HAPPY THE MAN

  アメリカのプログレッシヴ・ロック・グループ「HAPPY THE MAN」。 74 年結成、79 年解散。 後に CAMEL に参加するキット・ワトキンスが在籍。 ライトな音質のフュージョンに技巧的な変拍子とポリフォニックな演奏を交わらせたファンタジックな作風はアメリカン・プログレッシヴ・シーンの奇跡という言辞が相応しい。 2004 年復活新作「The Muse Wakens」発表なるも、2007 年現在、主メンバーは別ユニット OBLIVION SUN で活動継続中。 2019 年発表のフランク・ワイアットのソロ作「Zeitgeist」は旧メンバーが集結した事実上の再編成であり、抜群の内容。

 Happy The Man
 
Kit Watkins synthesizer, keyboards
Mick Beck percussion
Rick Kennell bass
Stanley Whitaker guitars, vocals
Frank Wyatt keyboards, vocals, wind

  77 年発表の第一作「Happy The Man」。 内容は、キーボードを駆使した華麗なサウンドとリズムの多彩な変化をものともしない精妙なアンサンブルによるテクニカル・プログレッシヴ・ロック。 70 年代後半に現れた奇跡の一枚であり、フュージョンとプログレを分かって聳える誇り高き分水嶺である。 爽快でソフトタッチのフュージョンという第一印象のどこかに刺さった小さな違和感はリスニングごとに大きくなり、ついには、繊細かつユーモラスなフレーズが宝石のように散りばめられたファンタジックなプログレッシヴ・ロックであることに思い当たる。 音楽すべてがクリスタルのようにきらめく幻想世界であり、優美でありながら冷ややかでパラノイアックなまでに細部のくっきりとしたプログレ・ファンの桃源郷なのだ。 ただし、まどろむように優美で柔らかな音を用いながらも、テーマやソロにはユーモラスというには音楽ヲタクらしい知的な企みが感じられる。 そしてリズミカルなアンサンブルはもはや疾走する精密機械であり、エレクトリック・ジャズ・シーンのメジャーに何ら引けを取らない。 なにせよ突然変異のような無比のオリジナリティである。 フュージョン・タッチのこなれたなめらかな音もきわめてアヴァンギャルドで実験的な本質を明るく華やいだ表情で包み込んでレコード会社の評価をくぐり抜けるためのオブラートなのでは深読みしてしまう。 また、極小の結晶のようにデリケートできめの細かい、きわめてヨーロピアンなニュアンスの音にもかかわらず、恥じらう姿すらもあっけらかんと明るくハイテンションなハイテク・プレイで押し進んでしまう。 つまりアメリカのバンドらしさも満載ということだ。
  キーボードはプログレッシヴ・ロックの要求に応えつつ成長し、次第に演奏の主導権をギターと分け合うまでになった。 本作でもキーボードが管楽器やギターと渡り合ってめまぐるしくもスムースで奇天烈な音楽を織り成している。 このグループの音楽はそういったキーボード主体のプログレッシヴ・ロックの完成形ともいえるだろう。 プロデュースは大物ケン・スコット。ARISTA レーベル。 曲名はおそらく早口言葉。

  「Starborne」(4:31)繊細な音がいつしか雄大な世界を描いてゆくイントロダクション。 タイトルのイメージそのままの幻想的なインストゥルメンタルだ。

  「Stumpy Meets The Firecracker In Stencil Forest」(4:21) サックス、ピアノがフィーチュアされたジャジーで緩やかな演奏が、小気味よくテクニカルなアンサンブルへと昇華するきらびやかでちょっとルーニーな作品。 ユーモラスなトゥッティ、そしてスタカートとレガートを強烈に対比させるアレンジ。 リズム・チェンジは軽やかにして壮絶、そして快調そのもの。 リズミカルなクラヴィネットとつややかなムーグが印象的。 ばねを巻き過ぎた玩具が弾けて暴れ出すような演奏です。 インストゥルメンタル。

  「Upon The Rainbow(Befrost)」(4:38) エレピ、フルート、サックスが柔らかく縁どるジャジーな歌もの。 メロディアスなヴォーカル(ややイアン・アンダーソン似)に対して、ボトムはつまずきそうな 3+2 拍子の変拍子パターン。 ここでもスタカート気味に全体を支配する変拍子リフに対し、ヴォーカルとムーグの魔法がなめらかな触感を与えている。 AOR 調のグルーヴもあるが、小刻みかつ尋常ならざるアクセントが続くので、これでリラックスできる人は少なかろう。 ソプラノ・サックスをエフェクトしたようなムーグ・ソロは絶品。

  「Mr.Mirror's Reflection On Dreams」(8:52) 1 曲目の世界をさらにおしひろげたような、美しくも緊張感のある大作。 華やかな三拍子と小気味いい二拍子の交錯、舞い踊るピアノ、深い水の底を漂うようなフルート、アコースティックともエレクトリックともいえぬひたすらシンフォニックな響きと世界を取り囲む薄絹をゆっくりと押し広げてゆくようなムーヴメント。 そして、スリリングなユニゾンが受け止め、なめらかなタッチのギターが歌う。 コミカルというには愛らしすぎるシンセサイザー。 夢想性、テクニカルなキレともに P.F.M の「Photos Of Ghost」を思わせるところもある。 タイトル通り奇想曲風である。 インストゥルメンタル。

