見なしてもらいたい、ということである。 自己と世界の関係から社会そのものの成り立ちというスケールへ広がるメッセージ力をもってしまった前作とは、異なった視点でも聴いてもらいたい、という注意なのだ。 こうして、ラヴ・ソングにも近い思いをもつということを知らされることによって、個人的に、ここでのパフォーマンスが一気に表情を変えた。 切実さのなかに初期のリリシズムを感じ取ることも可能であり、PINK FLOYD は、もともとこういう歌を歌っていたグループなのだと、改めて見直すことができたのだ。 それにしても「Wish You Were Here」とは、あまりに直截的で切ないメッセージである。 分かれていた評価は、抽象性の高いメッセージをもつ前作から、一気に具象の極みである一人の人間への思いを描く本作へと降りてきたために、そのギャップに誰もがとまどってしまったということなのだろう。
  前作の成功によって、遂に自らの作品が怪物化して作者へ牙を剥いてくるという予測不能の事態に直面したウォーターズが、ここで吐露したような切ない思いを膨らませながらも、音楽/バンドに道を定めてさらに歩み続けた、その精神的なタフネスには驚かされる。 もっとも、その疲弊が並大抵ではないことは、次作まで二年という月日を要したということ、そして、その作品の内容が、自らの苦悩の音化という地獄からは一歩離れて、よりジャーナリスティックな社会性という方向へと変化したことなどに明らかだ。
  サウンド面で強烈な印象を残すのは、そそり立つ音の壁のように、透明なままあらゆる場所へと覆いかぶさるシンセサイザーと、不気味なまでにリアルな感触で迫るギターである。
  
   1 曲目「Shine On You Crazy Diamond(Part One)」 無常感あふれる幻想と慈愛のドラマ。 序盤のつぶやくようなギター・プレイは評価の賛否分かれる本作品においても無条件に絶賛されるだろう。 ブルーズ・フィーリングと人を寄せつけない抽象性の不可思議な邂逅。 個人的には、数少ないブルーズ・ロックのフェイバリットでもある。 プログレ好きにありがちな安易なディレッタンティズムでこの音に近づくとえぐるように痛々しいギターのタッチに耐えられず身もだえるだろう。 ディック・パリーのサックスが前作に続いて抜群の存在感で大役を果たす。 一方、非日常感にあふれる演出は荘厳なシンセサイザー・サウンドに負っている。 賛歌であり鎮魂歌である。
  
   2 曲目「Welcome To The Machine」 エレクトリックなサウンドが衝撃的なバラード。 歌詞は、無垢な少年を集金マシンに変貌させるミュージック・ビジネスを皮肉ったものなのだろうが、ジャケット・カバーの「機械の握手」が喚起するイメージなど、オーウェル風の非人間的な教条世界までもが浮かび上がる。 後の「The Wall」へとダイレクトにつながる内容だ。
  
   3 曲目「Have A Cigar」 この作品の歌詞も自嘲気味ともいえる音楽業界内幕もの。 リード・ヴォーカルはレーベル・メイトの怪人ロイ・ハーパー。
  
   4 曲目「Wish You Were Here」 ギルモアによるレイド・バック気味のアコースティック・ギター弾き語り。 こんなに小さな曲なのに、なぜか世界を見渡すようなスケールの大きさがある。
  
   最終曲「Shine On You Crazy Diamond(Part Two)」 1 曲目の主題の重厚な変奏によるクライマックス。 スライド・ギターとともに前作終盤、前々作の大作のイメージに近いインストゥルメンタルが荒れ狂い、再び思いは迸る。 最終局面では、ジャジーなジャムからライトのキーボードによる訥々としたソロへと吸い込まれ、祝福の余韻とともに消えてゆく。
  
  ごく個人的な感触として、このグループが放っていた 70 年代特有の一種の魔術的なオーラのようなものは、この作品を最後に消えてしまったような気がする。 ニューロック、アートロックというくくりは、本作を含めてプログレッシヴ・ロックという形で総括され、幾つかの作品に結実して完全に役割を終え、そして冷めた目で現実と対峙する新しい時代が始まり、新しい音楽も始まろうとしていたのではないだろうか。 そして、そのことをこのグループがいち早く気づいていたと思えてならない。

(Harvest SHVL 814 / CK 68522)

 Animals
 
Dave Gilmour  guitars, vocals
Roger Waters  bass, vocals
Nick Mason  percussion
Rick Wright  keyboards

