HATFIELD AND THE NORTH

  イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループ「HATFIELD AND THE NORTH」。 72 年結成。 75 年解散。作品は解散後の「Afters」含め三枚。 カンタベリー・シーンの代表格。

 Hatfield And The North
 
Dave Stewart organ, piano, tone generator
Phill Miller guitars
Pip Pyle drums
Richard Sinclair vocals, bass
guest:
Northettes chorus
Jeff Reigh sax, flute
Jeremy Baines pixiephone
Robert Wyatt vocals on 4

  74 年発表のアルバム「Hatfield And The North」。 憂鬱にして厳粛なる幻想的なジャケットがすばらしいデビュー作。 ロバート・ワイアット(車椅子姿が内ジャケに写っている)や、HENRY COW のメンバーらをゲストに迎えて生み出したサウンドは、英国ジャズロックに打ち込んだ、変幻自在にして目の覚めるような楔である。 その世界は、ジャジーな演奏にデリケートなファンタジーが織り込まれ、ねじ曲がったユーモアが湧き出てくる不可思議極まりないもの。 大胆な変拍子を多用したモダンなフリー・ミュージックでありながら、曲の流れはきわめてナチュラル、そして小粋でポップな暖かみがある。 この音楽性を象徴するのが、リチャード・シンクレアのヴォーカル。 つまり、真っ直ぐと生真面目ながら独特の色気があり、繊細な美感を誇りつつもシニカルでひとクセある、ということ。 そして、聴き返すたびに次々と新しい音が発見できる奥深さもある。 EGG で新しい音楽を極めようとしたデイヴ・スチュアートは、オルガンやエレクトリック・ピアノで本来のジャズらしさというべき想像力あふれるプレイを披露する。 そして、このキーボード・プレイを軸としたきわめてテクニカルな演奏において、訥々としたギター・プレイがじつにいい感じのワンポイントになっている。 この歌と器楽が矢継ぎ早に繰り出す小曲を追いかけているうちに、THE NORTHETTES の透き通るヴォカリーズとともに、知らず知らず心地よくもクレイジーな世界へと吸い込まれてゆくのだ。
  KING CRIMSONSOFT MACHINE がフリー・ジャズの影響下、新しいロックを生み出したように、クロス・オーヴァーという新しいジャズの影響の下、再び新しいロックが生まれたと見ることもできるだろう。 とにもかくにも、ジャジーでメローでロックな現代音楽として、究極的な存在だと思います。
  内ジャケットの写真について分からないことが一つ。 メンバーに加えてゲストも写っているが、中央のフルートを吹く人物とやや左に位置するサックスをもつ人物は、それぞれ誰なのだろう。 クレジットによれば、フルートとサックスは HENRY COW のジェフ・ライの担当らしいが、写真は同一人物には見えない。 全員の写真を載せているという可能性から、どちらかは、ピクシフォーンなる楽器の担当として、クレジットされるジェレミー・ベインズ氏 ? それぞれ誰なのか、分かる方は教えてください。

  「The Stubbs Effect」(0:22) ピアノやエレクトリック・ピアノの細かなリフレインが幾重にも重なるサウンド・エフェクト(早回しですかね)風イントロダクション。 GONG 出身のピップ・パイルの作品。

  「The Big Jobs(Poo Poo Extract)」(0:36) きらめくエレクトリック・ピアノ、粘っこいギターの伴奏で、シンクレアのなまめかしいヴォイスがメランコリックに、優美に歌う。 ほんの短いヴァースで、すうっと別世界へと誘ってくれる。 得意のクチビル・ブルブルもあり。
  ミュージック・コンクレート風の電子音でめまいを起こさせ、夢見るような暖かい声で一気に別世界へ誘う魔法のオープニング。シンクレアの作品。

  演奏は、そのままピアノの調べとともに「Going Up To People And Tinkling」(2:25)へ。 リズムは軽やかにシャープに変化し、スチュアートのエレクトリック・ピアノとミラーのギターによる、穏かながらもキレのいいインタープレイが始まる。 対話とユニゾン、フリーなソロの応酬を繰返すうちに、スリルは次第に高まってゆく。 ほんのりとユーモアもある、余裕シャクシャクの展開だ。
  早くもカンタベリー・ジャズロックらしい、インテリジェントにしてテクニカルなアンサンブルを放つ。 スリリングにしてエレガントである。 デイヴ・スチュアートの作品。

