イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「ERRATA CORRIGE」。 75 年結成。 76 年の第一作発表後、第二作のための楽曲を録音するも 77 年解散。 グループ名は ERRATA が「正誤表」なので、字義通りだとすると「正誤表の訂正」という皮肉めいた奇妙な意味になる。(ERRATA CORRIGE で「正誤表」という解釈もできる)
Marco Cimino | piano, Eminent solina, Elka Strings, Crumar organ, synth, cello, flute, vocals |
Guido Giovine | drums, vocals |
Giann Cremonai | bass, guitar |
Mike Abate | guitar |
76 年発表の唯一作「Siegfried, Il Drago E Altre Storie」。
内容は、カレッジ・フォーク風の歌ものからキーボードを活かしたシンフォニックな曲まで、ふわふわとパストラルな雰囲気を基調にしたメロディアスなフォーク・ロックである。
特徴は、落ち着きどころを見失ったような浮遊感、何もかもがあやふやな感じ。
とはいえ英国風のシニシズムやニヒリズムとは一線画す、素直にファンタジックでリリカルな世界である。
一貫するのは、繊細というか、自信なげなうつむき加減のヴォーカル・ハーモニー(たまに英国フォーク調)とフルート、ピアノといったアコースティックなサウンドである。
76 年以前のイタリアン・ロック全盛期のグループに比べると、破天荒さがない代わりに品よく整理された演奏になっている。
聴き込むことによってメロディのよさやアンサンブルの工夫などが見えてくる辺りは、英国ロックにも近いかもしれない。
実際、GENESIS や初期の KING CRIMSON の叙情的な部分だけを抜き出したようにも聴こえる。
おもしろいのは、これだけおとなしいサウンドでこじんまりとまとまったイメージなのに、編曲にはそれとは裏腹な大胆さがあること。
表現が穏やかなので気づきにくいが、通常の起承転結の脈絡をバラバラにしたような奇妙な演出がある。
全体としては、「ひ弱な GENESIS、イタリア風」という感じだろうか。
タイトルは、「ジークフリート伝説」をあらわす。
日本のファンの根強い人気に支えられて再発されたアルバムらしい。
マルチ・インストゥメンタリスト(スリーヴの写真ではチェロを演奏)のマルコ・チミノは、後に ARTI+MESTIERI へと加入する逸材。
ヴォーカルはイタリア語。
「Viaggio Di Saggezza」(2:36)
アコースティック・ギターの柔らかなストローク、フルートのさえずり、おだやかなピアノの響きが支えるソフトなフォーク・ソング。
展開部のピアノやスキャットなど、ラウンジ・ジャズ風味もある。
自然体は田舎風なのに、都会への憧れも捨てきれず、か。
この夢見がちなスタイルが基本のようだ。
刻むピアノ、ドラムスにはブリティッシュ・ロック風の渋みもあり。
序章というか、助走ですかね。
「Del Cavaliere Citadel E Del Drago Della Foresta Di Lucanor」(9:52)5 つの楽章から成る組曲。
微妙な雰囲気の変化が続くファンタジックな曲である。
イントロは、ギターによるなめらかだがのんびりとした感じのテーマ演奏である。
リズム・セクションのテンションが妙に高い。
すぐにフェード・アウト。
この無理やりなクロス・フェードはいくつかの作品で見られるが、まったく「慣れない」。
クロス・フェードするのは、滴るようなソロ・ピアノ。
それに導かれて、密やかなマドリガルが始まる。
GG 風ながらちょっと音痴なのが残念。
伴奏ではチェロがざわめき、切り返しではエネルギッシュなトーキング・フルートが現われる。
セカンド・ヴァースではこのフルートが伴奏に回る。
リズミカルだがメロディには微妙な陰影がある。
フォーキーというよりはクラシカルな響きのあるパートである。
一瞬のブレイク、そしていくつかのシンセサイザーが重なり合って勇ましく走り出す。
こねるようなドラミングは好き嫌いが分かれそうだが、シンフォニックなプログレらしい展開である。
ケリをつけるように、アナログ・シンセサイザーらしい丸みのある音色で短いソロを奏でると、再びブレイク。
