アメリカのプログレッシヴ・ロック・グループ「PHISH」。83 年結成。2004 年解散。2009 年再結成。GRATEFUL DEAD を正統継承し、ライヴを極めるジャム・バンド。微妙な「普通のロックじゃない」感じがいい。PHISH が好きなら ECHOLYN も聴こう!
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Page McConnell | piano, organ, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Jon Fishman | drums, trombone, vocals |
89 年発表の第一作「Junta」。
ここのジャケット写真は 92 年の再発二枚組 CD のもの。
内容は、細やかな即興風のインストゥルメンタルを主役にしたプログレッシヴなオルタナティヴ・ロック。
舞い散る花びらのような音に眩暈を起こしそうになる、音楽御伽噺である。
ロックなのかジャズなのかフュージョンなのかソウルなのかカントリーなのかハワイアンなのかラウンジ・ミュージックなのか、はたまたクラシックなのか、そのどれでもないのか、聴いていただいて判断いただくしかない。
背伸びしながらなんとかふんばっているにもかかわらずデリケートなタッチで音を紡ぎ切るギター・プレイとピアノ、オルガンを中心とした緩やかだが精巧なアンサンブルが特徴である。
ヴォーカルや一つ一つのフレーズののんびり感に惑わされがちだが、脱力系のようでいて、どこまでも丹念で音楽的な起承転結を遵守したパフォーマンスになっている。
フィジカルな快感はもちろん、知的な興奮も導く、えもいわれぬ心地よいグルーヴは、やはり GRATEFUL DEAD の系統といえるだろう。
凝ったリズム展開やアブストラクトなフレージングなど GENTLE GIANT を思わせるところもあり。
そして、ユーモラスな表現には、諧謔を盛り込みすぎないフランク・ザッパのイメージも。
「The Divided Sky」はスリルと開放感あふれるインスト・ロックの傑作。
70 年代に発表されていたら間違いなくプログレッシヴ・ロックの名曲になっていたであろう。
いや、フュージョンの毒気にあてられずにインストウルメンタルを極められたのだから、この時期でよかったのかもしれない。
プロデュースは、グループ。マンガを読む感じで聴けるアルバムです。
「Fee」(5:23)
「You Enjoy Myself」(9:47)
「Esther」(9:21)
「Golgi Apparatus」(4:35)
「Foam」(6:50)
「Dinner And A Movie」(3:42)
「The Divided Sky」(11:50)
「David Bowie」(10:59)
「Fluffhead」(3:24)
「Fluff's Travels」(11:35)
「Contact」(6:42)
「Union Federal」(25:31)
「Sanity」(8:22)
「Icculus」(4:24)
(ELEKTRA 9 61413-2)
Jon Fishman | drums, vacuum, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Page McConnell | piano, organ, vocals |
Trey Anastasio | guitar, vocals |
90 年発表の第二作「Lawn Boy」。
内容は、いよいよ多才さを発揮するカラフルなオルタナティヴ・アート・ロック。
ほら話や艶笑小話といった演芸カルチャーも含めてルーツ・ミュージックの世界を渉猟してそのエッセンスをまとめ、ぶっ飛んだセンスも適宜交えつつも、口当たりよく小粋に曲にしている。
演奏はタイトにして安定感抜群、そしてどこまでも軽やか。
蝶のようにひらひらと舞い続けるような、夜空の星々のささやきを拾い集めるような、書き損ねのラヴレターからこぼれ出た文字たちをつまんで並べ直すようなギター・プレイが冴え渡る。
とにかくふわふわとしていて気持ちがいい。
ギターもピアノも鼻歌か茶呑み話のように飄々としていて、その音には何物にも代え難い生の息遣いの魅力が詰まっている。
個人的には物語風の 2 曲目「Reba」がお気に入り。ジャジーな即興パートもたいへん楽しい。
スカっぽいゴージャスな 4 曲目「Split Open And Melt」もカッコいい。
ジャム・バンドのたくましさが現れた 7 曲目「Run Like An Antelope」もいい。
プロデュースは、グループ。
「The Squirming Coil」(6:05)
「Reba」(12:27)
「My Sweet One」(2:08)
「Split Open And Melt」(4:43)
「The Oh Kee Pa Ceremony」(1:41)
「Bathtub Gin」(4:29)
「Run Like An Antelope」(9:52)
「Lawn Boy」(2:31)
「Bouncing Around The Room」(3:55)
(ELEKTRA 9 61275-2)
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Jon Fishman | drums, vocals |