  「Carousel」(4:08) ロマンティックなピアノと厳かなストリングス、ギターがオーヴァーラップするヘヴィな作品。 ムーグやギターのソロにも、ピエロの仮面の裏側の不気味さと同じくユーモアを突き詰めた邪悪な雰囲気がにじむ。 フェード・アウト後の余韻も奇妙だ。 まさに、ぎくしゃくと巡る怪奇のメリーゴーラウンドである。 やや間奏曲風。 インストゥルメンタル。

  「Knee Bitten Nymphs In Limbo」(5:21) 8 分の 5+7/5+6.5 拍子のテーマと 4 分の 4/4.5 拍子(!?)のテーマの呼応とシンセサイザーの超絶ソロに息を呑むスーパー・テクニカル・チューン。 けんけんしながらスキップするような奇天烈リズムがドライヴするユーモラスなテーマとルーニーなハイパー・テクニカル・ソロがかわるがわる現れ、眼が回り呼吸も忘れて卒倒寸前になる。 それでも音質そのものはファンタジックであり、いわゆる「ジャズロック」とは明らかに玩味が異なる。 ここが、このグループの面白さなのだ。 後半、テーマと重なって突っ走るオルガンのようなシンセサイザー・ソロ(ピッチペンドするのでシンセサイザーだろうと想像)のカッコいいこと! ギターそっくりのニュアンスのソロもシンセサイザーだろう。 終盤には 16 分の 11 拍子(!?!)や 16 分の 13 拍子(!?!?)がめまぐるしく変わる驚異のアンサンブルがひた走る。 変幻自在に加減速して演奏をリードするのは、ワトキンスのムーグである。 GENTLE "The Boys In The Band" GIANT を思い切りキュートにするとこうなると思う。 インストゥルメンタル。 代表作。タイトルは早口言葉じゃないのかなあ。

  「On Time As A Helix Of Precious Laughs」(5:22) バラード調の甘めのラヴソングをファンタジックなサウンドで刺激的に彩ったポップ・チューン。 ゆったりとたゆとうメイン・パートを皮切りに、ホールズワース氏風のヘヴィなギターのリードによる「わりと普通のフュージョン風」な間奏パートを経て、スピーディに転がるマリンバ伴奏や行進曲風のスネア・ドラムとメロディアスなヴォーカルを対比させたメイン・パートへと帰る。 変拍子のアクセントもあるが 8 ビートでもユニークな強拍の置き方をするため独特の抑揚がある。これまた GENTLE GIANT との共通点である。 最後には得意の「デリケートなのに圧迫感のある」変拍子トゥッティも現れる。 しなやかなギターと多彩な打楽器でジャジーでポップな歌を彩った作品だ。

  「Hidden Moods」(3:40) 管楽器をフィーチュアした繊細でエレガントなインストゥルメンタル。 ほのかなラテン・テイストや典型的なベース・サウンドなど、いわゆる「フュージョン」だが、清潔感というかニューエイジっぽさもある。 打ち寄せる波のようなストリングス・シンセサイザーやエレクトーン風の電子ピアノのせいかもしれない。 序盤は、エレピとフルートによるドリーミーなアンサンブル、中盤は美しいアコースティック・ギター・ソロを経て木管の調べで典雅なイメージを描く。 後半はベースの刻むさりげない変拍子リフにドライヴされて、ムーグとワウ・ギターが軽やかな応酬を繰り広げ、さわやかな緊張感を呼び覚ます。 またも間奏曲風。

  「New York Dream's Suite」(8:30) ドラマティックなオムニバス風のジャズロック大作。 ファンタジックな質感を残しつつも、ここまで披露してきたシニカルなユーモアにとどまらない正統的なロマンが沸き立ち、ダイナミックかつパワフルな流れが感じられる。 シンセサイザーに負けずにギターもドラムスも積極的に攻めている。 せめぎあうようなアンサンブルがカッコいい。 しかし、緩急の変化もみごとである。ゆったり歌うアンサンブルはまるで夢のゆりかごのようだ。 第一曲と同じく悠然と広がる宇宙の営み、すなわち 70 年代を生きたすべての人々の胸に描かれた心象風景の一つをイメージさせる。 さまざまに変化しつつも骨太でナチュラルな流れがあり、気がつけばおだやかな終焉の滝つぼへと流れ込んでいる。 完成度高し。 カラフルなファンタジーと前半の作品や「Knee Bitten Nymphs In Limbo」で見せたルーニーなユーモア感覚をドラマにまとめ上げた力作だ。

(AL 4120 / ERC-32005)


 Crafty Hands
 
Stanley Whitaker 6 & 12 string guitars, vocals
Frank Wyatt pianos, harpsichord, saxes, flute, words
Kit Watkins pianos, harpsichord, moog, fake strings, clavinet, 33, recorder
Rick Kennell bass
Ron Riddle drums, percussion

  78 年発表の第二作「Crafty Hands」。 前作の音楽性をより確固として、ダイナミックなフュージョン・タッチと繊細にして深みのあるシンフォニックな響きを一つにすることに成功した大傑作。 たゆとうような幻想性に加えて自然でメロディアスな面も強まり、聴きやすさという点でも優れている。 新ドラマー、ロン・リドルによる力強いリズムもいい。 あえて華麗な奇を衒うことで個性を示した前作に比べると、ほんの少しながらも、落ちつきと血の通った表情が感じられる。 力量あるミュージシャンが肩の力を抜いて迫るのだから、恐るべきメリハリのある濃密な内容になるのは当然だろう。 その音楽は、精緻な構築美と官能的なグルーヴの理想的なバランス、融合そのものだ。 旧 A 面は全曲インストゥルメンタル。 喩えるならば GENTLE GIANTYESGENESIS のメロディ・センスとフュージョン・タッチを加味して、華やかにしたようなスタイルといえばいいかもしれない。 最終曲は、宮沢賢治の「よだかの星」では? プロデュースはケン・スコット。ARISTA レーベル。