  演奏がふわりと落ちつくと、「Calyx」(2:45)である。 切なくも凄みあるスキャットは、もちろんロバート・ワイアット。 シンバルとエレクトリック・ピアノの響きは包み込むように柔らかく、ファルセットのハーモニーとともにテープ操作によるギター(オルガン?)のような音がスキャットに寄り添って流れてゆく。
  切なくも謎めいたメロディ・ラインと技巧的な演奏のみごとな調和。 ワイアットの名演の一つである。 もう一人のスキャットは誰でしょう。 フィル・ミラーの作品。

  ドラムスの一撃とともに、「Son Of "There's No Place Like Hometown"」(10:10)ヘ。 キーボードによる静かなアンサンブルに、一撃ごとにほのかな緊張が走る。 オルガン、エレクトリック・ピアノのリフレインが波紋のように重なりあう。 バーンとたたきつけるキメを繰り返しながら、次第に本編への準備が整う。
   キーボードによる「Calyx」のテーマをきっかけに、シュアーなリズムが始まり、ベース・リフとピアノの和音に支えられて、角張った調子のアンサンブルが始まる。 丸みのあるオルガンのリフ、そして、裏拍を強調したジェフ・ライのサックスのテーマが走り出す。 ここでの緊張感は、HENRY COW 風。 ギターが追いかける。
   モールス信号のようなオルガンのスタッカート連打、そしてオルガン、サックス、ブラスらがやや素っ頓狂に絡み合う。 8 分の 6 拍子による堅苦しいアンサンブルは、一気にとろけるようにほぐれてゆき、ファンタジックなピアノが受け止める。 ニューエイジ風の、透明で美しいアンサンブルだ。 ささやくのはムーグか、ハモンド・オルガンか。 やがてフルートが訥々と語り始め、きらめくエレクトリック・ピアノ、ギターによる変拍子アンサンブルに、小気味よいスネア・ビートが刻まれる。 今度受け止めるのは、THE NORTHETTES による甘やかなソプラノ・ハーモニー。 ふわふわと音は漂い、夢想がつづられてゆく。 エレクトリック・ピアノの響きとともにリタルダンド、幻想に別れを告げる。
   ドラムス・ピックアップとともに「Calyx」のテーマが荒々しく、重々しく復活。 ネジを巻くようなファズ・ギター、オルガン、そしてエレクトリック・ピアノがテーマを再現し、変奏へと進んでゆく。 エレクトリック・ピアノに反応するベース・ラインがいい感じだ。 デリケートなギター。 ソプラノ・ハーモニーでゆったりと受け止め、再びざらざらとしたアンサンブルが立ちあがる。 今度は管楽器が幾重にも追かけあい、全員集合で力強く突き進む。 エンディングは軽やかだ。
  幻想的なジャズロック大作。 Calyx のテーマを活かして、緊張感と逸脱感が同居した奇妙な味わいのインストゥルメンタルと透明でファンタジックなヴォーカルをめぐり、最後にはすべてが合流するドラマとなっている。 緊張感ある前半から柔らかな中盤に写る瞬間の法悦。 テンションをもつテーマとドリーミーなヴォカリーズがまじりあってゆくアレンジの妙味。 リズミカルで諧謔味のあるインストゥルメンタルと心地よい浮遊感の両方が味わえるカンタベリー・ミュージックの真骨頂だ。 フランク・ザッパの影響もあるに違いない。 前曲のワイアットのスキャットでも現われたテーマは、元 EGG のモント・キャンベルの贈呈らしい。 スリーヴに、譜面とともに謝辞がある。 ピップ・パイルの作品。

  「Aigrette」(1:37) なめらかなヴォカリーズとギターのコード・ストロークで演奏は軽快に走り出す。 憂鬱さは少し忘れてステップを踏もう。 オシャレなグルーヴがある。 敏捷に動くベースとギターのコード・ストロークが、控えめながらも確実なドライヴ感を生む。 フィル・ミラーの作品。

