KAYAK

  オランダのプログレシッヴ・ロック・グループ「KAYAK」。 72 年 HIGH TIDE FORMATION を母体に結成。 アルバムは九枚。 82 年解散。 ダッチ・ポップスの伝統を感じさせるメロディアスなシンフォニック・ロック。 初期は英国プログレの影響が強く、次第にポップ・テイストが強まる。 親しみやすく、甘美にして気品もあるサウンドが特徴だ。 2000 年再結成後も安定した活動を続ける。2009 年ピム・コープマン逝去。

 Letters From Utopia
 
Ton Scherpenzeel keyboards, backing vocals
Pim Koopman drums, backing vocals, keyboards, guitar
Edward Reekers lead & backing vocals, keyboards
Cindy Oudshoorn lead & backing vocals
Rob Vunderink lead & backing vocals, guitars
Joost Vergoossen electric & acoustic guitars, backing vocals
Jan Van Olffen bass

  2009 年の作品「Letters From Utopia」。 内容は、多彩なキーボードをフィーチュアした小気味のいいバンド・アンサンブルによる極上メロディアス・ロック。 男女三人のリード・ヴォーカリストがそれぞれに、互いに、また、ともに思いをこめた歌唱を中心とした、キャッチーで優しく暖かみのある音楽である。 ロマンティックなポピュラーの王道であるヴォーカル・ハーモニーの広がり、キレ、包容力は抜群。 メイン・テーマとなる旋律の優美さ、気品、親しみやすさはいうまでもない。 卸問屋のように、キャッチーなメロディが次々と現れる。 優美さだけに流れがちなところに絶妙のフックを入れて、メロディを印象づける手練の技もさえている。 そして、70 年代後半くらいでその進化に満足してあえて時計を止めたようなキーボードやギター、ドラムスのサウンドが丹念に歌をなぞって支えている。 特に、前々作から参加のユースト・ヴェルゴーセンがギター・プレイが要所で演奏を締めている。 いわゆるプログレかといわれると苦しいが、「歌もの」クラシック・ロック・アルバムとしては、正しい説得力としみじみとした味わいのある佳作だと思う。 4 分前後の作品が並ぶ中、9 分に迫る「Before The Angels Fell」は、ストリングスをフィーチュアしたドラマティックなオペラ風クラシカル・ロックの傑作。
   ヴォーカルは英語。 プロデュースは、トン・スヘルペンゼールとピム・コープマン。 CD 二枚組。 ピム・コープマンの遺作となった。

  「Rhea」(4:42)
  「Because I...」(3:14)
  「Turbulence」(3:52)
  「Before The Angels Fell」(8:40)雄渾なる筆致で一気に描くロマンティックなスペクタクル。
  「Breaking The News」(3:54)
  「For All The Wrong Reasons」(4:13)
  「Under The Radar」(2:45)
  「Hard Work」(3:46)
  「Nobody Wins」(4:57)

  「Circles In The Sand」(3:48)
  「Never Was」(4:4)
  「Glass Bottom Boat」(3:57)
  「Horror In Action」(4:37)
  「A Whisper」(4:02)
  「Parallel Universe」(4:08)
  「Let The Record Show」(4:03)
  「Brothers In Rhyme」(4:41)
  「When The Love Has Gone」(4:11)
  「Letters From Utopia」(4:24)

(SMH 200936)

 See See The Sun
 
Ton Scherpenzeel acoustic & fender & french piano, organ, moog
 harpsichord, davoli-synth, accordion, percussion, vocals
Pim Koopman drums, percussion, davoli-synth, organ, vocals
Max Werner vocals, percussion, mellotron
Cees Van Leeuwen bass, percussion, vocals
Johan Slager electric & acoustic guitar, flute

