MARILLION

  イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループ「MARILLION」 。 78 年結成。 ポンプ・ロック・ムーヴメントの旗手としてシーンをリードし、近年は完全独自路線を歩むベテラン。 最新作は 2022 年発表の「An Hour Before It's Dark」。 グループ名は、指輪物語の前段「SILMARILLION」より。(発音は、「(シル)マリルリオン」のようだ)

 F E A R
 
Steve Hogarth lead vocals
Mark Kelly keyboards
Ian Mosley drums
Steve Rothery guitars
Pete Trewavas bass, additional vocals

  2016 年発表のアルバム「F E A R」。 内容は、懊悩の吐露はもちろん激情の迸りすらも暗鬱気味でウェットなブリティッシュ・ロック。 デジタルな躍動感や SSW 風の内省的な表現を交えながらも、かつてのロジャー・ウォーターズと同様に、主張の響きに絶望感が強く、ホガースの伸びやかなファルセットに象徴されるように、どこまでも悲痛である。 もっとも、そのやり切れない思いを吹っ切るところに味がある。 どんなに重い心を抱えていても、薄暗い世界にも時折光が差し込み、その乱舞とともにやがて昇天できると信じることはできる。 うつろう思いでも、それに拘ればいつかは受けとめてもらえる瞬間が訪れるという信念がある。 その思いが昇華する寸前の荘厳な輝き、響きが本作を貫いている。 組曲の起承転結もいい。 場面を支えるキーボードによるデリケートな表現はみごと。 音は、あたかも、三態に変化する水のように、さまざまに姿と感触を変化させるが、常に無色を保っている。 ラウドな音すらも風のようにいつの間にか吹き荒れては消えてゆき、ひとたびとどまれば教会の大伽藍を厳かに満たしてゆく、そういう器楽である。 アルバムを通して、すべての場面で音が選び抜かれていると思うし、それはロックンロールを芸術に高めるというプログレの姿勢そのものである。 このグループには、おっさんになってからのロックに諦観と悲憤慷慨以外の何があるのかを今以上に提示していただきたい。
   タイトルは「Fuck Everyone And Run」のアクロニム。 ホガーズのファルセットには食傷気味だ、と偉そうに思っていたが、ひとたび聴き入れば、やはり独特の表現力をもつその歌声に魅了されている自分がいる。 大袈裟にいうと、そこに歌さえあればいいというピーター・ハミルの世界に近づいているようにも思う。 スロー、ミドル・テンポのバラードにおける微妙絶妙な表情の変化を楽しむべし。
   プロデュースはマイケル・ハンター。

  「El Dorado」五部構成の組曲。
    「Long-Shadowed Sun」(1:26)
    「The Gold」(6:13)
    「Demolished Lives」(2:23)
    「F E A R」(4:07)目の前の世界が歪むほどに力が入る主題曲。
    「The Grandchildren Of Apes」(2:35)
  「Living In F E A R」(6:25)SSW 風だったり、ポストロックだったりするが、誠実に音をたどっている若々しい作品。
  「The Leavers」五部構成の組曲。傑作。
    「Wake Up in Music 」(4:27)スタイリッシュに苦味走る。ドラムス、カッコいいです。
    「The Remainers」(1:34)
    「Vapour Trails In The Sky」(4:49)独特なギターの音はギター・シンセサイザー?
    「The Jumble Of Days」(4:20)ギターが泣く。バラードだがダイナミックに変化する。
    「One Tonight」(3:56)
  「White Paper」(7:18)
  「The New Kings」四部構成の組曲。第四部「Why Is Nothing Ever True ?」は名曲。
    「Fuck Everyone And Run」(4:22)
    「Russia's Locked Doors」(6:24)
    「A Scary Sky」(2:33)
    「Why Is Nothing Ever True ?」(3:24)クライマックスのみのようなカッコいい曲。
  「Tomorrow's New Country」(1:47)

(0211248EMU)

 Script For A Jester's Tear
 
Mick Pointer drums, percussion
Steve Rothery guitars
Pete Trewavas bass
FISH(Drek Dick) vocals
Mark Kelly keyboards

  83 年発表の第一作「Script For A Jester's Tear」。 強烈な個性を放つ FISH の演劇調ヴォーカルを中心としたヘヴィで現代的な音作りの中にプログレッシヴ・ロックへの憧憬を織り込んだデビュー作である。 エキセントリックなヴォーカルとクリアな音色の器楽による演奏は、技巧よりも全体の醸し出すムードを重視しているようだ。 FISH による物語性のある歌詞世界も、そのムード作りに欠かせない。 そして、スティーヴ・ハケット風のサスティンに HM/HR 的なアタックを加えたスティーヴ・ロザリーのギター・スタイルは、新世代のメロディアスなギター・プレイの典型となってゆく。 我が世代にとって初体験のフォロワーであり、今思えば当時の轟々たる非難も沈滞するシーンへの過剰反応といえなくもない。(とはいえ、ご本家が「Genesis」でニューウェーヴでシーケンスでドラムマシンなのにプログレするという果敢な冒険を試みていたのと比べて後輩なのに意気地がなさ過ぎると憤慨するのは、個人的には、もっともだと感じる) シンプルなドラム・パターンや音の軽いシンセサイザーといった 80 年代初頭の音に我慢ができれば、かなり楽しめそうだ。
  EMI のデジタル・リマスター盤は CD 二枚組。 オリジナル・アルバムの内容に加えて、デビュー・シングルやオルタネート・テイクが収録されている。 アルバムのプロデュースは、デヴィッド・ヒッチコックが予定されていたが、自動車事故で起用できず、ニック・タウバーが起用されたそうだ。 ひょっとして本編のヒッチコック版もあるのでは、と期待を抱かせる裏話である。

  「Script For A Jester's Tear」(8:44) 感傷的過ぎるほどに感傷的なメロディ・ライン、躁鬱の果て、狂気スレスレのエキセントリックな絶唱、それをデリケートに守り立て寄り添うアンサンブル。 か細い印象の器楽が、ヴォーカルの嘆きとともに次第に厚みをまし、感情の面向きのままにうねりを作り出してゆく。 無駄のない音の配置による全体の雰囲気の作り方と、剛柔、明暗、速度の変化のさせ方がみごと。 メロディ、器楽アレンジの点でアルバム・オープナーにふさわしい傑作である。 エコーをかけたエレクトリック・ピアノから多彩な音色(晩鐘、オルゴール、その他)のシンセサイザー、ハードロック調ながらもなめらかな筆致でよく歌うギター、リズム・キープを超えた自由な発想のリズム・セクション。 恋の破局を嘆く道化師の物語である。 もしストリングス・シンセサイザーがメロトロンだったら、80 年代の作品とは思えないでしょう。 どうしても「The Musical Box」を演りたいというバンドはこの後も浜の真砂ほども現れる。

  「He Knows You Know」(5:23) ハードなタッチの中に英国ロックらしいメランコリーが感じられる作品。 ヴォーカル表現のデフォルメがきつくリズムのアクセントも強めなのでアグレッシヴなイメージもあるが、ストリングス系キーボードによるうっすらとヴェールをかけるような彩りと、つややかなバンクス風 7 拍子リフレインが、叙情的な印象を高める。 ハケット風のサスティン・ギターも思い切り泣き叫ぶ。 ストリングスが鳴りっ放しなだけに、ここでも、これがメロトロンならば...という幻想を捨て切れない(そういう声も多かったせいか、本 CD では 二枚目にメロトロン版の別テイク収録)。

  「The Web」(8:52) オムニバス風にいくつかの場面を展開する大作。 冒頭こそ、一人芝居ヴォーカルと鋭いリズムでモダンに迫るが、次第に古典的なシンフォニック・ロック風の曲調へと変化する。 嘆きのヴォイス、角張ったシンセサイザーのオスティナート、アコースティック・ギター風のアルペジオ、シャフルのベース・パターンなど、後半へ向かうに連れて、モロにクラシック GENESIS に変貌(6:30 以降の展開はおみごと)する。 シンセサイザーからギターまで、ソロも大きくフィーチュア。 一回聴いただけではなかなか分からないが、何度か聴くうちに、丹念な器楽の面白さに気づく。 そういうところも本家と同じ。 ただし、強烈に印象に残るメロディがない。 その点だけが残念だ。 歌詞は、失恋に端を発するノイローゼを克服する様子?

