Emmanuel Booz

  フランスのシンガー「Emmanuel Booz」。1943 年生まれ。 70 年代の作品は前衛精神あふれる歌ものプログレ。現在は音楽にとどまらないマルチな活動をしているらしきフランスの変なおじさん。

 Le Jour Où Les Vaches...
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Emmanuel Booz vocals
Doudou Weiss drums, vocals
Alain Suzan bass, guitar, vocals
Michel Qoeuriot organ, synthesizers, piano
Paul Scemama guitar
Michel Ripoche electric violin
William Sheller orchestra arrange
François Bernheim, Jacqueline Herrenschmidt, Luc Bertin, Paul Scemama backing vocals

  74 年発表のアルバム「Le Jour Où Les Vaches...」。 内容は、強烈なヴォーカルを管弦楽を含む技巧的かつパワフルなバッキングが守り立てる超個性的なへヴィ・プログレッシヴ・ロック。 「地球環境破壊への警鐘」というテーマを持った作品であり表現手法は多彩である。 ヴォーカリストは、たくましい声質/声量を存分に活かして、弾き語り、朗唱、モノローグ、ポエトリー・リーディングなどさまざまなスタイルの歌唱表現を行う。 荒々しくも知的であり、湧き上がる怒りをなんとか抑制しているような、ブチキレ寸前の表情が特徴的だ。 バッキングは、MAGMA に通じる無闇に暴力的なエネルギーと狂騒感をはらみ、特に、不気味な高音の女性スキャットとうねるような太いベース・ライン、要所で見せる雷鳴のようなドラミングが強烈だ。 管弦楽は、弦の重厚さと悲劇的な深刻さ、管の勇壮さと神々しさなどが的確に配置されて演出効果をあげている。 ヴォーカルへの反応もいい。 荒々しくシリアス、なおかつ悲劇的な重厚さをストレートに打ち出しており、後の作品のようなファンク、ジャズロック・テイストはほとんどない。 全体に、大仰で様式ばったアレンジの中で野太くコケオドシの効いたヴォーカルがうまく活かされていると思う。 そして、70 年代前半らしく、問題に真剣に正面切って取り組む姿勢とサイケデリックな夢想の中に逃避したいという偽らざる気持ちが音に共存していて、一種不思議な雰囲気を醸成している。 テーマを描いている歌詞がまったくわからないというハンデがあっても、その空気に十分魅力は感じられる。 楽曲ごとの輪郭取りやコントラストが甘いと思うか、この曖昧な「よどみ」感を時代のムードと積極的に肯定してとらえるかは、リスナーしだいだと思う。
   ヴォーカルはフランス語。オーケストラ・アレンジはあのウィリアム・シェラー。ベーシスト、ドラマー、ギタリストは ALICE というグループ出身。

  「Samedi 15 Décembre」(1:35)モノローグ。
  「Espérance」(1:53)
  「Réveillons-nous, Réveillez-vous」(5:13)
  「Donne」(5:09)
  「Je Ne Peux Pas Te Dire」(4:26)
  「L'homme Aux Mille Clés D'or」(4:11)
  「Angoulême」(4:53)
  「Le Jour Où Les Vaches...」(3:17)フラワーチルドレンな幻想フォークロック。
  「Nous Les Enfants」(7:58)管弦楽を従えたオペラ調の自由自在な歌唱。 ヴォーカルの表情にヴィヴィッドに応じ、シンクロする管弦楽がすごい。
  
(WEA 50 095)

 Clochard
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Emmanuel Booz vocals
Michel Ripoche violin
François Jeanneau sporano sax, flute, synthesizer
Gilles Tinayre piano, synthesizer, ondioline
Yves Chouard 12 string guitar, electric guitar
Serge Haouzi drums
Joël Dugrenot bass

