NEXUS

  アルゼンチンのプログレッシヴ・ロック・グループ「NEXUS」。 70 年代後半に結成。 97 年アルバム・デビュー。 作品は九枚。最新作は 2023 年発表の「Insania」。 サウンドは、EL&P のヘヴィネスと GENESIS の潤いと宗教的厳粛さを併せもつ本格的なシンフォニック・ロック。

 En El Comienzo Del Topos Uranos
 
Lalo Huber keyboards
Carlos Lucena guitars
Luis Nakamura drums
Jorge Marino Martinez bass
guest:
Roxy Truccolo vocals on 2

  2017 年発表のアルバム「En El Comienzo Del Topos Uranos」。 内容は、EL&P に端を発する HR/HM 的な芸風の横溢するヘヴィ・キーボード・ロック。 性急さ、スイング感、神秘性、邪悪さの演出の原点には間違いなく EL&P の存在がある。 しかし、EL&P 的なプレイは全体の一部としてピアノのオスティナートやうなりを上げるオルガンに集約されていて、目立ちはするが、主役というよりはアンサンブルの一翼、強烈なアクセントを担う役割を果たしている。 シンセサイザーのプレイは曲展開をリードするギターのバッキングでカラフルなステージを提供していることが多い。 アナログ・シンセサイザーの強烈なアクセントもあるのだが、どちらかといえば音響効果としての役割だ。 キーボード独走という印象を与えないのは、ギターの存在感がしっかりとしているせいでもある。 そして、そのアンサンブルはクラシカルなハードロック調が主である。 ヘヴィで攻撃的、なおかつメロディアスという典型的な HM スタイルのパフォーマンスが安っぽくならないのは、南米ロックの繊細で気品ある叙情性のおかげ。 またドラムスは手数は多いがモダン・ジャズではなくメタル系ビートが主。 全体に古めなのでおじさんおばさん向け。
   EL&P 風のキーボード・ロックというよりは、キーボードによるカラフルなアクセントを用いたメロディアスな HR/HM 系のネオプログレッシヴ・ロックといった方が正しいかもしれない。 しかし、ハモンド・オルガンのパーカッシヴで攻撃的なプレイやアナログ・シンセサイザーのサウンドを一聴しただけで、本家の正統後継者の一つであることははっきりと分かる。 ゲストの女性ヴォーカルをフィーチュアした 2 曲目以外はインストゥルメンタル。 プロデュースはアルベルト・ヴァナスコ。
  
  
  「El Ultimo Dia」(6:17)泣きのギターとシンセサイザーの変拍子オスティナートによるド演歌調シンフォニック・ロック。

  「La Casa Del Invierno」(5:19)癒し系バラード。

  「Un Cristal Bajo El Aqua」(7:45)EL&P 系の邪悪クラシック路線。ブラストするシャフル・ビート。

  「En El Tercer Planeta」(4:48)

  「Huellas」(2:50)ターレガ、セゴヴィア、ハケット直系のクラシカルなギター独奏。

  「Soplo De Vida」(9:17)プログレらしいミステリアスで大胆な変化に富む佳曲。テンポも自在に揺れる。変拍子オスティナートの魔術。ジョン・アンダーソンの声が聴こえた気がした。

  以下ボーナス・トラック。キーボードの割合はこちらの方が断然高い。

  「El Color Que Cayo Cielo」(7:03)

  「Heliotropo」(5:28)「Trilogy」を連想。

  「Los Sacerdotes Malignos」(7:24)
  
(RR 0670)

 Detrás Del Umbral
 
Lalo Huber organs, pianos, synthesizers, vocals
Daniel Ianniruberto bass, fretless bass, synthesizers, vocals
Carlos Lucena electric & acoustic guitars, vocals
Luis Nakamura drums, percussion, bells, vocals
Mariela Gonzalez lead vocals