Page McConnell | piano, organ, vocals |
92 年発表のアルバム「A Picture Of Nectar」。
内容は、タイトで小気味のいいニューオリンズ・ジャズファンク風オルタナティヴ・ロック。
あたかもスタジオ・ミュージシャンが 4 人でビッグ・バンドを奏でたような陽性の作品である。
ジャズやカントリーなど多彩な音楽性を遠慮なくとっ散らかし、現代音楽テイストも盛り込んでダイナミックな演奏で取りまとめている。
この旺盛かつ冗漫にしてテクニカルな演奏スタイルはライヴで味わうのが一番だろう。
しかしながら、スタジオ盤でもその魅力は伝わってくる。(でなければスタジオ盤は作らない)
まず気づくのは、逞しい演奏力とともにメロディのセンスも抜群であること。
テクニック・ヲタクのフュージョン・バンドがキャッチーなロックをやっている感じなのだ。
実際、楽曲はインストゥルメンタルと歌ものロックが混在している。
アメリカン・ロックの基本要素の一つであるハーモニーのうまさは当然。
アカデミックなバック・グラウンドが感じられるまとまりのいい演奏なのに、どの曲もストリート感覚ある尖がったグルーヴにあふれている。
だからカッコいい。
ジャズに感化されたままロックへと進んでしまった経緯は SOFT MACHINE と同じであり、そこから生まれ出たものがユニークな音楽になったところも同じである。
ジャズ+サイケ=ジャズロックだったのが、ジャズ+ロック=サイケになっただけだ。
セミアコ、ヴィンテージ機材好きらしきトレイ・アナスタシオのギター・プレイは、テクニカル=アクロバットと勘違いしている小僧どもとは一味も二味も違うオーソドキシーを多彩なアイデアで極めている。
ハンク・マーヴィンとか好きそう。
キーボーディストのペイジ・マッコーネルはおそらく「何でもすぐできる」系のプレイヤー。
1 曲目「Llama」は、ECHOLYN ばりの弾けロック。
5 曲目「Stash」は、ノスタルジックなモダン・ジャズを材料にした佳作。カリプソ風のリズムもいい。
7 曲目「Guelan Papyrus」は、レゲエ。なんだか昔のヒット曲のような貫禄がある。間奏部分は現代音楽風の半音進行展開。GENTLE GIANT 的な傑作。
9 曲目「The Landlady」は、ハードロック・ギターが歌うラテン歌謡。マンボ。
11 曲目「Tweezer」は、ライヴの片鱗をうかがえる即興発展風のアヴァンギャルドな傑作。
12 曲目「The Mango Song」は、郷愁誘うメロディアスなアメリカン・ポップスにして、テクニカルなキレも抜群の傑作。
13 曲目「Chalk Dust Torture」は、ハイテク・ロックンロール。
最終曲は、11 曲目のリプライズ、カッコいいハードロックでしめる。
この器用さと過剰さ加減、フランク・ザッパとの違いはわざとバカになるための力みがないこと、スティーヴ・モースとの違いは「普通の」ロマンティックなセンスがあること。
ルーツ・ミュージックへの憧憬をストレートに出すところもアメリカらしくていい。
プログレ・ファンには一番のお薦め。
特に、ECHOLYN のファンにはお薦め。
プロデュースは、グループ。
「Llama」(3:31)
「Eliza」(1:31)
「Cavern」(4:24)
「Poor Heart」(2:45)
「Stash」(7:11)
「Manteca」(0:29)
「Guelah Papyrus」(5:22)
「Magilla」(2:46)
「The Landlady」(2:56)
「Glide」(4:12)
「Tweezer」(8:42)
「The Mango Song」(6:23)
「Chalk Dust Torture」(4:35)
「Faht」(2:21)
「Catapult」(0:32)
「Tweezer Reprise」(2:40)
(61971-2)
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Jon Fishman | drums, vocals |
Page McConnell | keyboards, vocals |
96 年発表のアルバム「Billy Breathes」。
内容は、オールド・ロックと共通する味わいのある骨太でリリカルなオルタナティヴ・ロック。
PEARL JAM あたりへの目配りか、冒頭からキャッチーなテーマをへヴィーなギターとワイルドなビートでぶつけてくる。
かと思えば、切ないまでにデリケートなフォーク・ソングもある。
全体に、オーソドックスでキャッチーなメロディと奇妙な器楽を組み合わせる技は今回も冴えている。
一方、教養主義的なモダン・ジャズへの傾倒やカントリー・ミュージックの変奏はあまり露にしていないが、さりげなくセカンドライン・ファンクが持ち込まれている。
個人的には、70 年代中盤のエリック・クラプトンの作品に通じるデリケートな土臭さがあると思う。
ブライアン・ウィルソンやポール・マッカートニーっぽい音は世に死ぬほどあるが、こういう土臭さのあるツボを押さえてくれる人はあまりいないようだ。
英国人の憧れの果てがにじませる繊細さと同質の繊細さを、なぜ同国をルーツとする連中が持ちえるか?