  「Rifferama」(2:56) 前曲をそのまま受けとめて、歪んだギターとワウ・エレクトリック・ピアノ、ベースによるアッパーで突っ込み気味のアンサンブルがスタートする。 6+4 拍子でアグレッシヴに飛ばす演奏がカッコいい。 ソロの始まりは、フィル・ミラーらしい粘っこいファズ・ギター・ソロ。 一瞬のひそやかなブレイク、続いてあまりに軽快なファズ・オルガン・ソロ。 オルガンがファズからワウへと音色を変えると、ファズ・ギターが追いついてくる。 オルガンとギターのやんちゃなバトルのスタートだ。 タイトに弾けるドラミング、すばしっこいベース・ラインにも注目。 スリリングな展開だ。 その緊張の中、たたみかけるように挿入される SE がなんともいえないユーモアを醸し出す。 再びワウ・オルガンが小気味よく飛び出すも、ギターが堅実に受けとめる。 今度はジャジーなサックスも参加、悲鳴のようなギター、ワウ・オルガンとエレクトリック・ピアノによる勢いあふれる演奏が続いてゆく。 奇声やへんてこりんな音も加わって、最後は大人数の笑い声に吸い込まれるようにして消えてゆく。
  ハイテンションで動き回る白熱のインストゥルメンタル。 拍子を数える気も失せる変拍子アンサンブルによるスリル、スピード感もみごとだが、硬派な演出だけではなく、ユーモラスなフレーズや SE をタイミングよく突っ込んでゆく。 そのセンスがいい。 ギターもがんばっているが、やはりアンサンブルのリードは、スチュアートのソフト・ディストーションのオルガンとエレクトリック・ピアノだろう。 SE を経てエンディングへ向けてさらにギアを入れて突っ走るところは、鳥肌モノのカッコよさだ。 リチャード・シンクレアの作品。

  「Fol De Rol」(3:07) 朗読のような奇妙な語りから、弦をかき鳴らすピチカート、静かなオルガンと口笛が波打つように謎めいて流れる。 そして始まるは、シンクレアによるメランコリックなスキャット。 輪郭のはっきりしない夢のような演奏に導かれて、何気ない 13 拍子のテーマが朗々と綴られる。 間奏は、ナチュラル・トーンのギターによる静かなストロークと、シャボン玉を吹き上げるようにエフェクトされたベース、そして気まぐれな口笛。 静かに思い悩む演奏に、やがて、電話が鳴り、「Hello」と受話器を上げると、受話器の向こうからヴォカリーズが聴こえてくる。 シュールな演出だ。 電話を切って終り。
  シンクレアのスキャットとベースをフィーチュアした憂鬱なバラード。 誰にもある日常の何気ないメランコリー、真夜中の物思いを巧みに音におきかえている。 電話の SE のアイデアは秀逸。 リチャード・シンクレアの作品。 大好きな曲です。

  「Shaving Is Boring」(8:45) ムーグとギターがリズミカルに交歓するイントロから、ムーグがゆっくりと前面へ出てくる。 ハイハットの刻みが心地よい。 あっという間にスピード・アップ、華麗なムーグ・シンセサイザー・ソロとベース・ランニングの応酬である。 ファズ・ベースが 8 分の 5 拍子の攻撃的なリフを提示、ギターも重なってゆく。 エフェクトされたベースの即興プレイを鋭いリフが支えて突っ走る。 電子音から奇妙なノイズまでさまざまなエフェクトが飛んでゆく。 どんどん高まる緊張感。 KING CRIMSON のようなメロトロンが轟々と流れる。 MATCHING MOLE に近い雰囲気である。 やがてリフよりもスペイシーなノイズが強まり、視界が混沌としてくる。 突如流れは断ち切られ、ドアの開けるたびに、部屋から今までの曲の断片が流れてくるというユーモラスな SE が繰り返される。 あっという間にリズムは 16 分の 11 拍子へと変化、表情を豹変させて、オルガンとギターによるスリリングにしてなめらかな疾走が始まる。 まるで別の曲が始まったみたいだ。 ベース、ギターとオルガン、エレクトリック・ピアノによる挑戦的なインタープレイの連続を経て、しなやかなユニゾンへとまとまり、ソフトな音へと変化するナイス・ランディングを見せる。
  一夜の夢のように不思議な展開を見せる、変拍子リフによる白熱のサイケデリック・ジャズロック。 前半の混沌(プラス、ヘヴィなリフ)は GONG の影響だろうか、スティーヴ・ヒレッジの作風に近いものを感じる。 SE をはさんだ終盤は、やおらシャープなアンサンブルが復活し、迫力のインタープレイを見せる。 風を切る疾走感がたまらない、ピップ・パイルの作品。

