ALAS

  アルゼンチンのプログレッシヴ・ロック・トリオ「ALAS」。 74 年グスタフォ・モレットを中心に結成。 作品は二枚。 タンゴも取り入れたラテン色濃いキーボード・ジャズロック。 EL&P プラス RETURN TO FOREVER

 Alas
 
Gustavo Moretto keyboards, wind, vocals
Alex Zucker bass, guitar
Carlos Riganti drums, percussion

  76 年発表の第一作「Alas」。 内容は、シンプルなテーマを幾重にも折りたたんで攻撃的にひきずり回す快速変拍子キーボード・ロック。 RETURN TO FOREVER のようなテクニカルなジャズロックに EL&P 風の近現代クラシック風味+サイケデリック・テイストを加味した作風である。 それはいわば、過剰に性急で技巧を無理やり押し込んだようなプレイの生む切迫感、緊張感と頼りなげなヴォーカルによるファンタジックな叙情性を感性の赴くままに一つにした、往年のイタリアン・ロックの荒っぽさと情熱を備えたカンタベリー・ジャズロックである。 つまり、ラテンの血に沸き立つ EGG であり、孤高の "カンタベリー特異点" GILGAMESH ということだ。 「技巧的な演奏」というよりは、「器楽による字余りの早口言葉」といった方が正鵠を射るようにも思う。 二つの大作は、それぞれ複数のパートから成る組曲風の作品。 変拍子による挑戦的な主題、ジャズロックらしいテクニカルなインタープレイ、幻想的な即興音響パートまでをひねくり回すような表現で貫く。 核となる印象的なメロディ・ラインがないところが弱点なのかもしれないが、演奏力と音響センスのままに奔放に振り回す演奏は痛快そのもの。 エレクトリック・ピアノを用いたジャジーなタンゴなどエキゾチックな表現もあり、さまざまな音楽要素が混じりあった面白さがある。 キーボードによる遠慮のない技巧の嵐があるだけに、トランペットやフルートによるエモーショナルな表現も俄然光ってくる。 俊敏な運動性、爆発的な情熱、素朴な歌心、これらが矛盾なくとけあうところが、南米プログレなのだろう。 エレクトロニクスを駆使しているはずなのに、どこかアコースティックで音も薄く聴こえるところがおもしろい。

  「Buenos Alres Solo Es Piedra」(15:48) テクニカルなプレイの連発でジャジーで情感あふれるアンサンブルをつなぐ、6 パートから成る、アヴァンギャルドな即興風大作。 キーボードは、攻撃的なオルガン、ムーグ・シンセサイザー、エレクトリック・ピアノなど。 スペイシーな即興の果てにトランペットが現れ、ジャジーなグルーヴが浮かび上がるクライマックス。 そして再び過激なテーマ演奏で結ぶ。 一貫した流れはさほど感じられないが、息を呑むような演奏が次々と飛び込み飽きさせない。
  ユニゾンと変拍子を多用したテーマ「Tango」は、せわしなくひたすら技巧的。 EGG を超えて GENTLE GIANT に肉薄し、追い越すような、複雑怪奇かつスピーディなアンサンブルである。 「Sueno」は、一転してメローでドリーミーな歌ものクロスオーヴァー。 「Recuerdo」は、ノイズが散在するフリー空間。 サイケデリック・ムーヴメントに影響された初期のエレクトリック・ジャズのイメージである。 次第に音の密度が上がって化学反応が始まるところは、原始宇宙の星々の誕生シーンを想像させる。 「Trompetango」は、再びスピーディでテクニカルなテーマ変奏へ。 今度はシンセサイザーによる挑戦的な演奏である。 レゾナンスの効いたアナログ・シンセサイザー独特のサウンド。 シンセサイザーの高揚から一度沈み込んで、ベースとキーボードによるカンタベリー調のキュートな交歓が始まる。 迸るようなハモンド・オルガン・ソロを経て、再びシンセサイザーによる痛快な演奏へ。 ストリングス・シンセサイザーの音が満ちはじめ、ベースのささやきに導かれて「Tanguito」。 万感胸に迫るトランペット・ソロ。 キワモノ色は払底され、オーセンティックなジャズのムードが強まる。 夜更けのけだるいもの思いが、ほのかにロマンティックな希望に変化する、その微妙な色調。 終章「Soldo」は、エレクトリック・ピアノとギターによる堅調にしてテンションの高い、典型的なジャズロック。 まろやかなシンセサイザーも積極的にリードを引き継いで走りに走る。 最後は、ハモンド・オルガンが序章の忙しないテーマを回顧し、狂おしいまでの加速とともに「フリージャズ化した EL&P」のような攻撃性をアピールする。