  74 年の第一作「See See The Sun」。 内容は、英国プログレの影響をあらわにするアンサンブルと優れたメロディ・センスが合体した、エキセントリックながらもキュートなイメージのロック・アルバムである。 後期の甘いメロディアス・ロック路線からは想像がつかない、独特の作風である。 ピアノ、オルガン、メロトロンが高鳴り、ベースが鋭いタッチで唸るなど YESGENESIS 果ては GENTLE GIANT 風のプレイやアレンジが現れるが、歌メロとヴォーカル・ハーモニーには 10CCE.L.O ばりの華やぎとなめらかな手触りがあり、全体としては、SUPERTRAMP 辺りと共通するロックとポップ・テイストの絶妙のブレンド感がある。 マニアックなところでは、英国プログレと大陸風味の重なり具合という意味で、MACHIAVEL を思い出すのも正解だろう。 ピアノを主に、華麗な鍵盤さばきで演奏を支えるのは、後に CAMEL へ参加する名手トン・スヘルペンゼールである。 このスヘルペンゼールのプレイを軸に、鋭いビートを刻み細かなリズム・チェンジをこなすドラムス、レガートに歌うかと思えばエキセントリックな和声やひっかかるような速弾きを見せるギター、ブーストされた音色がカッコいいベースらが、小ぶりながらもタイトで小気味のいいアンサンブルを構成する。 そして、このアンサンブルによるリズムを強調した技巧的な演奏と甘く切ないメロディをフィーチュアしたパートのコンビネーションが絶妙なのだ。 やや性急で凝った演奏と卓越したメロディ・ラインが生み出すのは、緊張感と甘美な快感の今までにないブレンドである。
  
   1 曲目の中篇「Reason For It All」(6:29)は、ハイトーンのハーモニーとリック・ウェイクマンばりの華やかなピアノ、ギターがリードするゴツゴツしたアンサンブルなど、欧米に散らばる YES 影響下のバンドと同じ質感の音である。
  
   2 曲目「Lyrics」(3:42)は、クラシカルな歌メロこそ胸キュンものだが、大胆な 8 分の 5 拍子やシンセサイザー・サウンドはいかにもプログレ調。 メロディアスだがどことなくニヒルなハーモニーは 10CC に近いイメージだ。シングル曲。
  
   3 曲目「Mouldy Wood」(5:16)は、ギター、ベースを中心とした弾力ある演奏とモーダルな歌メロから GENTLE GIANTYES の中間に位置するようなイメージの作品。
  
   4 曲目の大作「Lovely Luna」(8:19)は、再び GENTLE GIANT 的だが、「Acquiring The Taste」の抽象世界により分かりやすい哀愁を盛り込んだ感じである。つまり、初期の P.F.M ということだ。 メロトロンが轟々と鳴り響く。ドラマーのピム・コープマンによる作品は一筋縄ではいかないものが多い。
  
   5 曲目「Hope For A Life」(6:49)は、ブギー風にもかかわらずギターとベース、ピアノらユニゾンによる堅調な反復が奇妙な酩酊感を生み出す。不思議な味わいの名曲。
  
   6 曲目「Ballet Of The Cripple」(4:39) メランコリックなトーン、ポップな歌メロ、逞しいリズム/ビートなど相反しそうな要素を巧みにまとめた不均衡の美学ともいうべき佳作。クラシカルなブリッジも効果的。 エキセントリックなものを緻密に編み上げてポップに仕上げる手腕は GENESIS ばり。
  
   7 曲目「Forever Is A Lonely Thought」(5:26) メロディアスで非常に繊細な弾き語り風の作品。 サビではメロトロンが夢幻の嵐を吹き上げる。ジャジーなピアノ・ソロによる間奏が鮮烈だ。コープマン作。
  
   8 曲目「Mammoth」(2:57) マイナーの THE BEATLES 風のセンチメンタルなポップスをコミカルな器楽、ヴォーカルが彩る。シングル曲。
  
   9 曲目「See See The Sun」(4:13) なんというか、正統的なポップス。主役のヴォーカルをメロトロン、ピアノ、オルガンが支える。 アコーディオンのおセンチな響きがいい。 メロディアスな KAYAK 節はこの作品が始まりだろう。シングル曲。
  
   10 曲目「Still Try To Write A Book」(2:01) ボーナス・トラック。
  
   11 曲目「Give It A Name」(2:44) ボーナス・トラック。シングル曲。
  
   作曲は、スヘルペンゼールとコープマン。 プロデュースは、ジェリー・ヤン・リーンデルとグループ。 リミキサーとしてアラン・パーソンズの名前もある。 邦題は「金環食」。 CD にはボーナス・トラック 2 曲付。

(EMI 5C 056-24 933 / CDP 1024 DD)

 Kayak
 
Ton Scherpenzeel grand piano, electric piano, French piano, synthesizers
 organ, harpsicord, vocals, accodion
Pim Koopman drums, percussion, marimba, vocals
Johan Slager electric & acoustic guitar, flute
Max Werner mellotron, percussion, vocals
Cees Van Leeuwen bass, harmonica