  エレクトリック・ピアノの和音の響きが導くままに「Licks For The Ladies」(2:37)へ。 夢見るエレクトリック・ピアノ、ギターの伴奏でノーブルなヴォーカルがさえる。 物悲しさに身を焼くメロディ・ライン。 エレクトリック・ピアノ、ギターの伴奏も歌メロに寄り添い、淡い色合いの和音を余韻たっぷりに響かせる。 ラストはまるで消え入るように切ないファルセット。 ドラムレス。
  センチメンタルなバラード。 リチャード・シンクレアの作品。

  間髪入れず「Bossa Nochance」(0:40) 同じギター、エレクトリック・ピアノの伴奏でヴォーカルはやや表情を力強く変化させ、きっぱりと、なめらかでオシャレなトーンへ。
  次曲へのブリッジとなる小曲。2 コーラスの「転」。リチャード・シンクレアの作品。

  あっという間に「Big Jobs No.2」(2:14) 三度エレクトリック・ピアノ、ギターの伴奏で第二曲「The Big Jobs(Poo Poo Extract)」の切ないテーマをリプライズ。 いつの間にかドラムスも復活している。 そして間奏は、スチュアートらしいトーンによる胸に残るオルガン・ソロ。 なんだか久しぶりな気がする。 ラストは、ファルセットのヴォカリーズが切れ切れに宙に舞う。
  第二曲の変奏。 メランコリックな歌い込みから次第にテンポを上げ表情を明るくし、最後は色っぽく決めている。 ここの三曲はシンクレアのヴォーカルをフィーチュア。 リチャード・シンクレアの作品。

  前曲のエレクトリック・ピアノの余韻をそのままに「Lobster In Cleavage Probe」(3:57)へ。 エレクトリック・ピアノが呼び覚ますのは、ニンフの如きソプラノの女性ハーモニーである。 美しいハーモニーとメロディをなぞるフルートの妙なる響き。 ベースが 16 分の 11 拍子のリフを提示し、ピアノがさざめく。 ひたすら美しい。 ベースの刻むリフをきっかけに、流れるようにアンサンブルが動き出す。 エレクトリック・ピアノのリフレインとギターのコード・ストローク、そしてベースの刻むリフ。 対話のような演奏だ。 そしてディストーション・オルガンの登場だ。 左右のチャネルから聴こえる一人かけあい風のソロ。 テンポ・アップするとギターとエレクトリック・ピアノの絡み合いを中心とした演奏へと移る。
   カンタベリーの代名詞ともいえる RETURN TO FOREVER 調のローズ・ピアノと THE NORTHETTES のハーモニーをフィーチュアした美しく幻想的な作品。 中盤からは変拍子リフの上でスチュアートのオルガンが冴える。 デイヴ・スチュアートの作品。

  エレクトリック・ピアノのリフが導く「Gigantic Land Crabs In Earth Takeover Bid」(3:21) リズムが退き不安を煽るようにエレクトリック・ピアノの和音が繰返される。 ハードなファズ・ベースのリフに乗ってギターが走り出す。 粘りつくようなトーンによる切羽詰ったアグレッシヴなソロ。 暖かい音のオルガン・ソロへ転じると、演奏の空気が柔らかくなる。 再びツイン・オルガンによる一人かけあい。 ドラムスがエキサイトし始め、テンポがやや上がる。 2 つのオルガン中心としたエキサイティングな変拍子アンサンブルが続く。 スリリングな演奏だ。 次第に高まる緊張。 決めから、トゥッティがスケールを下降するとエンディングだ。
  一転してハードなアンサンブルを見せる曲。 前曲と本曲の二つは、バンドのスタイルをよく現している。 いよいよアルバムのまとめである。 スピード感を保ったまま演奏はエンディングへとなだれ込む。 デイヴ・スチュアートの作品。

  エンディングは、オープニング同様「The Other Stubbs Effect」(0:38) ピアノ、パーカッションやエレクトリック・ピアノ、トーンジェネレータのメタリックな、しかし暖かみのあるノイズで終わる。 ピップ・パイルの作品。

  「Let's Eat(Real Soon)」(3:16)ボーナス・トラック。 シングル A 面。 アップテンポなのに哀しげなヴォーカル・ナンバー。 間奏ではオルガン・ソロ、ギター・ソロをそれぞれフィーチュアする。 リチャード・シンクレアの作品。
  「Fitter Stoke Has A Bath」(4:35)ボーナス・トラック。 シングル B 面。 作りこんだメロディに歌詞を載せたような作品。 サビのメロディは見事。 セカンド・アルバム収録曲。 ピップ・パイルの作品。