  「Garden Party」(7:19) 明快なメロディ・ラインを強烈なビート感と叙情的なキーボードで彩った作品。 キーボードは音色こそ豊富だが、凝った演奏ではなくフレーズは聴きやすい。 ギターはキーボードとほぼ同じラインをなぞっているようだ。 長さのわりには。シンプルな印象を与える作品だ。 歌詞は、園遊会を皮肉った内容のようだ。

  「Chelsea Monday」(8:17) スターになることを夢見つつ、空疎な現実を生きる少女の妄想が無限の哀愁を呼ぶバラードの名作。 1 曲目と同じく、センチメンタルなヴォーカル表現は、圧倒的な迫力を持つ。 そして、やや沈んだ調子でじっくりと歌い込むヴォーカルとともに苦悩と哀愁を一手に引き受けるのが、ここでの主役であるギターである。 感傷をなぞるアルペジオ、そしてサビでは一気に迸り、ロザリー節が全開となる。 ギターはやがてヴォーカルに寄り添い、代わりに泣きじゃくって、坦々と歩みを刻むベースとともに支えてゆく。 可憐なイメージの演奏は「A Trick Of The Tail」の同曲と同じく英国ポップスの伝統だろう。 こういう隙間だらけの曲を説得力を持たせて演奏するのは大変難しいと思うが、ここでは、ヴォーカルとギターを軸に重みのある説得力をもたせることに成功している。 冒頭の SE が描く街 Chelsea というのは、芸術家が多く住むところらしいです。

  「Forgotten Sons」(8:23) シャフル・ビートが炸裂する軽快な序章から、独特のリズムとともにギター、キーボードがせめぎあうアグレッシヴかつ技巧的な演奏へと駆け上り、FISH のアジテーションとともに重厚な雰囲気が強まるも、ブレイクを経てメロディアスなシンフォニック・ロックの終結へと流れ込む。 長調の和音の響きが感動的。 へヴィなサウンドと癖のある展開による劇的な作品であり、バンドの卓越した演奏力もよくわかる。 ラジオをチューニングする様子の SE の途中でシングル曲である「Market Square Heroes」が一瞬だけ流れる。 歌詞はアイルランド紛争に関するものらしい。 テーマとともに音楽そのものにもずっしりとした手応えがあり、アルバムの締めくくりにふさわしい。

  ボーナス・トラック 1 曲目は、記念すべきデビュー・シングル「Market Square Heroes」。 ギターのパワーコードが轟くオープニングを経て、リズミカルなシンセサイザーが伴奏する軽快なロックンロールである。 ヴォーカルの多彩な表情、デジタル・シンセサイザーのつややかな音色、ソリッドなギターなどの音が、当時は決定的に新しかったのだろう。 チャート・ヒットを狙った戦略的な作品のようだ。プロデュースは、デヴィッド・ヒッチコック。

  ボーナス・トラック 2 曲目は、デビュー・シングルの 2 曲目「Three Boats Down From The Candy」。 激しくたたみかけるシンセサイザーのプレイと、静かなギターのアルペジオ伴奏によるヴォーカル・パートの鮮やかな対比。 シャープなギター・リフやスピーディなシンセサイザーのプレイなども特徴的。 いかにもアルバム収録曲のプロトタイプといった感じの作品だ。

  ボーナス・トラック 3 曲目は、セカンド・シングル 3 曲目(1、2 曲目はデビュー・シングルと同じ)の大作「Grendel」。 まさに GENESIS クローンの面目躍如の 19 分あまりのシンフォニック大作。 1) Heorot's plea and Grendel's awakening と 2) Grendel's Journey そして 3) Lurker at the Threshold の三部からなる「ベーオウルフ伝説」である。 おもしろいのは、退治される魔物グレンデルの視点から描かれているところ。 題材といい、目くるめくドラマチックな展開といい、間違いなく 70 年代プログレッシヴ・ロックの再現/復刻を目指した作品である。 そして、シンセサイザー、ギターによる変拍子を交えた巧みな演奏は、サウンドこそデジタルだが、80 年代に 70 年代初期の GENESIS が甦ったといっていいものである (もっとも終盤のベースのリフだけは、ちょっとやり過ぎかもしれないが)。 この作品が MARILLION の評価を決定つけたのだ。 ちなみに、FISH がインタビューに応えて、本作は GENESIS の「Supper's Ready」にも比肩しうる、みたいなことをいってるが、さすがにそれは背負い過ぎ。 翻案元としての本家が際立つばかりである。

  4、5 曲目は「Chelsea Monday」、「He Knows You Know」のデモ・テイク。 メロトロンをフィーチュアしたアレンジになっており、デジタル・シンセサイザーを使ったアルバム・ヴァージョンとの印象の違いが興味深い。


  80 年代初期において、デフォルメされた表情を駆使するヴォーカルや芸術的なメロディ・ライン、透明感のあるアンサンブルなどが、決定的に新しかった作品。 シンフォニックなプログレッシヴ・ロックからの影響を受け止めて生み出された、メロディアスで耽美なロックである。 演劇的なヴォーカル・パフォーマンスや歌詞、きわめてメロディアスなギター・プレイなど、英国ロックの王道をゆくプレイが特徴だ。 もっとも、サウンドそのものは、さすがに 70 年代よりもぐっとデジタルなクールネスをもっている。 物語調の楽曲を実体化する演奏スタイルは、テクニカルなプレイよりも、広がりのある音を活かした堅実なアンサンブルと個性的なソロに重点を置くものである。 さざめくようなアンサンブルと濃厚でしつこいヴォーカルが、対比しつつ巧みに連携もして、独特の音楽をつくりあげている。 もっとも、感傷を前面に出しつつ人工的なメロディ・ラインと技巧的表情づけを駆使するヴォーカルのスタイルは、かなり好き嫌いが分かれそうだ。 全体にリズムのアクセントがきつく、ドラムスの音も大きめなのは、当時のハードロック向けのプロデュースのせいかもしれない。 できればもう少しソフトな音づくりであってほしかった。
  
(EMI 7243 8 57865 2 5)

 Fugazi
 
Ian Mosley drums, percussion
Steve Rothery guitars
Pete Trewavas bass
FISH(Drek Dick) vocals
Mark Kelly keyboards
guest:
Linda Pyke chorus

  84 年発表の第ニ作「Fugazi」。 新ドラマーとしてベテラン、イアン・モズレイを迎える。 あからさまな GENESIS スタイルのパフォーマンスはない。 しかし、ヴォーカリストはあいかわらず奇妙な擬音や表情をアクセントとして多用し、バックは丹念にこのヴォーカル表現=一人芝居に付き従っていく。 そして、演奏は終始ドラマティックに展開する。 エキセントリックな歌詞の主題は、暗殺者からリアルな夫婦倦怠期にまで多岐にわたる。 この多彩な歌詞世界が、一作目に続いて心を病んだ道化師の妄想の世界を綿密に描いている、という深読みもできそうだ。 ジャケットの裏面を見ると、なぜかピーター・ハミルのソロ・アルバムが転がっている。 どうやらプログレッシヴ・ロックへの思い入れと内省的な作品イメージを伝えているようだ。
   作風としては、全体にリズムが強調され、メロディ・ラインもやや分かりやすくシンプルに変化したようだ。 個性的なヴォーカル表現はもちろん、ギターそしてシンセサイザーが縦横無尽に活躍している。 特にキーボードは、演劇調のヴォーカル・パフォーマンスのバッキングとして重要な役割をになっている。 きらびやかなサウンドから前作ほどは陰鬱さがないように感じられるが、それでもなお重い聴き応えのある作品である。 プロデュースはニック・タウバー。

  「Assassing」(7:01) シンプルなエスノ・ビートでリズミカルに跳ねながらもさまざまな表情を見せる、軽妙さと変化の魅力のある作品。 EL&P がインド風になったようなオープニングに驚くが、これは「アサシン」が元々西アジアの暗殺者を意味することを示しているのだろう。 ギターとシンセサイザーが呼応するこの時代らしいキャッチーなリフ、シンプルで力強いビートが奇怪で多彩なヴォーカル表現を支える。 それにしても名手モズレイにしてこの簡素なビートである(もちろんジャストで重みもあるし、パーカッションも交えてエキゾティックな演出もするなど只者でないことはすぐ分かる)。 80 年代は恐ろしい。 ギターはオーソドックスながらも堅実なプレイ(コード・カッティングもオブリガートもさりげなく決める)であり、ポリフォニック・シンセサイザーがなかなか派手に存在感をアピールしている。 この長さだともうちょっと緩急など変化があってもいいと思うが、一気呵成に歌詞世界の物語を進めるためにはよどみない展開がいいと判断したのだろう。 実際、細かな演出がさまざまにあり、ノリも悪くない。 「オーケストラヒット」のようなこの時代ならでは音もある。 本作品の 2 年ほど前にヒットした POLICE の作品を思わせるところもある。

  「Punch A Judy」(3:18) シンセサイザーによるリズミカルだが歪に傾いだような 7 拍子リフでメロディアスなメイン・パートを巧みに浮かび上がらせたアグレッシヴな作品。 前作の作風に近い、つまり GENESIS によく似ている。 早口言葉のようにキレのいいヴォーカルをレガートなハードロック調ギターとストリングスで支え、そのグルーヴにオルガン、ベース、ドラムスが細かく粒だった音を難なく入れ込んで演奏を引き締める。 小気味のいいタム回しに痺れる、つまり全体にノリがいい。 歌詞は、女房を殴って別れたいという洒落でもなんでもない妙なもの。 ちなみに「Punch And Judy Show」といえば、イギリスのこっけい夫婦人形劇の定番。

