YES のベーシスト 「Chris Squire」。 脱退したことのない唯一のオリジナル・メンバー。 ソロ作品は、75 年の作品と 81 年の EP および近年のビリー・シャーウッドとの共作。 2007 年ようやくのリマスターによる決定盤がリリース。
Chris Squire | bass, 12 string electric guitar, lead vocals |
Bill Bruford | drums, percussion |
Mel Collins | sax |
Jimmy Hastings | flute |
Patrick Moraz | organ, bass synthesizer |
Barry Rose | pipe organ |
Andrew Pryce Jackman | acoustic & electric piano, strings, brass, horn, woodwind, harp |
75 年発表のアルバム「Fish Out Of Water」。
牧歌的な面もロックンロールの躍動感も、この人のベースこそが YES の音の基調であることがよく分る、傑作ソロ・アルバム。
ほとんどエレキギターなしで低音から高音までベースを弾き捲くり、ヴォーカル・コーラスも一人でこなしている。
内容は、ヴォーカル、ベースを中心にフルート、サックス、キーボードも活かし、さらには管弦を大きくフィーチュアした、いかにも英国風のシンフォニック・ロック。
シンセサイザーを抑えてアコースティックな音を主にしたおかげで、当時流行のプログレ・ポップ風味よりも、ぐっと伝統的なブリティッシュ・ロック本流の味わいがある。
すべてが人工的な、いわば機械の如き運動を見せて緊張が持続する YES のアンサンブルに比べ、本作ではドラムス、オルガンがいかにもな動きを見せる以外は、むしろリリカルかつリラックスした演奏が主である。
ストレートな曲調やカントリー・テイストも、フルート、ピアノ、ストリングスを交えることによってぐっと陰影をもち、深みが出ている。
そして、ストリングスやホーン・ブラスの使い方もオーソドックスかつ効果的。
ただし、ホーンにしろウィンドにしろキーボードにしろ、全員が全員スーパーな技巧派である。
したがって、叙情的な曲調にもかかわらず、インタープレイには火花が散るようなスリルがある。
全体として、シンプルだが個性的なテーマを、音色の面白さと各ゲストの力量で味つけした作風といえるだろう。
なぜかヴォーカルの音量/バランスが YES のサイド・ヴォーカルの時と変わらないのもおもしろい。
作曲、アレンジ、プロデュースもスクワイア。
やや分離に欠ける音響のため、リミックスするとだいぶ印象が変わりそうなアルバムでもある。
「Hold Out Your Hand」(4:13)パイプ・オルガンとベースがかっこよくクロスするアップ・テンポのナンバー。
後の「Drama」で初めて表舞台に出る音がここですでに現れている。
曲構成がシンプルでストレートなだけで、メロディ・ラインは完全に YES。
ギターのコード・カッティングもスクワイア。
ベースがこれだけ弾き捲くる曲は、当時すさまじく新鮮だった。
それにしても YES のリズム・セクションはこんなにもかっこいいのだ。
オーケストラ入り。
「You By My Side」(5:00)ピアノ、ベースによるカントリー・フレイヴァーあふれるバラード。
ここでは幻想的な英国田園を髣髴させるフルートがすばらしい。
郷愁がある。
シンプルな曲をスキャット、ブラス、ストリングスが夢のサーカスのように彩る。
やはり THE BEATLES から脈々と続くブリティッシュ・ロックの流れに位置する作品である。
傑作。
「Silently Falling」(11:27)フルート、オーボエによるファンタジックな演奏にそっとベースとヴォーカルが寄り添ってゆく、美しすぎるイントロダション。
ピアノ、ベース・シンセサイザーによる低音の充実とオルガン、ヴォカリーズによる音の厚みは GENESIS 的。
ぐっと押してはすっと引く呼吸もみごとだ。
ドライヴ感のあるベースが、ミドル・テンポにもかかわらず、巧みに曲に躍動感を与えている。
渦を巻くような曲調からオルガン・ソロが一歩先んじてゆく快感。
高性能の機械のようなドラムスがアンサンブルを率いて飛翔する。
ベースとオルガンがせめぎあう。
そしてブレイク。
一転ホーンが柔らかく響き、ヴォーカルは穏やかに歌い出す。
再びネジをまくようなオルガン、ベース、ピアノのアンサンブルが立ち上がりかけるが、ピアノの演奏がふわりと抑え込み、やや沈んだヴォーカルが続いてゆく。
ロマンチックなストリングスが加わる。
ヴォーカルのリフレイン。
音が重なり合いシンフォニックな上昇気流が発生する。
雄大な流れ。
そして去ってゆく。
シンフォニックな大作。
綿密な構成よりも音の積み重ねによる分厚い演奏とインタープレイのスリルが中心のようだ。
可憐なオープニングからどんどん音が増えテンションが高まってゆく様子は息を呑むほどにスリリング。
そして登りつめたあとの安らぎがまたいいのだ。
「Luckey Seven」(6:54)エレピとコリンズのサックスをフィチューアしたジャジーでメローなナンバー。
ぼんやりとした音色を引き締める明確なドラムスがすばらしい。
但し歌メロだけはスクワイアらしいロックンロールである。
ベースはハーモニクスも交えギターなみに用いられている。
サックスとヴォーカルの絡みや、ベースとエレピの絡みなどそこここに見せ場がある。
終盤はストリングスが華麗に加わり、サックスはオーヴァー・ダブされて鮮やかに鳴り響く。
シンプルなリフをテーマに、ピリっと歯切れよいプレイを配したインスト中心のジャズロック。
さまざまな形で立体的な絡みを見せるアンサンブルがおもしろい。
これは YES では聴くことができない曲だ。
「Safe(Canon Song)」(14:56)
前曲の余韻を、オーケストラが包み込むようにファンタジックな響きへと昇華するオープニング。
ベース、ピアノの伴奏で静かにヴォーカルが歌い上げる。
賛美歌を思わせるドリーミーな歌が、すっとドライヴ感のある YES ミュージックへと変化する。
木管やハープがヴォーカルをぜいたくに彩っている。
歓喜と昂揚。
堅実なドラムスとベースのリードで小気味よく演奏が続く。
エンディング、そしてその余韻が、「A Day In The Life」 を思わせる。
(ATLANTIC 7567-81500-2)