  デリケートな幻想の世界と高度な運動性を高踏趣味のユーモアでまとめあげた傑作ジャズロック・アルバム。 甘く切ないメロディ、幻惑的なエレクトリック・ピアノの音色、シンクレアのヴォーカルと女性コーラスの美しさ、さらにスチュアートの切れ味鋭いオルガン・プレイ、変拍子と複雑なコード進行によるアンサンブルなど、演奏のすべてがきわめて個性的である。 初期の SOFT MACHINE と同じく、巧みなメドレーによってリスナーは一種トランス状態となって、この夢幻の境地に酔うことになる。 演奏にはくっきりとした輪郭とビート感のあるが、トータルの印象ではソフトでドリーミーなものとなる。そこがマジックだ。 曲展開の重要なポイントにおける SE の使い方もみごとだ。 美しくてポップなサウンドというのはなかなかないが、本作品はその好例の一つだろう。

(V2008 / CAROL 1833-2)

 The Rotter's Club
 
Dave Stewart keyboards
Phill Miller guitars
Pip Pyle drums
Richard Sinclair vocals, bass
guest:
Jimmy Hastings flute, sax
Mont Campbell French horn
Lindsay Cooper oboe, bassoon
Tim Hodgikinson clarinet
Northettes chorus

  75 年発表の第二作「The Rotters Club」。 ジャジーでメロディアス、洒脱にしてちょっぴりおセンチなストーリー・テリングが魅力の大傑作。 前作の「遊び」の枝葉を整理し、タイトなアンサンブルによるスリリングでつややかな起承転結を巡る、語り口の明快な演奏へとグレードアップした。 みごとなのは、さまざまな音をフル回転させるも汗臭さは微塵もなく、どこまでも小粋でユーモラス、そして余裕シャクシャクなこと。 ポップな味わいもピカ一であり、カンタベリー・サウンドを代表する一枚といえるだろう。

  「Share It」(3:03) シンクレアのなまめかしくも力強いヴォーカルを堪能できるメロディアス・チューン。 ムーグ・シンセサイザーによるオブリガート、間奏は、サウンドもプレイも目の醒める一級品。 「Please do not take it seriously, really」という歌詞に含みと余韻があって、なんともいい感じだ。 超絶な音楽的努力をポップなパッケージに包んでさりげなく手渡してくれたような小品。 贅沢なイントロダクションだ。

  「Lounging There Trying」(3:16) フィル・ミラーのギターを大きくフィーチュアした、ジャジーでメローな作品。 オルゴールのようなエレクトリック・ピアノ、機敏に裏を取るベースらとともに、次第に盛り上がってゆく。 エレクトリック・ピアノとギターがスピーディにフレーズを共有しつつ、小気味いい演奏が続いてゆく。

  「(BIG)John Wayne Socks Psychology on the law」(0:43) ファズ・オルガン、ギターのリードによるヘヴィな全体演奏。テーマの提示のような感じだ。

  「Chaos at the Creasy Spoon」(0:31) ファズ・ベースのアドリヴ、エレクトリック・ピアノのバッキング、つぶやくようなサックス。前曲を引き継ぎ、次曲へのイントロとなる。

  「The Yes No Interlude」(7:01) ギターが受け止め、ノイジーなオルガン・ソロへと飛び込んでゆく。 聴きようによってはユーモラスにも感じる管楽器の短いフレーズ反復をアクセントに、手数の多いリズムとともに、ファズ・ギターのリードする変拍子によるややシリアスな表情の演奏が続く。 ギターはロングトーンをうねらせ、管楽器の突っ込みをものともせずに、ロバート・フリップばりの狂おしいアドリヴへと発展する。 クライマックスが延々続くような、いかにも HATFIELDS らしい演奏であり、この芸風がそのまま NATIONAL HEALTH へと引き継がれてゆく。 しおれるように急激にヴォリュームが落ち、リム・ショットだけが時を刻む中を、管楽器やキーボードが気まぐれな音を積み重ねてゆく。 飽きてしまったか、次の展開をどうするか考え中か。 サックスとオルガンを軸に、次第にけたたましさを取り戻してヴォリューム・アップ、オープニングのスタカートのテーマを一瞬再現するも、一転してメローなチック・コリア風のエレクトリック・ピアノのソロへ。 機敏にエレクトリック・ピアノに反応するファズ・ベースがカッコいい。 エレクトリック・ピアノはユーモラスなフレーズを決めて、ギターへとソロを渡す。 ギターもここではメローなタッチでゆったりと迫る。 そして、スタカートの連打をきっかけにファズ・オルガンのリードによるテーマが再現。 そしてテンポ・ダウン。 マイルドな音質ながらもスピーディでハードなイメージを与えるジャズロックである。 3 曲目、4 曲目からのメドレーである。