  「Service With Smile」(2:45)クラヴィネットが刻む 16 分の 6+5 拍子のリフの上でギター、ムーグがしなやかにせめぎあう華麗なるインストゥルメンタル。 流れるようにレガートなテーマとリズミカルなバックが生む深遠なるファンタジーの世界である。 夢見るようなサウンドによる重厚でダイナミックなタッチが新鮮だ。 最高のアルバム・オープナー。 ところで、マクドナルドの店員用マニュアルのようなタイトルは何?

  「Morning Sun」(4:05) 鍵盤楽器をフィーチュアした前作をほうふつさせるデリケートなシンフォニック・チューン。 優美な序奏、そして生まれたばかりの妖精が無邪気に伸びをするように、あまりにも繊細でまろやかなムーグのテーマが否応なく耳を釘付けにする。 幼き頃への郷愁。 オルゴールを思わせる伴奏は、ギター、ハープシコードとピアノ、ヴァイブだろうか。 軽やかなステップをすっと止めるムーグを受けるのは、切なく悩ましいアコースティック・ギター。 キーボードは夢の泉からあふれ出すせせらぎである。 ドラムスの参加とともにいよいよ深々と高まるストリングスとともにドラマに色があふれ始め、再びテーマが華やかに盛り上がる。 名残惜しげなエンディング。 優雅な三拍子のワルツである。インストゥルメンタル。

  「Ibby It Is」(7:53) ドリーミーなサウンドながらもソフトな GENTLE GIANT というべきトリッキーなアンサンブルで紡がれるジャズロック。 二拍子と三拍子が交錯する躍動感あるリズム、クラヴィネット、ギターらによる小躍りするように跳ねるアンサンブルと、悠々と流れるメロディアスなソロ、豊麗なストリングスのコントラストが冴える。 反復による波紋が広がるような幻惑効果、目の眩む効果もあり。 ギターとキーボードのコンビネーションによる夢見がちながらも乾いたクールネスのあるタッチは、往年のバジー・フェイトンとニール・ラーセンを思わせる。 得意のスペイシーでファンタジックなタッチとの微妙な差異は、ごく自然なジャズ、ブルーズ・フィーリングが交わるところにあると思う。 反復の後、堰を切ったように饒舌なキーボードとギターが走る終盤もカッコいい。 インストゥルメンタル。 懐かしいアナログ・シンセサイザーの音色が呼び覚ます郷愁は作曲者の意図を超えた効果だ。

  「Streaming Pipe」(5:25) 変拍子パターンを変化させながらひた走る、ややヘヴィでトリッキーな作品。 8+5/16 から 7+5 /16 へと変化しながら緊張と弛緩を小刻みに渡り歩くリズムの上で、シンセサイザーの自由闊達なプレイが駆け巡る。 ゆったりまろやかなサウンドで高速スキップのようなプレイを包み込むという得意の技だ。 アクセントを次々にずらして緊張感を高め、そのスリルをレガートなギターへと手渡す。 インストゥルメンタル。

  「Wind Up Doll Day Wind」(7:08) リズミカルで明快だが、悪夢あるいは神話の中の儀式のようなイメージが頭をよぎる独特なタッチの歌もの。 ポップなリフやメローなオブリガートで迫るし、コミカルな音も散りばめているが、どこか呪術めいた重苦しさがある。 もう少しエキセントリックさを抑えていれば SUPERTRAMP 並のヒットもあったかもしれないという思いにとらわれました。

  「Open Book」(4:54)アコースティックなサウンドをフィーチュアしたフォーク風味あるまろやかな変拍子ファンタジー。 どこまでも素朴な音色のリコーダーが奏でるクラシカルなテーマがいい。 やさしげな表情が「MoonmadnessCAMEL の作品を思わせる。 インストゥルメンタル。

  「I Forgot To Push It」(3:08)16 分の 3+5+5 と 3+5+4 の転がるようなリフが交錯する、挑戦的な表情のリズミカルかつトリッキーな快速チューン。 音楽的ドヤ顔で突き進み、詰め込みすぎの窮屈さをコミカルなタッチでうまく和らげる。 熟練の掛け合い漫才のように調子がいい。 変拍子トゥッティの練習曲のようだ。 インストゥルメンタル。

  「The Moon, I Sing(Nossuri)」(6:18)5 拍子のゆるやかなアルペジオに支えられたゆったりと、ファンタジックな作品。 顕微鏡でのぞいた微生物の群れのように、気まぐれに流されては凝集し、またゆっくりと離れてゆく、そんな音だ。 物語は一つの流れではなく、全体の相にある。 夢見るような音の奥底に、無常感というほどではないものの、うっすらとした哀愁を感じる。 「A Dweller on Two Planets」という前世紀初頭の神秘的な書物に Nossuri という鳥の記述があるようです。そこからのインスピレーションでしょうか。 日本人のわたしにはノスリというとヨタカのことなので月に向かって歌うヨタカは、宮沢賢治の童話を思い出させます。