  「La Muerte Conto El Dinero」(17:36) シンセサイザーとエレクトリック・ピアノがフィーチュアされたジャジーかつアヴァンギャルドなシンフォニック・ロック。 7 パートから構成される。 目まぐるしく駆け巡る演奏における狂言回しは、フォーキーで素朴な暖かさのある歌唱である。 中盤では、ラテンのリズムでハモンド・オルガンが攻撃的に疾走し、ムーグ・シンセサイザーが鳴り響き、すっかり EL&P である。 キーボードは多重録音のようだ。 インストゥルメンタル・パートでは、最初期 RETURN TO FOREVER 風のラテンなファンタジー・テイストは残しつつも 1 曲目よりはジャズロック色を薄め、典型的なキーボード・ロックとなるところが多い。 終盤には、エキゾチックな SE とともに現れるフォルクローレ風のリコーダーやドラム・ソロもある。 全体としては、「Tarkus」のラテン風味版といった感じだ。

  「Aire」(4:35)ボーナス・トラック。 しなやかで逞しい快速ジャズロック。 音吐朗々たるムーグ・シンセサイザーからワイルドに火を噴くハモンド・オルガンまで、いわゆるキーボード・プログレ的なとんがったプレイを、爽やかなヴォカリーズやポップなテーマでまろやかにするという作戦は正しい。 痛快でカッコよく、なおかつロマンティックだからだ。 ポップスとプログレッシヴ・ロック、ジャズロックの境界を取っ払ったようなイメージである。 ベース、ドラムスのリズム・セクションの粘っこさも特徴的。 EL&P が、ジャズロックへ挑戦したらこうなったかもしれない。

(EMI 859850-2)

 Pinta Tu Aldea
 
Gustavo Moretto keyboards, bandoneon, flute
Pedro Aznar bass, synthesizer
Carlos Riganti drums, percussion

  77 年録音、83 年発表の第二作「Pinta Tu Aldea」。 内容は、ジャジーなピアノと攻撃的なオルガンをメインに、敏捷なベースと軽目で手数の多いドラムスがぴったりと追いすがる、変拍子キーボード・ジャズロック。 ベーシストは、後にパット・メセニーと活動する名手、ペドロ・アズナールに交代。 全般に、前作よりも、テクニカルなジャズロック調は強まり、シンフォニックなプログレ調がアクセントとして機能している。 細かなパッセージでユニゾンで決めるところや、ドラムレスの神秘的な空間に漂うエレクトリック・ピアノ、けだるげなヴォイスなど、初期の RETURN TO FOREVERMAHAVISHNU ORCHESTRA を思い出して正解だろう。 アズナールは、ベースのほかにシンセサイザーも操って要所で切り込み、鮮やかなアクセントを付けている。 おそらく、製作にさほど手をかけていないサウンドにおいて、このシンセサイザーとキーボーディストのモレットが担当するバンドネオンの音が一際異彩を放つ。 ラテン音楽とジャズ、ロックの融合という前衛的な試みながら、いわゆる英国プログレそのものといった感じはさほどでなく、官能的な表現と痛烈に技巧的なプレイが自然なノリを生んでゆく、優れた音楽となっている。 陳腐な表現だが、EL&P 的攻撃性と RETURN TO FOREVER 的グルーヴ、およびピアソラ的タンゴのミックスということになるだろう。 文字通りのフュージョンだ。 オルガン、ピアノ、バンドネオンから果てはフルートまでこなすモレットの技量と、ベース、シンセサイザー、アコースティック・ギター(クレジットなし)を巧みに操るアズナールの才気が、生み出した傑作である。 全曲インストゥルメンタル。 ボーナス・トラックのライヴ録音では、キーボード版 MAHAVISHNU ORCHESTRA のようなエネルギッシュな演奏を聴くことができる。

  「A Quienes Sino」(9:48)ストリングス・シンセサイザーによるスピリチュアルなムードのオープニングから、一気に、エネルギッシュなオルガン、ムーグ・シンセサイザーの炸裂する攻撃的な演奏へ。 シンフォニックな盛り上がりは GENESIS 風で、テーマは RETURN TO FOREVER 調のラテン風味あり。 アズナールも、遠慮なくテクニカルなベースを弾き捲くる。 ピアノがリードして雪崩れ込むキメのカッコいいこと! 後半からは、ジャジーなピアノを思い切りフィーチュアして走ってゆく。 オルガン、ストリングス・シンセサイザー、ピアノらによるシンフォニックな高まりを、ムーグ・シンセサイザー主導のテクニカルなユニゾンが引きずりまわして、ロマンあふれる大団円を迎える。

  「Pinta Tu Aldea」(10:16)大胆不敵なベース・ライン、挑発的なバンド・ネオンによるピアソラ風のタンゴ。 ドラムスともども急旋回を繰り返しテクニックを見せつける。 時おり、ふわりとメロディアスで美しい演奏に舞い降りる。 後半、再びテクニカルなアンサンブルが金切り声を上げて旋回しだすも、全体の印象は夢想的だ。

  「La Caza Del Mosquito」(7:06)
  「Silencio De Aguas Profundas」(13:30)
  「Live Session」(4:44)ライヴ・ボーナス・トラック。
  「Bs.As. Solo Es Piedra」(13:29)ライヴ・ボーナス・トラック。

(PRW 028)


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