  「Jigsaw」(6:46) 歌唱力を生かした感傷的なバラードの傑作。 ややカマトト風ながらも情緒あふれるシンセサイザーのアルペジオの響きがヴォーカルに寄り添い、ギターは間奏でヴォーカルを追いかけて思いの丈を歌い上げる。 スローミドル・テンポをきっちり仕切り、小技も決めるドラムス、お涙頂戴的な展開を力強く支えるベースライン、いい仕事をしている。 前作に通じる雰囲気もあり。 サビの歌唱にはまっすぐに訴える力がある。 奇矯な表情つくりを控え目にしてストレートに迫ると、こんなに本格派なのだ。 女房ではなく愛人との別離を歌っているせいか、前曲と異なり夢を追う切なさとひきちぎられる哀しみが、しっかりと表現されている。 歌を聴かせたいバンドなのだなと再確認。

  「Emerald Lies」(5:08) 弾き語りから変転し、クライマックスへと辿りつく正統的なシンフォニック・ロック。 オープニングは派手なドラムス・ピックアップ、7+5 拍子のリフで意表を突く(ベースを打つタイミングがおもしろい)が、メイン・パートはスローな 8 ビートの弾き語りとなる。 再び演奏はメカニカルな調子から荒々しい表情へと切り替わるも、次第に重厚なミドルテンポへと変化する。 ヴォーカリストは哀歓、怒り、諦念を詠唱、モノローグ、絶叫など大仰な表情付けで歌い分ける。 ただし、表情と表現がマッチしており違和感は少ない。 ワイルドに吼えるベース、ギターのオブリガートがカッコいい。 キーボードはメロトロンを思わせるストリングス系のサウンドですべてを押し流すように高鳴る。 終盤の厳しい重厚さは英国ロックの伝統の一つだろう。 安定感ある堅実な演奏力を生かした佳作。

  「She Chameleon」(6:53) ミステリアスにしてハードボイルド調のバラード。 ヴォーカルの表情はやや抑え、代わって器楽が特長を生かして劇的な展開を支えてゆく。 ヴォーカルをなぞる、楔を打ち込むようなドラムスの丹念な表情付けがみごと。 間奏部は波打つようなトニー・バンクス直系のシンセサイザー・ソロ。 二度目のヴァースに続く間奏部では、降りしきる驟雨をぬって、ギターが泣き叫ぶ。 ヴォーカルにも説得力あり。 ビート感を抑えてメロディを浮き上がらせることでドラマティックな作品となった。

  「Incubus」(8:30) デフォルメされた表情、声色をフル回転させて歌い上げるニューウェーブ風「Musical Box」。 シンプルなリフでヴォーカルをなぞり、間奏はうねるようなシンセサイザーでプログレ側に寄せる。 バラード風の B メロで GENESIS をニューウェーヴと合流させ、とうとうと物語る。 ピアノ伴奏の哀願調のバラードを経て、ヴォーカル以上に語りかけるギター・ソロへ。 ギターとヴォーカルのデュオがクライマックスを迎え、そのまま堂々と歩んでゆく。

  「Fugazi」(8:02) 六つのパート(パラグラフ)から成る象徴詩風の傑作。 音楽的には、ニューウェーヴを越えてエレポップ、テクノ風味や現代音楽ばりの重厚なサウンドも盛り込んで、説得力あるドラマを貫いている。 まさに英国ロック・スタイル総覧的な演奏である。 歌詞は難しいが、FISH が問題意識をもつ領域を独特のメタファーで綴っているのは間違いなさそうだ。 最後の「Where are the prophets, where are the visionaries, where are the poets to breach the dawn of the sentimental mercenary」という訴えかけには現代を生きるものとして重みを感じる。 ライヴでは大合唱が起こりそう。


  エキセントリックなヴォーカルとダイナミクスの大きな演奏が結びついたドラマチックな作品。 ユニークな歌詞を、メロディアスなギターとシンセサイザーが彩り、表情豊かなヴォーカルが歌い上げるというスタイルが、ほぼ完成している。 歌詞の世界が分かると面白みはさらに増すでしょう。 FISH の歌唱の強烈な存在感に違和感を覚えなければ、なかなかの作品といえるだろう。
   唯一残念なのは、80 ポップらしくというかなんというか往時のサウンド処理があまりこのグループのスタイルに合わないこと。情念で迫る作風なだけに、もっと深みのある音がほしかった。 このサウンドだと、せっかくのキレと弾力のある演奏が歌唱の存在感に負けてしまい、全体のバランスが悪くなってしまう。 せっかくの好作品の味わいが多くの人に伝わりにくくなるのは残念だ。 たまたま本作を手にした方は、2、3 回のリスニングで売り飛ばさないで 1 年くらいは抱えていましょう。
  スティーヴ・ロザリーのスタイルは確立、メロディアスにして中身あるプレイを堅実に放っている。 キーボードもかなり目立った動きを見せている。デジタルではあるが全体の透明感と整合感はこのキーボードのプレイに負う。 このクリアな演奏と濃厚で毛深いヴォーカルのアンマッチが、ユニークなところだ。 またドラムスは、さすがというべきか、ミドル・テンポの 8 ビートもフィルも非常に的確であり、躍動感をもって曲をしっかり支えている。 あえて楽曲のスピードを抑えてたっぷりメロディを歌わせることができるのも、このドラムスのおかげだろう。
  前作の延長上で、楽曲、器楽のヴァリエーションと充実を図った完成形。
  
(CAPTOL CDP 7 46027 2)

 Real To Reel
 
FISH voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley percussion

  84 年発表のライヴ・アルバム「Real To Reel」。 第一作および第二作からのナンバーをメインにカナダ・モントリオールと英国・レスター二つの会場のライヴをまとめている。 ギターの存在感、力強くも丹念なリズム、迫真のヴォーカルなど演奏(特に前半の第二作の楽曲)はスタジオ盤を遥かに越えたプレゼンスをもつ。 ロック・バンドとしての力量・存在感を認めさせる力があります。 本 CD は 86 年米国ツアーを記念して発表された EP「Brief Encounter」とのカップリング。

  「Assasing」第二作より。エキセントリックなヴォーカルの表情付けが際立つ、ニューウェーヴな GENESIS としての代表曲。
  「Incubus」第二作より。これもまたヴォーカルの表現力を前面に出した新時代の「Musical Box」というべき作品。
  「Cinderella Search」シングル B 面曲。このグループの表現法を売れ線に振るとこういう感じになる、という典型。悪くはないです。
  「Emerald Lies」第二作より。CD での追加曲。MARILLION の確立した「ネオ・プログレ」の典型。怪奇なタッチとへヴィで華美なサウンドのミスマッチの妙。
  「Forgotten Sons」第一作より。
  「Garden Party」第一作より。
  「Market Square Heroes」デビュー・シングル曲。メンバー紹介が盛り上がる。

  以下カップリングの EP の曲名。
  「Lady Nina」シングル曲。
  「Freaks」シングル曲。
  「Kayleigh」第三作より。ロンドン・ハマースミスオデオンでのライヴ音源。
  「Fugazi」第二作より。ロンドン・ハマースミスオデオンでのライヴ音源。
  「Script For A Jesters Tear」第一作より。ロンドン・ハマースミスオデオンでのライヴ音源。 隅々まで奇ッ怪で切な過ぎるほどに切ない名曲。

(EMI 7243 8 56107 2 1)