  77 年発表の「Animals」。 コンセプトへの評価はともかく、緻密に計算された和声による暴力的なサウンドが、一種独特な美しさ/力強さをもって迫ってくる傑作である。 ロックとしてのダイナミズムという点では、全作品中一番だろう。 サイケデリックでトリップ感覚にあふれたサウンドから、本質的な神秘性やアナーキーさはそのままに、明快なヘヴィ・ロックへと変化したともいえる。 アルバムは、プロローグ/エピローグとして「Pigs On The Wing」という小さなアコースティック・ギター弾き語りを配し、その間に三つの大作が並ぶという構成をもつ。 三つの大作は、それぞれに強烈な個性を放ちつつも、荒々しく苛ついたタッチが共通するきわめて現代的な「ハードロック」である。 それぞれの作品でシミュレートされた動物の鳴き声が効果的な SE として挿入されている。
  
   「Dogs」(17:03) 泣き叫ぶギターとオルガンが生み出す異様なテンションとジャズ的な和声(冒頭 Dm9 だがチューニングを下げて開放弦を多く使っているような響き)のアコースティック・ギターの生み出す無常感、寂寥感が鮮やかにコントラストし、もがき苦しみアジテートしながらも慈愛の救済を希求する、どこまでもドラマチックな作品。 迸るようなシンセサイザー・サウンドは暗闇となって押し迫り、抗うようにギターが絶叫し、孤独な歌声がこだまする。 いかにもこのグループらしい演出だ。 イコライジングされたコーラスも活かされている。ヘヴィネスと無常感が一つになった名曲。 PINK FLOYD 流へヴィ・フュージョン。
  
   「Pigs」(11:30) サスペンスフルなオルガンのリフレインに思わせぶりなベース、ギター、シンセサイザーが重なってゆくイントロは、哀しくもスリリング、そしてどこかコミカル。 こだまする豚のオインク、オインク、そしてメインパートは、バックビートの腰にくるグルーヴで扇情的にあおるバッキング、リード・ヴォーカルはパンキッシュで声色のデフォルメも頭悪い感じ。 しかし、噛みつくようなギターのコード・ストローク、オブリガートと、機を見ては鋭く切り込むキーボードのプレイが、全体に重厚な感じをもたらす。 シンプルなリフレインの積み重ねで進んでゆくにもかかわらず、音色への細かな配慮が、全体にきめ細かい運動性を与えている。 エンディング、シンプルなリフをこねて叩きつけるベース、絶叫するギターが印象的だ。 グラマラスで悪趣味な PINK FLOYD 流ブギーである。
  
   「Sheep」(10:18)エレクトリックでパンキッシュな暴力性を強調したハード・チューン。 ジャジーなエレピ・ソロがベースのリフとともに一気に荒々しいヴォーカルへと取って代わられる。 なだれ込むようなヴォーカルがいつしかシンセサイザーの電子音へと吸い込まれるアレンジも当時は新鮮だった。 オルガンとギターによる叩き切るような鋭いストロークがズシッと響く。 シンセサイザーの上昇音形も頂点ですべてを解放するには至らず、それをもがき苦しむようなギターのストロークが暴れ回る。 そして得意の浮遊感を演出するシンセサイザーとベースのリフレイン、ヴォコーダーを通したナレーション。 再びヴォーカル・パートへと舞い戻るも、さらに演奏は激しさを増し、遂にはエンディングへ向けてギターのコードが虚空を切り裂くように轟き渡る。 最もエレクトリックなハードネスが強調された作品である。
  
  ギルモアの粘りつくようなギター・サウンド、シンセサイザーやエレピを巧みに使い分けアンサンブルを支えるライトとともに、ウォーターズのベースのリフの力強さも印象的な作品になっている。 さらに、ウォーターズによる誇張されたヴォーカルの表情は凄みを増し、この風刺劇を演じきってやろうという力強さも感じられる。
  日本盤 LP のライナーノーツは、著名人からのコメントを幾つか集めたものになっていたと思います。鰐淵晴子さんのコメントがあるのにびっくりしました。

(Harvest SHVL 815 / CK 34474)

 The Wall
 
Dave Gilmour  guitars, vocals
Roger Waters  bass, vocals
Nick Mason  percussion
Rick Wright  keyboards

