CRACK

  スペインのプログレッシヴ・ロック・グループ「CRACK」。 79 年 Chapa レーベルから唯一作を発表。

 Si Todo Hiciera
 
Alberto Fontaneda guitar, flute, vocals
Mento Hevia keyboards, vocals
Rafael Rodriguez guitar
Alex Gabar bass
Manolo Jimenez drums

  79 年発表のアルバム「Si Todo Hiciera」。 内容は、ピアノ、シンセサイザーを主とした、クラシカルなオーケストレーションが特徴の叙情的なプログレッシヴ・ロック。 他のスペインのグループとは異なり、スパニッシュなメロディよりも、クラシック風のアンサンブルによるドラマチックな展開が持ち味である。タイトルは「すべてがかなえば」という意味のようだ。 演奏は、堅固な四度進行やコラールなど、プログレ風に聴かせるための様式をきっちりおさえている。 やや後発グループというのも手伝ってか、先達の語法を整理した上での、的確なアプローチのようだ。 タイトル曲である大作で見せる細かいリズムのジャズロック的な進行など、演奏テクニックは申し分ない。 凡百の観念先行型グループとは異なる。 ファルセットや混声のコーラス、ベースも含めて、ギター、キーボードの旋律が層を成して進むスタイルは、強いていえば、YES だろう。 ただし、柔らかなメロディ・ラインや、堅実なオスティナートにセンスよく小技を効かすキーボードのプレイ/音色は、やはりトニー・バンクスを思わせるものである。 頻繁にリズムの変化をつけながら、ピアノとアコースティック・ギターによる繊細なシーンから迫真のトゥッティまで、幅広い種類のアンサンブルでストーリーを綴ってゆき、いつしかシンフォニックなクライマックスへと到達する様子には、「Foxtrot」期のシンフォニックな重厚さを持つ GENESIS がオーヴァーラップしてくる。 舞い踊るようなフルートも、そう思わせる一因だろう。 さらにいえば、テクニカルにして哀愁ある歌心に満ちた曲調、厚みのあるアンサンブルによるめくるめく展開とくれば、イタリアの LOCANDA DELLE FATE にも迫らないだろうか。 かように、英欧の大御所との比較に無理がないほどの高い完成度をもつ内容なのだ。 ファルセット・ヴォイス、ヴァイブ、メロトロンなど、豊かな音をぜいたくに使ってゆくアレンジには風格すら感じさせる。 テーマにはエキゾチックな強引さがあるにもかかわらず、演奏は極めて理知的でナチュラルである。 ヴォーカルとインストの比重はやや後者が高い。 まず馴染みやすく哀感の強いメロディ、続いてアンサンブルの多彩な変化を味わうべき作品だ。 音では、独特の変調効果を多用するシンセサイザーと細かいビートを適度な重みで叩き出すドラムスが印象的。 スパニッシュ・プログレに愛想が尽きたら、このド真ん中なプログレで耳直し。

  「Descenso En El Mahellstrong」(5:27)ピアノ、フルートが美しいリリカルなインストゥルメンタル。 メロディアスだが甘すぎず、緊張感を維持し攻めるところではかなりヘヴィなアンサンブルも見せる。 終盤で一気にエモーションを吐き出し、熱い余韻を残す。

  「Amantes De La Irrealidad」(6:15)混声のコーラス・ハーモニーをピアノ、アコースティック・ギターが守り立てるイタリアン・ポップス風の幻想的なバラード。 シンセサイザーを多用する間奏部のインストが充実する。 トレモロのようなエレクトリック・キーボードにびっくりするが、切ないムーグのプレイは魅力的。 賛美歌風のヴォカリーズはメロトロンだろうか。 ギターとシンセサイザーを軸に、駆け上ってゆくハード・ドライヴィンな演奏がカッコいい。 最後は再び美しく幻想的なヴォーカル・パート。

  「Cobarde O Desertor」(4:56)アコースティック・ギターのストロークと歌メロがスペインらしさを仄かに醸し出すラテン・ポップス風のナンバー。 エレクトリック・キーボードやギターのせいで、スペイン風というよりはフュージョン・タッチに聴こえてしまう。 これはスパニッシュ・ロックの宿命だろう。 エコーを効かせたファルセットと地声のツイン・ヴォーカルと、ヴァイオリン奏法のギターは、YES のおだやかなシーンを思わせる。 後半の盛り上がりは、いかにも南地中海風の明るさ。 シンセサイザーのソロ、つき抜けたようなギター・ソロがみごとだ。

  「Buenos Deseos」(3:54)カンタゥトーレ調のハートフルな歌を、光の泡をたてるようなシンセサイザーが取り巻く爽やかなナンバー。 オープニングが妙に挑戦的で、プログレ風味たっぷり。 しかし、一度歌が始まれば、ツイン・ヴォーカルのかけあいは南米ものに通じる美しさである。 間奏のリードは、ムーグ・シンセサイザーであり、コラールはメロトロン。 後半、リズム・セクションもややジャジーなニュアンスをもち始める。 エコーでにじむサウンドのせいで、涼感よりもスペイシーなファンタジーの趣が強い。 終盤のベースがもう少しうまいと SERU GIRAN のようになったかもしれない。

  「Marchando Una Del Cid(Part 1 & 2)」(7:45)イタリアン・ロックの王道をゆくような無限変転不可逆型の快作。 クラシカルなメロディ、ハーモニーを多用し、フォーク・タッチのヴォーカルと痛快なソロを巻き込んだシンフォニック・ロックである。 シャフル・ビートによる勇壮な JETHRO TULL 風のオープニングから、メロトロン・コーラスが支える伸びやかなヴォーカル・パート、クラヴィネット、チェンバロとギターによる熱いアンサンブル、アラビックなエキゾチズムの演出、突っ込み気味のトゥッティ、ピアノのオスティナートとフルートのデュオが、メロトロンとともに、ジャジーなプレイへと変化し、スピーディなムーグ・ソロ、壮麗なオルガン、シンセサイザー、フルート、そして厳かなヴォーカルから終章へとテンポ、リズム、ハーモニーをめまぐるしく変化させつつ一気呵成に突っ走る。 特に、随所でクラシカルなプレイを決めるピアノがカッコいい。 前半でやや不満がたまったリスナーも、この一曲でカタルシスを感じずにはいられないはず。

  「Si Todo Hiciera Crack」(10:11)メロディアスな男女のツイン・ヴォーカル・ハーモニーを軸に、アコースティックな音を活かしたヘヴンリーな歌ものシンフォニック・ロックとシャープなエレクトリック・アンサンブルを合体させた大作。 どちらかといえばフォーク風味のある前半のヴォーカル・パートを経て、後半はピアノ、シンセサイザー、ギター、フルートらが、鋭い演奏を見せる緊迫感あるインストゥルメンタルへと進む。 ほのかにエキゾチックなメロディとギター、キーボードによるポリフォニックなアンサンブル、タイトなリズムによるダイナミックかつスリリングな演奏が続く。 シンフォニックなジャズロックといっていいだろう。 LOCANDA DELLE FATE のイメージだ。

  「Epillogo」(2:19)ピアノとギター、フルート、ドラムスによる心憎いばかりのクラシカルな終章。 素朴なフルートの歌をモチーフに、エレクトリックなアクセントを効かせた美しく躍動的な小品である。 凝縮された美感を堪能し、アルバムを回顧する。

(SRMC 3001)


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