SAMADHI

  イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「SAMADHI」。 74年、RACCOMANDATA RICEVUTA DI RITORNO 出身のルチアノ・レゴリとナンニ・チヴィテニャ、KALEIDON 出身のステファノ・サバチーニ、I TEOREMI 出身のアルド・ヴェラノヴァ、L'UOVO DI COLOMBO 出身のルジェロ・ステファニらによって結成されたスーパー・グループ。作品は一枚。 samadhi は三昧を意味する仏教用語。

 Samadhi
 
Luciano Regoli vocals
Nanni Civitenga guitar
Aldo Bellanova bass, acoustic guitar
Stefano Sabatini keyboards
Sabdro Conti drums
Ruggero Stefani percussion
Stevo Saradzic flute, sax

  75 年発表の唯一作「Samadhi」。 内容は、伸びやかなリード・ヴォーカルを多彩な器楽が支えるメロディアスな牧歌調シンフォニック・ロック。 爽やかなポップ・テイストとスケールの大きなアレンジがバランスした傑作だ。 ヴォーカルを中心に、シャープなギター、テクニカルなリズム・セクション、多彩な管楽器/キーボードらによるアンサンブルが躍動感ある演奏を繰り広げ、管弦が華麗に音楽の仕上げをしている。 全体的に、明朗で健康的な美感が特徴である。
   メロディ・ラインはイタリアらしい情熱的で素朴な民謡であり、同時に、ブリティッシュ・ロックの憂鬱さや異国情趣も感じられる。 そして、クラシカルなアクセントや緻密な演奏は、芸術の国イタリアの血のなせる技プラス英国プログレの直接的な影響もあるだろう。 そういった熱気や憂鬱さをアーティスティックなセンスで一つにまとめて、明快な楽曲として構成できているところが、このアルバムのみごとなところである。 作風は、MAXOPHONE の唯一作をよりライトで爽やかに仕上げた感じといってもいい。 また、ギターのサウンドがイタリアン・ロックにおいては例外的といっていほど明快な音色をもち、全体のサウンドのグレードの高さを象徴している。 歌詞は、すべて詩人のエンリコ・ラッザレスキの詩集から引用しているようだ。 ジャケットやタイトルなど、インド、仏教に関わるテーマがあるのかもしれない。 もう少し甘いロマンチシズムが前面に出るとラヴ・ロックと呼ばれそうだが、メロディアスながらもタイトで変化に富む曲調はやはりイタリアン・シンフォニック・ロックのものである。 格調高いロック、といえそうだ。

  「Un Uomo Stanco(疲れた男)」(4:07) 題名とは裏腹に、アコースティックでリズミカル、爽快感のあるロックンロール。 情熱的なメロディとキャッチーな曲調は、FORMULA TRE にも匹敵。 ピアノとアコースティック・ギターの音が支える演奏は、いい意味でイタリア臭さの少ない洗練されたもの。 ハモンド・オルガンもギターも走るところではきっちり走るが、荒々し過ぎない、いい音だ。 特に、テーマを示し間奏をリードするハモンド・オルガンの音色がいい。 ヴォーカルは、ファルセットの似合うハードロック系ハイトーン・ヴォイス。 ドラムスはフィルと多彩なシンバルでテクニシャンぶりを発揮する。 ギターのテーマにリラックスした開放感があるところもいい。 豊かな音色で官能をくすぐりながらも、どこまでも爽やかさのある作品だ。

  「Un Milione D'Anni Fa(一千年前)」(4:51) やや憂鬱ながらもロマンティックな管弦楽を活かした正調イタリアン・ポップス風幻想曲。 カンツォーネ風の、いや歌謡曲風の歌メロ(時に歌詞が日本語に聞こえるところすらあるような)、劇的な弦楽奏、そしてギターとオルガンのオブリガート/間奏にあるのは、イタリアン・ロックらしい「濃厚さ」である。 メイン・ヴァースは、優美に流れる管弦楽とシャープなリズム・セクションが歌を支えるぜいたくな演奏だ。 一方、アコースティック・ギターのストロークと気まぐれのように音をはね散らし続けるピアノは、どこか幻想的なムードを演出しており、ユーモラスなファゴットの音にも、集中する力を解きほぐして放ってゆくような効果がある。 この幻惑的なムード(ソフトなサイケデリック・テイストだろうか)が最大の特徴だろう。 流麗なポップスに微妙な陰影という魔法のスパイスを効かせた作品だ。 弦楽のリフレインが心騒がす。

  「L'Angelo(天使)」(3:15) ロマンティックにして情感豊か、そして清潔感もあるメロディアス・バラード。 アコースティック・ギターによるキュート過ぎるイントロダクション、ヴォーカルをリードし支えるメロディアスなエレキギターのプレイ、高音が美しい情熱のヴォーカル、静かに刻まれ時おり滴るような音を響かせるピアノ。 特に、ナチュラル・トーンのエレキギターは本作品の主役の一人である。 CHICAGO 風のブラス・セクションにいたっては、ハッとするほど鮮やかな音である。 ヴォーカルによる甘めの味わいに、ブラスによる厚みあるグルーヴのスパイスが冴える。 トロンボーンやトランペットなど、MAXOPHONE のイメージだ。 短い中にドラマを織り込んだ凝った作りながら、基本はメロディのいい王道ポップスである。 このまま器楽パートへと展開すればプログレ大作になった可能性もある。