  76 年発表のアルバム「Clochard」。 内容は、不機嫌の塊のような男性ヴォーカリストをフィーチュアした弾き語りフォーク(+ スペイシーなジャズロック)。 このヴォーカリストを歌が上手いといって適切かどうかはよく分からないが、確かに声量はあり発声も明快だ。 フランス語の発話に独特の吐き捨てるような調子はもちろん、怒りを捻じ伏せるように抑えた表情もユニークであり、個性派といえるだろう。
   バンド形式の楽曲では、この強烈な存在感のヴォーカルが精緻なリズムによるタイトなジャズロック風のバッキングとがっぷり四つに組む。 演奏には、スペイシーでファンタジックなシンセサイザー・サウンドと位相系エフェクトを駆使したギターに加えて、流麗なエレクトリック・ヴァイオリンも使われており、インストゥルメンタル・パートもかなり大きく取られている。 プログレ・ファンが反応するのは、まずは、このスリリングで幻想的なサウンドだろう。 イージーゴーイングなファンク・ロック作品でも、力むわりにはカツゼツがよく演奏を強引にひきずるようなヴォーカルが独特の味を出している。 一方弾き語りの楽曲では、ニヒルなアジテーションや、強面一辺倒の歌唱スタイルとは裏腹な切ないペーソスがきちんと表現されている。 これは、いわゆる「歌のうまさ」によるのではなく、詞に本人の真剣な思いが込められているからだと推測している。 繊細な幻想夢や現実逃避をパワーシンガーがごりごりの骨太ヴォーカルの歌唱で描き出すところもユニークだ。 幻想的なサウンドに続いてプログレ・ファンが反応するのは、ピーター・ハミルのソロ作にも通じるナルシスティックで我儘極まるこの SSW テイストだろう。 たとえ凝ったエレクトリックなサウンドを使っていても、前面に出ているのは飾らない「弾き語り」としての魅力である。 主役はあくまでもヴォーカリストであり、その「歌」が創造する世界の深さや色彩の豊かさは前作を凌ぐ。
   作曲はジョエル・デュグルノによる 2 曲を除きすべてブーズ本人。作詞はすべてブーズ本人。 管楽器奏者はフランス・ジャズ界の大物。 ギタリスト、ベーシストとドラマーは CLEARLIGHT のメンバー。

  「Un Jour Vous Partirez」(6:04)ATOLL を思わせる圧迫感のある作品。 序盤の力強い発展は初期 MAGMA 風ですらある。 ヴォーカリストは幻想的な伴奏を貫いて沸々と怒りを湧き上がらせる。 デュグルノ作曲。
  「Clochard」(3:35)シャンソンの特徴が活かされた呪術的サイケ・フォーク。
  「Monsieur Le Président」(5:28)サイケデリックなシンセサイザーが特徴的なジャム風のファンキー・ジャズロック。イケイケ、ノリノリなはずだが、歌が重いので独特の味あり。
  「La Chanson Des Pendus」(4:41)BALLON NOIR 風の弾き語り。お部屋は北向き、曇りの硝子。

  「Assis Sur Le Trottoirs De Ma Ville De Province」(5:59)気高くスペイシーなシンフォニック・ロックの傑作。ソプラノ・サックスが美しい。
  「A Vous Tous」(4:38)淡い色の世界に 70 年代らしい喪失感の漂うフォークソングの佳作。
  「Ma Vie Est Bien Comme Ça」(3:56)ライヴ録音? 70 年代後半らしい、ジャジーなファンキー・ロック。ヴォーカルとバッキングの呼吸がいい。
  「100 Mille Ans」(7:13)スペイシーなバラード調のジャズロック。 か細く震える厳冬の星々のようなシンセサイザー、夜空を翔る流星のようなソプラノ・サックス、熱気をほとばしらせるエレクトリック・ヴァイオリンが印象的。 3 曲目同様インストゥルメンタル・パートを大きく取っている。デュグルノ作詞/作曲。
  
(ATLANTIC 50.294)

 Dans Quel État J'erre
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Emmanuel Booz vocals
Jean-Claude D'Agostini guitar Charlie Charrieras bass on 1,2
Maurice Mathias drums on 1,2Gilles Tinayre keyboards, synthesizer, piano
Didier Lockwood violin on 1Jean-Louis Mahjun alto violin on 1
Gérard Pisani bass clarinet, soprano, bugle on 1Philippe Briche piano on 1
Roger Doereux electronic piano on 2 Pierre Blanchard violin on 2
Jean Schultheis drums on 3Gérard Levavasseur bass on 3