  74 年の第二作「Kayak」。 内容は、前作よりもメロディアスでバランスの取れた英国風ポップロック。 アイデアの感じられる個性的なシンセサイザー・サウンドやメロトロン、ギターとキーボード中心のアンサンブルなど、サウンドや演奏の面では凝ったプログレッシヴ・ロック的な展開もある。 音楽総体としては、プログレッシヴ・ロック風の展開は味付けであり、ヴォーカル中心のよりキャッチーで耳にしやすい音が目指されている。 「洗練」というとスタイリッシュで知的なイメージがあるが、そこはそれ、ダッチ・ロックの本能たる親しみやすいメロディが前面に出るため、クールさよりも愛らしさが全編を彩っている。 逆に、甘めのポップロックと思って流していると、ふいに目まぐるしく音を詰め込んだアンサンブルが現れて、ドキッとさせられたりする。 得意のメロディアスな甘さとエキセントリシティの絶妙のバランスの上に成り立った佳作である。 BEATLES の消化具合が ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA とよく似ている。 グラムの退廃した雰囲気がもてはやされていた同時代の英国よりも、ここの作風の方が英国ロックの芯をより確実にとらえているように感じる。
  
  「Alibi」(3:39)ドライヴ感あふれるギターがカッコいいスペイシーなポップチューン。 若干グラム風でもある。 リズム・セクションも手を抜かないのが 70 年代。

  「Wintertime」(2:51)タイトルのイメージとぴったり一致するおセンチな作品。 アコーディオンとメロトロン・ストリングスのデュオによる間奏に酔う。シングル曲。

  「Mountain Too Rough」(3:57)メロディアスで清らかな王道バラード。 間奏部はロマンティックなピアノと哀愁のメロトロン・ストリングス。

  「They Get To Know Me」(9:18)クランチなギターが印象的な幻想曲。 ギター・リフによるオブリガートの変拍子でさりげなく緊張感を演出。 間奏部のシンセサイザーとギターのやり取りは「プログレッシヴなロックンロール」と呼ぶのが一番似合いそう。 メロトロン・フルートもフィーチュアし、後半は神秘性が深まる。

  「Serenades」(3:33)ピアノ、ギターのキャッチーな変拍子リフが導くリズミカルなポップ・チューン。 ひねったメロディも「らしい」。

  「Woe And Alas」(3:01)メロトロン・ストリングスによる序奏とヴァースは再び凝ったリズム・チェンジを含むも、キャッチーなサビに落としていい感じでまとめている。

  「Mireille」(2:13)ハモンド・オルガン、メロトロン、マリンバらによる PROCOL HARUM 風のクラシカルなインストゥルメンタル小品。 この時代のストリングス・アレンジはどうしてもジョージ・マーティン風に聴こえてしまいます。次曲へのイントロダクション。

  「Trust In The Machine」(6:06)GENTLE GIANT によるエレポップのようなエキセントリックな作品。電子音、ノイズによる実験的な表現もあり。しかし主役を張るのはメロトロン。

  「His Master's Noise」(1:45)ピアノ伴奏の切ないバラード小品。ハーモニーがいい。なぜこんなに小さなスペースから世界を見通せるのか。

  「We Are Not Amused」(3:01)ボーナス・トラック。BEATLES 入ってます。シングル曲。

(EMI 5N 062-24993 / CDP 1025 DD)

 Royal Bed Bouncer
 
Ton Scherpenzeel keyboards, backing vocals
Pim Koopman drums, lead vocals on 4
Johan Slager guitars, backing vocals
Max Werner lead & backing vocals, mellotron
Bert Veldkamp bass, backing vocals

  75 年の第三作「Royal Bed Bouncer」。 内容は、さらに多彩なポップ度を増しつつも尖がったプログレ風味と甘めのロマンチシズムをアレンジに交えた好作品。 THE BEATLES 直系の英国ポップ、すなわち 10CCSTACKRIDGE と同質の音楽性に、よりストレートな甘みを加味してシニシズムを薄め、まろやかにしたような作風である。(CARAVAN に共通する感じもある) この卓越したメロディ・ラインを誇る隙のないポップ・チューンを支えるのは、クラシカルな味わいと未来っぽいイメージを一つにまとめて提示する、多彩かつ的確なキーボード・サウンドだ。 メロディアスにしてリズミカルで、無類の親しみやすさとともに上品なロマンの香りが漂う。 要は、70 年代中盤にラジオで流れていた一流のポップ・ロックの音なのだ。 そういうところへ、さりげなく、変拍子や鋭いアンサンブルをちらっと盛り込むところが、こちらの琴線にふれるのである。 傑作といわざるを得ない。 一気に時を飛び越える「魔法のタイムマシン」としての性能も高い。
   全 10 曲中、9 曲までトン・スヘルペンゼールが作曲、1 曲をピム・コープマンが作曲。PSEUDONYM からの再発 CD には 9 曲のボーナス・トラック付き。 うち、未発表のデモ曲 1 曲、シングル B 面が 2 曲(第一作の再発 CD にも収録)で、残りは第一作と第二作の作品。 本作品が再発 CD 化の第一号だったと思います。ジャケットはその CD のもの。US 盤 LP はジャケ違い。