おそらく現代の音楽ヲタクならではの観察眼が自らの足元すらも事細かに分析して再吸収しているということだろう。
体のみならずパソコンとアタマからも入ってくるんだろう。
そのせいなのかどうか分からないが、アコースティックなフォーク風の場面では、風に吹き消されそうなほどに密やかで繊細な情感が湧き出ている。
いずれにしても、ポップというフィルターでルーツまでをもフィルタリングして優れたパッケージにできる、このスキルはきわめて現代的である。
というよりは、そういったアプローチは現代のミュージシャンの数少ない選択肢の一つなのだろう。
もちろん、サイケデリック調やけっこうモロなプログレ・テイストもあり。
エレクトリックもアコースティックも、あふれんばかりの、なんでもこい的な演奏力と作曲力は、P.F.M とも共通する。(4 曲目「Taste」を聴いてそう思った)
また、意外なまでに THE BEATLES の流れをしっかり汲んでいるのは、プロデューサーの趣味だけではないと思う。
7 曲目「Theme From The Bottom」は、「A Day In The Life」に通じる構成美の名曲。
10 曲目「Billy Breathes」から最終曲「Prince Caspian」までの四曲は組曲になっている模様。
タイトル・トラックである 10 曲目はドラマティックな感動作。
やはり ECHOLYN のファンにはお薦め。
ただし、アコースティックな音の安定したグルーヴに寄り気味なので、もっとぶっ飛んだ、サイケデリックな PHISH を期待すると肩透かしを食らう可能性もある。
プロデュースは、スティーヴ・リリーホワイトとグループ。
「Free」(3:48)
「Character Zero」(3:59)
「Waste」(4:50)
「Taste」(4:07)
「Cars Trucks Buses」(2:24)METERS 風のインストゥルメンタル作品。
「Talk」(3:09)
「Theme From The Bottom」(6:22)
「Train Song」(2:34)
「Bliss」(2:04)12 弦アコースティック・ギター・ソロ。
「Billy Breathes」(5:31)多声のコーラスとバンジョーが印象的な作品。フォーキーだが後半では中期の FLEETWOOD MAC のような洗練された物憂さ(アンニュイ)を演出。
「Swept Away」(1:16)
「Steep」(1:38)
「Prince Caspian」(5:19)カスピアン王子なので「ナルニア」か? 大物バンド風のレイドバック感がいい作品。
(61971-2)
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Jon Fishman | drums, vocals |
Page McConnell | keyboards, vocals |
97 年発表のアルバム「Slip, Stitch And Pass」。
1997 年ドイツ、ハンブルグで収録されたライヴ・アルバム。
オフィシャル・ブートのライヴ盤がガンガン出ている昨今ではあまりそそられないかもしれないが、大手(ELEKTRA)からのものなので、音質はきちんとしている。
ただし、選曲はやや疑問あり。(もっと 2 曲ほど長尺の演奏を選んでほしかった。ZZ TOP よりも CREAM あたりのサイケなものをやってほしかった、などなど、勝手な思いである。オリジナルなら Guyute とかさ)
それでも、全体を通して得意のグルーヴィなジャムであり、妙なものがなくともハイになれる。
ワウ・ギターがふわふわっとリードするインストゥルメンタルは何とも優雅である。
GRATEFUL DEAD ほどはジャズっぽくならず、アーシーなアメリカン・ロックのまま大西洋を渡って THE BEATLES やプログレと並び立つことができるから不思議である。
軽妙にして濃密な演奏は「軽めのフランク・ザッパ・バンド」といえるかもしれない。
シリアスなのかナンセンスなのか分からないジャケット・アート(毛玉はホンモノだが影はニセモノ?)は、ストーム・ソーガソン。
「Cities」(5:19)TALKING HEADS のカヴァー。
「Wolfman's Brother」(13:50)第六作「Hoist」より。かったるくもグルーヴィな名演。
「Jesus Just Left Chicago」(12:58)ZZ TOP のカヴァー。ド・ブルーズ。
「Weigh」(5:29)第五作「Rift」より。
「Mike's Song」(13:52)ライヴの定番の一つらしい。PINK FLOYD や DOORS あり。マイクはもちろんベーシストのマイク・ゴードンのこと。やはりこういう緩めでハッピーな感じの曲が似合う。
「Lawn Boy」(2:56)第二作より。
「Weekapaug Groove」(8:20)最後は ROLLING STONES の名曲。
「Hello My Baby」(1:19)スタンダード。
「Taste」(8:45)第七作「Billy Breathes」より。