(AB 4191 / ERC-32006)


 Third: Better Late
 
Kit Watkins keyboards, flute
Frank Wyatt electric piano, alto sax, flute
Stanley Whitaker electric & acoustic guitars, vocals
Rick Kennell bass
Coco Roussel drums, percussion

  83 年発表の第三作「Third: Better Late」。 ドラマーが元 HELDON のココ・ラッセルに交代。 本作は、79 年に録音が済んでいたにもかかわらず、諸般の事情で 83 年まで発表が遅れた。 CD 化は 90 年。ジャケット写真はこの CD のもの。
  前作のメイン・ストリームへの接近は一段落、本作では、フュージョン風のグルーヴやテクニカルなプレイも取り入れつつも、よりドリーミーで描写的なアンサンブル指向のサウンドへとゆり戻している。 キーボードとギターがリードするメロディアスなアンサンブルには、安定したテクニックとともに上品なポップ感覚があり、安心して身をゆだねることができる。 たたみかけるような展開やテクニカルな変拍子といった大向こう受けするような場面よりも、デリケートな音の数々を絶妙のバランスで散りばめた演奏を楽しむべきだろう。 正直にいって、サウンドに関しては、機材に恵まれなかったせいか、前作までほどの華やかさはない。 製作未了のように聴こえるところすらもある。 それでも、音を使ったモザイクというべき卓越したアンサンブルのみごとな精緻さ、デリケートにして挑戦的な運動性など、音楽としての質の高さははっきりと分かる。 特に、ワトキンスのキーボード・プレイは、ややリラックスした感あるも、多くのキーボーディストが落ち込んだニューエイジの陥穽の崖っぷちで踏みとどまり、あくまでロマンティックで幻想的でスリリングなプログレ心を忘れていない。 他に演奏で目を惹くのは、反応のいいリズム・セクション、抜群の呼吸のよさをさりげなく見せる、こなれたインタープレイ、いわゆる歌のうまさよりも多彩な表情で聴かせるヴォーカルなど。 わたしにはスタンリー・ウィトカーの歌唱スタイルがイアン・アンダーソンと同じに聴こえてなりません。 大作「Labyrinth」では、カラフルな音色と流れるような展開に加えて、ユーモアを感じさせる余裕の演奏。 独特のよじれてゆくような調子もある佳作だ。 また 1 曲目「Eye Of The Storm」は、後にワトキンスが加入した CAMEL の作品にも収録されている。 フルートとサックスによる美しくファンタジックなテーマは、CAMEL を意識したものとしか思えないできばえであり、「Rain Dances」に収録されていても全く違和感はないだろう。 GENESIS のロマンチシズムをフュージョンの文脈へと昇華した唯一無二の存在の円熟の境地を堪能できる名盤。 本作を最後にグループは解散。 アルバムのタイトルは「Better late than never」(遅くともないよりはまし)という意味の慣用句の省略形らしい。 おそらくは、本作とともにファンに宛てたメンバーからのメッセージだろう。

  「Eye Of The Storm」(3:58)メロディアスでライトなタッチとほのかな神秘性がブレンドした、珠玉という言葉のふさわしい佳曲。フルートが美しい。インストゥルメンタル。

  「The Falcon」(6:09)独特のシリアスな味わいのあるヴォーカルを活かした作品。

  「At The Edge Of This Thought」(5:16)キーボードをフィーチュアした優美な変拍子インストゥルメンタル。

  「While Chrome Yellow Shine」(6:10)つややかなサックスと丸みのあるサウンドのシンセサイザーをフィーチュアした天翔るような作品。 テクニカルなギターも加わり、前曲よりもスリリングでドラマ性もある。インストゥルメンタル。ソプラノ・サックスが高まると WEATHER REPORT のイメージも。

  「Who's In Charge Here ?」(5:39)思いが胸に渦巻くメランコリックな感じの歌もの。無調、不協和音が不気味。

  「Shadow Shaping」(4:25)5 拍子なのに輪舞風に感じられるダンサブルな歌もの。80 年代なら普通のポップスとして流行りそう。 ジョー・ジャクソン辺りのスタンダード・リバイバル路線と並べるのはどうだろう。

  「Run Into The Ground」(5:02)パワフルな演奏でスリリングではあるが、スタイルは吹っ切れたように普通のアメリカンなフュージョン。 あまりに緻密な演奏ばかりだったのでストレス解消のためだろうか、伸び伸びとしている。

  「Footwork」(4:19)3 拍子系と 2 拍子系を交錯させつつもメロディアスなテーマで迫る GENTLE GIANT 的な作品。

  「Labyrinth」(7:29)挑戦的な変拍子アンサンブルをユーモラスかつファンタジックなテーマでドライヴするプログレ傑作。

  「Such A Warm Breeze」(5:08)

(AZ-1003 / CUNEIFORM RECORDS 55001)

 Beginnings
 
Mike Beck drums, percussion
Cliff Fortney lead vocals, flute, Rhodes, on 2-5
Rick Kennell bass
Kit Watkins multi-keyboards, vocals
Stanley Whitaker guitars, vocals
Frank Wyatt keyboards, alto sax, flute, vocals