  97 年発表のアルバム「Detrás Del Umbral」 内容は、キーボード主体の重厚かつカラフルな 70 年代型シンフォニック・ロック。 あまり知らないのですが、ゴシック系メタルにも通じそうな峻厳な音と、ニューエイジ風のマイルドかつ豊麗な音が交錯した、独特の世界である。 おそらくは、宗教音楽的なものがベースにあるのだろう。 ハードでありながらメロディアス、そして途方もないスケールの大きさもある。 さまざまな時代のポピュラー音楽を乗り越えてきたベテランらしいサウンドともいえる。 オールド・ファンが色めきたつのは、なんといっても、ハモンド・オルガンとシンセサイザーのプレイ。 キース・エマーソン直系のエキサイティングな演奏が、ややメタル寄りの演奏を一気にプログレ側に引き寄せている。 特に、存在感ある女性ヴォーカルを取り巻くオブリガートや伴奏、間奏でのピリっとしたプレイやミステリアスなテーマでのプレイが出色。 結局、ストーリー・テリングにキーボードのプレイがしっかりと組み入れられているということなのだろう。 全体に、メロディアスに歌うシーンでもスリリングなプレイを矢継ぎ早に繰り出すシーンでも、演奏はていねいかつ堅実であり、安心して聴いていられる。 かといって音が古臭すぎるということもない。 ギターはたしかにやや HR/HM 風だが、キーボードとの分量・音色のバランスのおかげでさほど気にはならない。 いろいろな意味で、キーボードを用いたモダンなシンフォニック・ロックの典型といえるだろう。 また、宗教色と官能がシームレスにつながり、ダークなゴシック色にすら清涼感が感じられる辺りがいかにも南米産の音だ。
  73 分の一大シンフォニック・スペクタクル。 4 曲目は、MASTERMINDPär Lindh Project のファンの胸躍らせる佳曲。 7 曲目は、クラシック、ヒーリング、大河ドラマ・ファンにも通用するシンセサイザー・オーケストレーション。 ルーカス/スピルバーグばっかじゃいやになるけど、それでもたまに見ると意外と感動するでしょ。 難点は、インストゥルメンタルの一部で繰り返しが多いわりに、効果の感じられないところがあること。
  
(RR-0220)

 Metanoia
 
Lalo Huber organs, pianos, synthesizers, vocals
Daniel Ianniruberto bass, fretless bass, synthesizers, vocals
Carlos Lucena electric & acoustic guitars, vocals
Luis Nakamura drums, percussion, bells, vocals
Mariela Gonzalez lead vocals