(62121-2)
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Jon Fishman | drums, vocals |
Mike Gordon | bass, pedal steel, vocals |
Page McConnell | keyboards, vocals |
98 年発表のアルバム「The Story Of The Ghost」。
長閑でシビア、ユーモラスでミステリアス、なおかつブリティッシュ・ロック的なヒネリも効いた傑作である。
アメリカン・ロックらしいスタイリッシュで乾いたタッチで、多彩すぎる曲想を意外なほどにデリケートなリリシズムを交えて描いている。
特に、レゲエやセカンドライン・ファンクといったバックビートの腰にくるグルーヴが気持ちいい。
VELVET UNDERGROUND を思い出させる、控えめなヴォーカル / ハーモニーがリードする密やかに佇むような演奏が、ドラムスをきっかけに突然の高集中力でもって一気にテクニカルなプレイへと収束する。
いわば、フォークの繊細さと素朴さとジャズの技巧とスリルを組み合わせた上で、ロックなルーズさでまとめた演奏である。
ルーツ・ミュージックの逞しさもあるが、自然主義的卑俗にはなり切っておらず、ほのかなノスタルジーをまとったグルーヴとして昇華されているところが、またいい。
英国ロック・ファンには、「少し遅れてきたアメリカの PINK FLOYD」といって感じが伝わると思う。
また、たいていのバンドのカヴァーができそうな、現代のグループらしい情報処理力、器用さも魅力。
STACKRIDGE の "スラーク" を思い出させる 4 曲目「Guyute」を筆頭にかなりプログレっぽい曲もあり。
怪しいヴォーカルとキレのいい演奏のコンビネーションはフランク・ザッパのファンにもお薦め。
2 曲目「Birds Of A Feather」のライヴ・ヴァージョンである日本盤ボーナス・トラックを聴くと、スタジオ盤の曲がいかにライヴでグレードアップするかがよく分かります。
「Ghost」南部風の粘性の高いグルーヴとクールな表情がいい。
「Birds Of A Feather」黒いファンク・ロック。お約束のオルガン、ワウ・ワウ・ギター、そして深夜のローズ・ピアノ。
「Meat」レゲエ。
「Guyute」妖怪ガイユーテにまつわる御伽噺。凝ったリズム・チェンジを駆使するテクニカルかつユーモラスなインストゥルメンタルの展開が聴きもの。クラシックの超難練習曲風ですらある。ザッパ、GENTLE GIANT ファンは必聴。
「Fikus」
「Shafty」
「Limb By Limb」
「Frankie Says」
「Brian And Robert」「Candy Says...」みたいなラヴ・ソング。
「Water In The Sky」C&W。
「Roggae」
「Wading In The Velvet Sea」切ないバラード。
「The Moma Dance」
「End Of Session 」
「Birds Of A Feather」 ライヴ録音。日本盤ボーナス・トラック。
(AMCY-2916)
Trey Anastasio | guitar, vocals |
Mike Gordon | bass, vocals |
Jon Fishman | drums, vocals |
Page McConnell | keyboards, vocals |
2000 年発表のアルバム「Farmhouse」。
「アメリカン・ロック」を目指してきちんとアメリカン・ロックを完成させた傑作。
ギターはいい音で鳴っているし、ほのかな諦念とともにレイドバックした歌もいいし、管弦、ドプロ、バンジョーなどゲストも的確に配されている。
埃っぽい田舎の街角や風に鳴る電線や受話器がぶら下がる公衆電話やコンクリートにひびの入ったガソリンスタンドが目に浮かぶ。
ドカーンとドラムスが打ち鳴らされるような曲が少なくなって、アコースティック・ギターで弾き語るような表現が増えている。
(余談、ドラムスとの折り合いが悪くなってくるとバンドは危機状態に陥る)
そうなると当然の如く、バンジョーがかき鳴らされてフィドルが踊り、乾いた風と岩山の向こうに青空が広がる。
ああ、「エレクトラ=グライド・イン・ブルー」で見たアメリカだ。
PHISH としては問題作だろうが、レコード会社的にはポピュラリティという意味で何ら問題はない。
ファームハウスにこもって曲作りというのが 70 年代のビッグネームのパロディのようで、そういうジョークがこのグループらしくて思わず頬が緩む。
ニューヨークのペントハウスにこもったら STEELY DAN みたいなアルバムを作ってくれただろう。
終盤、我慢の限界に達したかのように「Sand」でグルーヴし始め、「First Tube」で本気になる。
そう、風景に収まってはいけない、ボロ車でも自転車でもいいから遮二無二、地平線に向かって走れ。
本作でいったん解散。
(62521-2)