スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・グループ「SINKADUS」。96 年 PROGFEST で名を上げた期待の新星。 2000 年現在、ライヴ盤含め三枚の作品あり。 ANGLAGARD に通じるダイナミックで陰鬱なシンフォニック・ロック。 強い哀感あるトラッド風のテーマを軸に、アコースティックでクラシカルなサウンドとヘヴィで攻撃的な演奏を過激に交えた作風である。
Rickard Bistrom | bass, vocals, guitar |
Fredrik Karlsson | keyboards |
Mats Svensson | drums |
Lena Pettersson | cello |
Robert Sjoback | guitars |
Linda Johansson | flute, vocals |
97 年発表の第一作「Aurum Nostrum(黄金伝説)」。
ANGLAGARD のデビュー作同様、10 分以上の大作を四作並べた力作。
その音楽スタイルの基調は、初期 KING CRIMSON 的なシンフォニック・ロック、すなわち「Epitaph」である。
70 年代のシンフォニック・ロックの研究成果発表のような作品である。
唐突に折れ曲がる展開、オルガンやギターのヒステリックなフレーズ、素朴な打撃が独特なドラムスなど、ANGLAGARD との共通点は多い。
濃厚なトラッド色をもつテーマに、チェロやフルートらアコースティック・アンサンブルが正調クラシックらしい整った美観を与えており、音楽には幻想的な詩情がある。
まさしく「幽玄」なサウンドといえるだろう。
1 曲目「Snalblast(無情の嵐)」(18:33)
フルクローレ調のメロディ、重厚なクラシカル・テイスト、性急なロックをブレンドした、怪奇と哀愁に満ちたサウンドであり、アコースティック・アンサンブルとヘヴィ・ロックがめまぐるしく現れる、予測不能の緊張を持ったシンフォニック・ロックである。
一つ一つのパートの演奏は傑出しているわけではないが、アンサンブルとして丁寧に積み上げるところに、かなりの力量を感じる。
過激なようで線は細く、繊細なようで意外と野太い。
オープニングやヴォーカル・パートに代表される寂寥感あるアンサンブルの魅力と、それを破壊するように唐突に飛び込むユニゾンの迫力は、ANGLAGARD に迫るところもある。
静寂のパートと破壊的にたたみかけるパートとのコントラストは、曲全体を貫くパターンとなっている。
「動」のフレーズを「静」の部分で分解し取り込んでいくところや、第二、第三のテーマを繰り出して展開していくところは、いかにもクラシカルである。
したがって、個性的なフレーズは、惜しげなく散りばめられている。
そして、一種綱渡り的な曲展開が、不思議な魅力で迫ってくる。
残念なのは、短いパラフレーズでせわしなく動いてゆくため、全体を貫くストレートな流れを欠いてしまったこと。
終盤で鮮やかに幕開けのテーマへと流れ込むも、すでに注意が逸れてしまっている。
また、リズムが表情をなくし、単調になってしまうところがあるのも残念だ。
やや厳しい評価かもしれないが ANGLAGARD という先達を越えるためには、そういう弱点の克服が必須だと思う。
エンディングの朗唱とメロトロンのコンビネーションにはみごとな説得力があるだけに、簡にして堂々たる演奏を期待する。
2 曲目「Manuel(マニュエル)」(11:09)
冒頭の重厚なテーマでぐっと惹きつけられるロック・シンフォニー。
メイン・ヴォーカル・パートには厳かな説得力があり、トラッド・フォーク調のフルートやビジーな演奏を静寂へ引き戻すメロトロンもすばらしい。
そして、強力なベースにリードされる演奏には、がっちりと整ったイメージがあり安定感がある。
エキゾチックなメロディが、静かなシーンばかりでなくオルガン、ギターの攻撃的な演奏にも散りばめられているところがみごとだ。
軽やかに舞うフルートなど、アコースティック・アンサンブルには透徹な美しさがあり、リズムレスの幻想的な場面もいい。