 Misplaced Childhood
 
FISH voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley percussion

  85 年発表の第三作「Misplaced Childhood」。 内容は、少年の成長(プログレッシヴ・ロックからの出立のアナロジーだろうか)を描いたトータル・アルバムのようだ。 全編途切れなく続く楽曲群は、率直にして情感豊かであり、取りつきやすさも遥かにアップ。 ギター、キーボードともに、ゆったりと懐深い音で包み込むような表現を見せる。 これは、ヴォーカルがメロディアスな表現をこころがけ、エキセントリックにデフォルメされた表情をやや抑えたことに起因するようだ。全体として当時のメイン・ストリーム・ロックの質感に近づきつつも、THE BEATLES からつながる革新的ブリット・ポップの王道からも決して外れていない。 ややセンチメンタリズムを強調する前半を経た、後半の躍動的でオプティミスティックな響きの高まりは、変拍子こそあれ三人 GENESIS よりもさらにアメリカナイズされたレイド・バック感がある。 また、ギターの音に、POLICE のアンディ・サマーズや U2 のエッジを思い出してしまうのは、流行の電子技術に束縛されるエレクトリック・ミュージックとしては、もはやいた仕方ないところなのだろう。 もちろん、独特のなめらかさをもって朗々と歌い上げるロザリーのスタイルは、スティーヴ・ハケットの繊細さとデヴィッド・ギルモア(ギターに限らず PINK FLOYD の「The Wall」の影響は大きそうだ)や 70 年代中盤のエリック・クラプトンのブルーズ・フィーリングをモダンに洗練したような不思議な個性をもっている。 高らかなロングトーンには自信がみなぎっている。 また、デジタル・シンセサイザーを輝かしい音で操り、ささやくようなピアノで涙を誘うキーボーディストと、メロディとリズムを同時に支えるベーシストもいい仕事をしている。 それにしても、このサウンドで、ヴォーカルがもっとストレートで透明感のある声質だったらどんなによかっただろう。 個人的に前半の音は、プログレというよりも、70 年代中盤以降日本のポップ・シーンの主流を占めた「ニューミュージック」を思いださせる。 往年の英国ロックのような R&B やトラッド・フォーク的な音がベースに見えないせいか、音にタフな存在感や運動神経は感じられない。 サウンドそのものもメロディアスでスペイシーではあるが、シンフォニックというのとはやや異なるような気がしてならない。 一方後半は、劇的な大作を核にして力強さと苦悩の果ての突き抜け感があり、PINK FLOYDGENESIS を合わせたような手応えある内容になっている。この現世肯定的な開き直りこそが成長の証なのだろうか。いや、答えを急ぐまい。まだまだ道は続くのだ。
   プロデュースはクリス・キンゼイ。 「Kayleigh」は 1985 年に全英シングル・チャート二位のヒットとなった。

  「Pseudo Silk Kimono」(2:13)
  「Kayleigh」(4:03)明快でストレートな叙情性というか、いろいろな意味でバランスのいい作品。「Another Brick In The Wall Part 2」と同じ。
  「Lavender」(2:27)
  「Bitter Suite」(5:53)GENESIS 風の組曲。他の作品と比べて感傷的過ぎないため後味がいい。CD では 5:53 で次の曲に移るが、実際は 6 曲目の最初の 2 分はこの曲の第四部、第五部である。
  「Heart Of Lothian」(6:02)

  「Waterhouse(Expresso Bongo)」(2:12)
  「Lords Of The Backstage」(1:52)
  「Blind Curve」(9:29) "Jester's Tear" 直系の泣きの大作。
  「Childhoods End?」(4:32)
  「White Feather」(2:23)
  
(CAPTOL CDP 7 46160 2)

 Clutching The Straws
 
FISH voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion
guest:
Tessa Niles backing vocals on 2, 11
Chris Kimsey backing vocals on 7
John Cavanagh backing voice on 8

  87 年発表の第四作「Clutching The Straws」。 FISH 在籍最後のアルバム。 叙情性が前面に出た前作から、元の路線に戻ってきた。 ただし、パフォーマンスは格段に安定感を増し、ストレートに訴えかける表現にも落ちつきがある。 テンポのいい活気のある音よりも、メロディアスにして空間をたっぷりと取ったダークな音像が自然なものとして浮かび上がってきたイメージである。 演奏、ヴォーカルともに、スタイルを貫くための強迫的なエキセントリシティの呪縛から解かれたように、明快で自然な表現を身につけている。 透明感あるプログレ風ハードロックといった趣のサウンドと私小説的な重みを背負った FISH の歌い込みは第一作に近いが、奇を衒ったような技巧的メロディや青臭い "WANNA BE" が払底したおかげで、聴き心地はかなり異なる。 無常感と涙の果てに、ようやく凛とした表情とパワー、幅広い共感を呼ぶための余裕あるポップ・テイストを手にしたのだ。(「Incommunicado」のようなスタイルは、個人的にはあまり似合うとは思わないが) そして、過剰なデフォルメがなくなってみると、シリアスなメッセージがよりストレートにリアリティをもって迫ってくるのが分かる。 デリカシーあふれるオリジナルなロックを、切々と訴えるだけではなくカッコよくも演じられることを実証した作品といえるだろう。 すでに、演奏は次のフェイズへと移行しつつあり、スティーヴ・ロザリーの歌唱を迎える準備が整っているとも考えられる。
  他にも、ピアノ、キーボードを中心とした重厚華麗な曲調、深い空間的な広がり、じっくり歌い込むバラードにおけるヴォーカルの細やかな表現力、ギターがブルージーなソロよりも、アルペジオやバッキングを主としていること(「Sugar Mice」で見せ場を作ってはくれるが、そこまでは抑え気味である)などが、本アルバムの特徴だろう。 個人的には、軽快という名の下の軽薄さにうんざりしていただけに、こうした方向への変化、成長はうれしい。 前作と同じく楽曲は切れ目なく続いてゆく。 あとは 7 拍子のキーボード・リフを卒業するだけだろう。
   プロデュースはクリス・キンゼイ。 インナーの表紙裏には、エラスムスの「痴愚神礼賛」からの引用がある。役者に衣装が必要なように人生なる喜劇の演者たる人間にも時々の装いが必要なのだ。

  「Hotel Hobbies」(3:35)
  「Warm Wet Circle」(4:25)
  「That Time Of The Night(The Short Straw)」(6:00)新タイプの佳曲。
  「Going Under」(2:47)
  「Just For The Record」(3:09)旧タイプの作品。
  「White Russian」(6:27)名曲。
  「Incommunicado」(5:16)
  「Torch Song」(4:04)
  「Sláinte Mhath」(4:45)
  「Sugar Mice」(5:46)
  「The Last Straw」(5:58)
  「Happy Ending
  
(CAPTOL CDP 7 46866 2)

 The Thieving Magpie
 
FISH voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley percussion

  88 年発表のライヴ・アルバム「The Thieving Magpie」。 84 年から 87 年にかけてのライヴ音源を収録した FISH 時代を総括する作品である。 タイトルはロッシーニの「泥棒かささぎ」より。(ライヴのオープニングに流れる) 再発二枚組 CD では LP で一部割愛されていた「Misplaced Childhood」が完全形になっている。

(EMI 50999 6 95629 2 1)

 Seasons End
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion
guest:
Phil Todd sax on 6
Jean-pierre Rasler pipes on 2

  89 年発表のアルバム「Seasons End」。 リード・ヴォーカリスト交代後の初の作品。 しかしながら、作風に大きな変化はない。 ただし、失われしものへの郷愁、幻影、憤怒と無常感、デカダンスといった感情に基づくジャーナリスティック/文学的な内容を、繊細で大仰、インテリっぽくややエキセントリックでなおかつアグレッシヴに訴えかけるには、ミドルテンポでじっくりと歌い込むホガースの歌唱が語り部としてもメッセージを伝播するアジテーターとしても適任だったと思う。 ギターは感情の赴くままに泣きじゃくるのも、適度に抑えを効かせてヴォーカルと呼吸を合わせて思いを真摯に歌い上げるのも、ともに巧みである。 ただ、どちららかといえば後者のときの表情がいい。 本作品は、器楽がヴォーカルを支えて作り上げるアンサンブルの手ごたえがとてもいいからだ。 また、この時代に特有なのだろうが、キーボードの音やギターのエフェクトなど、サウンドがやや華奢で手さわりがプラスティックだ。(独特の透明感はある) もっとも、それすらも今となっては懐かしいし、かの時代にはずいぶん軽く聴こえたそれが、今は一つの特徴としてしっくりと収まっている。 楽曲は物憂げな調子を基本にさまざまな作風で迫っている。
   繊細な感情の機微を、丹念な演奏で、なおかつ堂々と表現した佳作である。 プロデュースはニック・デイヴィスとグループ。 このアルバムをリアルタイムでは見ていないが、CD として初めて出た作品ではないだろうか。

  「The King Of Sunset Town」(7:55)天安門事件への言及? 日本では中国を「日没する処」と言い習わしたことをご存知なのでしょうか。
  「Easter」(5:56)MARILLION 節というべきロザリーのギター・ソロ。
  「The Uninvited Guest」(3:49)英国らしいギター・ロック。初期の作品の一類型。
  「Seasons End」(8:11)幻想的なバラードとしても、プログレとしても一級の名品。
  「Holloway Girl」(4:27)サビのむやみな力強さ、肯定感がいい。
  「Berlin」(7:43)ハードなギターがカッコいい PINK FLOYD ばりの重厚な作品。サックスをフィーチュア。JADIS が追いかけたのは、この音だったのかもしれない。
  「After Me」(3:20)CD のみの収録曲のようだ。アメリカン・オルタナティヴ・ロック調。キーボードはプログレ風。
  「Hooks In You」(2:54)シングル。7 拍子のリフですが売れ線です。今更ながら LA メタルというか NWOBHM というか、アメリカでのセールスのためにはそっち向きだったのですな。ポンプロックそのものが HR/HM とつかず離れずだったので MARILLION 的には自然か。HEART みたいだな。
  「The Space...」(6:13)弦楽奏を交えて屈折した展開も見せるシンフォニックなプログレ力作。
  