  90 年発表の作品「Beginnings」。 グループ結成以降、1974 年から 1975 年にわたる初期二年の軌跡を記録した編集盤。 珠玉の未発表曲が主。 ワトキンスのキーボードを中心としたファンタジックなタッチはすでに完成しており、そのまま第一作へと引き継がれている。 音楽はクラシックとジャズ、ポップスの不可思議なブレンドであり、繊細な美感と気品にあふれ、ファンタジックかつロマンティック、そしてやや偏執気味のリズム・マニアであることも隠さない。 儚く優しげだが、甘すぎてベタつく感じはまったくない。 そこがユニークだ。 YESGENESIS 流のシンフォニックなプログレに、ブライアン・ウィルソンやトッド・ラングレンのポップ・テイストをていねいに加味したような作風である。 あるいは、オルゴールで奏でるジャズロックか。 やはり、このグループは、ワイアット、ウィトカーの作曲力とワトキンスのサウンド・メイキングのセンスがキーなのだ。 リード・ヴォーカリストの歌唱法は、ドリーミーなサウンドによくマッチしている。 2/4 トラックのテープから起こした内容のため音の広がりや立体感は決していいとはいえないが、ファンならばぜひ聴いてほしい。 この時期の CUNEIFORM レーベルの活動には感謝の言葉しかない。

  「Leave That Kitten Alone, Armone」(9:16)第一作の作風そのままな、そこはかないユーモア漂うファンタジック・チューン。 75 年、2 トラック・テープでのスタジオ・ライヴ録音。89 年ワトキンスによって DAT 移行時に追加処理がなされている。そういえば「Leave my kitten alone」という R&B のスタンダード・ナンバーがありますな。 ヴォーカル入り。 ワイアット作。

  「Passion's Passing」(8:40)74 年、4 トラック・テープでの放送用音源。 89 年ワトキンスによってリミックスされている。 サックス、フルート、ギターらの、ゆったりメロディアスなソロが美しい歌もの。ワイアット作。

  「Don't Look To The Running Sun」(9:52)74 年、4 トラック・テープでの放送用音源。 89 年ワトキンスによってリミックスされている。 ゆったりとしたヴァースとリズミカルなコーラスでメリハリをつけ、テクニカルなインストゥルメンタル・パートではひた走る。 本グループらしい愛らしくもルーニーで圧迫感のあるアンサンブル(序盤は、合わせるのが難しそうな微妙なスロー・テンポで、中盤は、得意の目まぐるしいアンサンブル)から、一気に、弾けるブライアン・ウィルソン風のサビへ。 フォートニイ作。

  「Gretchen's Garden」(11:04)いわゆるプログレらしさを発揮しつつ融通無碍に展開する力作。 ジャジーで内省的な SSW 風のテーマ、クラシカルな芳しさのあるオブリガートと間奏、そして、一気に数百光年を飛び越えるようなインストゥルメンタル。 オルガンやエレピの音が新鮮。 終盤、スリリングな変拍子で勢いよく走り出す。 74 年、2 トラック・テープでのスタジオ・ライヴ録音。90 年ワトキンスによって DAT 移行時に追加処理がなされている。ワイアット、ケン、ウィトカー作。

  「Party The State」(9:20) 行進曲風の勇ましい演奏、フォーキーかつクラシカル、テクニカルだがコミカルになる寸前の忙しなさ、などなど初期 GENESIS の影響が露な作品。 いかにも「アメリカ・プログレの発掘もの」風である。 74 年、2 トラック・テープでのスタジオ・ライヴ録音。90 年ワトキンスによって DAT 移行時に追加処理がなされている。フォートニイ作。

  「Broken Waves」(5:49)序盤は室内楽風のアンサンブルだが、以降は、シンセサイザー、フルート、サックスによるメロディアスなイージー・リスニング調ジャズロック。 ムーグのソロは圧巻。 美しく官能的。 75 年、2 トラック・テープでのスタジオ・ライヴ録音。89 年ワトキンスによって DAT 移行時に追加処理がなされている。ワトキンス作。

  「Portrait Of A Waterfall」(6:45)タイトルのイメージそのままの、ニューエイジ風味のある作品。 演奏をリードするサックスのプレイが、不思議なほどモダン・ジャズっぽくならない。 だからといって能天気なのではない。どこか薄暗い。 ジャズのブルーズ・フィーリングとは異質のメランコリーがある、といえばいいだろうか。 75 年、2 トラック・テープでのスタジオ・ライヴ録音。89 年ワトキンスによって DAT 移行時に追加処理がなされている。ウィトカー作。

  
(Cuneiform 55003)

 Live
 
Rick Kennell bass
Coco Roussel drums, percussion
Stanley Whitaker guitars
Kit Watkins keyboards, flute
Frank Wyatt keyboards, sax

  97 年発表の作品「Live」。 78 年ワシントン DC とヴァージニアで収録されたライヴ・アルバム。 繊細で霊妙なサウンドとテクニックはスタジオ盤を軽々と再現し、さらなる生命力を発揮する。 本当にうまいバンドのライヴの好例の一つである。

  「Service With Smile」()第二作より。
  「Starborne」()第一作より。
  「Open Book」()第二作より。
  「Hidden Moods」()第一作より。たいへん美しい。難しそうなユニゾンによるキラキラと溌剌たるテーマ。
  「Morning Sun」()第二作より。第一作の作風に近いチャイルディッシュなファンタジー・チューン。
  「I Forgot To Push It」()第二作より。
  「Ibby It Is」()第二作より。
  「The Moon, I Sing(Nossuri)」()第二作より。
  「I Carve The Chariot On The Carousel」()
  「Steaming Pipes」()第二作より。
  「Knee Bitten Nymphs in Limbo」()第一作より。
  「Mr.Mirror's Reflection On Dreams」()第一作より。

