ESPIRITU

  アルゼンチンのプログレッシヴ・ロック・グループ「ESPIRITU」。 73 年結成。 二枚のアルバムを残し 76 年解散。 82 年に再結成、作品を発表するも 83 年再解散。 CRUCIS とともにアルゼンチンにおけるプログレッシヴ・ロックの草分けグループ。 テクニカルなアンサンブルとパストラルなハーモニーによる YES 風のシンフォニック・ロック。

 Crisalida
 
Fernando Berge vocals
Osvaldo Favrot guitar
Gustavo Fedel keyboards
Carlos Goler drums
Claudio Martinez bass

  75 年発表の第一作「Crisalida」。 内容は、多彩なキーボード、爆発力のあるギター、硬質で音数の多いベースらが構成する、リズミカルかつややサイケがかったシンフォニック・ロック。 せわしなくけたたましいギターとさまざまなサウンドとフレーズを使い分ける存在感抜群のキーボードらがリードする、鋭角的で目まぐるしくリズムを変化させる演奏が特徴だ。 この激しく密度の高いインストをメロディアスで清涼感あるヴォーカル・ハーモニーと対比させて、緩急/静動を自在に切り換えてゆく。 緊密なアンサンブルによるインストゥルメンタル・パートは、強引さもあるが、技巧派プログレッシヴ・ロックの王道をゆく感がある。 演奏面の技巧のみならず、曲調も変化に富み、なかなかドラマティックな展開の作品になっている。
   あまりに音数が多いために最初は気づかないが、実はプレイの質はきわめてハードロックに近いストレートなものだ。 そもハードロックとプログレはどう違うのか、なぞというエンドレスの議論には深入りしないが、要はファースト、セカンドあたりの YES に似ているということである。 これは、アンサンブルとしてタイトな一体感を保ちつつも一つ一つの器楽の個性が全体の調子を超えて飛び出している、いわば「イガグリ」のような演奏のせいだろう。 音楽の生む明快なイメージとその完成度も黄金期の英国グループに十分匹敵するが、英国のグループと異なるのは、ウィットやヘソ曲がりによる抑制に伴う陰鬱さや緊張感があまりなく、ごく素直に情感が迸ることだろう。 込み入ったインストとくっきり対比する伸びやかなヴォーカル・ハーモニーが、この情感の発散を一手に引き受けている。 牧歌的なヴォーカル・パートには、まさしくアルゼンチン・ロックのアコースティックないい味わいののんびり感があり、イタリアとはまた違った涼やかなリリシズムがある。 弾きまくるギターと対照的にクラシカルな旋律を優雅に歌うムーグもいい。
  ほぼ切れ目なく続く楽曲から判断してコンセプト・アルバムらしいが、主題は不明である。 題名は「さなぎ」という意味らしい。(ブラドベリイの短編小説を連想した) ヴォーカルとインストがバランスした作品が揃う中、5 曲目はアグレッシヴな技巧が冴えるインストゥルメンタル。 3 分弱だが濃密である。 天上の金管楽器の如きムーグ・シンセサイザーが高鳴る終曲は感動的。 ヴォーカルはスペイン語。 プロデュースはヨルグ・アルバレズ。

  「La Casa De La Mente(The House Of Mind)」(6:58)導入部、チープなサウンドのストリングスにちょっと引きますが、次第に演奏が盛り上がってゆき、中盤からのダイナミックなリズムが叙情的な田園風味を支える展開もよくできている。 ドラマティックに発展する演奏のバックでアコースティック・ギターが止むことなくかき鳴らされるところなど、P.F.M を連想させるところも。 力作。

  「Prolijas Virtudes Del Olivido(Tedious Virtues Of Olivido)」(2:52)前曲とつながるような、いきなりのクライマックス。 メイン・パートは渦を巻くシンセサイザーとおだやかなピアノが伴奏するパストラルなムードでいっぱいのフォークロックである。 たおやかなヴォーカル・ハーモニーと対比するメカニカルなアナログ・シンセサイザーの金管風の調べ。

  「Suenos Blancos Ideas Negras(White Dream Black Ideas)」(6:10) ギターによるメランコリックを序章を経て、中盤からのシャープで忙しないハードロック調が冴える。 ギター、オルガンともに URIAH HEEP 風の哀愁を蓄え、凶暴さを放つ。 動静の起伏が鮮やかな傑作。

  「Sabois De Vida」(6:10) 前曲と対照的に、オルガンと狂乱するギターによるけたたましくアグレッシヴな序盤からピアノとアコースティック・ギター伴奏の牧歌調へと変化する。 2 曲目の世界に帰ったようだ。 にぎにぎしく祝祭的なムードが強まると、イタリアン・ロック風(DELIRIUM あたりか)の味わいも出てくる。 後半には硬質なベースの音が目立つけたたましい展開もあるが、基本はフォーキーである。

  「Eterna Evidencia(Eternal Evidence)」(2:59) EL&P の音楽的マインドに接近する、無法なピアノと無茶なシンセサイザーが暴れる邪悪系インストゥルメンタル。 性急さに拍車をかける 3 拍子のリズム、強引なギター・アドリヴもいい。インストゥルメンタル。

  「Tiempo De Ideas(Idea Of Time)」(3:38)神々しいチャーチ・オルガンの調べとともに一気に天上に。 伸びやかなヴォーカルがオルガンをしたがえて再びアコースティックなサウンドのフォークロックへといざなう。 荒削りなシンセサイザーとギターが狂言回しとなって目まぐるしい変化の演奏となる。