(7243 8 28032 2 5)

 Holiday In Eden
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  91 年発表のアルバム「Holiday In Eden」。 内容は、従来路線と比してライトウェイトに感じられる楽曲と生真面目で厳かなヴォーカルがバランスしたメインストリーム風のロック。 聴きやすくなおかつメッセージも胸に残る、いわば往年の英国ロックの名作品と同列の作風だ。 無垢なる呪詛のようなバラードと息苦し気なシャウト、苦みのあるホガース節が力を発揮している。 メロディアスでテンポのいいリフやサビに耳を奪われがちだが、ギターとハモンド・オルガンが力強いうねりを成して絶唱を捧げ持つ場面もしっかりと用意されている。 ギターの説得力はこれまで通り。 キーボードの控えめながらも音の色を決めてゆくスタイルも変わらず。 一歩間違えるとメジャー路線への迎合(U2POLICE か?)と感じられそうな作品でも渋味を増した歌唱が英国ロックの翳りとねじれをしっかりと感じさせてくれる。 それでもタイトル曲の軽すぎるビートには驚きますケド、笑。
  

  「Splintering Heart」(6:53)この曲だけは茫洋と謎めいた雰囲気とそれを切り裂く歌唱とギターの存在感でこのグループらしさをアピールできている。21 世紀の現在まで継がれている作風であり、いちばん「らしい」曲。
  「Cover My Eyes (Pain And Heaven)」(3:53)おっとどうしたと思わずに最後まで聴こう。スカスカの 8 ビートでもズシっと響かせるモズレイの腕よ。
  「The Party」(5:36)ベタなネオプログレの残り香が。
  「No One Can」(4:41)
  「Holidays In Eden」(5:37)フロアでステップを踏みながら悪酔いしそうだなと心配になる土曜日の明け方の感じ、開放感と苛立ちが一つになったブリティッシュ・ロック。
  「Dry Land」(4:43)ギターのバッキングのエフェクトが懐かしい。サビの転調が導く安堵感が意外にいい。ギター・ソロはコンパクトながらコピーしたくなる名演。英国らしいウェットさが心地よい。かつてホガースが在籍したユニットの作品らしい。
  「Waiting To Happen」(5:01)
  「This Town」(3:18)
  「The Rakes Progress」(1:54)
  「100 Nights」(6:41)
  

(CDP 796822 2)

 Brave
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  94 年発表のアルバム「Brave」。 重厚なトータル・アルバムの傑作。 深く広がるシンセサイザーによる劇的な序章を経て、切れ目なく続く楽曲が波打つようにゆったりとしたうねりを作り、耳を惹きつけながらも決して強制はせず、聴きやすい。 これは強弱、硬軟、緊張/弛緩の変化が、きわめてナチュラルであるためだろう。 ほの暗くアンビエントといってもいいほどのスペイシーな曲調と、ブルージーな重みや激情を携えつつもタイトに躍動する演奏を自然な起伏で行き交っている。 みごとな音楽的表現力である。 (そう感じてしまうと、8 曲目がやや唐突なのですがいかがでしょう) 大作の語り口としては理想的だ。 ヴォーカル、ギター、キーボード(シンセサイザー、オルガン、メロトロン、ピアノ)、ドラムスらがそれぞれが見せるプレイが、情感と審美センスにあふれながらもあくまで明快なところも、聴きやすさの理由の一つだろう。 つまり、分かりやすいカッコよさがある。 渋めのデリケートな色彩をイメージさせる曲調からすると意外と思えるほどに、明快な器楽のキメのプレイがちりばめられている。(4 曲目の終盤など) 時代を代表する重みのある傑作であると同時に、それを成立させているのがセンチメンタルにして憂鬱な英国ロックの「痛さ」であることを再認識させてくれる作品ともいえる。 アダルトロックとしてまとまりがちな近作に求められるのは、ここで見られる痛いまでのダイナミズムなのだ。
   さて、世界に散らばる PINK FLOYD フォロワーがプログレ・リヴァイヴァルの立役者の一派であることは論を待たないが、本作で見られる SE やサイケデリックなセンスは、もしかするとそういう流れからのいわば逆輸入モノなのかもしれない。 思わず PORCUPINE TREE 辺りとも比べたくなる。 プログレからニューウェーヴを経て、英国ロック本流が到達した場所がここということならば、世の中まだまだ捨てたもんじゃない。 プロデュースはデイヴ・ミーガンとグループ。日本語のモノローグが聴こえるところがある。

  「Bridge」(2:52)
  「Living With The Big Lie」(6:46)
  「Runaway」(4:41)
  「Goodbye To All That」(12:26)プログレ最盛期の作品を思わせるドラマ仕立てのスリリングな佳曲。
  「Hard As Love」(6:42)
  「The Hollow Man」(4:08)
  「Alone Again In The Lap Of Luxury」(8:13)
  「Paper Lies」(5:49)
  「Brave」(7:54)
  「The Great Escape」(6:29)
  「Made Again」(5:02)
  
(7243 8 28032 2 5)

 Afraid Of Sunlight
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  95 年発表のアルバム「Afraid Of Sunlight」。 内容は、開放感と神秘性、荒ぶる感情と人生に倦んだような無表情が同居する、多彩な曲調の歌ものアダルト・シンフォニック・ロック。 前作の暗さを払拭したい(バンドの意思か、レコード会社の意思かは判然とせぬが)のではと思わせるほどにテンポのいい場面もあるが、一瞬で誰にも追従できぬまで深くよどんだり、魂の底から涙ながらに訴えたり、多重人格的なねじれがあるのが特徴。 ダンスを突然やめて跪いて祈りだすような感じである。 暗く漂うような調子が続くと思っていると、突如、最終曲のように、強引なまでに急角度で上昇してクライマックスの雄たけびを上げることもある。 テーマとなるメロディ・ラインのいくつかには、着地点の見えない不安定さがある。 それでも、あらゆる曲調で内省的でほの暗いタッチは貫かれていて、物憂いつぶやきの果てのような歌唱とともに、個性になっている。 薄絹を張り巡らすがごときメロトロン風のストリングス・シンセサイザー、オルガンのバッキング、ジャジーにうねるベースのオブリガート、重量感あるドラミングなど、演奏面でも、抑制されながらも的確な演出が効いている。 意識の端っこをよぎるような雑踏やダイアローグの SE も効果的。 バラード調の歌唱がリードし続けるために地味ではあるが、繰り返しのリスニングに耐える味わいはある。 低く雲の垂れた人気のない冬の海岸に佇むときに、寒気をさえぎるために魂の熱気を吐き出すとともに口ずさみそうな歌がある。 ヴォーカリスト交代四作目にしてすでに安定期に入った感あり。 傑作だと思います。
   プロデュースはデイヴ・ミーガンとグループ。 メンバーお気に入りの作品らしい。

  「Gazpacho」(7:27)自棄的な荒々しさのままに元気に跳ね回るポップ・チューンのパロディのような、多面的で屈折した作品。 聴き応えのある曲である。
  「Cannibal Surf Babe」(5:44)オールディーズでニューウェーヴなモダン・ポップ。サイケなカオスもある、異色ながらもカッコいい作品。
  「Beautiful」(5:12)現在の作風の基本形はここ。
  「Afraid Of Sunrise」(5:01)淡々と。
  「Out Of This World」(7:54)U2 と同質の生真面目な重苦しさ。 インストゥルメンタル・パートの迫力。終盤の幻想的にして救済感あふれるシーンが美しい。
  「Afraid Of Sunlight」(6:49)トラジックな響きの中に力強い肯定への信念をイメージさせる作品。
  「Beyond You」(6:10)重厚かつエモーショナルなシンフォニック・チューン。抑えた器楽が非常にいい。オルガンの響き。
  「King」(7:03)オルタナ風の作品。時期的に REM あたりを意識か。U.K. ギター・ロックの伝統も。歌唱はルー・グラムにも似ると発見。エンディングは「A Day In The Life」か。
  
(7243 8 33874 2 7)

 This Strange Engine
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion
guest:
Tim Perkins balalaika on 4
Phil Todd sax on 8
Paula Savage trumpet on 7