(CUNEIFORM 55014)

 Deaths Crown
 
Mike Beck percussion
Dan Owen vocals, classical guitar, additional bass on 2
Rick Kennell bass
Kit Watkins organ, moog, string ensemble, clavinet, flute, recorder, sound effect
Stanley Whitaker guitars, recorder
Frank Wyatt electric piano, vocals

  99 年発表の作品「Deaths Crown」。 未発表曲アーカイヴ第二弾。 クリフ・フォートニィの脱退後、新ヴォーカリスト、ダン・オーウェンを迎えて録音された作品集である。 デモ音源らしい音質だが、超大作を筆頭に作品そのものは、サルベージされて幸運だったとしかいいようのない、みごとなものである。 個人的には、ワトキンスのオルガンとワイアットのエレクトリック・ピアノの絶妙のコンビネーションとリコーダーの使い方に痺れた。 CD 製作の謝辞に、デイヴ・ローゼンタールの名前がある。

  「Deaths Crown」(38:00)74 年録音。74 年の段階ですでにテクニカルかつファンタジックかつルーニーという特徴的なサウンドが完成の域にあることに驚く。第一作のモチーフ(ワトキンスの癖ともいう)が見つかる。YES と共通する雄大なスケール感もあり。
  「New York Dreams Suite」(8:45)第一作収録作品。74 年録音。
  「Merlin On The Hight Places」(7:10)76 年録音。インストゥルメンタル。

(CUNEIFORM 55015)

 The Muse Awakens
 
Frank Wyatt sax,keyboards, woodwinds
Stanley Whitaker guitars, vocals
Dave Rosenthal keyboards
Joe Bergamini drums, percussion
Rick Kennell bass

  2004 年発表の再結成新作「The Muse Awakens」。 遂に現れたオリジナル新作。 キット・ワトキンスの跡をデイヴ・ローゼンタールが引き継いで活動を続けていたようだが、ようやくそのラインナップでの作品が完成した。 70 年代の作品としっかりリンクする、イメージ通りの内容である。 切り刻むような変拍子とルーニーなメロディが交錯してキリキリ舞いするシーンとライトなフュージョン・テイストがブレンドし、その果てに誰も見たことのない夢景色を描き出す、あの作風は健在だ。 油の効いた精密機械が早口でおしゃべりをするようなシンセサイザーのプレイもしっかりと再現されており、ローゼンタールの苦心の跡がうかがえる。 ドラムスは新メンバーのジョー・ベルガミーニ。 「らしさ」という点では、百点満点の内容です。 忙しなさと対比するメローな語り口もみごと。 きらめくような叙情性にほんのりとしたメランコリーを交える手腕は冴え、アメリカン・ロックには珍しいブリティッシュ・ロック・テイストを漂わせるところもそのままである。 唯一文句があるとすれば、奇天烈さや叙情性にさらなる深みを与える耳を釘付けにするようなメロディがもう一歩(いや半歩?)であることと、変拍子を強調したリフレインが耳につくこと。

  「Contemporary Insanity」(3:25) 変拍子リフで執拗にたたみかける、まずはご挨拶。

  「The Muse Awaken」(5:34) 第一作のイメージをよく復元した叙情的な作品。 スタッカートになったときの表情が 70 年代そのままなので驚く。

  「Stepping Through Time」(6:32) 透徹で厳かな響きを孕むオムニバス調ファンタジー。 フルート初登場。次第に躍動感が全体を支配してゆく。

  「Maui Sunset」(5:35) エレクトリック・ピアノが美しく懐かしい。

  「Lunch At The Psychedelicatessen」(4:58) 奇妙なギターを受け止めて、サックス初登場。 漫画チックなタイトルにぴったりのトンがってユーモラスな作品。ハーモニウムもおもしろい。

  「Slipstream」(4:43) アコースティック・ピアノをフィーチュアしたエレガントな作品。 後半ユーモラスなシンセサイザーが現れて、ピアノと交歓する。

  「Barking Spiders」(4:12)

  「Adrift」(4:03)

  「Shadowlites」(3:53)

  「Kindred Spirits」(5:26)

  「Il Quinto Mare」(7:22) なぜにイタリア語?

(INSIDEOUT6 93723 40542 1)

 Pedal Giant Animals
 
Stanley Whitaker guitars, bass, vocals, percussion
Frank Wyatt keyboards, sax, flute, backing vocals
Pete Princiotto bass
Chris Mack drums, percussion

  2006 年発表のアルバム「Pedal Giant Animals」。 スタンリー・ウィトカーとフランク・ワイアットによるプロジェクト名義の作品。 ベーシストは元 HOWEVER、ドラマーは ILUVATAR の三作目にメンバーとして参加、とサポート・メンバーもプログレ・プロパーである。 内容は、スペイシーで穏やか、うっすらとした無常感と甘やかなファンタジーの趣きのある歌ものシンフォニック・ロック。 バラード中心であり、ミドル・テンポでじっくりと、しかし重くなりすぎず、あくまで密かにきらめく一時の夢のようなイメージを抱き続ける独特な作風である。 その地に足がつき切らない感じがいかにもプログレ出身者たちらしい。 変拍子も採用されている。 とはいえ、サイエンス・フィクション調の人工的な世界観が描くやや硬質なファンタジーが特徴だった HAPPY THE MAN とは対照的に、自然なフォーク・タッチや情感あふれるバラードも盛り込まれている。 ラヴ・ソングのような切々とした歌唱が胸を打つこともある。 ワイアットは主としてアコースティック・ピアノを演奏している。 GENESIS への憧憬は間違いなくあるだろう。 何にせよ美しいサウンドのロックである。 三十数年前ならウィンダムヒル・レーベルから出ていたかもしれない。 7 曲目「Turning My Head」は雄大な広がりを感じさせるシンフォニック・ロック・インストゥルメンタルの佳作。