  79 年発表の「The Wall」は、再びコンセプチュアルな二枚組大作。 普遍的で重厚なテーマとオペラを思わせる劇的な展開をもつ作品なのは確かだが、個人的に首をひねるところもあった。 つまり、この主題をわざわざ取り上げることが一種の時代錯誤に感じられたのだ。 60 年代(たとえば WHO)から 70 年代前半(たとえば GENESIS)とは異なり、70 年代末というこの時代においては、こういう主題のドラマがセンセーショナルなリアリティをもつための世間の雰囲気や人々のスタンスがすでに消えかかっていたのかもしれない。 さらに、コンセプチュアルな面を除いても、楽曲に今一つ深みが感じられなかった。 唯一「Comfortably Numb」が、それまでに馴染んだ PINK FLOYD サウンドの延長上にあるせいもあって比較的すんなり耳に入ってきた。 つまり、おそらく本作は、主題をどれだけリアリティと重みを持って感じられるかで、評価が大きく分かれる作品なのだろう。 「Another Brick In The Wall Part 2」が全米チャート一位になったことに驚いた理由の一つは、70 年代前半から大衆の問題意識に大した進展がないことに気づかされたからだ。 もちろん、ウォーターズにとってはこのテーマが特にリアリティをもつのかもしれないし、世の中が常にどこかで暗澹たる状況を抱えているのも確かである。 しかしながら、それでも問題の切り口がオーウェル、トミー、時計じかけのオレンジなどですでに使い古されたものに感じられてならない。 優れたアーティストとしての PINK FLOYD にこんな陳腐な語り口はないはずだ、と考えると、一つの仮説が思い浮かぶ。 すなわち、彼らがこういう語り口をせざるを得なかった、さらには意図的にこういう語り口にしたのでは、という仮説だ。 つまり PINK FLOYD は、永遠のオルタナティヴとしての気概と大いなる皮肉を、同じことの繰り返しを求める記憶力のない大衆=リスナーとレコード会社の守銭奴たちに向けて、慈愛と絶望をまとったバーレスクを演じることで示したのである。 今でこそ名作というような地位を得ているようだが、これを受け止めた私は正直にいって「炎」以上に当惑し、ある純粋な輝きをもった時間と空気の終わりを感じた。 (和声進行が前作と比べてシンプルになったのにも驚いた)
  もっとも、わたしがそういう思いを抱いたのは、70 年代初頭にはプログレですらポップ・ミュージックを売るための一つのキャッチフレーズにすぎなかったことを後追い世代のわたしが知りえなかったためである。 ビジネスとして狂的な成長期にあった音楽シーンには、おそらく純粋な輝きなぞハナからなかったのだろう。 ナイーヴだったのはわたしの方だったということだ。 そのナイーヴさはあまりに弱々しく、知りえぬ世界を勝手に自分の理想の色に染め上げることによってのみ成り立っていた。 だから、猥雑でパワフルな現実の前には幻滅感とともに砕け散るしかなかったのだ。
  それでもあえていうならば、おそらく本作の最大の弱点は、音楽そのものの革新性や魅力を引っ込めてしまい、物語や主題やメッセージといった「意味」を前面に出したことだろう。 得意の SE だけではなく、もっともっと音で語るべきだったのだ。 ただし、本作品にも魅力的なところはある。 それは、曲として独立したクレジットはされているが、同じテーマが間をおいて繰り返されたり、別の曲に埋め込まれたり、あたかも人の意識そのもののように時空を越えて融通無碍にして首尾一貫し切らない構成をあえて取っているところである。 この効果はきわめて独特であり、一刀両断の評価をさせない力を孕んでいる。
  本作品完成前にキーボーディストのリチャード・ライトが脱退する。

  「In The Flesh ?
  「The Thin Ice
  「Another Brick In The Wall Part 1
  「The Happiest Days Of Our Lives
  「Another Brick In The Wall Part 2」全米 No.1 ヒット・シングル。 No.2 は BLONDY だったっけ。
  「Mother

  「Goodbye Blue Sky
  「Empty Spaces
  「Young Lust
  「One Of My Turns
  「Don't Leave Me Now
  「Another Brick In The Wall Part 3
  「Goodbye Cruel World

  「Hey You
  「Is There Anybody Out There ?
  「Nobody Home
  「Vera
  「Bring The Boys Back Home
  「Comfortably Numb」安定の PINK FLOYD 節。ブルーズフィーリングと救済感がともにある名曲。

  「The Show Must Go On
  「In The Flesh
  「Run Like Hell
  「Waiting For The Worms
  「Stop
  「The Trial」圧巻のオペラ。
  「Outside The Wall

(Harvest SHDW 411)

 The Division Bell
 
Dave Gilmour  guitars, vocals, bass, keyboards, programming
Nick Mason  drums, percussion
Richard Wright  keyboards, vocals

