CITIZEN CAIN

  イギリスのネオ・プログレッシヴ・ロック・グループ「CITIZEN CAIN」。 スコットランド出身。 82 年結成。 初期 GENESIS のフォロワー。 さまざまな表情を操るヴォーリストとダイナミックな演奏は、素朴な憧れの到達点にしてはかなり高度なものだ。 2012 年、十年ぶりの新作「Skies Darken」を発表するも解散。スチュアート・ベルとサイラスはそれぞれソロプロジェクトに従事とのこと。

 Skies Darken
 
Stewart Bell 
Cyrus 
Phil Allen 

  2012 年発表の「Skies Darken」。 内容は、理性と狂気の交錯を重厚幽玄な雰囲気のうちに描き、全編を暗く攻撃的なアンサンブルで貫いたシンフォニック・ロック。 耽美なタッチが基調ではあるが、どんよりと澱むばかりではなく、KING CRIMSON ばりの暴力的なリフを叩きつけたり、時として意外なほどダイナミックかつトリッキーなアンサンブルでも迫ってくる。 強引にして重量感とスピード感あるリズム・セクションにへヴィなギターとオルガンがもつれるように付き従うさまは、地獄につながる洞穴からのたうちながら現われる邪悪醜怪な蝿の王さながらである。 禍々しくグロテスクという英国ロック伝統の「病み」の要素を継承している。 かように複雑怪奇に渦巻く人間の精神をクラシカルな秩序のある表現に押し込めて、ときに暴発しながらも、誇りを見失わずに気高い音楽としてまとめている。 また、静々と高まるメロトロンの響きとデジタル・キーボードによるエレクトロニカ風味が平然と交じり合う辺りは、さすが、今を生きる現役グループのサウンドだと思う。 そして、本作でも、サイラスのヴォーカルが魔術のように音楽を染め上げている。 ヴォーカルは、いたずらに奇矯な表情で突出することなく、ダークではあるものの比較的ストレートにメロディアスな表現に訴えている。 そこがいい。 粘っこいヴォーカルと凶暴な運動性のある器楽との呼吸もよく、均衡も取れている。 ヴォーカルによる太い筆致の曲運びは、GENESIS よりも VAN DER GRAAF GENERATOR に近い。 (ただし、ヴォーカリストの表現にはナルシズムは感じられない。自分に酔っているのではなく何かが憑依しているといったほうが適切) ゴシックで重苦しい美感だけなら、メタルのフィールドにいくらでもそういうバンドがいるが、こちらはあくまで「プログレ」が起点にある。 KING CRIMSON や初期 GENESIS はもちろんのこと、混声合唱や管弦楽(英国らしさたっぷり!)の音も駆使して描くドラマは THE ENID にも迫ると思う。 アコースティック・ギターのさざめき、魂を震わせるフルートの調べはもちろん、クラシカルなピアノも大きくフィーチュアされている。 製作含め、音楽的な完成度は高い。
   すでにノスタルジーの域に入りつつある 90 年代ネオ・プログレを継承し、向上させ、そのまま普遍的な高みを目指しているような好作品である。 コンセプトの解説や歌詞がやや宗教がかかっている(スリーヴには古代ローマ詩人のヴェルギリウスの引用あり)ところが気になるが、ドラマ性に優れた音楽はきわめて魅力的である。 めまぐるしい変化を自然に受け流す本格派らしい懐の深さもあり、聴きやすさも今まで一番だと思う。 PORCUPINE TREE を追い越したとも思います。

(201204)

 Serpents In Camouflage
 
Cyrus vocals, flute
Stewart Bell keyboards
Frank Kennedy guitar
David Elam bass
Chris Colvin drums