  79 年発表のアルバム「Dans Quel État J'erre」。 内容は、前作、前々作を越えるデフォルメを効かせたヴォーカリストが怒号とともにリードするエキセントリックなへヴィ・ジャズロック。 70 年代前半のサイケデリックな感性とシリアスなメッセージ性をキープしたまま、現代的なエレクトリック・サウンドを駆使して重厚華麗な世界を構築し、勢いあまってコミカルなハードロック寄りの道にも突っ込んでしまったようだ。 フランス語特有の「語りかけヴォーカル」は、今作ではついにいわゆる「歌唱」を捨てて、声色を駆使した濃厚な台詞回しと罵声、アジテーション、身もだえするような絶叫になった。 器楽は、フレンチ・ロックらしい原初的な野蛮さのあるロックンロールとこなれたジャズのハイブリッドであり、ヴォーカルが主役ながら器楽パートを大きく取るところも前作までと変わらない。 バッキングでも強力な一人芝居ヴォーカル・パフォーマンスに負けないために容赦なく音が突っ込まれる。 そして、間奏部では、生半可なジャズロック・グループが逃げ出しそうなほどにハイ・テンションでテクニカルなプレイをたたみかけてくる。 サウンドはややケバケバしいが、演奏そのものはタイトなリズム・セクションの上でよどみないギターとヴァイオリン、ギトギトした色合いのシンセサイザーが奔放に跳ね回るテクニカルなものだ。 ATOLL をイメージすると近いと思う。 緊密にして自由な発想で広がりを見せるアンサンブルはジャズロック的だが、ヴォーカリストのインテリジェントな義憤やアーティスティックな挑戦が予期せぬコミカルさに昇華した瞬間に、どこにも類似の音楽が見当たらない、奇天烈なロックとなった。 暴力的なまでにハイ・テンションで誇大妄想的な意識の広がりも感じさせる孤高のフレンチ・プログレ傑作。 あえてイメージの近接する音をいうならば、テクニカル・ジャズロックに傾倒した VAN DER GRAAF GENERATORPINK FLOYD、もしくは、一人 MAGMA

  「L'ôde Aux Rats」(16:08)PINK FLOYD もしくはザッパ風のシアトリカルなファンク・ロックをヘヴィなサウンドのジャズロックと結びつけた問題作。 長大なインストゥルメンタル・パートでは、ロックウッドのヴァイオリンが爆発し、スペイシーなシンセサイザーが唸りをあげる。 芸風の集大成といっていい。

  「La Symphonie Catastrophique」(9:50)重厚でハード・ドライヴィンなシンフォニック・ジャズロック。 リズム・セクションのキレは半端ではない。 ギターも思うさま暴れる。

  「Armoire Et Persil」(8:29)ひたすらがなるヴォーカルがうるさい MAGMA 風の作品。 イライラの果てに狂気に飛び込んだようなヴォーカルは圧巻。 切り刻むようなリズムと不気味に沸き立つベース、そして噛みつくように攻撃的なギター・ソロ。 アナログ・シンセサイザーの音がいい。
  
(POLYDOR 2393 259)

  フランス、およびフランス語圏には、ヴォーカリストというよりも詩人としてバンドの先頭に立ち、歌唱よりもリーディングやモノローグ、アジテーションに近いパフォーマンスを見せるアーティストがいる。 たとえば、ジェフ・セファーの SPEED LIMIT に参加したジャン-リュイ・ブッチとオメタクサリアの共作「Lettre D'Ocre」 、ジェラルド・マンセットの「La Mort d'Orion」、GONG のメンバーが参加したダシェル・エダヤの「Obsolete」、そして、カナダの BREGENTÉTERNITÉ 名義のクロード・ポロクィンの「Les Chants De L'Éternité」 など。


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