Pip Pyle

  イギリス、カンタベリー・シーンを支えるドラマー「Pip Pyle」。 GONGHATFIELD AND THE NORTHNATIONAL HEALTH のメンバーとして活躍した名ドラマー。 現在は IN CAFOOTS を脱退し、新グループ BASH を結成、作品発表。 2006 年 8 月あまりに突然の訃報に驚いています。

 Belle Illusion
 
Pip Pyle drums
Alex Maguire keyboards
Patrice Meyer guitars
Fred T Baker bass
guest:
Elton Dean alto sax on 7, intro of 8

  2004 年発表のアルバム「Belle Illusion」。 パイルがフランス人ギタリスト、パトリス・メイヤーと組んだ新プロジェクトの作品である。 キーボーディストは気鋭のアレックス・マグアイア、ベーシストは IN CAHOOTS で共演済みのフレッド・ベイカーである。 内容は、テクニカルだが緩やかなインタープレイがメインのジャズロック。 70 年代のカンタベリー・ジャズロックから過剰な諧謔とユーモアを取り除いたような(大人になったというべきか)作風である。 これは、おそらく、歳をとるとメッセージを込めることよりも演奏そのものを楽しみたくなるためであろう。 リズムに凝ったちょっとヘンクツなエレクトリックなユーロ・ジャズだと思って聴き始めればなんら問題なく、その上で後半に向かうに連れてプログレ・テイストが強まるので、二倍楽しめる。 ブルーズともまた異なるメランコリックな表情にあふれ、フュージョンとはまったく違う種類のスリルを感じさせる充実作だと思う。 カンタベリーの遺伝子は、ミステリアスな現代音楽風味が交差するところに感じられる。
  さて、ヒュー・ホッパーとも共演したメイヤーだが、ここでもフィンガー・ピッキングによる超絶的な速弾きを披露するなどして、演奏をリードしている。 (スタイルはアラン・ホールズワース、スコット・ヘンダーソンの影響が強そうだ) これだけの名手があまり有名ではないというのも不思議なものである。 HUGH HOPPER GROUP での作品「Carousel」をここでも披露し、この反復とカオスがメインの傑作がたしかにきわめてプログレ的であることを再認識させてくれた。 また、ところどころでベイカーがベースにファズをかけるが、これま間違いなくホッパーへのオマージュでしょう。 マグアイアのハモンド・オルガンによるバッキングもいい感じだ。 彼の作曲した最終曲は、BRUFORD を思い出して正解のキャッチーかつハードなジャズロックである。 2003 年パリ、2002 年シアトルでのライヴ録音。これが遺作になるとはかえすがえすも残念です。

  「For Adiba」(7:54)フィンガー・ピッキングらしいフレージングが冴える佳曲。
  「Vas Y Dotty」(5:02)少し前のジャズ・ジャム・バンドや N.Y. ジャズを思わせるブルース・フィーリングあふれる作品。
  「Sparky」(7:17)コミカルな変拍子パターンでスイングする。
  「Beautiful Baguette」(7:46)
  「Biffo's Belle Illusion」(7:44)
  「Spoutnik」(8:26)
  「Cauliflower Ears」(9:21)
  「Carousel」(7:04)
  「John's Fragment」(6:35)

(RUNE 193)

 Equipe Out
 
Pip Pyle drums
Elton Dean sax, alto sax
Didier Malherbe flute, tenor sax on 6,7
Sophia Domancich piano, synthesizer
Hugh Hopper electric bass

  87 年発表のアルバム「Equipe Out」。 85 年フランス、モンペリエでの録音。 内容は、ベテラン・オールスターズを率いた、リラックスしたカンタベリー・ジャズロック作品である。 演奏は、ロック、フュージョン、メインストリーム・ジャズを軽やかに行き交う華やかなものだ。 1 曲目は、パイル作曲によるリズミカルでキュートなカンタベリー・ジャズロックの名曲。 キャッチーなテーマと変拍子、ファズ・ベースの取り合わせがみごと。 パイルのガールフレンドであるドマンシッチの作品は、メインストリーム・フュージョンに近い出来だが、ストレートな演奏が意外にいい結果を生んでいる。 ディーン、ホッパー組は、作曲、演奏ともに充実、じつに若々しい。 アヴァンギャルドな感性とメロディアスなジャズ好きが、難なく同居する懐の深さがある。 個人的には、デディエ・マレルブとエルトン・ディーンの共演が興味深い。

  「Foetal Fandango」(5:44)パイル作曲。 管楽器系のシンセサイザーとサックスによる、つまづきそうなスタカートの変拍子テーマを陽気に奏でるキャッチーな作品。 よく歌うサックス(マレルブでしょう)とともにシンセサイザーとベースのバッキングが目立ち、中盤からはホッパー得意のファズ・ベースとノイジーなシンセサイザーのデュオが始まって、緊張感も生まれる。 80 年代らしい開放感は、ブルフォードの EARTHWORKS の作風にも通じる。

  「Hannello」(4:14)ホッパー作曲。 モダン・ジャズ的なスリルとロマンをたっぷりはらんだスピード感のあるジャズロック。 ストレートな 8 ビートとピアノ、二管が煽る疾走感がたまらない。 サックスはストレートなブローにもかかわらず安きに流れず知的。ディーンのインプロの芸風はじつに幅広いと再認識。

  「Midnight Judo」(7:45)ホッパー作曲。 メロディアスでムーディなコンテンポラリー・ジャズ作品。 マレルブのフルート(クレジットでは 6、7 曲目の参加だが?)のいかにもヨーロピアンな感覚が面白い。 カンタベリーの称号はこのフルートと優雅なテーマに与えたい。 ディーンはここでもフリージャズの奔放さを巧みに配分して織り交ぜ、盛り上げる。 ピアノのバックアップとともに、ジャズにとどまらず室内楽的なニュアンスも生まれてくる。 ホッパーはフランジ系のエフェクトをかけてランニング・ベースを弾いている。