  92 年発表の第一作「Serpents In Camouflage」。 サウンドは典型的な GENESIS リヴァイヴァル。 発声から節回しまでピーター・ゲイブリエルそっくりなヴォーカリストを中心に、堅実な演奏を見せている。 よく聴けばアコースティック 12 弦ギターのアンサンブルはないし、ハモンド・オルガンも伴奏程度にしか聴こえないが、ヴォーカルと太く叩き込むベースのおかげで完璧に初期 GENESIS に聴こえる。 初期 MARILLIONIQ と比べても、再現を目指した音作りの丹念さでは全くひけをとらない。 あえて本家との違いをあげるとするならば、フォーク・タッチの徹底的にロマンティックな作品というのがなく、「Nursery Cryme」や「The Battle Of Epping Forest」のような、諧謔と狂気に叙情性が交わる作風を主とするところである。 それでも、個人的には音の感触は最も似ていると思う。 もっとも、他のグループが早々と自らのスタイルを求めて変化していったのに対し、(おそらく)偏執的にコピーにこだわり続け精進を重ねたのだろうから勝って当然とも思う。
  ところが、無理と知りつつ「似ている」という観点を取り除いて味わうと、ていねいな器楽でヴォーカルをきわだたせるストーリー・テリング主体の演奏スタイルが、実はかなりいい出来なのだ。 このバランスのいい音の配置は、アクロバチックなプレイばかり氾濫するヘヴィメタル・サウンドが横行する中ではきわめて異色だ。 綴ってゆくべき物語をしっかり胸に抱き、かつ外へと向けて出してゆく表現技術も身につけているという点で、非常に優れたグループである。 いわば、フィジカルなカタルシスのみではなく、想像力をふくらませてゆくことのできる余地を残してくれているサウンドというようなイメージである。 最近の LE ORME やアメリカの ILUVATOR などが近いニュアンスかもしれない。 とはいえ弱点もあって、メロディ・ラインとテンポがややワン・パターン。 うがって考えると、初期のクリカン同様似せられることのできるメロディの持ち駒が少ないということだろうか。
  また GENESIS に似ているという物言いは、正確にいうとヴォーカルの声・歌い方と演奏の丹念な語り口が GENESIS に似ているということであり、この長い歴史のなか先例から完全に逃れたオリジナルなものなぞほとんどないことを考えれば、その点ばかりとり上げて騒ぎたてるようなことではない。 オリジナリティがないという表現が安易に使われすぎると思う。 「重大なのはかくのごとき傑作が生まれたということであって、模倣であるか否かではない」(和辻哲郎) ただし、GENESIS を先に知っていたリスナーが、似ているが本家ほどではないという感触を抱くことをとめることはできない。 また初めは憧れだったものがいつのまにか目の上にたんこぶとなったときに彼らがどうするのか、とても興味があります。
  音で特筆すべきは大活躍するアナログ風シンセサイザーとハイテクではないが立派な存在感のあるギター。 ハケットよりも少々ハードだが、ロザリーほどは自己陶酔していないようだ。 堅実なアルペジオがうれしい。 そして曲はご本家同様大作主義らしく 10 分を超えるものが 4 つもある。 これも率直にいってうれしいです。 あえていうならもう少し歌詞が凝っているとさらにいいのでは。 また、ハナから 7 拍子のパターンを模索するのではなく、すてきなメロディを思いついたらたまたま 7 拍子だったという方が健全な気がする。 ともあれ、完全コピー・バンドを除けばおそらく一番ゲイブリエル GENESIS に似たグループでしょう。

  「Stab In The Back」(6:49)
  「Liquid Kings」(11:25)
  「Harmless Criminal」(10:29)
  「The Gathering」(11:05)
  「Dance Of The Unicorn」(6:27)
  「Serpents In Camouflage」(13:23)
  「Nightlight-As The Wheel Turns」(4:06)ボーナス・トラック。
  「Stab In The Back(Live Demo)」(7:06)ボーナス・トラック。

(CYCL 064)

 Somewhere But Yesterday
 
Stewart Bell keyboards
Nick Arkless drums
Andy Gilmonr bass
Alistair MacGregor guitar
Cyrus voice

  94 年発表の第二作「Somewhere But Yesterday」。 キーボーディストとヴォーカリスト以外のメンバーがすべて交代した。 キーボードの布陣に前作になかったオルガンも加わり、また、エレキギターもエフェクトでアコースティック風のアルペジオを奏でており、いよいよ GENESIS サウンドに磨きがかかる。 テンポとリズムの巧みな変化、ヴォーカルを守り立てるメロディアスなシンセサイザーと角張ったオルガン、フルート、テヌートとスタッカートの鮮やかな対比など、全体的な演奏のグレードは上がっている。 また、ギターのタッチだけは比較的今風なために、前作と比べると、全体に重みが増したような気もする。 GENESIS のセンチメンタルでメロディアスなところだけではなくエキセントリックなところや怪奇趣味をも広げたようなところがあり、特に、息詰るような切迫感とその裏返しのようで不気味な感じもあるポップ・テイストは独特のものだ。 また、10 分を超える曲ばかりにもかかわらず、流れるような語り口とこまめな変化など工夫を惜しまない編曲のおかげで、集中して聴きとおすことができる。 スタイルは真似ましたが内容がありません的な作品とは、格が違う。 パッチワークにしてもこれだけみごとに織り合わせれば、それはもう一つの別の芸術である。 あえていうならは、ヴォーカルを交えたアンサンブルの充実度合いと比べると、インストゥルメンタル部分はやや手薄かもしれないが、それとて大きな瑕疵ではない。 怪奇な挿絵の詰まった絵本を読む様に味わえるアルバムであり、書斎にこもって大人が一人楽しむにはもってこいの作品である。 もちろんヴォーカルのスタイルは、往時のゲイブリエルそのもの。 個人的にはベストの作品。