  「Royal Bed Bouncer」(4:02)雅すぎるピアノが華やかに支えるグラム・ロック風の快速チューン。
  「Life Of Gold」(3:25)
  「You're So Bizarre」(3:48)
  「Bury The World」(4:21)
  「Chance For A Lifetime 」(4:15)KAYAK らしさ満点のパワーポップ・チューン。間奏部で変拍子アンサンブルからバロック風に展開する辺りが並みではない。シングル曲。
  「If This Is Your Welcome」(4:56)
  「Moments Of Joy」(4:00)
  「Patricia Anglaia」(2:14)
  「Said No Word」(5:15)ギター・リフは、完全に GENTLE GIANT だし、硬い感触のアンサンブルは YES に近い。
  「My Heart Never Changed」(2:33)頌歌のように古典的な響きのあるポップス。

(EMI 5C 064-25271 / CDP 1012 DD)

 Merlin
 
Edward Reekers lead vocals
Peter Scherpenzeel bass, recorder
Ton Scherpenzeel keyboards, vocals
Johan Slager guitar, banjo, flute
Max Werner drums, percussion, vocals
Katherine Lapthorn vocals
Irene Linders vocals

  81 年の第八作「Merlin」。 旧 A 面全部を占めるタイトル組曲をもつ事実上のラスト・アルバム。 中ジャケの写真を見ると、いいお歳のお兄さま、お姉さまが白い衣装に身を包んでおり、すっかり ABBA のようである。 前半の組曲以外は、シングル向けのポップ・ソングが並ぶ。 メンバーが「あまり意識していない」と語る通り、いわゆるプログレ臭さはなく、ギター/キーボード中心の 80 年代型ハード & メロー・ポップ路線に通じる音である。 バラード、アップ・テンポのロックといった明快な曲調の作品がバランスよく配置され、聴きやすさはチャート・ポップス並。 それでも、前半の組曲では、巧みな構成力と「優美にして快活、親しみやすく品がいい」という、「憧れのクラスメート」のような個性を発揮している。 ダッチ・ロックらしいセンスと音楽的な素養の広さが現れた佳作である。 ヴォーカルは英語。

  組曲「Merlin」は、ドラマチックな展開とシンフォニックな広がりのある、五部構成の大作。 甘くキャッチーなメロディと分かりやす過ぎるアレンジ。 ソロやアンサンブルにはプログレらしさが散見される。
  1 曲目「Merlin」(7:23) メロディアスなハードポップ・チューン。 ヴォーカル、ギターなどのキーとなるメロディのよさ、明快な押し引きによるダイナミックな展開、カラフルなサウンド、切れのいいリード・プレイなど、ポップにして劇的な語り口がみごとな傑作。 音数少ない単調な 8 ビートやシンセサイザーのリフはいかにも 80 年代初頭風、しかし、ロマンティックで明快なロックという意味では卓越した内容だろう。 美声のヴォーカルが、クサ目のドラマを堂々と仕切り、驚いたことに次第に説得力が生まれてくる。 厚みのあるアンサンブルから泣きのギターやシンセサイザーが飛び出してはソロを繰り広げるというシンプルなパターンが実に効果的だ。 また、何より全編印象的なメロディがある。 これに尽きるだろう。 管弦楽風の音はシンセサイザーだろうか、本物だろうか。

  2 曲目「Tintagel」(2:41) ロマンティックでややメランコリックなバラード。 アコースティック・ピアノがしっとりと歌に寄り添う。 このピアノが、クラシカルにして甘いファンタジーの香りを放つ。

  3 曲目「The Sword In The Stone」(3:31) 8分の 6 拍子の堅実なシャフル・ビートが支える行進曲風の作品。 力強さと繊細さを交差させた、劇的なオープニング。 ヴォーカルは微妙に緊張した面持ち。 ここでもギター、シンセサイザーによるフックのあるオブリガートが抜群にいい。 したがって、ヘヴィにならず、小粋で品がある。 最後にクラシカルな弦楽で受け止めるしかけがいい。 ものすごく懐かしい音です。