  「Pink Sky」(4:07)メロディアスなヴォーカル、薄暗いバッキングが中期 GENESIS を連想させるバラード。

  「Chapter Seven」(3:38)7 拍子の粘っこいギター・リフがドライヴするアブストラクトでミニマルなヘヴィ・ロック。インストゥルメンタル。

  「Love」(4:59)ピアノが波打つ情熱的なバラード。AOR というよりは最初期 GENESIS の抒情味がある。

  「Whole」(4:43)アメリカン・ミュージックらしい乾いたオルタナティヴ・ロッカ・バラード。SPOCK'S BEARD のイメージ。

  「Mists Of Babylon」(4:27)スペイシーでエキゾティックなギター・ロック。スティーヴ・ハケットのソロ作の芸風に近い。インストゥルメンタル。

  「The Leaf Clings ... Quivers」(3:06)ピアノ、サックス、アコースティック・ギターによるスムースなコンテンポラリー・ジャズ。リズムが複雑。インストゥルメンタル。

  「Turning My Head」(7:18)ロマンティックで劇的なシンフォニック・チューン。インストゥルメンタル。

  「Blue Sun」(4:22)「Horizon's」を思わせるエレアコ、フルートのデュオ。

  「Stumpy Shuffle」(4:49)サックスをフィーチュアしたにぎやかでコミカルな作品。さりげない変拍子。HAPPY THE MAN のタッチの一つ。

  「Everything」(2:41)ディラン風のギター弾き語り。

  「Pedal Giant Animals」(9:03)角ばった変拍子オスティナートとレガートなサックス、キーボードのコンビネーションが生むファンタジー。ウィトカーのヴォーカル表現もすばらしい。HAPPY THE MAN そのもの。

(83710127816)

 Oblivion Sun
 
Frank Wyatt keyboards, sax
Stanley Whitaker guitars, vocals
Bill Plummer keyboards
Chris Mack drums, percussion
Dave Demarco bass

  2007 年発表のアルバム「Oblivion Sun」。 メンバーの都合から HTM としての活動を保留せざるを得なくなったウィトカーとワイアットを中心とした新ユニット「OBLIVION SUN」名義の作品。 ツイン・キーボードを生かした布陣とシャープでカラフルなおかつ独特のユーモアを備えた作風は、HAPPY THE MAN の後継といって間違いないだろう。 変拍子に聞えない変拍子がドライヴするメロディアスなアンサンブル、マイルドな管楽器系のニュアンスをもつ絶品のシンセサイザー・サウンド、ころころと転がるようなシンセサイザー・ソロ、そしてそれらが組み合わされて生み出される、ゆったりとした抱擁のような叙情性、ファンタジーは、30 年を経ても魅力を失っていない。 ウィトカーのギターに示されるように、以前より若干ハードなエッジの立ったサウンドとシンプルなノリを取り入れているところもある。 新キーボーディストのビル・プラマーが 3 曲提供しているが、その 2 曲がいかにも HTM らしい作品になっている。 特に 6 曲目「Re: Bootsy」の「いかにも」な 70 年代後半のファンキー・フュージョン・タッチがおもしろい。 ワイアットによる 9 曲目「Golden Feast」は、フュージョンのようでフュージョンでないという HTM らしさを十分に味わわせてくれる傑作。 個人的にはヴォーカルもあるワイアット作の 4 曲目「Catwalk」がいい。

(MVDA 4648)

 The High Places
 
Stanley Whitaker guitars, vocals
Frank Wyatt keyboards, reeds
Dave Hughes bass, vocals
Bill Brasso drums, percussion