  前曲のエンディングから、そのまま「Fitter Stoke has a Bath」(7:33)へ。 再びシンクレアのベルベット・ヴォイスをフィーチュアした、切なくメロディアスなバラードだ。 ただし 7 拍子。 ヴォーカルに寄り添いながら、静々と歌い、やがて舞い始めるフルートが美しい。 ブクブク・ヴォイスもさりげなく。 後半、スキャットのリードで小気味いいリズムが刻まれて、アンサンブルは軽やかに走り出す。 ギターの一声をきっかけにリズム・パターンが変化、やや引っかかるような 8 ビートとともに、ソロ・ギターがハードにうねる。 ブレイクとともに雰囲気は一転、マリンバやティンパニ、パーカッション類がざわめき始め、テープ逆回転のような電子ノイズが気まぐれに駆け巡るインダストリアルでミステリアスな世界となる。 セクシーな歌ものからスリリングなインストゥルメンタルへと予測不能な変化を見せる佳曲。

  前曲エンディングの怪しさをぬぐい去るようなメロトロンのかすれた調べ、優美なエレクトリック・ピアノの響きとともに「Didn't Matter Anyway」(3:34)へ。 後の CAMEL の作風はここから来ている。 雅なフルートとエフェクトで揺らぐギターの伴奏で、シンクレアのノーブル・ヴォイスに酔う。 ややメランコリックな表情を強めた、それでも美しい歌唱である。 位相系エフェクトによって緩やかに波打つギターのアルペジオ、キラ星のようなエレクトリック・ピアノ、気まぐれなそよ風の舞のようにりゅうりゅうたるフルートの調べ。 すべてが夢世界のように透き通る響きでささやかな世界を彩る。 フルートを追いかけるようにムーグ・シンセサイザーが可憐にさえずり始める。 美しいアンサンブルだ。 フェード・アウトが名残惜しい。 ファンタジーの極致というべきメロー・ロックの傑作。

  「Underdub」(4:02) エレクトリック・ピアノとフルートが華やかにユニゾンする、アーバンなブラジリアン・ジャズロック小品。 メインストリーム・フュージョンに迫る、というかそのものをやってみました風の作品である。 リズム・セクションの粘り気が個性的だが、エレクトリック・ピアノは王道である。 キース・エマーソンばりのオルガン・プレイを披露していた人物とは別人のようなメローなプレイである。 そして、フルートの抜群の存在感。 中盤、エレクトリック・ピアノのリードによる演奏もかっちりとまとまった上にセクシーな味もある名演である。 そして、エンディングのフルートのうつむくようなニュアンスがみごと。 さすがクラシック・プロパーの出である。 インストゥルメンタル。

