イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「DE DE LIND」。 69 年結成。 74 年解散。作品はシングル二枚とアルバム一枚。
Matteo Vitolli | acoustic & electric guitar, percussion, prepared piano, flute |
Gilberto Trama | flute, tenor sax, prepared piano, piano, organ, horn |
Vito Paradiso | vocals, acoustic guitar |
Eddy Lorigiola | bass |
Ricky Rebajoli | drums, timpani, percussion |
73 年発表のアルバム「Io Non So Da Dove Vengo E Non So Dove Mai Andrò. Uomo È Il Nome Che Mi Han Dato.」。
タイトルは、英語では「I do not know where I come from and where I go. Man is a name that was given to me.」らしい。
ストレート・フォワードに哲学的な、若さを感じさせるタイトルであり、現代の生活経済偏重の世の中ではまったく見られなくなった趣がここにはある。
内容は、ワイルドかつ詩的なへヴィ・ロック。
「へヴィ・シンフォ」という言葉があるらしいが、その言葉は本作品のような作風によく使われるようだ。
声量も風格もあるリード・ヴォーカリストを中心に、野太くワイルドなギター、地獄に轟く銅鑼のようなドラムスらによる原始的ムードでいっぱいのハードロックが繰り広げられる。
そして、イタリアン・ロックの一つの特徴である、アコースティック・ギターや正統的なフルートが支えるフォーキーな弾き語り調の内省的な演奏が、熱血を沸騰させて荒れ狂う原始の魂の饗宴とまったく矛盾なく、一つの物語を構成している。
轟音が焼き尽くした空間と時間をギターの弦の響きとフルートの調べが素朴にしてしなやかなタッチで再び満たしてゆく。
お約束のトーキング・フルートやサックスの肉感的なアクセントも鼻血が出そうなほどに鮮烈だが、それ以上に圧倒的なのは、このうえ伸縮させたらぶち切れるに違いないと思わせるほどのダイナミックさで迫る、このヴォーカル中心のドラマである。
芸術としてアヴァンギャルドであることにいささかの抵抗もないイタリアン・ロックではあるが、本作品での曲展開は、いわゆるハチャメチャな、奇をてらうだけのものとはレベルが異なる。
また、前衛の追及の果てに巧まずして素っ頓狂でコミカルな味わいが出てしまう(いわゆるアヴァンギャルドなグループのみならず、HR/HM にもよくある現象だ)、ということもない。
長大なフリー・フォームの演奏もあるが、それですらドラマの一部としてしっかりと位置が定められている。
この意外なほどの秩序(構築性というべきか)、つまりまとまりのよさが本作品の魅力だと思う。
元々ロックの芸術性については天性のものがあるイタリアなので、気まぐれさと酒量と女癖を若干抑えるとこのくらいはやってくれるのである。
もちろん、作曲、アレンジの優秀さに加えて、大手レーベルによる製作の質の良さも大きく関与していると思う。(他のマイナーレーベルの作品をこれくらいの製作レベルで聴いてみたい、と切に思う)
要は、破天荒だがすべてがキマっていてカッコいいのだ。
おそらく、LED ZEPPELIN も DEEP PURPLE もそうだったように、爆発力と内的沈潜力(なんだそりゃ)のパワーが桁外れなのである。
60 年代末から 70 年代初期の英国ハードロックを真っ向受け止めて、煮込んだ果ての痛快なアウトプットである。
ハズレが多いエリアではありますが、本作に限っては決してハズレではありません。
DELIRIUM や PROCESSION が気に入ったならこちらもぜひ。
「Fuga E Morte」(7:19)
「Indietro Nel Tempo」(4:18)
「Paura Del Niente」(7:45)
「Smarrimento」(7:59)
「Cimitero Di Guerra」(5:19)
「Voglia Di Rivivere」(3:35)
「E Poi」(2:03)
(Mercurry 6323 901A / VM CD 083)