  4 曲目「The King's Enchanter」(2:42) 前曲からリズムを引き継ぐ、リズミカルなダンス・ミュージック。 シンセサイザーによるトラッド風のテーマがあまりに印象的。 メロディ・メーカーとしてのセンスは抜群だ。 トラッド風味とモダンなハードロック風味のバランスがいい。

  組曲のエンディング5 曲目「Niniane(Lady Of The Lake)」(7:22) 気品あるロマンティシズム、哀感、シンフォニックな感動を詰め込んだ終曲。 CAMEL の「Snow Goose」を思わせる感動作である。 第一曲のテーマも振り返りつつ、切々と歌を綴ってゆく。 演奏もアコースティック・ピアノから始まって、ストリングス、ギターが次々と現れて、大きなうねりのような盛り上がりを演出してゆく。 シンプルな歌ものバラードを華麗な終曲に仕立て上げた。 そして、やはり耳に残るのは、哀愁のメロディ・ラインである。

  6 曲目「Seagull」(4:10) EAGLES などのウエスト・コースト・サウンドか、はたまたナイアガラ・トライアングルかというポップ・チューン。 ヴォーカルは甘い声にもかかわらず品があり、ベタベタしない。 ちょっぴりメランコリックなメロディもいい。 海へ向かって吹き抜ける涼風のように爽快な作品だ。

  7 曲目「Boogie Heart」(4:11) ハイティーン向けのロックンロールを華やかに生まれ変わらせたナンバー。 THE BEACH BOYS から Billy Joel さらには E.L.O にも通じる世界である。

  8 曲目「Now That We've Come This Far」(4:29) ロマンチックな AOR 風バラード。 ピアノやヴォーカルのメロディ・ラインにクラシカルな品と落ちつきがある。 シンセサイザーやコーラスによる都会的な陰影も冴えている。 ギター・ソロはクサ過ぎ。

  9 曲目「Can't Afford To Lose」(3:19)ブラス・シンセサイザーの軽快なリフがワクワクさせる ALAN PARSONS PROJECT 風のポップス。 このリフは間違いなく耳に残る傑作だ。 シンセサイザーと呼応するように動いてゆくベースの生むビート感もよし。 シングル・ヒットしても何ら不思議のないポップ・チューンである。 贅沢な一級品。

  10 曲目「Love's Aglow」(6:03) ドリーミーなヴォーカルとフワーと広がるキーボードに包まれたスペイシーなナンバー。 ピアノ、アコースティック・ギターとシンセサイザーが生むビート感と、広がりあるシンセサイザーの音によるふんわりした雰囲気が、うまく補完しあっている。 名曲。 APP の「Eye In The Sky」を思い出す。


(Vertigo 6423 432 / CDP 1017 DD)

 Eyewitness
 
Ton Scherpenzeel Prophet synthesizer, Minimoog, Hammond L100, YAMAHA CD 80 piano
Johan Slager Ibanez guitar
Max Werner Customized Arbiter Drums
Peter Scherpenzeel Fender bass
Edward Reekers vocals

  81 年の第九作にしてラスト・アルバム「Eyewitness」。 新旧のレパートリーをスタジオ・ライヴ形式で収録し、「ライヴ」な KAYAK 最後の姿をとどめようとした作品である。 契約消化のための作品かもしれないが、「回顧録」という冴えたアイデアのおかげで聴き心地はすっきりとなった。 代表曲を並べて別れの挨拶としてまとめ上げようという意気込みがうかがえる、理想的なベスト・アルバムである。 内容は、ロマンティックでわななくようにセンチメンタルなメロディを卓越したギターとキーボードが支える贅沢なハードポップス。 作曲は全曲トン・スヘルペンゼールによる。 こうして代表曲が一堂に会すると改めて彼のメロディ・メーカーとしての才能を実感できる。 本作制作後グループは 82 年に解散。 CD と LP ではジャケットが異なる。ここの写真は、PSEUDONYM の CD のもの。
  楽曲は、キャッチーなヴァースと明快なサビをもつヴォーカルを中心にして、つややかなシンセサイザー・サウンドとドライヴ感のあるギターで盛り上げる典型的なハード・ポップ、明快極まるロックン・ロール、ピアノをフィーチュアした甘いバラードなど。 親しみやすさもほんのりとした物悲しさもフックもある完璧なメロディ・ラインを堅固なアレンジで仕上げた、口当たり以上に味わいの深いポップ・ロックである。 ただし前作の前半のようなシンフォニックな面は強調されていない。 曲は長いものでも 5 分半弱。 リズムの単調さなど気になる部分もあるが、テクニシャンの意地を見せるギター・プレイや躍動感あるキーボード・プレイをふんだんに散りばめたインストゥルメンタル・パートの充実度合いはさすがといえるだろう。 特にトン・スヘルペンゼールのシンセサイザー、オルガンのプレイは、音楽を単なるキャッチ―なポップ・ソングにとどまらせないクラシカルかつジャジーな彫の深さを付与している。 こうしてヒット・シングルをまとめて鑑賞してみると、時代の流れを巧みに泳ぐのはもちろん、80 年代という爛熟の時代の到来をも予感した鋭いセンスが感じられる。 息の長いグループならではの「生き方」が見えてくる。 各曲も鑑賞の予定。