  97 年発表のアルバム「This Strange Engine」。 内省的ながらも、叙情的で素直な開放感のある佳作。 一度目のリスニングでは地味さに驚くが、繰り返しきちんと耳を傾ければ、エキセントリックな英国流にアメリカン・ロック風のアーシーなテイストをまじえたところから、自らの心の声のような歌がしみわたってくる。 そして、穏やかな空気の中にも、しっかりと胸を震わせる英国ロックらしいメロディ・ラインやハーモニーがある。 7 曲目「Hope For The Future」も、こういう位置に配されることで、一層輝いている。 アイリッシュ調のメランコリーに交えるアメリカン・オルタナティヴ・ロックや東海岸風の演出もいい。 おそらく U2POLICE などに倣った面もあるのでは。 (OASIS クラスには負けられぬという自負も含め) また、珍しく全編でキーボードが前に出る場面ことが多いと思う。(ロザリー氏のプレイがアコースティック・ギターを主にしているためかもしれない) どこかで耳にしたようなメロディが現れることもあるが、多様な影響に基づく結果であると思えば気にならぬ。 ドライさとウェットさが微妙に均衡し、全体にアコースティックなイメージの作品。 プログレ・ファンには絶対お薦めできる。
   1 曲目「Man Of A Thousand Faces」の俗っぽくないアイリッシュ・テイストとビリー・ジョエルのような歌唱の説得力、2 曲目のバラード「One Fine Day」の THE BEATLES に通じる寓話性と完成度、3 曲目「80 Days」のバロック・トランペットを思わせるシンセサイザー、7 曲目のカリビアン・テイストなど、ピンポイントで印象的なシーンが多い。 プロデュースはグループ。

  「Man Of A Thousand Faces」(7:33)メロディアスなテーマのメイン・パートを経た中間部から展開がプログレ心をくすぐる。モチーフはジョセフ・キャンベルの「千の顔をもつ英雄」らしい。

  「One Fine Day」(5:31)ギターの音から「ALICE か?」と勘違いさせられる 70 年代中盤風のバラード作品。弦楽のアレンジがみごと。みんな「Eleanoa Rigby」が好きなのです。

  「80 Days」(5:01)バロック音楽風のテーマをカントリー風の音で逞しくしあげた愛すべき作品。 シンセサイザーだろうか、バッキングの木管風の音が心地よい。そして間奏部のバロック・トランペットが鮮烈。 タイトルは「八十日間世界一周」になぞらえたもの。ファンに囲まれツアーに明け暮れる生活を歌っているようだ。

  「Estonia」(7:56)薄暗い世界を漂流するようなスペイシーで神秘的な作品。サビの力強い訴え方はホガース氏らしさにあふれる。

  「Memory Of Water」(3:02)アカペラで始まるメロトロン・ストリングスと弦楽奏に支えられたバラード。 タイトルは「ホメオパシー」に関連する言葉らしい。1 曲目の歌詞に現れた「voice of humanity」もそうだが、ホガース氏は現代社会の怪しげな面を見つめている節がある。

  「An Accidental Man」(6:12)一転、グルーヴのあるしなやかなロック。バッキング含めオルガン、シンセサイザーがカッコいい。 中間部にはオルガン・ソロもあり!

  「Hope for the Future」(5:10)多彩なアレンジが英国ロックらしい佳作。 同時代のオルタナティヴ・ロックへの意識を感じさせる。 トランペットやパーカッションなどカリビアン・テイストが新鮮。フルート演奏は誰だろう。 さっきまで君の指に包まれていたかと思えば、いつの間にかワイルドサイドを歩いている。 「limbic brain」なぞという難しい脳医学関連のタームが現れ、ホガース氏の興味の範囲の広さに驚かされる。

  「This Strange Engine」(30:24)モノトーンでデジタルなイメージのバッキングとオーガニックなメロディ、ヴォーカルが一つになったファンタジックなプログレ大作。 5 分過ぎ辺りからの IQ ばりのプログレ王道たるアグレッシヴな展開が、今回はおとなしめの音が多かったので、より一層際立つ。 メル・コリンズばりのサックスでドキッとさせられる。最後は長い沈黙の果てにピアノとともに壊れたような笑い声が入る。
  
(CMRCD071)

 Radiation
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  98 年発表のアルバム「Radiation」。 ここまで来ると、世間ではすでにプログレ扱いされておらず、コアなシンパが懸命に応援するも、チャートからもノスタルジーが支えるネオ・プログレ・シーンからも見放されているようだ。 しかしながら、ひっそりとした佇まいのわりには、RADIOHEADKULA SHAKER らによる 70 年代解釈を逆輸入する形で過激にスタイルとしてのプログレをキープしているあたりは、天晴れだ。 もっとも、70 年代プログレを体験もしくは早めに追体験したファン層はこの時期すでにロックから離れており、また、メディアもプログレ・リヴァイヴァルで大御所の再発/データ整理や気鋭の新人の発掘におおわらわだったせいもあって、このバンドの熱心なリスナーだった 80 年代初頭以降の HR/HM 経由のファン層がこの音がプログレであると気づかなかった、というのが実情だろう。 (まあ、ちょっとプログレ・リヴァイヴァルには時期的に遅すぎたという話もある)   なんとも皮肉めいた状況である。 ライナーや世間のレビューなるものを見ても、大手レーベルから遠ざかっただの、マネジメントがどうしただの、業界訳知り系の話ばかりで肝心の音は本当に知られていないようだ。 デジタル・テクノロジーのせいで、音をドープするよりも周辺情報に通じることが簡単になったのは確かであり、そして、ゴシップ好きはファンの悪弊として仕方がないが、全員でゴシップ集めに回る必要はさらさらない。
  さて、この作品については、間違いなく 70 年代ブリティッシュ/プログレ・ファンにはお薦めできる逸品です、とだけいっておけば十分である。 前作よりもヘヴィなサウンドに訴えているが、それが今作での表現衝動をストレートに反映したものに違いない、と思わせる率直さと真摯さがある。 テクニカルで尖ったアンサンブルもメランコリックなメロディもハモンドもメロトロンもストリングスもあり。 もちろん THE BEATLES もある。 そして、いらつくようにヘヴィなギター・ロックやヤマアラシのようなセンチメンタリズムあふれるバラードなど、同時代の英国ロックらしい面構えも見せてくれる。 PORCUPINE TREE よりはヴァラエティに富んでおり、ポップ加減と重苦しさのバランスもいい。 アーシーにブルージーに迫っても、ハードにアグレッシヴに突進しても、サイケデリックに漂っても、嘘偽りのない手応えがある。 さすがベテランである。 IQ と同じく、時代の変遷を血肉にした、みごとなロックなのだ。 流行がワン・サイクル回り、温故知新的情報処理(というよりは巨大資本によるゾンビを働かせるプランテーション的カタログ化)が進んだおかげで、初期の FISH 時代よりも 70 年代ファンには受け入れやすいかもしれない。 プロデュースはグループとスチュアート・エヴリィ。

  「Costa Del Slough」(1:27)インダストリアルなノイズに続き、ラジオから流れるようなヴォーカルをアコースティック・ギターが伴奏するマッカートニー調ノスタルジック小品。

  「Under The Sun」(4:10)反骨精神が音に現れたハード・アンド・スペイシーなギター・ロック。 「radiation」という言葉が聴こえる。前進する力を感じさせる。

  「The Answering Machine」(3:48)再びイコライザを効かせたヴォイスが現れ、分厚くハードなギターと煌びやかに渦を巻き続けるシンセイサイザーがそれにおおいかぶさるサイケデリック・チューン。 位相系エフェクトによる飛翔と酩酊。タイトルは留守番電話のこと。

  「Three Minute Boy」(5:59)ヴォーカリストの力量を十二分に見せる、近年の AEROSMITH ばりのブルーでドラマティックな作品。 伴奏にメロトロン・ストリングス現る?

  「Now She'll Never Know」(4:59)破局に際して思いを馳せたらしき暗い弾き語り。こういう歌はホガース氏の真骨頂。

  「These Chains」(4:50)ストリングス入りの英国ロックらしさあふれる作品。

  「Born To Run」(5:12)アーシーなスワンプ調バラード。たなびくオルガンとスティーヴィ・レイボーンばりのギター。

  「Cathedral Wait」(7:20)美麗にして終末感漂うゴシック・ロマン調の作品。エキセントリックにして妖艶。そして、ちょっと BEATLES

  「A Few Words For The Dead」(10:32)スペイシーなラーガ風ロック。やっぱり BEATLES

  「The Space」(4:12)ボーナス・トラック。「Seasons End」収録作品。
  「Fake Plastic Trees」(4:56)ボーナス・トラック。RADIOHEAD のカヴァー。
  