  「Hay Un Mundo Cerrado Dentro Tuyo(Yours Is A Closed World Inside)」(4:20) YES によく似たアコースティックな質感のシンフォニック・チューン。 フルートを思わせるつややかなシンセサイザー、弾力に富み高音から低音まで駆け抜けるベース・ライン、細身で音数の多いドラムスなど本家をよくとらえている。 (ギターはカントリーをベースにする超個性派スティーヴ・ハウを追いきれず、普通のペンタトニックがメイン) ヴォーカルだけはいかにもなアルヘンチーナ、頼りなげでなよやか。 傑作。

  「Hay Un Mundo Luminoso(There is A Luminous World)」(8:07) ここまでのパストラルなシンフォニック・ロックにジャズロック・テイストを交えた作品。 ゆったりと広がるメイン・ヴォーカル・パートに対して、間奏部ではギターのリードでオルガンも加わったタイトなアンサンブルが盛り上がる。 裏リードというべきベースのダイナミックなプレイと多彩なドラミングも特徴だ。 大作らしくリズムレスの場面とアグレッシヴにたたみかける場面のコントラストもくっきりしており、ドラマがある。 終盤は演奏を主導するポリシンセらしきファンファーレが際立つ。

(SE-566 / MH-10.026-2)

 Libre Y Natural
 
Fernando Berge vocals
Osvaldo Favrot guitar, acoustic 12 string guitar, vocals
Ciro Fogliatta organ, Mellotron, synthesizer, piano
Carlos Goler percussion, vocals
Claudio Martinez bass, percussion

  76 年発表の第二作「Libre Y Natural」。 キーボーディストが交代。 全パートが密に音を重ねる技巧的かつ活気あるアンサンブルと、あくまでラテン風のたおやかなハイトーン・ヴォーカルが対比しつつ、一つのうねりになってゆく感動的なシンフォニック・ロックである。 前作同様、ヴォーカル(今回はハーモニーは少ない)を軸に、ロックンロールに緩急をつけたドラマチックな展開をもたせるスタイルであり、さほど長くない曲をおもしろく聴かせる。 全体にサウンドは、やや厚みとスピード感を増している。 そして僅かながらも音質の向上もあり、曲の表情はさらに明確になっている。 また、リスナーを包み込むような悠然たる空気もある。 全体にキーボードはバックに下がって雰囲気を作る役割を果たしており、演奏前面の流れはギターが中心となっている。 ドラムスは、ハイハットのプレイがアンディ・ウォード風だなあと思っていると、突然変わったシンバル連打を見せるなどかなり破天荒。 このドラムスとリッケンバッカー・ベースによるせわしなく音数の多いリズム・セクションも、特徴の一つだろう。 どちらかといえばイタリアン・ロックに近い性急なノリである。 4 曲目と 7 曲目は明快で溌剌としたサウンドを基本に、饒舌なギターと YES/GENESIS 調アンサンブル(ワウやフェイズシフタを使ったトレモロや 12 弦ギターなど、ともにかなりそのまま)などを盛り込んだ逸品。 特に後者は、サイケデリックな爆発力を活かしている。 しかし本領は、なよやかでアコースティックなヴォーカル・パートだろう。 どうやら本作もコンセプト・アルバムのようだ。 作曲はギタリストのファヴロ、作詞はヴォーカリストのベルジェ。 ヴォーカルはスペイン語。 プロデュースはヨルグ・アルバレズ。 タイトルは、「Free And Natural」の意。

  「Obertura Del Desierto Luminoso」(1:43)
  「Libre Y Natural」(4:12)
  「Los Ecos Del Silencio Interior」(2:59)
  「Imagenes Tenues Y Transparentes」(6:25)
  「Imagenes Tenues De La Voz Interior」(4:36)
  「La Badrica De Suenos」(3:16)
  「Deselectriza Tu Mente」(7:18)
  「Final Del Sol Ardiente」(1:47)

(MRD-2002)

 Espiritu V
 
Fernando Berge vocals
Osvaldo Favrot guitars, chorus
Angel Mahler keyboards
Claudio Cicerchia bass, chorus
Rodolfo Messina drums

  82 年発表の第三作「Espiritu V」。 解散、再結成を経て発表された作品であり、リード・ヴォーカリストとギタリスト以外はメンバーが変わっている。 メンバー交代に起因するのか、ジャズ、ジャズロックっぽさが幾分か強まったが、ハイトーンのなよやかなヴォーカルを中心としたハートウォーミングにして涼感あるシンフォニック・サウンドはキープされている。 鮮やかなアナログ・シンセサイザーと可憐なピアノ、ヴァイオリン奏法をたっぷり使う優美なギターなど、82 年という年にしては、大袈裟にいえば、奇跡的な内容である。(もっとも、B 面ではややひよった節も見られるのではあるが) 一方、大仰なコンセプトを振りかざさず、自然なポップさと安定したテクニックで軽やかに演奏する辺りは、70 年代の反省がいかされているといってもいいだろう。 いずれにしても、きちんとした演奏力をもってやりたい音を目指している、という印象を与える内容である。 アルゼンチン・ロックらしさという点でも百点である。 冒頭 CP80 による波打つようなリフレインに、PABLO EL ENTERRADOR を思い出してしまうことも。 現行 VIAJERO INMOVIL レーベル 再発 CD には、同年のライヴ・テイクが 3 曲ボーナス追加。


(ESPRO17 VIR)


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