  「Jonny Had Another Face」(10:30)緩急など変化の付け方が巧みな王道作品。冒頭 MARILLION そのものな表情にその先が危ぶまれるが、次第にダイナミックな変化が現れてきて、MARILLION を軽く超えてしまう。傑作。
    「Parallel Lines」(1:07)
  「Junk And Donuts」(9:19)
    「An Afterthought」(0:21)
  「To Dance The Enamel-Faced Queen」(10:24)
    「Beyond The Boundaries」(1:03)
  「Somewhere But Yesterday」(25:40)六部から構成される組曲。GENESIS ファンは第一章冒頭でかなりヤられるのでは。第二章では、IQ ばりのネオプログレらしい疾走も。傑作。
    「A Word In Your Ear」(2:18)
  「Strange Barbarians」(11:48)
    「The Mother's Shroud」(2:29)

(CYCL 049)

 Ghost Dance
 
Gordon Feenie drums, keyboards, flute, guitar, vocals
Tim Taylor guitar, keyboards
Cyrus voice, bass

  96 年発表の「Ghost Dance」。 新作ではなく、84 年から 86 年に録音された第一期 CITIZEN CAIN (87 年解散)の作品集。 ただし、「オールド GENESIS 復古」という路線は同じであることが分かる。 ヴォーカルもみごとに変わっていない。 一部オールド GENESIS 風ではない作品もあるが、やはり目を惹くのは「Trespass」あたりの初期 GENESIS をさらに強引にしたような演奏だ。 アグレッシヴに攻め込むパートでの危うい表情、静謐な場面での妖しさ、頓狂なまでにリズミカルに跳ねるパートなど、ヴォーカルを中心とした個性にあふれる演奏になっている。 そして、音数も多いほうだと思うが、キーボードを除くとオーバーダビングというよりはひたすらな弾きまくり、叩きまくりのようだ。 本家のようなアコースティック・ギターのアンサンブルはほとんどなく、静かなパートはエレクトリック・ギターのアルペジオが位相系エフェクトともに伴奏をしている。 キーボードがギター、ベースほどには活躍しないのは、専任キーボーディスト不在のためだろう。 攻撃的なパートでオルガンが入るとかなりカッコよさそうなだけに残念。 全体に、トリオでの一体感をフルに生かした芯のある演奏であり、ライヴでの再現性はよさそうだ。 ベースの饒舌さもトリオならではだろう。 二曲目、5 分ぐらいのところからの忙しない展開に思わず惹きつけられてプログレ心が熱くなります。 演奏の瞬発力など往時の MARILLION よりもこちらの方が上ではなかったかと思います。

    「Plaeatea」(1:39)
    「End Of All Songs」(8:16)
    「Question Of Sport」(6:37)
    「State Of Confusion」(4:22)
    「Missionary Position」(7:13)
    「Ghost Dance」(4:39)パンク魂もあるハードロック。
    「Tabernacle Of Hands」(8:03)
    「Unspoken Words」(5:39)

(MELLOW MMP332)

 Raising The Stones
 
Stewart Bell keyboards, guitar, drums
Cyrus voice, bass, flute

  97 年発表の「Raising The Stones」。 遂にメンバーはヴォーカリストとキーボーディストの二人となり、ゲストの助力も得て完成させた第三作。 同じ「お芝居 GENESIS」路線ながらも、前作までに比べるとインストゥルメンタルが格段に充実する。 ゲストのせいか、思い切ったオーヴァー・ダビングのせいかは定かでないが、デリケートでカラフルなアンサンブルのできばえは今までで一番だろう。 技巧的でトリッキーなアンサンブルが冴えており、メロディアスで叙情的な表現と巧みに対比して、めくるめくドラマを作っている。 また、前作でやや気になったハードロック色は払拭され、クラシカルで重厚、なおかつ透明感のあるキーボード・オーケストレーションとアコースティック・ギターの精妙な響きが活かされている。 シンセサイザーとゲストによる管弦楽は圧巻だ。 ベースのプレイは、独特のたたみかけるようなアタックで積極的にアンサンブルに絡んでおり、本家に近いセンスを感じさせる。 また、キーボードのサウンド含め、全体に製作に力が入っており、音質は格段に向上している。 もともと長編をメリハリある演奏で描いてゆく手腕はかなりのものであったから、ダイナミックな音を得て、いよいよ最高潮へ達したと見るべきだろう。 器楽の充実は、楽曲の充実にもそのまま通じている。 かなりクセはあるもののメロディはきわめて多彩であり、ヴォーカルの表現も初期の作品と比べると格段にメリハリが効いている。 リズム/演奏面では中期以降の GENESIS を思わせるところもあるが、雄大にして怪奇なファンタジーの雰囲気は、正に甦ったゲイブリエル GENESIS といえる。 大袈裟にいうと、本家の初期の路線のままレベル・アップを遂げているのだから、すでに本家を越えているかもしれない。 2 曲目の可憐な器楽とヴォーカルの表情や、3 曲目の目まぐるしくも風格ある展開には、そんな思いすら湧いてくる。 今回は似ているということ以上に、緻密なアンサンブルによる緩急/静動のメリハリのある語り口の巧みさに息を呑みます。 近年の GENESIS 風プログレの中では屈指の一枚。 THE WATCH といい勝負です。