(PCCY 01281)

 marillion.com
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  99 年発表のアルバム「marillion.com」。 前作発表から続いてほぼ 1 年をかけて製作したアルバムのようだ。 ポップだがけだるく、ワイルドなようでセンチメンタルな英国ハードロックらしさのある佳品である。 パワーコードをガーンと叩きつけた後にさりげなくクラシカルなフレーズをオブリガートしたりする辺りが、ロザリーの卓越したセンスだし、ジョージ・ハリスンやクラプトン、ジェフ・リンのラインにしっかりつながっていると思うと、とてもうれしくなる。 グラムやパンクのような、うすっぺらなファッション性も見え隠れするが、決してそれは悪くはない。 いいじゃないの、ポップになったって。 惜しむらくは、中道にすっぽり収まるあまり、ガツンとくるようなインパクトに欠けること。 ただし、リラックスして流しておく分には、部屋をいい感じの空気で満たしてくれる。 レイドバックというと古過ぎるかもしれないが、そういう感じである。 まあこれだけコンスタントにアルバムを出すのだから、一つや二つ、不調もあって当然だろう。 ちなみに、爛熟するインターネット時代を象徴するようなタイトルは、この時期他にもいくつかのグループが採用した。
   「Rich」は AEROSMITH ばりのグラマラスなハードロック。 「Interior Lulu」は、なかなかプログレなキーボードが活躍する 15 分の長編。ポスト・ロック風でもある。 最終曲は、やや頼りなげなマイルス風トランペットをフィーチュアしたジャジーなポスト・ロック風の作品。 ロザリーもオクターヴで迫る。 オシャレです。
   結論は、くつろいだ感じもなかなかいいじゃないと思わせてくれる佳作。 名盤よりも愛聴盤がいい。 昔々、アシッド・フォークという表現があったが、MARILLION の最近の作風は、現代のアシッド・フォークロックというイメージである。 まあ、単なる与太ですが。 プロデュースはグループ。一部のミックスにスティーヴ・ウィルソンの名前も見える。

  「A Legacy」()
  「Deserve」()
  「Go!」()
  「Rich」()
  「Enlightened」()
  「Built-in Bastard Radar」()
  「Tumble Down The Years」()
  「Interior Lulu」()
  「House」()
  
(NR4505)

 Anoraknophobia
 
H voice
Ian drums, percussion
Pete bass
Mark keyboards
Steve guitars

  2001 年発表のアルバム「Anoraknophobia」。 久々の傑作。 もともとアルバムを通した空気感を一貫させるのはうまいし、じわじわっとくるカッコよさもあるバンドだが、本作はそのカッコよさの立ち上がりのキレがいい。 ゾクっとくる瞬間がいくつもある。 前作とそう大きく音楽が変わっているわけではないので、「ようやく調子が上がってきた」と見るべきだろう。 影響元、干渉相手である U2PORCUPINE TREE よりカッコいいかもしれない。 この上 THE BEATLES っぽさも出してしまうと、おそらくある方向へ収束してしまって面白みがなくなる。 そういう道は選んでいない。 ここの音はドライでキッチュな 80 年代に生れた音、彼らの出発点である時代の音に THE BEATLES を始め英国ロックが憧れた R&B やモータウンの音が直接結び付けられている。 60 年代末のハードロック前夜をイメージしたような、とにかくたくましい音なのだ。 多言は弄す必要なく、RADIOHEAD と同格にある、ブリティッシュ・ロック史のメルクマールたる作品とだけいっておこう。 もっとも、そんな位置づけを軽々ぶっ飛ばすほどに、ギラギラとして生々しいのだが。 身を切るような叙情性、ドラムループに示される青ざめたテクノ・フェティシズム、どうしようもないいらだちと焦り、荒々しさ、すべてが詰め込まれた英国ロックの傑作であり、コンテンポラリーなギター・ロックとしても評価できる。
   プロデュースは、デイヴ・ミーガン。

  「Between You And Me」(6:28)冒頭のピアノ・ソロから引き込まれる英国ギター・ロックの傑作。
  「Quartz」(9:07)名曲。ループがピアノに吸い込まれるエンディングに魂が打ち震える。
  「Map Of The World」(5:02)オルタナティヴ・ロックの解釈。
  「When I Meet God」(9:18)THE BEATLES っぽさはない、といったが、 ポールやジョンのアルバムにあっても不思議ではない曲。ストリングス風の音のせいだろうか。70 年代前半の匂いがするコンテンポラリーなアート・ロック。
  「The Fruit Of The Wild Rose」(6:57)ジャジーなオルタナティヴ・ロックの解釈U。土臭いハモンド・オルガンがいい。プログレ的な曲調の変化を見せる。
  「Separated Out」(6:13)
  「This Is The 21st Century」(11:07)
  「If My Heart Were A Ball It Would Roll UphillT」(9:28)
  
(INTACT 70501-2)

 Marbles
 
Steve Hogarth voice
Steve Rothery guitars
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass
Ian Mosley drums, percussion

  2004 年発表のアルバム「Marbles」。 幻想悪夢的、叙情的にして重厚な傑作。 タイトルと同名の小品を散りばめて大作が続く。 穏やか過ぎるのではと思うほどに、しっとりと、しかし自信に満ちた語り口で物語を綴る。 そして、若々しくコンテンポラリーな風合いと、伝統的なシンフォニック・プログレの風雅が、同時に匂い立つ。 自分たちの編み出した物語を語るために、現代の音をこれだけきちんと取り込めるとは、驚くほかはない。 おまけに、その今の音という奴が、THE BEATLES(個人的な出発点)からのすべての音のこだまをたずさえているのだ。 ブリティッシュ・ロックの王道は、細々かもしれないが、続いているのである。 イアン・アンダーソンやロジャー・ウォーターズから直接バトンを受け取るのは、まずはこの人たちだろう。 (ロバート・スミスはピーター・ガブリエルか誰かからもらってくれ)
  メロディアスというよりは、音の響きとビート感に重きをおいた作りであり、特に一枚目は憂鬱でペシミスティックな表情が主である。 しかし、二枚目から次第に力強さが生まれ、3 曲目の「Don't Hurt Yourself」で一回みごとに突きぬける。 どちらかといえば、二枚目の方が表現が多彩で面白い、と思ったとたん妙なことを考えた。 ひょっとすると一枚目は現代の若者向けで、二枚目はオールド・ファン向けという作りになっているのではないだろうか。
   CD 二枚組のボックス・デラックス仕様(足の上に落としたら骨折しそうな分厚いブックレット付き)と通常ジュエル・ケース仕様、および CD 一枚のダイジェスト・エディションあり。 こういうのはコレクター向けの商売なのだろうが、一般人にはどれが何やら俄かには分からず、ややこしいのが難点。 プロデュースはデイヴ・ミーガン。

  「The Invisible Man」(13:37)所在無げなノイズがみるみるうちに集まってメランコリーの翳りとなる。 後半、ビートを得ると主張にしなやかな弾力が生まれてこのグループらしい展開となる。 10 分少し前のブレイクを経たピアノ伴奏によるブルージーなバラードは PINK FLOYD 的。 ポスト・ロックの姿を借りた重厚な力作。
  「Marbles I」(1:42)マイナー 7th の響きが印象的な掌編。
  「Genie」(4:54)このグループには珍しい曲調の甘酸っぱい佳曲。
  「Fantastic Place」(6:12)序盤の薄暗さに「またか」と思わされるが、いい意味でそれを裏切る展開となる。 個人的にはスティーヴ・ロザリーのギターにさほど興味はないが、ここでは繊細な表情を紡いでいる。腕はいいのだ。傑作。
  「The Only Unforgivable Thing」(7:13)ポスト・ロック・スタイルのボブ・ディラン風バラード。 暗そうでいてオプティミズムを匂わせるのが今回の趣向か。 イントロ、アウトロのチャーチ・オルガンの控えめな感じがいい。
  「Marbles II」(2:02)極小曲だがけっこうプログレ。
  「Ocean Cloud」(17:58)

  「Marbles III」(1:51)
  「The Damage」(4:35)
  「Don't Hurt Yourself」(5:48)
  「You're Gone」(6:25)
  「Angelina」(7:42)
  「Drilling Holes」(5:11)
  「Marbles IV」(1:26)
  「Neverland」(12:10)
  
(Intact 10391)

 Somewhere Else
 
Steve Hogarth vocals, occasional piano, percussion
Mark Kelly keyboards
Ian Mosley drums
Steve Rothery guitars
Pete Trewavas bass, occasional guitar, acoustic guitar on 10
guest:
Mike Hunter all sorts of things while we were out
Clever Bugger French horn on 10
Sam Morris French horn on 10