  2012 年発表のアルバム「The High Places」。 新ユニット「OBLIVION SUN」の第二作。 リズム・セクションはメンバー交代した模様。 内容は、ファンタジックなフュージョン寄りシンフォニック・ロック。 変拍子によるひっかかりの多い反復パターンと奇天烈なテーマをなめらかなサウンドでおおって口当たりをよくする戦略的な作風である。 そして、リズミカルでグルーヴィなフュージョン・タッチと、メロディアスなギターとキーボードによるオーケストラルな王道シンフォニック・ロック・タッチのブレンドが鮮やかに行われている。 土の香りのするオルタナティヴ・ロック調の作品にもオーケストラがバックについているようなファンタジックな広がりがある。 スタンリー・ウィテカーの声があるだけで HAPPY THE MAN に聴こえてしまうというのは確かに正しいが、それにしても驚くほどに基本的な音の感触が変わらない。 さりげなく変拍子を組み込んで楽曲をスリリングに仕立てる技も熟練だし、HR 調のへヴィなサウンドによる陰陽のアクセント配置やミステリアスな演出も堂に入っている。 昔は、悪くいえば「超絶的に難しい練習曲」のような作品もあったが、ここでは、技巧を越えた音楽そのものの豊かさが極まってきたと感じる。 特に歌ものには、力強く美しい表現と説得力がある。 はちきれそうに溌剌としていた音も、まろみを帯びていよいよ豊かに優美になっており、まさに円熟してきたというべきだろう。 アダルト・ロックというと陳腐な表現に堕ちる気もするが、まさにそういうことである。 また、演奏の呼吸がじつにライヴで活き活きとしており、心地よい緊張感と迫力がある。 製作面にあまり手をかけられないことを逆手に取るように、スタジオ・ライヴ一発録りで盤を作っている感じである。 キーボードは、ストリングス系のほかは、意外なほどアコースティック・ピアノの割合が高い。 シンセサイザーは、ここぞというところで目まぐるしく優美なフレーズを決めてくる。 全体に、それほど機材や楽器が豊富でない普通の編成のバンドでも、アイデアがあれば、エンタテインメントとしても芸術としても十分な水準のロックを製作できることを再認識できる内容です。
   アルバム後半は 22 分にわたる組曲「The High Places」。ヴォーカルも交えたドラマティックな展開の力作である。 収録時間は現代の標準からすると 42 分と少なめながら、メロディアスでジャジーかつクラシカルなサウンドに個性をしっかり示した良作である。 「Crafty Hands」のファンにはかなり懐かしく感じられるかも。 プロデュースはグループ。

  「Deckard」(6:35)HTM を回顧するような、リズミカルなファンタジック変拍子チューン。
  「March Of The Mushroom Man」(3:38)勇壮かつメロディアスな変拍子シンフォニック・ロック。行進曲風のアレンジもいい。
  「Everything」(2:39)リラックスしたアメリカン・ロック。
  「Dead Sea Squirrels」(6:35)ヘヴィなタッチの変拍子スペース・ロック。
  「The High Places」(22:22)切迫した表情が劇的なヴォーカルも交えた六楽章から成るシンフォニック大作。 かつての SPOCK'S BEARD、いやさらに遡って往年の GENESIS も原点に見えるプログレ叙事詩である。

(PMCD1301)

 Zeitgeist
 
Frank Wyatt piano, keyboards
Bill Brasso drumsStan Whitaker guitars, vocals
Dave Hughes bassCliff Fortney vocals
David Rosenthal keyboardsRick Kennell bass
Chris Mack drumsPeter Princiotto sitar
Mike Beck percussionRon Riddle drums
Kit Watkins keyboardsJoe Bergamini drums
Andrew Colyer keyboards

  2020 年発表のアルバム「Zeitgeist」。 Frank Wyatt & Friends 名義による HTM 関連の新旧メンバーほぼ勢揃いの ZEITGEIST プロジェクトの作品である。 作詞、作曲はすべてフランク・ワイアット。 数多くの賛同者に支えられた自主制作のようだ。 全盛期 HAPPY THE MAN の音楽がそのまま熟成し、まろみと深みを帯びて提示されている。 色彩豊かにきらめきながら、ナチュラル過ぎる変拍子が生み出す軽やかなドライヴ感とともにひた走るアンサンブルは往年のまま。 まさしく、プログレ、フュージョン、ニューエイジと時代の音を貫いてきたプレイヤーたちの「時代精神」をよみがえらせた好作品だ。 ワイアットは主としてピアノを演奏。 つややかなアナログ・シンセサイザーのサウンドに酔い痴れるべし。 管楽器があればさらにサウンドの幅が広がったと思うが、これだけのラインナップが集まったことが奇跡のようなものなのだからそれ以上の贅沢は言うまい。 また、ワイアットの作風が鍵盤奏者らしく映像的な BGM、サントラ志向なだけに、ギタリスト、スタンリー・ウィテカーが参加した演奏(1、3 曲目)にバンドとしての本来の姿がいちばんよく現れている気がする。
  後半 4 曲は「ナルニア国物語」で有名な C.S.ルイスの小説「別世界物語」第二巻「ペレランドラ」に着想を得たオーケストラ作品。 この内容なら、元来ウォルト・ディズニー系フュージョンだったのだから、そのままバンドだけでやっても違和感はなかっただろう。

  「Zeitgeist」(7:56)全盛期そのものな傑作。ヴォーカルあり。
  「Leaving」(3:52)キーボードとドラムスのデュオによるインストゥルメンタル。カラフルなサウンドは当然として、人力ドラムスの力強さに唸る。
  「Twelve Jumps」(4:13)フュージョン然としつつもどこか違和感を残す「らしい」作品。それはなめらかな変拍子だけではなく、諧謔やアマノジャクや英国ロックの尻尾といった人生に向き合う姿勢そのものである可能性もある。
  「Eleventh Hour」(3:24)最初期ヴォーカリストのジェントルな歌唱をフィーチュアしたファンタジックな作品。変拍子だけど。 「Leave That Kitten Alone, Armone」を思いださせる「猫」チューン。
  「The Approach」(8:06)「The Muse Awakens」のアウトテイク。変拍子ニューエイジ。
  「Fred's Song」(5:38)亡き旧友への穏やかな賛歌。
  「To Venus(Perelandra Mvt.I)」(8:18)
  「The Green Lady(Perelandra Mvt.II)」(5:49)
  「The Golden Feast(Perelandra Mvt.III)」(4:58)
  「Blessed Be He(Perelandra Mvt.IV)」(6:27)

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