  「Eyewitness」(3:18)新曲。
  「Periscope Life」(4:07)同名アルバムより。シングル曲。
  「Ruthless Queen」(5:03)「Phantom Of The Night」より。シングル曲。感傷とグルーヴのバランスのいい名曲。
  「Want You To Be Mine」(4:45)「Starlight Dancer」より。シングル曲。ロックからポップスへの過渡期を象徴する作品。
  「Lyrics」(1:58)「See See The Sun」より。シングル曲。クラシカルなイメージの小品。CP80 だろうか懐かしい電子ピアノの音だ。
  「Chance For A Lifetime」(4:21)「Royal Bed Bouncer」より。シングル曲。パワー・ポップの傑作。センチメンタルなメロディ・ラインとアッパーなビートの絶妙のコンビネーション。シンセサイザーのサウンドや間奏部の変拍子バロック・アンサンブルなど見事すぎるアレンジの魔法。
  「Who's Fooling Who」(3:42)新曲。
  「Irene」(3:10)「Starlight Dancer」より。電子ピアノをフィーチュアしたロマンティックなインストゥルメンタル。
  「Only You And I Know」(3:08)新曲。ELO 辺りと遜色ない出来のチャート向けポップ・ロック。
  「Winning Ways」(3:24)「Phantom Of The Night」より。シャフル・ビートのモーツァルト。
  「Starlight Dancer」(4:56)同名アルバムより。シングル曲。クラシカルなバラードからパンチの効いたハードポップへ。力作。再結成後の志向はこの辺りか。
  「No Man's Land」(5:19)「Phantom Of The Night」より。アッパーなロックンロール。 終盤のシンセサイザー・ソロは圧巻。

  「The Car Enchanter」(2:36)ボーナス・トラック。
  「Ivory Dance '94」(2:51)ボーナス・トラック。元々はシングル曲。 94 年にトン・スヘルペンゼールによって再録音された。

(Vertigo 6399 312 / CDP 1018 DD)

 Close To The Fire
 
Ton Scherpenzeel piano, organ, keyboards, accordion, backing vocals
Pim Koopman drums, backing vocals
Max Werner vocals, percussion
Rob Winter guitars, backing vocals
Bert Veldkamp bass

  2000 年の作品「Close To The Fire」。 ほぼオリジナル・メンバーが顔をそろえた 99 年の TV 出演をきっかけに活動を再開した KAYAK の復帰第一弾アルバムである。 内容は、ほんのりケルト風味を取り入れた大人向け叙情派シンフォニック・ロック。 というか、年月を積み重ねた KAYAK を想像したときのイメージそのままである。 歳降るとともに渋みこそ増したものの、音楽は往年そのままの姿といっていい。 華やぎと翳りが幾重にも重なりあい、えもいわれぬ色合いを放っている。 そして、サウンド、楽曲、演奏すべてにわたり、大げさではないのにしっかりと耳をとらえるセンスがみごと。 セルフ・カヴァーも堂々たるものだ。 いわゆる再結成ものとしてとらえるにはあまりに充実した内容といえる。 プロデューサーとして今なお活躍するスヘルペンゼールのメイン・バンドなのだから、当然といえば当然だ。 ヨハン・スレイガーの後釜であるセッション・ギタリストであるロブ・ウィンテルのプレイがアンディ・ラティマーに聴こえてしまう瞬間も。 プロデュースは、ピム・コープマンとトン・スヘルペンゼール。

(MICP 10190)

 Night Vision
 
Ton Scherpenzeel keyboards, vocals, accordion
Pim Koopman drums, vocals
Bert Heerink lead vocals, percussion
Rob Winter acoustic and electric guitars, mandoline
Rob Vunderink vocals, guitars
Bert Veldkamp bass