  「(Hells Greedy Children)Last Days Of Cain」(13:17)10 分過ぎ辺りからの超ひねくれた演奏から終局への怒涛の展開がいい。
  「Bad Karma(Monsters And Men)」(8:07)常に半分ずれているような音程をさまよい、突き抜けず、まとまらず、奇妙な捻じれのまま物語は進む。
  「(i)First Gate - Open Yet Closed(Ghost Of Jericho Part 2)」(4:06)
  「(ii)Looking Heaven In The Face
  「Corcyra - The Suppliance」(6:31)
  「(i)Dreaming Makes The World」(11:51)
  「(ii)Variations
  「(iii)The Blood Plains Of Hev-Hem
  「(iv)Forever
  「(v)Aborted
  「(i)The Last Supper(Ylixiea's Dream)」(2:29)
  「(ii)In Deep Waters
  「Ghost Of Jericho(Part 1)」(5:24)
  「(i)Black Rain」(6:30)
  「(ii)Webs
  「Silently Seeking Euridice」(13:42)

(CYCL 049)

 Playing Dead
 
Stewart Bell keyboards, drums
Phil Allen guitars, backing vocals
Cyrus bass, lead vocals

  2002 年発表の「Playing Dead」。 内容は、粘りつくようにけばけばしく尖った音を基調とした、耽美で目まぐるしく、グロテスクで攻撃的なシンフォニック・ロックである。 (もっとも、グロテスクさは他の作品ほどではない) ミドル・テンポでもたるみがなく、きりきり舞いするようなアンサンブル(YESU.K. が邪悪になったイメージ)のキレも十分、焦燥感や哀感をあふれるばかりに携えて、呪詛の如き物語を朗々と綴り続ける。 メロトロンの調べは朽ち果てた城砦の跳ね上げ扉を巻き上げる歯車の軋みのようだ。 クラシカルなアンサンブルにおいても、極端なダイナミクスの変化や変わったアクセントを多用することで歪で尋常でないムードをかもし出すことに成功している。 (荒ぶる感じが ANGLAGARD とも共通する) スパイスとして散りばめられた HR 的なクリシェも含め、ぱたぱたとドミノが倒れ続けるような(そして倒れたはずのドミノが起き上がってくるような)この独特の「けたたましさ」が新鮮だ。 奥行きや広がりよりも真正面ド・アップの迫力を活かした録音も音楽性に合っている。 もちろん、全員がガシャガシャと力いっぱい走る場面だけではなく、抑制されたギターやキーボードのロングトーンの調べが薄暗く響き渡るような場面や弾き語り風の切々とした場面の処理も巧みであり、総じて劇的なメリハリはしっかりと設けられていると思う。 しかしながら、最大の特徴はさまざまにからみ合う音が一気に収束して輝かしい狂気とともに高ぶるところだろう。 このグループ特有の、生のエネルギーを充満させたまま心を病み果て、自信にあふれた足取りで破滅の道をたどっているような風情がよく表現できている。 また、GENESIS クローンにとどまらない新しい方向が見える作品でもあり、今後の展開がたいへんに楽しみだ。 ヴォーカリストの芸風はほとんど変化無し。 序曲風のインストゥルメンタル「Dirge」は、怖気を高ぶらす名品。 7 曲目は、習作なのか過去の作品なのか、勢いまかせになり過ぎでやや未完成な印象あり。スタミナは驚異的。 8 曲目、英国ロックらしい捻じれまくった感覚の GENESIS 風メロディック・チューンはみごと。 目まぐるしく過剰、ハイテンションのプログレが好きな方には無条件でお薦め。

  「Dirge」(3:20)
  「Children Of Fire」(13:30)
  「Shades」(4:23)
  「Falling From Sephiroth」(15:31)
  「Rivers Of Twilight」(7:39)
  「Inner Silence」(2:38)
  「Wandering In Darkness」(10:25)
  「Sleeping In Penumbra」(9:51)
  「Amorantos (Eternity)」(3:30)

(PIAP 001 01)


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