エレクトリック・ギターのハーモニクスが静かに、しかしきっぱりと示すリフレインを野鳥の鳴き声のような効果音が取り巻く。
マーチング・スネアとベースのパターンが緊張を高めつつも着実な歩みを続け、力強いチェロ、ストリングスの調べとともに重厚なアンサンブルが走り出す。
シンフォニックで勇壮だが、フォークの無常感も失われない。
おそらくこのパートがクライマックスだろう。
最後は爆音。
またも、アコースティック・ギターのやわらかなコード・ストローク。
そして滴るようなピアノの響き。
空ろな視線のヴォーカル、竪琴のようにきらめくギターのオブリガート。
ハーモニーにも無常感が漂う。
二つのフルートがものさびしげに舞う。
シンセサイザーがテーマを何度か繰り返して終り。
今度はややカントリー調のギターのコード・ストローク。
元気はないがやや視線を上げるようなヴォーカルの表情、全体に、日ざしが差し込んだようにポジティヴな響きが生まれる。
ストリングスにささえられた、こだまのようなヴォーカル・リフレイン。
夢は醒めない。
夢見るようにソフトな表現でデリケートな、半覚醒のような世界を描いた佳作。
柔毛のようなサウンドに、さざめくアコースティック・ギターやドラムスによる躍動するリズムが命を吹き込み、ストリングスが厳かに導く。
アコースティック・ギターのストロークにも微妙な表情の使い分けがある。
アナログ・シンセサイザーの音色にセンスを感じる。
「Siegfried(Leggenda)」(7:12)
弾き語り風のアコースティックなヴォーカル・ハーモニーと日差しのように降り注ぐストリングス、誠実なピアノが物語を成し、デリケートな夢想世界が描かれる。
冒頭ではエフェクトされたエレクトリック・チェロが使われている。
ソフトなヴォーカル・ハーモニーはリズムを呼び出し、律儀なリズム・キープを経て、メロトロン風のシンセサイザーがゆっくりと浮かび上がる。
PINK FLOYD の影響はありそうだ。
ここからは二つの流れが交差するような不思議な展開となる。
まず、眠りから醒めたように、アコースティック・ギターがささやきフルートが舞い、ヴォーカルが戻ってくる。
あっという間に再び沈黙、そして再びリズムとともにストリングス・シンセサイザーが戻ってくる。
最後はファズ・ギターも加わって、ノイジーにシンフォニックに高まる。ヴォーカルもヘタな方に代わっている。
暖かみと脈絡のなさが夢の中にいるような気持ちにさせる作品だ。
「Siegfried(Mito)」(4:48)
弾き語り風の切ないバラードから器楽の充実したシンフォニック・ロックへと変化する。
伴奏は、朗々と哀愁を紡ぎ出すチェロとピアノ。
歌は頼りなげなハーモニー。
けたたましいファズ・ギターがオブリガートし、丹念なドラムス、ベースが力強く支える。
「引き」では、ストリングスを背景にアコースティック・ギターがキラキラ輝く。
テンポ・アップし、ジャジーなピアノ伴奏で二人目のヴォーカリストが明るく情熱的に歌い上げる。
ハイハット、タムを小刻みに叩く個性的(マイケル・ジャイルズ風というべきか、単にうるさいというべきか)なドラミング。
けたたましいドラミングの上で、包み込むようにストリングスが響き、ワウ・ギターの愛らしいリフレインがリードする。
純正イタリアンな歌と英国風のクラシカルな演奏のハイブリッドである。
「Dal Libro Di Bordo Dell "Adventure"」(5:47)
ピアノと打ち寄せる波の音で始まるイタリアらしいロマンティックな歌もの。
優美なテーマと情熱的なヴォイス、そしてチェロとフルートの伴奏もいい。
ファルセットのヴォカリーズ、ピアノとチェロによるゆったりしたアンサンブルから曲調は一変。
ストリングスの高まりとともに、一転してスリリングなアンサンブルへと変化。
それでもヴォーカルは穏やかさに満ちており、フルートは優美に舞う。
唯一ノイジーなファズ・ギターがアクセント。
決してうまくはないが、甘味ある声のおかげで味のあるヴォーカル。
歌に比べるとジャジーな落ちつきを見せるソロ・ピアノは格段に本格的。
ギターもジャジーなソロの方が向いているようだ。
ギターとピアノがエレガントなデュオを成し、夢見るようなストリングスの響きが、やがて打ち寄せる波の音に変ってゆく。
優美なインストゥルメンタルをフィーチュアしたメロディアスな歌もの。