  大作「Mumps」(20:32) THE NORTHETTES による春霞のようなスキャットにエレクトリック・ピアノの点描とギターやフルートの気まぐれなささやきが応じていくドリーミーなオープニング。 初期 RETURN TO FOREVER を思わせる、透明感ある美しい演奏だ。
  一転、現代音楽調のギクシャクと忙しないアンサンブルが飛び出し、得意のファズを使ったハードな音色の演奏が叩きつけられる。 びっくりして思わず目を覚ます。
  ファズ・ギターの堅実なリードとエレクトリック・ピアノのサポートで演奏が立ち上がる。 ギターとエレクトリック・ピアノのジャジーなアドリヴが続くうち、ベース、ドラムスがかっちりとボトムをまとめて、演奏はいよいよ研ぎ澄まされたイメージとなる。 スピード感もここで生まれてくる。 ベースのオブリガートにギター、エレクトリック・ピアノがそれぞれ反応し、呼吸を整えてゆく。 THE NORTHETTES のスキャットも加わって、インテンポのまま、ギター主導のアンサンブルが続く。
  今度はファズ・オルガンのリード。 スチュアート節ともいうべきオルガン・ソロである。 ワイルドにして存在感抜群のベースにも注目。 位相系エフェクトをかませたギターのコード・ストローク、ハイハットを鮮やかに操るシャープなドラミングもすばらしい。 ダイナミックなタッチはベースによるところが大きそうだ。
  一瞬ギターがリードを奪って、オルガン、ギターの激しいユニゾン。THE NORTHETTES も幻惑的なハーモニーで追いかける。メカニカルなギターのパターン。
  ピアノ、ギターのリードによって、アンサンブルはややミステリアスな表情からジャジーでメローな表情までを行き交うも、エレクトリック・ピアノのざわめきとともに、シンクレアのヴォーカルが招き入れられて一気にロマンティックな世界になる。 もっとも間奏は、ジャジーでシニカルなタッチも忘れていない。 朴訥なギターにすらややドライなタッチがある。
   ヴォーカルの終わりをひろって、ファズ・ギターで走り、フィル・ミラーらしいロングトーンのソロへとすすんでゆく。
   続いて、サックスによるきわめてモダン・ジャズ調のソロ。 エフェクトされたギターが絡んでゆく。 フェード・アウト。
  そしてエンディングは、唐突な現代音楽調のキメを再現、エレクトリック・ピアノに導かれてフルートが静かに歌いだす。 クリスタルのような THE NORTHERTTES のスキャットも復活。 しなやかな音が寄り添ってゆく。
  カチカチと刻まれるビート、そして、謎めいたフルートのテーマが現れる。 さまざまな音が高まっては去ってゆく不安定な世界。
  ファズ・オルガンが一閃、力強いフレーズで秩序をもたらし世界を救う。 オルガン、ギターが互いを確認しあい、フルート、スキャットが高まる。 管楽器、ギターはミラーらしいフレーズを力強くユニゾンしてゆく。 ブルージーな余韻を残しつつ去ってゆくアンサンブル。
  終わってしまうのが惜しいドラマチックな力作。 透明感あるスキャットとフルートによる耽美なパートから、オルガンとギターによるハードな演奏、管楽器とエレクトリック・ピアノ、ギターらの演奏、美しいヴォーカル・パートなど様々な場面を経て、最後にすべてが現れる感動的なエンディングを迎える。 終盤のフルートのテーマは完全に RETURN TO FOREVER ですね。 20 分にわたる超大作である。

ボーナス・トラックは以下の通り。すべて「Afters」より。
  「(Big) John Wayne Socks Psychology On The Jaw」(0:43)
  「Chaos At The Greasy Spoon」(0:20)
  「Halfway Between Heaven And Earth」(6:08)
  「Oh, Len's Nature!」(1:59)
  「Lying And Gracing」(3:59)

  カンタベリー・サウンドを代表し、英国ロックに燦然と名を残す大傑作。 前作と比べて、コラージュや即興よりも計算された楽曲を目指しているせいか、取っつきやすさが増したと思う。 演奏面ではジャズ/クロスオーヴァー色が強まり、RETURN TO FOREVER そのものを感じさせるところも少なくない。 アンサンブルの骨格は、シンクレアの個性的なヴォーカルを筆頭に、スチュアートのオルガン、エレクトリック・ピアノとミラーのギターによるインタープレイさらにはパイルの小気味よいドラミングである。 スキャットやエレクトリック・ピアノによるドリーミーで空間的な美しさの演出もすばらしい。 クロスオーヴァー・サウンドを出発点としたこの流れは、NATIONAL HEALTH やヨーロッパのジャズロックへとしっかり受け継がれてゆく。 幸か不幸か、メイン・ストリームのフュージョンへと流れてゆかないのは、スチュアートのオルガンに代表される「ロックっぽく、現代音楽っぽい(=プログレということです)」プレイとアレンジや、朴訥さで勝負するギターなど、サイケデリックの遺伝子をもったユーモラスな面があるせいだろう。 ロックの側からのジャズへのアプローチと見ることもできるが、むしろ英国ロックの雑食性のみごとさを強調すべきだろう。 最後の大作は、このグループのすべてが注ぎ込まれた力作。 それにしてもこのバンド、アルバムニ枚は少なすぎる。

(V2030 / CDV2030)


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