あまりにコロコロと変化する展開(切り返しの連発といってもいい)にはやややり過ぎの感あるも、荘厳かつ哀愁を帯びたテーマとその変奏の魅力で、最後までもたせてゆく。
1 曲目に比べると、遥かに曲想に芯がある。
KING CRIMSON の「Starless」を連想させる、格調高い正統的なシンフォニック・ロック。
3 曲目「Agren(苦悩)」(16:54)
寂しげでエキゾチックなテーマを巡り、ヘヴィなギターとオルガンによる引きずるような演奏を中心にアコースティックな歌もの、クラシカルなフルートとギターのアンサンブルなどを散りばめた、激しい展開を持つ作品。
本曲では、メロトロンに代わりオルガンが積極的に使われており、その攻撃的なフレージングがカッコいい。
フルートを中心にしたビジーな変拍子ユニゾンやかけ合いとともに、オルガンの 3 連フレーズの「濃さ」は、70 年代イタリアのプログレッシヴ・ロックを思い出させる。
そのオルガンと対照するのが、冷ややかなシンセサイザー。
1曲目と同じく猫の目のように「動」と「静」が入れ代わるが、こちらはオムニバス風の語り口に無理がなく、あたかも「多彩な間奏をもつ歌もの」というべき内容になっている。
同じような曲でこういう差が生まれるところが面白い。
個々の場面のアンサンブルの面白さ、プログレっぽさがちゃんと全体にこだまして一つの色合いを持たせるところが、作曲/アレンジの妙なのだろう。
エキゾチズムや独特の寂寥感は、ここでも全編に染み込んでいる。
オルガンはやっぱりいいですね。
もっとも最後の 3 分くらいは、保たなくなって無理やりつないでいる感無きにしも非ず。
4 曲目「Attestupan(自滅的危機)」(12:08)
なめらかな動きによるドライヴ感とミステリアスなムードにあふれた色彩豊かな作品。
アコースティック・ギターとピアノがさざめき、フルートが静かに歌うオープニングには、密やかな表情とともに波乱の予兆がある。
ギターを支えるタイトなリズム・セクションは、ジャズロックといっていいほどスリリングだ。
奇怪なヴォーカル・パートに続いて中盤でも一度現れるが、こういう調子はここまでで初めてだろう。
その他のシンフォニックな演奏やリリカルな「静」の展開と狂気じみた「動」の展開は、いつもの得意技である。
ただし、ミドル・テンポのアンサンブルに牧歌的なムードがあるところや、狂気と怪奇の表情が極端にデフォルメされているところが特徴的だ。
オルガンやギターの不協和音による秩序を覆すようなフレージング(素っ頓狂ともいう)や、ゴシック/ホラー調のヴォーカルは、恐ろしさを越えて一種ユーモラスですらある。
全体の印象として、ロックというよりは、トラッドの持つメロディックな部分や狂気を孕んだ部分のエネルギーを拡大した、一種のヘヴィなフォルクローレというべきだろう。
後半のチェロとフルートによるデュオを聴いていると、そういう思いが強まる。
エンディングのメロトロンによる大盛り上がりは、この曲としては不向きな気がするが、無理矢理ながらもその力強さに説得力はある。
一番破天荒ながら主張が明快であり、完成度の高さを感じさせる作品だ。
エキゾチズムとその根底に横たわる狂おしい感情の迸りをクラシカルなサウンドで包み込んだシンフォニック・ロック。
アルペジオとフルートやチェロや民族色豊かなヴォーカルの織り成す幻想的な「静」の部分と、エレキギター、オルガンでリードするヘヴィでシリアスな「動」の部分を対比させつつ、泰然と進んでゆく作風である。
脈絡をぶった切る過激な展開には、ANGLAGARD とともに、IL BALLETTO DI BRONZO の影響がありそうだ。
そして、エキゾチズムを強調する舞い踊るようなフルート、寂寥感をいやが上にも高めるメロトロンなど、押さえるべきポイントでの楽器の使い方は、勤勉なる研究結果と思ってしまうのだが、巧みであることに違いはない。
プレイにはやや不安定な部分もあるが、ポリフォニックなアンサンブルやテンポ、リズムの頻繁な変化を考えると、むしろ無難にこなしているといった方が適切だろう。
最大の魅力は、全体を貫くダークで歪な空気である。
