J.E.T

  イタリアのハードロック・グループ「J.E.T」69 年結成。 71 年シングル・デビュー。 72 年、英国ハードロックに通じるプログレッシヴな唯一作発表。 74 年解散。

 Fede Speranza Carita
 
Piero Cassano keyboards
Aldo Stelita bass
Carlo Bimbo Maralle guitar, vocals
Renzo Cochis drums

  72 年発表のアルバム「Fede Speranza Carita(消えゆく希望の灯)」。 イタリア語によるスケールの大きいハードロックの秀作である。 NEW TROLLSIBIS らが、英語を用いてブリティッシュ・ロックに倣う「重金属的」なアプローチを見せたのに対し、こちらはためらいなく原語を用い、荒々しくもまろやかなイタリア魂丸出しの濃厚なロマンチシズムをぶつけてくる。 サウンド/録音面で、確かに垢抜けない部分もあるが、しなやかで精妙なヴォーカル表現と情熱ある演奏の魅力は、そういうことをさほど気にさせない。 キーボード(特にオルガン)とギターを中心とした演奏は、あたかも、爆発的な魂の熱気をそのまま写し取り、若干のはにかみと小粋さでスパイスを効かせて供する一品料理である。 狂おしくたぎる血潮と思いを、素朴ながらも、芸術家らしさを失わずに表現し切る。 そして、英国人が、他人と同じことは絶対やらないという頑固なオルタナティブマインドを創造性の源泉としているのに対して、イタリア人らしく、伝統的な表現法を足枷と感じずに、むしろ多彩な手法の手札として活かしつつも自由闊達に形を整えてゆく。 かようにイタリア人の創作性にも思いを馳せることのできる佳作です。 4 曲目は、かなりの傑作。

  1 曲目「Fede Speranza Carita(消えゆく希望の火)」(10:56)。 クラシカルなオルガン、ファズ・ギター、ハイトーンのヴォーカルがリードするドラマチックなハードロック大作。 メランコリックなオルガンの調べとモノローグ、このプロローグだけで、イタリアン・シンフォニック・ロックの迷宮へと誘われてしまう。 シンプルかつワイルドなファズ・ギターのリフで突き進むメイン・パートを支えるのは、伸びやかなヴォーカルの存在である。 ギターは、リフやバッキングが主であり、荒々しいサウンドが売り。 オルガンは、バッキングはもちろん、オブリガートやソロにも機敏に顔を出し、カッコいいプレイを決めてゆく。 直線的なビートで疾走するかと思えば、間奏では、突如モダン・ジャズへと変貌し、ギターも別人のようなたたずまいを見せる。 ヴォーカル・ハーモニーを使ったバラードへの展開を、ギターやオルガンが強引にヘヴィなサウンドでゆり戻そうとすると、 一転して、アコースティック・ピアノがリードを奪うなど、どこまでいっても意外性たっぷりである。 中盤でのベースの動きも見逃せない。 終盤、再び序盤のメタリックなハードロックへと回帰し、主役をキーボードに移した凶暴な演奏で締めくくる。 ハードロックの仮面をつけながらも、インストゥルメンタルの変転こそが魅力の大作である。 特に、中盤のジェットコースター的展開がカッコいい。 ちなみに、ヴォーカルはシャウトではなく、伸びやかな「ベル・カント」である。