  2001 年の作品「Night Vision」。 リード・ヴォーカリストが元 VANDRBERG のベルト・ヘーリンクに交代、ロック・シンガーらしいパンチのある、しかし安定した歌唱を提供している。 今までのヴォーカリストと比べると格段にパワフルである。 メロディ・ラインとバランスのいい演奏があれば、このような交代が結局さほどインパクトをもたなくなってくるところが、このグループらしさである。 内容は、メロディアスでモデストな 70 年代終盤風ポップ・ロック。 管弦楽も動員し、前作よりも都会的でモダンなポップ・フィーリングを強調している。 それでも基本的な特徴は変わらない。 つまり、何よりメロディにのせて心のこもった歌を送り届けることを目指した音楽である。 14 曲中、12 曲をトン・スヘルペンゼールが担当し、ピム・コープマンは 2 曲しか提供していない。 スヘルペンゼールはメロディアスなバラードを基調に丹念なアレンジ(ギターやキーボードの入れ方はしっかり計算されている)で落ちついたシンフォニック・ポップ・チューンを仕上げているが、トーンが一本調子になるところがある。 派手にぶちかますピムの作品が多ければ、アルバムにもっとダイナミックな変化が出たと思う。
   「Icarus」は、ロマンティックなヴォーカルとゴージャスなアレンジで迫る重厚なシンフォニック・ロック。 ハードロック寄りの作風がなかなかのインパクトだ。 しかし、ヴォーカリストもハードロック畑出身であるにもかかわらず、なぜか音楽は KAYAK 以外の何物でもない切なすぎるロマンをあふれさせている。この辺がスヘルペンゼールの卓越したセンスというかマジックなのだと思う。後半には、カッコいいシンセサイザーでさりげなく見せ場を作っている。E.L.O 風のへヴィさで迫る「The Way Of The World」、「Tradition」は傑作。前者は曲とヴォーカルの声質がよく合っている。続く KAYAK らしさあふれる「Hold Me Forever」も違和感なく歌えているところはさすがだ。 一方後者は CAMEL の作品を思わせる叙情大作。コープマンらしい、いや KAYAK そのものといっていい切なさが胸にこみ上げる作品である。 「Carry On」は、往年のポール・マッカートニーやスティーヴィー・ワンダーのように完成されたポップ・バラードである。 ほのかなスコティッシュ風味がたまらない。 「Good Riddance」は、再びハードポップ路線であり、ヴォーカルとの相性は抜群。 「Rings Of Saturn」は、ほとんど大瀧詠一。どうしたって 81 年位を思い出す。
   全体に、ややパンチを効かせながらも得意の「愛くるしさ」をごく自然に盛り込めていて、大人向けのメロディアスなロック・アルバムとしての水準は軽くクリアしている。 しかし、それだけになおのこと、もう一つ変化があればと贅沢な願いをしてしまうのだ。 プロデュースは、トン・スヘルペンゼール。

(PROCD 2057)

 Merlin - Bard Of The Unseen
 
Ton Scherpenzeel piano, keyboards, backing vocals, percussion
Pim Koopman drums, backing vocals, voice-over
Bert Heerink lead & backing vocals
Rob Vunderink lead & backing vocals, guitars
Bert Veldkamp bass
Joose Vergoossen electric & acoustic guitars
guest:
Cindy Oudshoorn lead & backing vocals

  2003 年の作品「Merlin - Bard Of The Unseen」。 名作「Merlin」のタイトル組曲に新曲を交えて拡大し、再録音した作品である。 なめらかなヴォーカルとキャッチーなメロディ・ライン、タイトなバンド演奏による極上のポップ・ロックにオーケストラを動員した荘厳なアレンジが施され、これ以上望むことのできないほど豊麗なロック・シンフォニーとなっている。 全編を貫くこの気品はどこからくるのだろう。 暖かくポジティヴな作風にヨーロッパ大陸らしいトラジックな響きを吹き込むと生れ出てくるのだろうか。 メランコリーの内に豊かなロマンを感じさせる歌ものシンフォニック・ロックの傑作。 アップテンポのポップスから慈愛のバラードまで、旧作の楽曲の良さをしみじみ再確認できる。 プロデュースは、ピム・コープマンとトン・スヘルペンゼール。 コンセプトは、旧作と同じくスヘルペンゼールとイレーネ・リンダース。

(MICP 10190)