また、聴き込む毎に、荒々しさよりも細やかな音使いが馴染んでくるところも面白い。
残るは必然性のある展開だけだろう。
突発的な展開は緊張を高める効果はあるものの、今のままでは、効果を越える不自然さがぬぐえない。
魅力的なフレーズはたくさんあるので、それらをいかに自然な流れの内に配するかである。
また、流れの変化に比べてヴォリュームの変化が乏しいために、ダイナミックな迫力が不足しているようにも思う。
妙におとなしさが残るのだ。
特にギターはアルペジオはよいが、ソロの演奏にはやや不満。
(CYCL 048)
Mats Segerdahl | drums |
Rickard Bistrom | bass, vocals |
Lena Pettersson | cello |
Robert Sjoback | guitars |
Linda Johansson | flute, vocals |
Fredrik Karlsson | keyboards |
98 年発表の第二作「Live At Progfest '97」。PROGFEST の演奏をとらえたライヴ盤。
演奏は、スタジオ盤と完全に同じ。きわめて安定した演奏力を持っている。ただし、ライヴらしいアレンジや意外な面はほとんど見られない。
ここにある音は誰も知らない古代の神々に捧げる生贄であり、人知を超越した世界の作用を呼び覚ます呪文である。
まどろむマアナ=ユウド=スウシャイの傍らでドラムを叩くスカアルが手休めのために用意した音である。
CD 二枚組。CD#1 がライヴ録音、CD#2 は ボーナス・ディスクで、第一作のオルタネート・テイクらしい。(CD 表面に Version 1 と書かれている)
1 曲目「Spoken Introduction」(0:15)M.C. によるバンドの紹介。
2 曲目「Manuel」(11:31)第一作より。「Epitaph」、「Starless」直系のトラジックで重厚なトラッド調メロトロン・バラード。
ネジを巻くようにメタリックで硬質なベース・ライン、メロトロンとギターが重なる郷愁のテーマ、オブリガートするフルートの調べ、スリリングな切り返し。名曲。
3 曲目「Agren(Mr.Agony)」(17:30)第一作より。あてどなく目まぐるしい変転をトラッドな哀感で貫く歌もの。パーカッシヴで荒々しいハモンド・オルガンをフィーチュア。苦悩、無常観が強い。
4 曲目「Jag, Anglamarks bane(I, Ripper Of Nature)」(13:29)第二作より。
5 曲目「SnalBlast(Bitter Wind)」(19:18)第一作より。ダイナミックレンジを大きく取った過激な展開が特徴の作品。
テーマに対する過剰反応のような切り返し、そして二重人格的な一瞬での切り換りがえもいわれぬ不安感をかき立てる。
6 曲目「Attestupan(Suicidal Precipice)」(13:00)第一作より。
1 曲目「SnalBlast」(19:00)
2 曲目「Manuel」(11:42)
3 曲目「Agren」(17:07)
4 曲目「Attestupan」(12:41)
(CYCL 061)
Mats Segerdahl | drums |
Rickard Bistrom | bass, vocals |
Lena Pettersson | cello |
Robert Sjoback | guitars |
Linda Johansson | flute, vocals |
Fredrik Karlsson | keyboards |
98 年発表の第三作「Circus」。
内容は、重量感/攻撃性と神秘的な情感が交錯する怪異幻想シンフォニック・ロック。
精霊の舞と凶暴な神々の咆哮が渦を巻く神秘の森で繰り広げられるミステリアスでエキセントリックな音楽である。
前作をさらにスケール・アップし、狂的で奇天烈な弾け具合と陰陽のコントラストもくっきりとしている。
比較的シンプルなパターンを丹念に紡ぎ、交差させ、積み上げた表現は、独特のものとして屹立している。