  95 年発表の「The Division Bell」。 新生フロイド 7 年ぶりの第二作であり、リック・ライトの復帰作(前作ではゲスト扱い)である。 デジタル・サウンド特有の人工的なまろやかさを適宜応用してアクセスしやすさを確保するとともに、ブルーズ・フィーリングあふれる繊細な表現とアーシーな力強さと重厚なサウンドのもたらすヘヴィネスを巧みにアレンジして 70 年代の名作と同等の風格ある作風を呼び寄せた佳作である。 80 年代を席巻したグループが一息入れている間に、天の御座に存す神々が久しぶりに地上に降りて颯然と魂を貫くつむじ風を巻き起こした感じである。 コンセプトはコミュニケーションの喪失による分断なはずだが、邦題から連想されるのは「苦悩」と「救済」の、または「現実」と「夢想」の『対』である。 リック・ライトらしいオルガンやシンセサイザーの響きが随所に現れるのがうれしい。(ライトは「Wearing The Inside Out」で作曲とヴォーカルも担当。この作品の作詞はアンソニー・ムーア) 8 曲目「Coming Back To Life」では、ギルモアがウォーターズを意識したかのような慈愛の響きを担うヴォーカル表現を見せる。 サックスはもちろんディック・パリー。 9 曲目「Keep Talking」も各時代の FLOYD らしさをバランスよく配した佳作。
   プロデュースはボブ・エズリンとギルモア。 2014 年の最終作は本アルバム作成のセッションから生まれたようだ。 個人的に、ウォーターズの「死滅遊戯」とともにたいへん苦しい時期を支えてくれた忘れがたい作品。

  「Cluster One」()
  「What Do You Want From Me」()
  「Poles Apart」()
  「Marooned」()
  「A Great Day Of Freedom」()
  「Wearing The Inside Out」()
  「Take It Back」()
  「Coming Back To Life」()
  「Keep Talking」()
  「Lost For Words」()
  「High Hopes」()

(CK64200)

 Pulse
 
Dave Gilmour  guitars, vocals
Nick Mason  drums
Richard Wright  keyboards, vocals

  95 年発表の「Pulse」。 1994 年、現在のところの最新作である(もう 20 年!)「Division Bell」のツアーからライヴ録音である。 CD 二枚目の「Dark Side Of The Moon」全曲入りがウリであるが、出来は当時の新曲を含む CD 一枚目の方がいい。 特に、冒頭の「Shine On You Crazy Diamond Part 1」から「Astronomy Domine」への展開は最高である。 リック・ライトのオルガンが火を噴いている。 新曲もライヴの荒々しさでブルーズ・テイストがストレートに強まる分、メロディアスな中にも迫力が増し、曲の真価が出ているように感じる。 FLOYD スタイルを意識しつつも、これがギルモアにとっての素直な英国ロックなのだろう。 ただし、人工的でインダストリアルなサウンド、調子は個人的にはあまり得意ではない。 もつれにもつれた人間同士の関係性の澱みについて絶望感を募らせるよりも、一人の精神そのもののディープな混沌と神秘の渦を切り裂いてゆくような演奏を見せてほしかった。 だから余計に初めの二曲が魅力的に感じられるのだ。 地上に降り立ってがんじがらめになってしまった PINK FLOYD が、いつか再び宇宙を目指して飛び上がってほしいと思っている。
   サックス奏者のディック・パリー、旧友ティム・レンウィックがサポートギターで参加。 CD 二枚組。 個人的には「光」ライヴで起こした消化不良が本作のおかげで治ったのがよかった。 また、これは関係者への切なるお願いだが、できれば、ブートレッグ漁りに時間を使わないですむように全盛期の決定盤ライヴ録音を編集していただきたい。

(EMD 1078)

    「Dark Side Of The Moon」以前にも「Ummagumma」、「Meddle」や「Atom Heart Mother」など、それぞれに特徴を持った野心的な名盤を作っているが、それらで積み重ねたものが「Dark Side Of The Moon」で一気に花開いた感が強い。
  そして、面白いことに、このグループは、一見すでにいい尽くされて陳腐な感じすら受けるモチーフ、たとえば、資本家はブタで労働者はヒツジというようなオーウェル流の比喩や完全官僚機構による支配のディストピアといったモチーフをコンセプトの中心とした作品で、大きな商業的成功をおさめている。 サウンド自体の魅力はさておき、そういったモチーフがそれだけ受けたということは、こういった主題はすでに大昔から幾度となく謳われ繰り返されたものなのだ、メタファーとしてはすでにかなり手垢がついているのだ、ということを分かっている知的な人が意外なほど少なかったのではないだろうか。 アメリカ人も日本人以上に、喉元過ぎれば何も覚えていないんじゃないだろうか。 もし、消費社会に浸かりきったそういう大衆のレベルを知り得てあえてこういうアルバムをつくったんだとすると、彼らは、金もうけについて相当の切れ者であると同時に大いなる皮肉屋であることにもなる。
  グループとしては、偉大な意識家ウォーターズの強烈な思い入れをギルモアやライトらプロフェショナルな職人肌のミュージシャンが把握して、うまくバランスしていたのだろう。 また、技巧面で語られることの少ないグループだが、少なくともキーボードだけは超一流のプレイのセンスをもっている。 セルフ・パロディのようになってしまった現在のグループに、なんとかもう一度ウォーターズを入れて復活できないだろうか。 もしそうなれば、21 世紀を控えてさらに人類の縁となるような曲をつくってくれるに違いない。


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