フランスのプログレッシヴ・ロック・グループ「PULSAR」。 60 年代にリヨンにて結成。 77 年までに三枚の作品を発表し、活動休止するも、一時復活、劇伴作品を発表。 89 年再復活し、新作発表。シンセサイザーやメロトロンを駆使して暗く耽美な幻想世界を創出する、フランス屈指の名グループ。
Jacques ROMAN | organ, piano, ARP synthesizer |
Victor BOSCH | drums, percussion |
Gilbert GANDIL | guitars, vocals |
Philippe ROMAN | bass, vocals |
Roland RICHARD | flute, string ensemble |
75 年発表の第一作「Pollen」。
その内容は、脈動する星雲や轟々と炎を巻き上げる恒星をかなたに臨みながら疾走するような、耽美で幻想的なロックである。
音は、塗りこめたような漆黒の空間をきらめきながら漂う。
どこまでも空間を押しひろげてゆくキーボードと不気味な信号のようなリズム・セクションを軸にマジカルなヴォカリーズ、電気に満ち火花を散らすファズ・ギター、孤独感をかきたてるフルートらを配し、独特の暗く瞑想的世界が構築されている。
闇黒の海をひたひたと漂流するような音響は、不安をかきたてると同時に原始の海のようなえもいわれぬ暖かみを感じさせる。
たゆとうような静けさが基調にあるせいか、ひとたび走り出したときのうねるようなドライヴ感がより強烈に響いてくる。
3 曲目や 4 曲目では神秘性にとどまらない怪奇なパワーも披露している。
それでも、全体としては「ヘヴィ」というよりは、暗いロマンティシズムをはらむ音というべきだろう。
技巧の緻密さではなく、音そのものの質感で勝負するタイプであり、地味な面もあるがデリケートな表情をもつ楽曲の説得力は大したものだ。
全体のムードは一貫しており、第一作とは思えぬほどの完成度の高さである。
凶暴なサイケデリック・ロックの嵐を通過した後の虚脱感を土壌にしてシンフォニックな要素が現れてきた作風、という見方もできそうだ。
当時は目新しかったシンセサイザーによるエレクトリックな音響効果を活用しているが、今聴くとそちらよりもアコースティック・ギターやピアノ、フルート、ヴォカリーズによる叙情的で夢想的な表現に音楽的な普遍性を感じる。
タイトル・ナンバーは 12 分にわたる変化に富む集大成的作品。
ヘヴィなフレーズの切れ味はアルバム中一番だ。
しかし、最終的には、ゆりかごに揺られるような心地よい酩酊へと導かれてゆく。
ATOLL を YES とすると、こちらは初期の KING CRIMSON や PINK FLOYD を思わせる音である。
ストリングス・アンサンブルがメロトロンならはさらに初期 KING CRIMSON に接近しただろうし、フルートは、どうしたって「I Talk To The Wind」を思い出させる。
また、4 曲目のインダストリアルなタッチからは、祖先を同じくする HENDON と共通する凶暴な不安定さも感じる。
一方、空ろなヴォーカルと淡々としつつも無常感あふれるタッチはやはり FLOYD だろう。
「Pulsar(脈動星)」(3:00)
「Apaisement(鎮静)」(7:30)
「Puzzle/Omen(謎解き/前兆)」(8:00)
「Le Cheval De Syllogie」(7:00)
「Pollen(花粉)」(13:05)
(CD 935/BPE 104 / MUSEA FGBG 4015.AR)
Jacques ROMAN | organ, Moog, synthesizer, Mellotron, bass |
Victor BOSCH | drums, percussion |
Gilbert GANDIL | electric & acoustic guitars, vocals |
Roland RICHARD | flute, Solina |
76 年発表の第二作「The Strands Of The Future」。
内容は、サイケデリック・ロックの延長上にあるスペース・サウンドとクラシカルな交響楽を融合した個性的なシンフォニック・ロック。
PINK FLOYD をややクラシカルにしたような、独自の境地である。
キーボード・オーケストレーションを軸にしたエレクトリックかつ悠然たる演奏に、フルートやアコースティック・ギターによる叙情的な表現を散りばめており、作風に奥深さがある。
ギターやオルガンのけばけばしくも神秘的でくぐもった音調は初期 ANGE やサイケデリック・ロック直系、そして重厚なシンセサイザー・サウンドはヴァンゲリスの表現にも近い。