よく練られたアンサンブルには聴き応えがある。
ヘヴィな曲調をメロトロンでさらにぐっと深く掘り下げる手腕はみごと。
なぜか、ヘヴィ・メタルのレーベルから出されているため、メタル・ファンが手を伸ばしてビックリするのではないだろうか。
枯れ木から削りだしたような素朴な美しさと、原始の荒々しさをかねそなえている。
前作からの進化は著しい。
全曲同じに聴こえる可能性ももちろんあります。
1 曲目「Jag, Anglamarks bane(I, ripper of nature )」(13:45)狂気をはらむ邪悪でヘヴィなトゥッティとアコースティックで素朴な美しさをもつアンサンブルを行き交う、トラッド・シンフォニック・ロックの傑作。
たおやかなフルートとアコースティック・ギターがフィーチュアされる「静」のパートと、角張ったオルガンと絶叫するギターが切り刻む変拍子の「動」のパートが交互に現れ、やがて咆哮するシンセサイザー、轟々たるメロトロンとともに別の宇宙へと旅立ってゆく。
荒々しくもメロディアスでデリケートであり、本作がアルバム全体のイメージを決めている。
ごつごつした響きの原語ヴォーカル、チェロのオブリガートがいい味を出す。
2 曲目「Positivhalaren」(7:19)荒々しさではなく内に沈んだ歪みが次第に浮かび上がってくるような狂気の行進曲。
いくつかの奇妙なモチーフが脈絡薄く反復され、そのたびに凶暴化してゆく。
サウンドには、クラシカルな重厚さとともに人工的でインダストリアルな刺々しさがある。
素朴なフルートや朗々たるメロトロンによるテーマがもの哀しげに浮かび上がるも、晴れ間は見えず、どうしようもない重苦しさが全体を支配する。
終盤のメロトロンらの分厚い音によるシンフォニックな高まりすらも、再び、不気味な反復に呑み込まれてゆく。
ポリリズミックなアンサンブルや転調による迷宮的な演奏は、KING CRIMSON の直截的な影響か。
インストゥルメンタル。
3 曲目「Kakafonia」(6:26)
ギターがリードするフォーク・タッチのシンフォニック・チューン。
RAGNAROK や KEBNEKAISE を思わせるノスタルジックな音の使い方が、ポスト・ロック調にも聴こえる。
哀愁のテーマとギター、オルガン、ヴォーカル、メロトロンらのアンサンブルによる表現は、完全に 70 年代風だ。
けたたましさに悲鳴のようなデリカシーと感傷が入り交じる。
初期 KING CRIMSON、YES、そして先にあげた北欧ロックへつながる音だ。
湧きあがるメロトロンと線の細いギターは LANDBERK にも似る。
イコライジングした血を吐くようなヴォーカルはややデス/ゴシック調か。
4 曲目「Valkyria」(10:03)
素朴さゆえに深まる哀感と突き詰めたような怒りがトラジックな旋律に集約した挽歌風のシンフォニック・バラード。
フルートの調べと、折重なるアルペジオによる繊細な情感の表現がすばらしい。
アグレッシヴに牙をむくシーンもあるが、揺れ動き沈んでゆく心を素直に受け止めたゆえの感情の爆発なのだろう。
終盤の力強い歩みは、悲劇からの復活のようなニュアンスだろうか。
1 曲目から逸脱調を取り除いたようなイメージである。
ピアノの音が印象的だ。
題名は、ワグナーで有名なワルキューレ、「戦死者を選ぶもの」の意。
5 曲目「Ulv i faraklader(Wolf in disguise)」(9:55)
凶暴なる呪術性とともにエレクトリック・トラッド・バンド的なノリのある作品。
ストリートの呪いがパンクならば、誰もいない森林の神々の呪いはこれなのだろう。
冒頭をはじめ、他の作品と若干毛色が異なる。
ダンサブルなリズムを強調し、プログレ然としたところを少し抑えているからだろう。
フォーク・メタルなのかもしれない。
しかし、フルートとギターのアルペジオが現れれば、一気に眼前に幻想怪異の世界が広がり、CRIMSON KING の宮殿の扉が開く。
6 曲目「The Tower Struck Down」(3:43)ボーナス・トラック。もちろんスティーヴ・ハケット作の佳曲。
(MICY-1097)