 Nostradamus - The Fate Of Man
 
Ton Scherpenzeel keyboards, backing vocals, bass, accordion
Pim Koopman drums, backing vocals, keyboards, guitar, percussion
Bert Heerink lead vocals
Rob Vunderink lead vocals, guitars
Monique VD Ster lead vocals
Edward Reekers lead vocals, voice-over
Syb VD Ploeg lead & backing vocals
Cindy Oudshoorn lead & backing vocals
Joost Vergoossen electric & acoustic guitars

  2005 年の作品「Nostradamus - The Fate Of Man」。 タイトル通り、預言者ノストラダムスをテーマとした作品である。 昔風にいうならば「トータル・アルバム」または「ロック・オペラ」であり、バンド演奏を管弦楽または教会音楽風のキーボード・サウンドとコラールが彩って高尚で厳かなイメージを作り上げ、そのイメージを頂点にすえて、さまざまな曲調を操り、ト書きというべきナレーションやモノローグも織り交ぜてドラマティックにストーリーを描いてゆく。 ヴォードヴィル調や得意のキレのいいメロディ・ポップ(親しみやすさをアピールする 3 曲目「Friend Of The Stars」はくやしいが耳に残る)も交えて、その多彩な筆致はいわば音の遊園地である。 バンドらしい小気味よさやカタルシスも忘れられておらず、「ポップスとしてのロック」という観点からの最良の例示の一つであるといえる。 もちろんプログレらしい急展開のスリルもある。(14 曲目「The Inquisition」の 2:40 辺りのキリエ・エレイソンからシンセサイザー・ソロへの展開はその一つ)全体としては、長編を得意とする CAMEL の 90 年代の作風をさらにゴージャスにした感じといえばいいだろう。 (KAYAK のリーダーがその CAMEL に参加していたのだから音が共通するのは当然といえば当然)
   個人的には、この作風はいわゆるシンフォニック・ロックというよりは、70 年代末以降のメロディアスなハードポップや HR/HM を熟成してまろやかな味わいにしたように感じる。 そして、時おりハッとするほど親しみやすく優美なメロディ(非常にクラシカルな旋律である)が現れて胸を打つ辺りが、30 年以上変わらぬこのグループのマジックだろう。 また、大人数のヴォーカリストを擁するだけあって、歌そのものの表現は非常に高品位だ。 主題として、ノストラダムスの予言の内容ではなく預言者としての本人の生涯に焦点を当てているところも興味深い。
   CD 一枚目は、きらびやかな序盤から、メロディアスな 4 曲目「Celestial Science」、コミカルなヴォードヴィル調の 5 曲目「The Student」、神秘的な 6 曲目「Dance Of Earth」、ほのかにケルト風味香るクラシカルなプログレ・ハード・チューンの 7 曲目「Fresh Air, Running Water, Rose Pills」など息をつかせぬ巧みな前半の展開を経て、ピアノがざわめくロマンティックで重厚なバラード 11 曲目「Save My Wife」で一つのクライマックスを迎える。(クライマックス直前の 9 曲目「Seekers Of Thursh」のサビで 70 年代から変わらぬ KAYAK 節が炸裂するのもうれしい) そして、再編後のこのグループらしさが出ているリズミカルな古楽調ハードポップの 13 曲目「Pagan's Paradise」(ケルト風の弦楽をフィーチュア)から、先に述べたスリリングな「The Inquisition」へと流れ込み、ポール・マッカートニーばりの名曲である 15 曲目「Wandering Years」でトドメをさす。 そして、終曲で軽快な 3 曲目「Friend Of The Stars」のテーマを回想するみごとな展開で二枚目へとつないでゆく。
   CD 二枚目、序盤では、男女ヴォーカルがかけあうゴージャズな 1 曲目「A Man With Remarkable Talents」、マギー・ライリーのようにプリプリの 4 曲目「The Flying Squadron」が目を引く。この辺りの作品を聴いているこのグループは 80 年代も余裕で駆け抜けられたに違いないという思いが強くなる。 続く 5 曲目「Dance Of Mirrors」はスコットランド風味のあるシンフォニックなインストゥルメンタル。やはりマイク・オールドフィールド的。 最初の高潮は、9 曲目「The Tournament」でやってくる。
   プロデュースは、トン・スヘルペンゼールとピム・コープマン。 CD 二枚組。厳粛さににじむ感傷、気品ある愛らしさ、哀愁とあふれる希望、すべてをまろやかに包んだ傑作。

(SMHR 2515)


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