音響への繊細な心配りとメロディアスなプレイを積み重ねた叙情的なトーンの中に激情の迸りも収め切った密度の高い音楽だ。
英国プログレ大御所の手法も巧みに取り入れている。
ベーシストは脱退した模様。
よく見るとやや不気味なことに気づくジャケット画は、卵子に群がる精子の戯画でしょうか。
「The Strands of the Future」(22:08)
シンセサイザーによるサイケデリックなスペース・サウンド、ドライヴ感あるロック・アンサンブル、リリカルな歌唱を組み合わせたオムニバス風の幻想絵巻。
核となるのはミドル・テンポによる沈んだ表情のインストゥルメンタルである。
PINK FLOYD 風のサウンドには、ナイーヴなロマンチシズムも感じられる。
そして、反復のうちに漂うサウンド・スケープにメロディアスなテーマが浮かび上がり、メロトロンが響き始めると、一気にシンフォニックな高揚巻が生まれる。
リズムも小刻みに変化しており(変拍子パターンは得意なようだ)、キーボードのサウンドとともに曲の表情を巧みに操っている。
後半から終盤は、オムニバス調に進み、荒々しく高まるところには KING CRIMSON、巧みなリズムの変化で疾走する場面には GENESIS のイメージもある。
エピローグ、アコースティック・ギターのアルペジオとイアン・マクドナルド風のリリカルなフルートに導かれる演奏が限りなく気高く美しい。
本作のような、サイケデリアとシンフォニック・タッチの融合という作風は、他にはなかなか見られない。序章と終章にはジャーマン・ロックっぽいセンスも感じる。
「Flight」(2:37)シャープな 3 拍子で走る、いきなりクライマックスな CAMEL 風小品。
圧倒的な勢いでほとばしるメロトロン・クワイア、メロトロン・ストリングス(ソリーナか?)、ねじれ、うねるムーグ・シンセサイザー。
中間部の泣きのスキャットもいい。
アタックの弱いキーボード・サウンドは、ピート・バーデンスのセンスに通じるものあり。
フルートがさえずると余計にその思いが。
インストゥルメンタル。
「Windows」(8:47)
PINK FLOYD 調の虚脱したヴォーカルをフルートとアコースティック・ギターが支える歌ものと KING CRIMSON/GENESIS 風のインストゥルメンタルから叙情的なバラード。
ゆったりしたファンタジーのベールに毒気がじわっと染み出てくるようなイメージである。
中盤の「楽天的なデイヴ・ギルモア」のようなギター・プレイがいい。
それにしてもフルートがイアン・マクドナルドだ。
英国プログレのいいとこどり。
ヴォーカルは英語。
「Fool's Failure」(10:17)
音楽劇調の大作。
陰陽を行き交う緊迫感のある展開の底に、優れたポップ感覚が垣間見える。
つまり、英国プログレ流を極めているということだ。
イントロのメロトロンには思わず耳を奪われる。
基本は、初期の GENESIS/KING CRIMSON に通じるシンフォニック・サウンドであり、フレンチ・ロック特有のシアトリカルなモノローグに暗鬱なメロトロンが重なる場面や、フルート、アコースティック・ギターのアンサンブルなど、心憎いばかりにツボを押さえている。
エピローグでは、PINK FLOYD 流の効果音にメロトロン・クワイアがオーヴァーラップする。
ヴォーカルは英語。
(MUSEA FGBG 4018.AR)
Jacques ROMAN | keyboards, synthesizer, mellotron, special effects |
Victor BOSCH | drums, vibes, additional assorted percussions |
Gilbert GANDIL | 6 & 12 electric & acoustic guitars, vocals |
Roland RICHARD | flute, clarinet, acoustic piano, string ensemble |
Michel MASSON | Fender bass |
77 年発表の第三作「Halloween」。
麻薬的な魅力を持つ最高傑作。
オリジナルの幻想物語を主題とし、LP 各面 1 曲、パート 1 とパート 2 の二部構成である。
多彩な楽器による空間的で耽美なシンフォニック・サウンドは、いわば PINK FLOYD (アコースティック・ギター、ゆったりしたキーボード、ドラムスなど)と KING CRIMSON (管楽器、オーヴァードーズ気味のメロトロンなど)と GENESIS (エレキギター、シンセサイザー)のいいところ取りである。
全体のバランスとしては、キーボードの音をフル活用したサウンドであり、メロトロン以外にもアコースティック・ピアノとシンセサイザーが美しい。