  2 曲目「Il Prete Il Peccatore(聖人、罪人)」(11:10)。 雄大でシンフォニックな歌もの大作。 ギターはさらにメタリックに凶悪に変貌するも、R&B 的なノリを強調しており、ノスタルジックでセンチメンタルなイメージが強まる。 イタリアらしいのは、どんなに哀愁テンコモリでも、流麗なストリングスがいかにも似合いそうなポップ・テイストがあるところだ。 テンポの極端な変化がドライヴする展開は、前曲以上である。 荒々しい序盤を経ると、いきなりイタリアン・ロックらしい哀愁のシンフォニック・バラードへと流れこむ。 ギターはアルペジオ、オルガンは PROCOL HARUM のように気高く雄雄しく響きわたる。 ヴォカリーズとコーラスは、いかにもイタリアン・ロックらしいロマンティックで情熱的なヴォーカルを彩り、重厚なリズム・セクションは、これでもかと盛り上げる。 キーボードは、エレピによるジャジーなタッチも交えながら、基本はオルガンで荘厳な調子の演出に活躍する。 ストリングス・シンセサイザーもしくはメロトロンも朗々とヴォーカルを支え、あふれ出てゆく。 8 分の 6 拍子のミドル・テンポを基本に、シャープな 8 ビートのジャズロック調(ピアノがカッコいい)の挿入も、あたかも 1 エピソード風でおもしろい。 URIAH HEEP から PROCOL HARUM までにも通じる哀愁のシンフォニック・サウンドである。 正統的なヴォーカルや巧みに音色の変化をつけるキーボードがすばらしい。

  3 曲目「C'e' Chi Non Ha(希望)」(6:35)。 アコースティック・ギターとメロトロンをフィーチュアした弾き語り風のバラード。 フォーキーな弾き語りを、ストリングス、ティンパニが悠然と持ち上げてゆくうちに、シンフォニックな厚みと広がりが生まれてくる。 どーんと盛り上げておいてからの、ピアノ主体の愛らしい演奏へと落とす呼吸も絶妙である。 素朴にして大仰な、イタリアン・ロックの一つの典型的作風である。 全編歌を取り巻くメロトロン(ストリングス・シンセサイザー)、ポップな歌メロ、アコースティック・ギターのストロークによる音の透明感を合わせると、FORMULA TRE 辺りに通じる感じだ。 たしかに、1972 年くらいの TV やラジオでよく流れていた音です。

  4 曲目「Sinfonia Per Un Re(王に捧げるシンフォニア)」(8:00)。 ロマンティックな歌唱とヘヴィなサウンドを組み合わせた幻想的なバラード。 冒頭、あまりにヘヴィなオルガン、ギターの攻め込みに圧倒されるも、メイン・パートに入ると、一転してジャジーな歌ものへと変化する。 無常感あふれるオルガン、可憐なピアノの響き、うっすらと霞みをかけるメロトロン・ストリングスなど、主役はキーボードだろう。 冒頭から何かに抗うように繰り返されるキメのヘヴィなオルガンは、完全に MUZEO ROSENBACH 風だが、ヴォーカル・ハーモニーはあまりに可憐でロマンティック。 中盤のインストゥルメンタルは、悲恋物語のサウンドトラックのように空ろな面差しが印象的な哀愁のオンパレードであり、やはり PROCOL HARUM の作品のように、無限の説得力をもつ。 愁訴的ヴォーカルをなぞって、つややかなヴァイオリンも聴えてくる。 ギターは、終盤ようやく登場を許されて、短いながらも、泣きのプレイで切々と迫る。 無言歌的な印象の傑作。

  5 曲目「Sfogo(怒り)」(3:42)。 ソロ回しのブルージーなインストゥルメンタル。 軽快なリズムで、アコースティック・ピアノ、狂乱するオルガン、ジャジーなギターへと順繰りにソロがわたってゆく。 ファンキーなスキャットなど、山下「ルパン三世」殻雄の世界である。 フュージョンが世界を犯す前には、こういう音が小粋に世の中を潤していた。


  ボーナス・トラックのシングル曲「Gloria, Gloria(グロリア、グロリア)」(3:36)と「Guada Coi Tuoi Occhi(君の瞳)」(3:22) は、かなりソウルフルなポップ・チューン。 70 年代アメリカの黒人映画のテーマのようだ。 「ピンキーとキラーズ」に布施明をミックスしたらこんな感じ?

(KICP 2825)


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