  2007 年発表のアルバム「Somewhere Else」。 内容は、前作の憂鬱な正調英国ロックから、レイドバックしつつも翳りをまとい、キレもあるオルタナティヴ・ロックへと基調を移す。 幕開けは、ストリングスとギターがせめぎあう BEATLES 風のサイケデリック(Tomorrow Never Knows か?)調でギラギラと迫るが、ジャジーなブリッジを経ると一気にデリケートかつエモーショナルな歌が膨れ上がる。 アコースティックな音でアメリカン・ロックに通じるアーシーなセンスを薫らせるかと思えば、湿ったギターの轟音と空ろな表情のヴォーカルで英国気質を醸成する。 まぶしい日差しと乾いた空気のカリフォルニアと雨にけぶる灰色のバッキンガムシャーを一瞬で行き来するような感じだ。 比較的シンプルなバッキングによって「歌」の存在感はいや増す。 サビで湧きあがるストリングスもきわめて自然。 COWBOY JUNKEIS を思い出した。
   1 曲目に続いて、耳をとらえるのは、3 曲目の名曲「Thank You Whoever You Are」。バラードを支えるのはピアノ、ストリングス、そして暖かく小気味のいいスネア・ドラム。 そういえば、ドラムスは全曲にわたってポスト・ロックを意識した現代的なプレイをしている。 乾いたグルーヴはこのドラムスによる部分が大きい。 4 曲目「Most Toys」はジョン・レノンのソロ作品のよう。ネジの外れたワイルドなアジテーションだ。 タイトル作品は、悲哀を帯びたストリングスと苦悩するようなギターがうねり続けるバラードである。悔恨にあふれるように暗く美しい。 7 曲目「No Such Thing」も小品ながらアレンジに腕をふるった名曲。 8 曲目は正調 MARILLION 節。 「The Last Century For Man」は、直裁的なメッセージが強烈な作品。 ドラマティックなストリングス・アレンジがいい。 最終曲は、おだやかなアコースティック・ギター弾き語り。 弾き語りの魅力を増しこそすれ損なうことのまったくないきめ細かいアレンジがみごと。 素直な感情の吐露がほのかな希望を生む。
  抜けるような青空、飛び交うジェット旅客機、高層ビル群、壁に張られたポートレート。祈りと願い。 地味ではあるが、物憂さの奥底にある暖かみを感じられる佳作。 プロデュースはマイケル・ハンター。

  「The Other Half 」(4:23)
  「See It Like A Baby」(4:32)
  「Thankyou Whoever You Are」(4:51)
  「Most Toys」(2:47)
  「Somewhere Else」(7:51)
  「A Voice From The Past」(6:21)
  「No Such Thing」(3:58)
  「The Wound」(7:18)
  「The Last Century For Man」(5:51)
  「Faith」(4:11)
  
(INTACT CD11)

 Happines Is The Road
   
Steve Hogarth vocals, CP70 piano, Kurzwell, glockenspiele, percussion
Mark Kelly keyboards, piano, harmomium, backing vocals
Ian Mosley drums, backing vocals
Steve Rothery guitars, backing vocals
Pete Trewavas bass, occasional guitar, backing vocals

  2008 年発表のアルバム「Happines Is The Road」。 ディスク二枚で構成されており、一枚目が「Essence」、二枚目が「The Hard Shoulder」と名づけられている。 大雑把にいうと、一枚目は近年の作風であるメディテーショナルなバラードやメロディアスな歌もの系が主だが、耽美な表情にもかかわらず底辺に明るさを感じさせる作風であり、二枚目はそこから器楽アレンジを練り込んだサイケデリック・ロックまたはプログレ寄りのポストロック系に若干のシフトをする。 ヒップホップや BEATLES 風ビート・ロックもある。 全体に「ここにはこの音しかない」といった音の厳選があり、アレンジのきめが細かい。
   エレガントなピアノに導かれたささやくような歌唱で幕を開けると、湿り気こそ強いが、遥か彼方にほのかに希望の光が見えるようなオプティミズムを感じさせる作品が続く。 3 曲目はクラシカルな展開を活かした感動作。得意のファルセット・ヴォイスもいい感じだ。 クラシカルなタッチは 5 曲目でも活かされている。 改めて思うが、この人たちは往年のヒット曲への素直な憧憬に基づいて曲作りをしているようだ。 8 曲目はスペイシーなサウンドと AOR 調への展開を見せつつもホガース節を貫くロック・バラードの佳曲。 一枚目の 10 曲目にあるタイトル曲は、モダンなリズムに U2 ばりの重厚さと PINK FLOYD 的なけだるさも交えた力作。冒頭、祈りのようなメロトロン・ストリングスの醸し出すノスタルジアに呆然とす。 最終 11 曲目は、ジョン・レノン風のノイジーなサイケデリック・ロック。 (11 曲目は空トラックであり、11 曲目としてクレジットされている作品は 12 曲目になる。製作上のバグだろうか) 二枚目は、浮遊するカラフルなサウンドにしなやかなビート感を盛り込んだ GONG 風の力作から幕を開ける。 そして、ヴォーカルを中心にしながらも、古典から現代までの多彩なリズム・パターン、エフェクトを駆使したギター・プレイやスペイシーなキーボードといった固有の音を駆使して精緻にイメージを整えた作品が続いていく。 3 曲目終盤のキーボードとギターによる幻想的な描写がすばらしい。 5 曲目は弦楽とコーラスが BEATLES を思わせる佳品。 最終曲は、感傷もやんちゃさもデリカシーもある、いい意味で重さを感じさせない好作品。
   コンテンポラリーな音になじむ音楽ファンは一枚目を堪能し、オールド・プログレ・ファンは二枚目でさらに納得。 個人的には、二枚目のようなキャンディ・ボックスのように色とりどりで予想をくつがえし続けるほどに雑多な表現がうれしい。 思えば前々作「Marbles」もこんな作りでしたっけ。
  二枚組通常盤、ボックス(重い!)さらには一枚づつのバラ売りもある。 プロデュースはマイケル・ハンターとグループ。

  「Dreamy Street」(1:58)
  「This Train Is My Life」(4:46)
  「Essence」(6:25)
  「Wrapped Up In Time」(5:02)
  「Liquidity」(2:08)
  「Nothing Fills The Hole」(3:19)
  「Woke Up」(3:36)
  「Trap The Spark」(5:38)
  「A State Of Mind」(4:29)
  「Happiness Is The Road」(10:01)
  「Half Full Jam」(1:59)
  
  「Thunder Fly」(6:20)
  「The Man From The Planet Marzipan」(7:51)
  「Asylum Satellite #1」(9:28)
  「Older Than Me」(3:08)
  「Throw Me Out」(3:57)
  「Half The World」(5:04)
  「Whatever Is Wrong With You」(4:12)
  「Especially True」(4:33)
  「Real Tears For Sale」(7:34)

(INTACT 10391)

 Sounds That Can't Be Made
 
Steve Hogarth singer, backing vocals, keys, percussion
Mark Kelly keyboards
Pete Trewavas bass, backing vocals
Steve Rothery lead & rhythm guitars
Ian Mosley drums

  2012 年発表のアルバム「Sounds That Can't Be Made」。 内容は、冒頭 17 分あまりの大作が象徴するとおり、時代を間違えたかのように重厚荘厳なスペース・ロック系ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックである。 積年まったく変わらないメロディアスながらもデリケートで苦悩に満ちた表現を軸としつつも、焦燥感は微塵も見せずに泰然自若、悠揚迫らぬ物腰で、薄暗く渦巻く色彩美と轟々たるビートで世界を満たしてゆく。 目まぐるしい展開やエキセントリックな表現は抑え、淡々と、むしろ穏やかに音を積み重ね、紡いでゆく。 泰斗 PINK FLOYD を露にはなぞらず、むしろ THE BEATLES の、特にジョン・レノンのサイケ感覚と、スティーヴ・ウィンウッドの R&B センスを継いで英国ロックの現代形をアップデートしていると思う。 プログレ・メタル、ネオ・サイケデリック、ポスト・ロック、マス・ロックといった「プログレ」の甥っ子たちの首根っこをつかまえてコワいオジサンがにらみを利かせながらバラードを歌っている感じ、といえばいいだろうか。 また、80 年代に再興した「ジャズ・エイジ」風の洒脱な感覚をしっかりと携えているところもおもしろい。 個人的には、こんな風に年を取りながらバンドを続けていけたらなあと思います。 オールド・ロック・ファンにはお薦めの力作。
  日本版スペシャル・エディションには、ライヴ・テイクのボーナス・ディスク付き。 プロデュースはマイケル・ハンターとグループ。

  「Gaza」(17:34)管弦風のサウンドが異様な深みを見せるシリアスなデジタル・プログレ。
  「Sounds That Can't Be Made」(7:13)しなやかで力強い歌曲。正調英国ロック。5 分 30 秒辺りからの展開に痺れる。(ストリングスが「A Day In The Life」に似てるから?)
  「Pour My Love」(6:03)お、甘めの AOR ? と眉をひそめたのにメロトロン・フルートで安堵してしまう自分が情けない。 こういうセンス、作風は PORCUPINE TREE と共通している。アーシーなのに洒落たタッチもある作品。売れそう。
  「Power」(6:08)上に同じ。
  「Montreal」(14:02)傑作。苦悩の果ての、ちょっと向こうの世界に行きかけている浄福感。お迎えの近い年寄り向け。しかし、いい。
  「Invisible Link」(5:46)オルゴールのような音が印象的な捻じれポップ・チューン。
  「Lucky Man」(6:56)一つ一つの音をその効果とともにじっくりと重ね合わせた BEATLES 風の作品。誰かといえばジョージ・ハリスンか。ABBEY ROAD の後半風のギターもいい。
  「The Sky Above The Rain」(10:34)

(RBNCD 1119)


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