  「Passaggio Di Via Arpino(アルピーノ通りの推移)」(5:58) トライバルなパーカッション、エレクトリック・ピアノ、ブラス・セクションがリードするグルーヴィな本格ジャズロック・インストゥルメンタル。 挑発的なパーカッションと抑制の効いたフルートのテーマの好対照による序奏から、謎めいたエレクトリック・ピアノと肯定的な力あふれるブラス・セクションによる力強いテーマ展開を経て、エレクトリック・ピアノ、ワウワウ・ギター、俯きフルートと、テーマを挟みながら順にソロをつないでゆくジャズ・スタイルである。 テーマとソロを支え続けるのがキレキレ・ハイハットのドラムス。 ソロのプレイもクールな姿勢を保ちながらも次第に熱気むんむんになってゆく。 本作ではやや異色となる作品。 TONTON MACOUTE のファン、東京ユニオンやシャープスアンドフラッツのファンにもお薦め。 「アルピーノ通りの推移」という邦題が奇妙。

  「Fantasia(空想)」(3:45) メロディアスなイタリアン・ポップスをゴージャスにアレンジした作品。 オルガン、ピアノがリズミカルなテーマを提示、展開し、ブラス・セクションが盛り上げる。 おだやかな表情のメイン・パートの伴奏では、オルガン、ピアノ、フルート、ベースが自在に歌を彩る。 都会的な m7 の響きと田園風の素朴な暖かみのブレンドであり、ポップスとジャズロックの融合であり、そういった多面性がプログレッシヴ。 ブラス・セクションに守り立てられたコーラスは、さながら昔の歌謡曲。 テクニカル過ぎるリズム・セクションなど、ポップスにしては大仰であり、その「過剰さ」が特徴。

  「Silenzio(静寂)」(5:14) シンフォニックな味つけの効いたパストラルなフォークロック。 夢に誘うエレクトリック・ピアノの響きをアコースティック・ギターのコード・ストロークで一新し、生を謳歌するようにしなやかなアンサンブルを導く。 エレキギターのナチュラル・トーンにはデリカシーとやさしさがあふれる。 流れるようなオブリガートの切ないこと! 一方、メイン・ヴォーカルは甘く軽やかである。 間奏部を導くアコースティック・ギターとエレクトリック・ギターのささやかなデュオもいい。 間奏のメイン・パートでは、ギターに加えてメロトロンも動員してシンフォニックに盛り上げる。 途中、へヴィなノイズのように加工されたギターとヴォカリーズで大胆な変化をつける辺りが、おもしろい。 二回目のヴァースでは伴奏の主役はアコースティック・ピアノに交代しており、ギターはエンディングの導き手となっている。 ロマンティックな美感を的確な技巧で支えるスタイルは、P.F.M とよく似ている。

  「L'Ultima Spiaggia(波打ち際)」(8:23) 情熱的なヴォーカルとピアノをフィーチュアした雄大なるシンフォニック・ロック大作。 悲劇的なテーマ、クラシカルなアンサンブル、クライマックスへと登りつめる勢い、そしてエンディングの宗教的な昂揚感など典型的なシンフォニック・ロックのスタイルである。 メイン・ヴォーカル・パートからクライマックスへ至るまでに、ハープ、フルートそしてパーカッションなどを配した内省的で神秘的なパートを設けるなど、木目細やかなプロットを用意している。 そして際立つのは、狂言回しのように全編を彩るピアノの存在。 ブルージーなテーマをこれだけ膨らませてしまう着想がすばらしい。 大胆な構成にもかかわらず、音楽的な破綻がない辺りは、EL&P の「Take A Pebble」を下敷きにしているような気もする。


  アコースティックな質感を保ったまま極限まできらびやかな音を駆使したイタリアン・ロック。 技巧を意識させない安定した演奏で派手ながらも暖かみのある音楽を提示している。 ジャズロック風のインストゥルメンタル作品が一つあるが、基本は、アンサンブルに工夫を凝らしてヴォーカルを守り立てるスタイルである。 リード・ヴォーリストは甘く若々しい魅力のある声質の持ち主であり、そればかりか、濃厚な情感をクールに表現できる業師でもある。 楽曲で特に印象的なのは、オープニングの涼やかなシンフォニック・チューン、オーケストラを効果的に用いた 2 曲目、ジャジーで切れのあるブラス・ロックの 4 曲目、そしてメロディア スなテーマをぐいぐいと盛り上げてゆく最終曲。 イタリアン・ロックといえばエモーション先行でテクニックは怪しいという先入観を完全に覆す大傑作である。 ブリティッシュ・ロック・ファンに是非聴いていただきたい。

(FONIT CETRA CDM 2031)


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