  2001 年発表のアルバム「Metanoia」。 内容は、重厚かつ峻厳なシンフォニック・ロック。 月並な表現だが、70 年代プログレ、80 年代のニューエイジや HM/HR などを吸収/消化した音である。 前作との違いは、ギター、ドラムスのプレイのヘヴィさが若干増して、HR/HM のフィールドでも十分通用しそうな音使いとなったこと。 しかし、今回もこの本格的なシンフォニック・ロックの屋台骨となっているのは、ハモンド・オルガン/シンセサイザーのプレイと、決めどころで見せるスネアとシンバル主体の手数の多いドラミングによる「ヘヴィなのに軽やか」なリズムなど、EL&P 的なプログレの醍醐味、そして魂のこもった女性ヴォーカルである。 特に、キーボードは、ヒーリング系から荘厳な管弦楽、さらにはキース・エマーソンまで、ほぼ完璧といっていいバランスのある演奏だ。 ゴシック・ロマン調という点では、Pär Lindh Project と相通じる世界である。 もっとも、Lindh 氏がキーボードを中心にした本格クラシックに力点を置き、丹念な構築性を誇る分ロックとしてのカッコよさが後付けになりがちなのに対し、こちらは、あくまで EL&P 的なキーボード・ロックが重心にあり、けれん味含めカッコよさを優先したプレイで俊敏に切り込むタイプである。 ともにキリスト教周辺の雰囲気を用いつつも、北と南で感触が異なるというのもおもしろい。 峻厳さや演奏技巧そのものは前者かもしれないが、バンドとしてのグルーヴは、こちらに軍配が上がりそうだ。 最近のキーボーディストのテクニックは、もはやエマーソンを追い越しているようだが、バンドとなったときの演奏に不思議と感動がないのは、この辺に起因するのかもしれない。 要は「ノリ」の問題です。 また、ヴォーカルが「舌足らずコケット系」でも「美声ソプラノ系」でもないフォーク系アルト・ヴォイスであることも、楽曲に落ちつきと説得力を付与している。 朗々たるうまさとは異なる、ややぎこちない表情(スペイン語ということも関係するかもしれない)が、かえって説得力を感じさせるのだ。 一方、メロディアスなプレイを強調するエレキギター(9 曲目の大作のエンディングではみごとなハケット流を披露する)や、アコースティック・ギターとヴォーカルがたおやかなハーモニーをなしてフレットレス・ベースがささやく場面などの透明感ある美しさなども、決して悪くはないが、さすがに使い古されたパターンに思えてならない。 むしろ、エマーソンばりの弾き倒しにバンド全体が引っ張られて、華麗さをかなぐり捨てて前傾してゆくようなシーンの一瞬の興奮が、キーなのではないだろうか。 また、重厚でミステリアスな演出はゴシック・メタル辺りのセンスなのだろうが、全体の音色のおかげでみごとに甦るシンフォニック・プログレというイメージになっているところも興味深い。 意図的なのかどうかは分からないが、うれしいところだ。 北米勢が、たとえバークリーを出ていても、実利的なロックンロールから離れられないのと対照的に、南米には、ヨーロッパ生まれの深い闇と天上の光の織り成すマニエリスティックで耽美な世界観をもつ音が育つ素地があるようだ。 プログレ含め文化継承の地は、まさに南米大陸なのかもしれない。(脱線)
  そして、これだけ濃厚な音にもかかわらず、甘みというか尖りきらないまろやかさと若々しさ/爽やかさがあるのも特徴だろう。 もっと目の覚めるようなコントラストやダイナミクスをつけて感性を刺激する、もしくは、厳しく突きつめてリアルな現代性と対峙するアプローチもあるだろうが、この音はこれで居場所をしっかり確保していると思う。 前作に比べると、リズムや曲の流れはぐっと自然になり、その中で生まれるドラマも手応えを増している。 情感は SAGRADO、重さは HR/HM、キーボードは EL&P といえるかもしれない濃密な音。 無駄を削ぎ落としたようで今回も 72 分。 なんだかんだいってかなり好きなのです。 今回もメタル・ファンにしか注目されないのだろうか?
  
(RR-0330)

 Aire
 
Lalo Huber keyboards, vocals
Luis Nakamura drums
Carlos Lucena guitars, chorus
Maehy Madeo bass

  2012 年発表のアルバム「Aire」。 「Perpetuum Karma」以来六年ぶりとなる新作スタジオ・アルバムである。 内容は、メロディアスな曲調を重厚華美なキーボードが彩るシンフォニック・ロック。 スペイシーで荘厳なキーボード・サウンドが、感傷いっぱいのヴォーカルと透明感に包まれながら泣き捲くるギターが綴る物語を、時に悠然と時に荒々しく包み込む。 お約束通り、邪悪系ハモンド・オルガンがパーカッションのように荒々しく湧き立ち、シンセサイザーが電子の渦をかき混ぜてグイングインと唸りを上げる。 ストリングス系のサウンドは、あたかも蒼天を突き通すかのようにクリアーに聳え立つ。 クラシカルな気品と厳かさがなぜかワイルドなハードロックを様式化する際の重要なファクターとして用いられて 40 年余り、ここでもその手法は巧みに使いこなされていて、重量感を荘厳さや高潔さとして響かせることに成功している。 そして、うるさめのドラムスが変拍子で扇動するが、それが近年のテクニカルな HM/HR 的というよりは、往年の EL&P のケタタマシサを思わせるところも面白い。 また、テーマとなる旋律には GENESIS 流の歌心のみならず、いかにも南米らしい涼やかでみずみずしいロマンチシズムがある。 これのおかげで、テーマをへヴィに展開するところでも独特のたおやかさ、まろやかさが伴う。 ヴォーカリストはハードロック風のシャウトが似合いそうな声質だが、歌唱スタイルはメランコリックなフォークやジャズ、タンゴのバラードが主である。 プログレ復権の狼煙が世界各地から上がった 90 年代初期を思い出させる、すでに伝統となったネオ・プログレッシヴ・ロックの王道である。
  