なめらかで静かな語り口にもかかわらず、どこか底無しに空ろで不安定、不健康なものが感じられる。
リスナーを惑溺させる「妖婦」タイプの危険な作品だ。
ひっかかったら最後だがひっかからない人生もまた空しいものである。
英国プログレの有名どころの作品から、スペイシーで悪夢的なシーンばかりを集めて丹念に織り合わせたといってもいいだろう。
ヴォーカルは英語。
ベーシストは新規加入。
「Halloween PartT」
「Halloween Song」オープニングは無伴奏のヴォカリーズによるイギリス民謡(アメリカでは「ダニーボーイ」で有名)。
一瞬女性かと思わせるファルセットによる舌足らずなヴォカリーズが哀れを誘う。
伴奏はピアノ。
「Tired Answers」
ゆったりと満ちあふれるメロトロン、ストリングスの上に、メロトロン・フルートの旋律が物悲しく流れる。
応ずるのは、アコースティック・ギターによる息を呑むように鮮烈なアルペジオ。
胸に詰まるような哀しさに満ちたメロトロンのテーマと、ギターのアルペジオを交互に繰り返すうちに、さまざまな思いが高まり息苦しくなってゆく。
揺らぎながらも暖かみをもっていたメロトロンは、ドラムスの激しい打撃音とともに、轟々たるシンセサイザーに圧しかかられ、電子音の渦へと巻き込まれる。
冷酷に時を刻むようなハイハット、険しいシンセサイザーのリフレイン、それでも高まるストリングス、脈動する電子音に重なり、不安をかきたてるメロトロン。
ドラが打ち鳴らされ、緊迫感がどんどん高まってゆく。
やがて、ドラムスが 16 分の 7 拍子を荒々しく打ち鳴らし始めると、ギターが狂乱し、ベースは巨人の足音のように迫ってくる。
荒れ狂う演奏を貫くのは、不気味なシーケンス風の低音、そしてさまざまな音色であらゆる方向から攻め立てるシンセサイザーである。
ストリングスも悩ましげに身悶える。
乱れるギター、音程を上げて絶叫するストリングス。
リズム、シーケンスが秩序を維持するも、演奏は、すでに取り返しのつかない狂乱の嵐である。
クロス・フェードで湧き上がるのは、ギターのアルペジオとつぶやくようなハーモニクス。
嵐は去り、再び、静けさが戻ってくる。
グラス・ハーモニカを思わせる繊細なヴァイブが、ゆらめくような音を並べてゆく。
「Colours Of Childhood」
ピアノとギターのアルペジオの哀しげな伴奏とともに、フォーク・タッチのヴォカリーズが現れる。
高まるピアノとオルガンによるリフレインにムーグが重なり、ドラマチックな演奏へ。
いったん、ギターとピアノによるおだやかな演奏へと沈み込むも、再び、オルガンのリフレインにムーグの電子音が重なる。
ギターとピアノのデュオとシンセサイザーの電子音が呼応を始める。
長調の和音を響かせるピアノ、ギターの伴奏で、ロマンティックなヴォーカルが始まる。
ようやく安定した地平へとストーリーが動き出す。
しかし、間奏は、再びギターとピアノのデュオとシンセサイザーの電子音の幻想的な応酬である。
美しいピアノがヴォーカル・コーラスを支える。
そして間奏のコール・レスポンス。
アコースティック・ギターのプレイは、KING CRIMSON の「Lizard」を思わせる。
うっすらと響き渡るストリングス。
低くノイズが蠢く。
深いエコーの打撃音。
ノイズが荒々しく絡み合い、やがてスリリングなリズムとともに、オルガン、ギターのテーマが浮かび上がってくる。
ヘヴィなギターとストリングスで走る演奏に、電子音が追いすがるように絡みつく。
エモーショナルなフレーズを紡ぎ、切なく歌うギター。
脈動する電子音。
せめぎあうギター。
スペイシーながらも疾走感ある演奏だ。
いまだ混沌としたイメージである。
「Sorrow In My Dream」
ドラムスの激しい二拍の打撃をきっかけに、演奏は歩みを緩め、静けさが戻る。
位相をずらしながらねじれてゆくシンセサイザーの響きの上で、やや芝居がかったヴォーカルが歌いだす。
前編のまとめのような劇的な歌ものである。
切ない歌のメロディを重苦しい演奏が支えて進む。
シンセサイザーは、ほとんど電子音といっていい音であり、アナログ特有のねじれるような音を迸らせる。
教会を思わせるオルガンも次第に広まってゆく。
延々と続く強い打撃音、そして切実に訴えかけるヴォーカル。
厳かな空気をオルガンとシンセサイザーが満たしてゆく。
やがて、すべてが消えてゆく。
20分弱の超大作。
多彩なシンセサイザー、メロトロンを軸に、ピアノ、ギターなどアコースティックな音でアクセントをつけた、内省的かつ夢想的な音絵巻である。
「Colours Of Childhood」では、スピード感あふれるハードな展開でピークの一つを迎えるが、それでも、全体の印象は暗く重く耽美である。
外ではなく、内側に向かって牙をむくようなところがある。