「Saturday Il Cavaliere」(8:00)LP 未収録と思われるボーナス・トラック。(LP の収録時間は 30 分そこそこであった模様)
アコースティックで牧歌的なシンフォニック・ロック。
全編登場するフルートの響きと頼りなげなヴォーカルが印象的。
フルートがさえずり、アコースティック・ギターがコードを刻む序奏とメイン・ヴォーカル・パート、そして高鳴るマーチング・スネアによる行進曲を経て、重厚な弦楽奏と木管を思わせるオルガンのアンサンブルに、即興風のピアノ・ソロが大胆におりかさなる展開部、フルートがさえずるフォーキーなバラードへと一転するも、再び重厚な弦楽奏が轟々と響き、マーチング・スネアとともに先ほどのピアノに代わってエレクトリック・ギターが奔放なソロを繰り広げる。
アコースティックな歌ものとキーボード主導のシンフォニックなインストゥルメンタルを融合させた力作であり、このグループの作風を代表する作品である。
録音時期は不明だが、なんとなく最近のイタリアン・ネオ・プログレの世界に近い。
(VM 011)
Mike Abate | acoustic & electric guitars, oboe, vocals |
Marco Cimino | keyboards, mouth harp, cello, flute, vocals |
Giann Cremonai | acoustic & electric bass, acoustic guitar, vocals(on 1-5) |
Guido Giovine | drums, vocals(on 1-5) |
Giorgio Diaferia | drums(on 6-9) |
Paolo Franchini | bass(on 6-9) |
Arturo Vitale | vocals, sax(on 6-9) |
91 年発表のアルバム「Mappamondo」。
前半は、75 年に作曲された作品を 90 年代に録音したもの、後半は、77 年に録音された作品集である。
前半の 75 年作曲分は、現代の音で甦ったすばらしいシンフォニック・ロック。
GENESIS や EL&P の影響がよく分かる、キーボードを中心としたクラシカルで風格ある作風の秀作である。
後半は、時流への対応か、かなりポップ、ジャジーでアクセスしやすいサウンドになっている。
ARTI につながる作風といっていいだろう。
ヴォーカルはイタリア語。
「La Ballata Del Vecchio Marinaio」(9:46)「老水夫行」のようです。
「Patagonia Suite Part 1」(4:28)エマーソンばりのシンセサイザーが高鳴るクラシカルで勇壮な作品。あまり発展せずフレーズ一発なのが残念。冒頭のチェロのテーマは、バッハの作品を意識しているようだ。
「Patagonia Suite Part 2」(6:02)ここでも冒頭のチェロの演奏は、バッハの無伴奏組曲を多いに意識している。メインは、エキゾティック・モダンなヒーリング・ミュージック調(というかマイク・オールドフィールドか?)のシンセサイザーとピアノによるアンサンブル。
「Kubla Khan」(5:30)第一作の作風に近い、パストラルなイタリアン・フォーク・ロック。
ただし、音ははるかに洗練されている。
バグ・パイプかハーディ・ガーディを連想させるシンセサイザーのサウンドがすばらしい。
コールリッジのファンか?
「Dentro La Grande Mastaba」(2:42)再びややニューエイジ風のエキゾティックな小品。
オーボエやチェロをフィーチュア。
こういう作品でメロトロン・フルートが出てくるところがおもしろい。
「Sogno Americano」(4:00)ズッコケるほど爽やかな歌ものフュージョン。
ARTI のアルテュロ・ヴィターレのサックスを大きくフィーチュア。
「Zombie」(5:30)中期の ARTI によく似た、ジャジーな歌もの。再びサックスが活躍。一つ前の曲と区別が難しい。こちらの方が少しドラマがあるというか、GENESIS の名残があるというか。
「Danza Della Nuova Terra」(4:00)クールなスキャットをクールなフルートがなぞるアダルトなジャズロック。ラテン・パーカッションが効いている。
「Viaggiatore Senza Eta」(4:30)ジャジーなイタリアン・ポップス。
(MMP 117)