  「Jocelyn」(4:15)ドマンシッチ作曲。 初期の RETURN TO FOREVER あるいはナベサダの名作を思わせる爽快感あるクロスオーヴァー。 ディーンはジョー・ファレルばりのマイルドなサックス(それとも得意のサクセロだろうか)で優雅に迫る。 ドマンシッチのロマンティックなピアノもフィーチュア。

  「Porc Epic」(6:58)ドマンシッチ作曲。 二管とピアノをフィーチュアしたモダンジャズ。 マレルブとディーンのパワフルで闊達なプレイにピアノがヴィヴィッドに反応する。 ピアノはエレガントにして正統的なジャズであり、包容力がある。デヴィッド・ベノワを思い出しました。

  「Janna」(6:55)ディーン作曲。 いかにもディーンらしい緊迫感ある作品。 サックスとピアノのシリアスな対話から、緊張を孕んだまま静かな演奏が続いてゆく。 クレジットではマレルブも参加しているようだが、見分けられない。

  「(extrait de)Reve de Singe」(6:16)ドマンシッチ作曲。 マレルブのテナー・サックスがフィーチュアされた作品。

(VP213CD)

 7 Year Itch
 
Pip Pyle drums, keyboardsDave Stewart keyboards
Barbara Gaskin voicePhil Miller guitar
Jakko M Jakszvk guitar, voiceRichard Sinclair voice
John Greaves voice, bassFreddy T Baker bass
Hugh Hopper bassPaul Rogers double bass
Didier Malherbe saxElton Dean sax
Michel Godard tubaJean Francois Canape trumpet
Francois Ovide guitarYves Favre trombone
Alain Guillard saxPierre Marcault percussion
Lydia Domancich piano 

  98 年発表のソロ第一作「7 Year Itch」。 タイトル通り日の目を見るのに七年かかった労作。 カンタベリー・オールスターズとフランスの現代ジャズ・シーンの重鎮ら(アラン・ギラールは ZEHUL 系)に支えられた、楽しく充実した内容の作品だ。 THE BEATLES のカヴァー以外全曲パイルの作曲であり、リチャード・シンクレア、ジャッコ・ジャクジク、ジョン・グリーヴスら個性派ヴォーカリストを配して、カンタベリーらしいエキセトリックなインストゥルメンタルをフィーチュアした、大人のジャズロックを聴かせてくれる。 タイトルは同名の戯曲(マリリン・モンロー出演の映画化作品が有名)から人口に膾炙した慣用表現。

  「Seven Sisters」(8:50)シンクレアのヴォーカル。 うっすらと響くシンセサイザーとキラキラするドラムスとともにヴォーカルが歌うファンタジック・チューン。 この人が歌うと、ただただ心が温かくなり懐かしい思いで一杯になる。 後半のフィル・ミラーのギター・ソロは圧巻。 やはり一筋縄ではいかずアヴァンギャルド色もしっかりある曲だ。

  「Chinese whispers」(4:13)ジャッコのヴォーカル。 甘い声のヴォーカルがとても心地よいポップス。 ドラムスを中心にバッキングがあまりに充実している高級ポップスである。

  「Strawbery Fields Forever」(4:56)バーバラ・ガスキンのヴォーカル。 メロトロンに似せたスチュアートのキーボード・ワークに注目せよ。 THE BEATLES のアレンジをモダンなサウンド・テクニックで蘇らせた作品。 スチュアート & ガスキンのゲストがパイルという感じ。

  「Seven Year Itch 」(3:35)グリーヴスのヴォーカル。 怒りに我を忘れたような、強烈でヴォーカルに合わせ演奏も邪悪な雰囲気に満ちている。

  「I'm Really Okay」(5:12)ガスキンのヴォーカル。 どこか暗く歪んだポップス。 美しく悲しい旋律。 ほのぼのしたパーカッションが救い。 アコーディオン風のシンセサイザーも素敵。

  「Once Around The Shelves」(4:09)インストゥルメンタル。 ギターが冴えるモダン・ロックがフルートやメロディアスなベースで次第にグルーヴィなジャズロックへと変ってゆく。

  「Long On」(7:20)ジャッコのヴォーカル。 ベース、ピアノの思わせぶりなイントロから神秘的な演奏が続くも、ブラス・セクションのパワーで一気に盛り上がるジャジーな作品。 ジャッコのシリアスなギターもよいが前半の官能的な演奏がすばらしい。

  「Shipwrecked」(7:46)ジャッコのヴォーカル。 イントロのマリンバ系のシンセサイザーとギター、ベースの柔らかな響きが美しい。 ふわりとした感触の官能的な AOR 調ジャズロックである。 スライド・ギターがいい音だ。 フィル・ミラーが珍しくロックっぽいソロを聴かせる。 ジャッコのヴォーカルは、いわばロバート・ワイアットの AOR 版である。

  「L'etat Des Choses」(7:55)インストゥルメンタル。 ヒュー・ホッパーの参加する、テープ・ループとサンプリングによるノイジーなアトモスフェリック・サウンド。 シンセサイザーの激烈なフレーズやモノローグが散りばめられ、インダストリアル調である。 カンタベリーのベテランらしいエクスペリメンタル・ミュージックだ。

  「Foetal Fanfare Fandango」(2:53)オール・ブラスによる楽しげな演奏。 お遊びで幕を引く辺りもさすがである。 にこにこマーチング・スネアを叩いているパイルが目に浮かぶようだ。 EQUIP OUT にも収録されている作品だ。

(VP198CD)


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