  「Espejismo」(7:23)わくわくさせるようなイントロダクション。これで一気に惹きつけられる可能性が高い。
  「La Explicación」(7:01)
  「El Mesías」(4:52)妖艶なハードロック。
  「Jardín De Los Olvidos」(7:07)泣きのバラード。ゲイリー・ムーアが弾きそうなギター。「引っ張り過ぎ」なところが第一作から変わらないところがほほえましい。
  「La Corte Final」(8:02)GENESIS + EL&PTHE NICE トリビュート。やや CAMEL もあり。
  「Rey De Piedra」(5:15)このメロディ・ラインのセンス、センチメンタリズムは、きわめて "Broadway" GENESIS 的。
  「 El Fuego De La Ciudad」(8:07)
  「Alma De Sombra」(5:28)ジャジーなバラード。バンドネオン風の音も聴こえる。
  「Tiempo De Cambiar」(7:07)
  「Alta En El Cielo」(3:41)クラシカルなテーマがしみる、勇壮かつファンタジックなシンフォニック・ロックの逸品。終章らしい感動を呼ぶ。
  
(FONOCAL 2505)

 Magna Fabulis
 
Lalo Huber keyboards, vocals, bass
Carlos Lucena guitars, vocals
Luis Nakamura drums, percussion
guest:
Daniel Ianniruberto bass on 1
Lito Marcello vocals on 1, 4

  2012 年発表のアルバム「Magna Fabulis」。 COLOSSUS/MUSEA による多数アーティスト参加のコンセプト・アルバム用に提出した作品をまとめた編集盤。 音楽的な内容は、キース・エマーソン直系のパーカッシヴなハモンド・オルガンのプレイとそれと好対照するモダンなシンセサイザー、堅実なギター・プレイ、重量感あるリズム・セクションらが構成するヘヴィなキーボード・シンフォニック・ロックである。 30 分弱の作品を含め大作が目白押しだが、曲想と音楽的な語り口が明快であり、なおかつ往年のプログレ・ファン向けのサービスもあるのでたいへん聴きやすい。 メロディアスな泣きの旋律を思い切り強調するところとタイトなアンサンブルでぐいぐい突っ込んでゆくところのメリハリがよく、否が応でもドラマが生じる。 EL&P でキーボードの虜になったファンには絶対のお薦め。 全曲で王道的文学作品をモチーフにする辺りの気概がたいへんに好ましい。 万事薄味な癖に極端に走りがちな現代に対するアンチテーゼとしてとらえたい。
  
  「Odisea, El Regreso」(27:52)攻撃的でパーカッシヴなハモンド・オルガンを軸に展開する「弩級」クラシカル・キーボード・シンフォニック・ロック。 EL&P の変態クラシック趣味と HM/HR 的な面をクローズアップして正しく受け継いだ力作。 アルヘンチーナ固有哀愁繊細叙情+ネオクラシカル系泣き的な場面と EL&PBANCO 直系の邪悪に攻め立てる場面のシームレスな交差や、「一瞬ジャズ/フュージョン」、「ファズベース」にも流石と唸らされる。 エンディング後のエピローグが印象的。ホメロス「オデュッセイア」からの着想。

  「La Aventura En El Mar」(23:23)さまざまなシンセサイザー・サウンドをフィーチュアした勇壮かつスペイシーな作品。 演奏の展開に重厚なストーリー性が感じられる。 中盤のバラードでは、イタリアン・ロック風の情熱的な歌唱と FOCUS 風のロマンティシズムあふれるギター、オルガン・プレイを披露。 終盤のハードロック的な展開にしても、HM/HR 系ヘヴィ・シンフォニック・ロックとして MASTERMIND よりは音に気品がある。 現代プログレ界における「功し」というべき内容です。 スチーブンソン「宝島」からの着想。

  「El Segundo Reino」(9:21)エモーショナルなギターをフィーチュアしたミドル・テンポのバラード風の作品。 70 年代の大御所の作品を思わせる説得力に富む傑作。ダンテ「神曲」からの着想。

  「The Scheme Goes On」(8:22)攻撃性を前面に出しながらもアヴァンギャルドな「揺れ」も見せる幻想的な HR/HM 系バラード。 不安定さの魅力。ダンテ「神曲」からの着想。

  
(RR 0660)


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