全体として、シンフォニックというよりは、サイケデリックというべきだろう。
密やかで耽美な第一楽章。
「Halloween PartU」
「Lone Fantasy」
何かを打ち鳴らす音が、深いエコーをともなって広がってゆく。
次第に背景に騒音か群集のうめき声のような音が渦巻き始め、激しく弾む息遣いも重なってくる。
怪しく不安感の高まるオープニングだ。
すべてを拭い去るようにアコースティック・ギターの和音がかき鳴らされ、チェロが朗々と歌いだす。
奇妙なパーカッションのアクセント。
豊かなストリングスの響きとともに、歌が始まる。
ロマンティックな歌を支えるのは、空ろにたたずむように爪弾かれるピアノ、ヴァイブそしてチェロの哀しげな旋律。
ヴァイブ、ギター、ピアノらによる切なくも暖かい演奏が続く。
クラリネットがささやき始めると、エレキギターが応え、ややジャジーなインタープレイの趣も現れる。
フェード・アウトして初めて気づくメロトロンの響き。
包み込み酔わせる演奏であり、マイナーの CAMEL といった雰囲気である。
「Dawn Over Darkness」
激情が突き上げるように、バスドラと銅鑼が重く打ち鳴らされる。
ミドル・テンポで始まるのは、シンフォニックなキーボードの高まりに支えられた朗々たるエモーショナルなギター・ソロ。
ツイン・ギターがカッコよく交差し、ドラムスもいい感じで盛り上げる。
悠然とした演奏はいつしかアコースティック・ギターのアルペジオに塗り変えられて弾き語りフォーク風の歌が始まる。
フルートとギターがヴォーカル・ハーモニーを愛らしくオブリガートし、GENESIS 風のファンタジックなアンサンブルとなる。
透明で丹念なアルペジオとともに、ホイッスル調のシンセサイザー、エレキギターの調べにのせて、ロマンティックなハーモニーが高まる。
イタリアン・ロックの最高潮時を思わせる正調ロック・シンフォニーである。
「Misty Garden Of Passion」
鳥のさえずりのようなムーグ・シンセサイザーのリフレインを残して、すべては去ってゆく。
管弦調のメロトロンの静かな調べがゆるゆると漂う。
物悲しくも夢見るような調子は、ドビュッシー、ラベル、フォーレら印象派のものだろうか。
はかなくも美しいブリッジだ。
「Fear Of Forest」
力強いバスドラの打撃が続く。
ドラムスの打撃とともに激しくクレッシェンドとデクレシェンドを繰り返すノイズ。
湧き上がるノイズに重なるアコースティック・ギターのアルペジオ。
ミュージック・ソーを思わせる震える電子音が不気味に高く低く唸り始める。
小刻みなビートが放たれ、一気に緊張は高まる。
GOBLIN を思わせるシャープな演奏のスタートだ。
ベースとギターが小刻みな変拍子のリフを刻み、ムーグ・シンセサイザーは、軽やかなピッチ変化を多用した奔放なソロを繰り広げる。
ここまでの耽美で沈み込んだ演奏とは裏腹な、激しく硬質な疾走である。
「Time」
ピアノの低音が演奏を断ち切る。
静寂、そして吹き上がる霧のようなストリングス・シンセサイザー、暖かな海のようなメロトロンの響き。
古い思い出を彩る楽団のような懐かしく、はかない音が高まる。
謎めいた賛美歌のような歌がかすかに流れ、夢は消えてゆく。
悪夢の始まりを思わせる「Lone Fantasy」の暗く幻想的なアンサンブルを、雄大なシンフォニーである「Dawn Over Darkness」が一転させて、曲調を力強く肯定的に変化させている。
「Fear Of Forest」では「転」というべき鋭くやや狂気めいた動きを見せるも、終章「Time」では、茫洋とした世界ですべてが浄化されてゆく。
一気に聴けてなおかつ物悲しい味わいを残してゆく、みごとな作品だ。
前半は詩的でスペーシーであり、後半はクラシカルでシンフォニックな様式をはっきりと感じさせる。
混沌とした夢幻世界を描くシンフォニック・ロック。
メロディに揺られゆったりとたゆとうような場面から、重苦しくも走り続ける緊迫感のある場面までを、自然につないでドラマと成す傑作である。
カオスそのもののもつ暖かみと安らぎを思わせるメロトロンの響きと、アコースティック・ギターの明確にして哀愁あふれる音色、さらにはヴァイブやフルートまで、さまざまな音を散りばめつつも、翳りのあるファンタジーとして一貫したイメージを与えるのだ。
鋭角なものは何もない、ひたすらまろやかで甘美な夢の世界を、しばし旅したような気分にすらなる。
没入すると快感を伴うサウンドという意味では、サイケデリック、トリップ・ミュージック的な力をもっているようだ。
これは世評に違わぬ屈指の名盤である。
ドラムス、パーカッションのプレイに PINK FLOYD の強い影響を感じます。
(MUSEA FGBG 4022.AR)