SICHER

  スイスのプログレッシヴ・ロック・グループ「SICHER」。作品は一枚。 クラシック畑のミュージシャンによるワンタイム・プロジェクトのようだ。同姓のメンバーは家族だろうか。

 Sicher
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Markus Sibler keyboards
Klaus Caspar keyboards, tenor sax
Beat Lustenberger drums
Kuno Müller guitars
Peter Müller bass, acoustic guitar
Stefan Sieber cello, bass
Paul Sieber concert flute
Catherine Graf concert flute

  81 年発表のアルバム「Sicher」。 内容は、管弦楽器をフィーチュアしたクラシカルかつジャジーかつフォーキーなインストゥルメンタル。 フルート、チェロ、ピアノらの室内楽アンサンブルにドラムス、ベースのリズム・セクション、サックスを加えた、クラシック 5 +ジャズ 3 +フォーク・ロック 2 くらいの割合の演奏である。 美しい旋律を核とした優美なアンサンブルを中心に、エレクトリック・ベース(音数多し!)とドラムスによる小刻みで丹念なビート感、エレクトリック・キーボードによる奥行きと空間センスあるサウンド、爪弾きギターによるフォーク・タッチ、野太いサックスのブロウからくるジャズ・テイストを交えた、サイケデリックで小気味よく、緊張感もあれば哀愁もありどこかコミカルな感じすらある、理想的なプログレッシヴ・ロックである。 安定したリズム・セクションがメロディとハーモニーを強調するクラシカルな演奏をいい感じで引き締めていることは特筆すべきだろう。 文脈を破綻させそうでヒヤヒヤさせるシンセサイザーの大胆なサウンドも特徴である。 そして、正統的なプログレ特有の「胡散臭さ」、すなわち、クラシカルなタッチの中に高尚さと紛い物っぽさが同居すること、クラウト系の酩酊的浮遊感、英国流のひねくれた語り口、クラシック畑とジャズ畑のミュージシャンが「ロック」にチャレンジしたときに生まれる何ともいえない野暮な感じ(ロックからポップな洗練をすべて取り除いたような感じ)といった要素もてんこ盛りになっている。 もちろん、モロなクラシック・アレンジ物もある。 そして、それがまたバッハの「トッカータ」というベタすぎる選択! イージー・リスニング、ラウンジ・ミュージックというよりは、古い団地のスーパーマーケットで流れる有線放送のような「鄙びた」味わいであり、そのペーソスが強烈である。 演奏そのものは安定感があり雰囲気の演出も巧みだが、80 年代のメインストリームの音楽シーンとはまったく縁がない。 この縁のなさには、二つの内包があり、ひとつはクラシックやジャズとしてすでに評価の定まった音を素材として利用していることによる不易性、そしてもうひとつはエレクトリックなバンド・アンサンブルがみごとに古臭い(60 年代風か)ことである。 ただし、そういったペーソスが常にほのぼのとした暖かみといっしょに現れるところが、本作の一番いいところだ。 たとえば、POPOL VUH をさらに頼りなくしたような、初期 FAUST のような、VELVET UNDERGROUND のようなエレクトリック・ギターとジプシー風のフルートとのやり取りが、なんともいえぬ渋い味わいを出している。
  全編インストゥルメンタル。 この音楽性は、フランスの無名グループ NOËTRA とも共通する。 クラシカル・ロックの逸品です。 個人的にはどうしても嫌いになれないタイプの音。

  「Sicher」(6:08)哀感ある厳かなテーマが印象的な正統的クラシカル・ロック。整っています。 典雅なるフルート、ピアノなどイタリアン・ロックの味わいに通じる。

  「Komm-Eini」(4:11)クラシカルなアンサンブルにシンセサイザーとパーカッション、エレクトリック・ギターを大胆に盛り込み西アジア風のエキゾチズムでアクセントした怪作。 ストリングスとフルートによるメロディアスな演奏が支点となって、ペラペラなギターやパーカッションや怪しいアラビア風味による「はみ出し」を支えている。 シンセサイザーのチープな夢見具合や饒舌なフルート、サーフロック・テイストも含め、ドイツ・ロックらしさが全開になっている。 西アジアと中央ヨーロッパが地理的にも民俗文化的にも「近い」ことを再認識できる。

  「De Scheiss」(5:23)サックスをフィーチュアしたルーラルでにぎにぎしいフォークロック。 アコースティック・ギターのさざめきをパイプ風のシンセサイザーが貫き、チェロとサックスでクラシカルに、メロディアスに膨らませる。 エレクトリック・ピアノの奇矯な電子音オブリガートを放り込む大胆さやなんだかんだで結局鄙びた牧歌調など、70 年代イタリアン・ロック(CITTA FRONTALE を思い出した)に通じる。

  「Z' Fribourg」(6:34)バロック音楽風のピアノ・フォルテ、フルート、チェロがリードするクラシカル・ロック・セレナーデ。 張り詰めた雰囲気を演出するリズム・セクションもいい。 終盤のブルーズ・ジャムも自然な流れだ。 チープなギターもホンキートンク調のピアノもいい。


  「Toccata」(4:43)教会オルガンを軸に、チェロ、チェンバロ、フルートらのアンサンブルにリズム・セクションを交えたストレート・フォワードなクラシカル・ロック。バッハの「トッカータとフーガ」をアレンジ。 THE NICEPELL MELL と同じアプローチ。

  「Stuck Für's V」(7:21)クラシカル・タッチとロックンロールを巧みに交差させた傑作。 前半とエンディングはオルガンとチェロ、フルートによる哀愁のクラシカル・ロック、後半はギターがリフを打ち出してビートも強まり、シンセサイザーが唸りを上げて一気に AMON DUUL II / SLAPP HAPPY 化、ガレージっぽさが強まる。 この後半の素朴さと活気を打ち出した村祭り的ロックンロールがすばらしい。 エレクトリック・ギターの妙味。 力作。

  「Mireille」(3:30)ダンサブルで哀愁満載という民謡特有の雰囲気を取り入れた作品。 ロシア民謡の「カチューシャ」とか、そういう感じ。 オルガンによるビート感と、チェロ、フルートによる郷愁のクラシックの組み合わせをブルージーなサックスでバランスをとる。 ブルーズ、ペーソスという点で、民謡はロックとの相性はいい。

  「Still Werde」(5:22)フルートをフィーチュアし、より歌謡曲テイストの強まったクラシカル・ロック。 ピアノ、チェロ、ギター、フルートらがパガニーニ風の短いパッセージをたたみかける緊迫した序章、メロディアスなフルートが主導権をとると再び哀愁ラウンジ・ミュージック風のクラシカルな展開へ。 ギターのバッキングがきらきらと彩り、オルガンがたなびく。フルートにチェロやシンセサイザーが寄り添ってテーマを深く印象付ける。
  
(EGO C4)


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