LA COSCIENZA DI ZENO

  イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「LA COSCIENZA DI ZENO」。2007 年結成。作品は四枚。 ノーブルなクラシカル・シンフォニック・ロック。新作は 2018 年の「Una Vita Migliore」。

 Una Vita Migliore
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Gabriele Guidi Colombi bass Alessio Calandriello voice
Stefano Agnini emulator, synthesizer Luca Scherani piano, Hammond organ, synthesizer, Mellotron, bouzuki
Andrea Orlando drums, percussions Gianluca Origone guitars

  2018 年発表のアルバム「Una Vita Migliore」。 内容は、管弦楽やヴィンテージ・キーボードを動員するメロディアスで叙情的なシンフォニック・ロック。 作風は前作までと大きくは変わらない。 冒頭一曲目から、木管、弦、ピアノ、フルートらが繰り広げる変拍子の輪舞、現代音楽調とジャジーな和声がブレンドしたソロ、さらには荒々しいハモンド・オルガンや不可思議なシンセサイザーのオブリガート、流滑に歌うギターなど、今様に薄味ながらもあらゆるパートにイタリアン・ロックらしいコクを効かせて迫り、そのクラシカルでノーブルなタッチに酔わされる。 リード・ヴォーカルはもちろん伸びやかなるイタリア語の歌唱。 クラシカルなテーマを発展させてリズムやヘヴィなエレクトリック・サウンドを盛り込み、いわば「奇想曲」風に展開させる技が冴えている。 70 年代のようにアカデミックな尖鋭性に訴えたり意表に出るような露骨さは抑えて、いろいろと含みはありながらも素直な歌心を生かしてメロディアスに歌い上げるスタイルは、ネオ・プログレッシヴ・ロックの時代を通過してのプログレが手に入れた一つの成長形といえる。 だから、ヴィンテージなサウンドに固執しながらも新しい感じがする。 要は昔のプログレっぽくないプログレなのだ。(難解) 演歌調の深みのある哀愁を翻すようなポジティヴな輝きが常にあるところもいい。 クラシックのヴァリエーションもルネサンス/バロック風だったり、モーツァルト風だったりと豊富。 クラシカルなアンサンブルでヘヴィで攻撃的なタッチが強まったときの痛快さ、カタルシスは BANCO と同質のものがある。 テレマン調の主題部が印象的な 3 曲目に象徴されるようにプログレの最大の特徴である汎(無)国籍、汎(無)時代性を自然に巻き込むアレンジもみごと。 十数年ほど前のポーランド辺りの演歌系ネオ・プログレに通じる「泣き」も感じられるが、木管楽器が高鳴ると、一気に地中海に向いた地味豊かな斜面を吹き抜ける薫風のような温かみと爽やかさが現れる。
   BANCOREALE ACCADEMIA DI MUSICAIL PAESE DEI BALOCCHI をイメージさせるイタリアン・ロック固有のクラシカルな抒情性豊かな佳作。

(AMS 297 CD)

 La Coscienza Di Zeno
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Gabriele Guidi Colombi bassDavide Serpico electric & acoustic guitars
Stefano Agnini piano, keyboardsAndrea Orlando drums, percussions
Alessio Calandriello voiceAndrea Lotti piano, keyboards, acoustic guitars
guest:
Luca Scherani accordion on 5, flute arrangement on 6
Joanne Roan flute on 6
Lidia Molinari voice on 1, 7
Rossano Villa strings arrangement on 3, 7

  2011 年発表のアルバム「La Coscienza Di Zeno」。 内容は、クラシカルかつフォーキー、素朴にしてお行儀のいいシンフォニック・ロック。 つややかな管弦楽風シンセサイザーとピアノを中心とするアンサンブルによるロマンチシズムを前面に出したクラシック的展開、ギターのリードによる攻撃的で邪悪なムードの演出、アコーディオンやフルート、アコースティック・ギターを巧みに織り込んだフォーキーな哀愁の醸成など、ややチープなサウンドと演奏のもったり感はあるものの、基本的な「ツボ」はことごとくおさえている。 まさに、イタリアン・ロック王道の「クラシカルな」作風である。 ツイン・キーボード編成を生かしてうねうねとレガートなシンセサイザーのソロに宝石を転がすようなアコースティック・ピアノをタイムリーにはさんで展開に幅を持たせるなど「それらしい」工夫にも余念がない。 BANCO と共通するのは、手を触れれば火傷しそうに熱いロマンチシズムが迸るところと、邪悪でアヴァンギャルドな表現にも長けているところだ。 この基本的な音楽表現の幅広さが魅力である。 演奏の運動性は高いが性急さはなく、じっくりと周囲も己も見つめて物語を綴ってゆくスタイルである。 むしろ、強い刺激やキテレツさまでもを自身の広い表現スペクトルにバランスよく収めているというべきだろう。(もっともわたしがジジイなのでダイナミック・レンジは言ってるほど広くない可能性あり) 個々のプレイではなく、シンプルでメロディアスなフレーズを活かしたパート間のやり取りやその呼吸、音楽的なキャンバスへのパーツの配置やいくつもの流れの有機的な結びつきなど総体としての音楽に気が配られている。 このジャンル、ヴィンテージ・サウンドに頼りきりなグループに食傷して聴くのを辞めてしまう方も多いと思うが、本作品にはサウンドを超えた楽曲の良さがある。 心の襞をなぞるようなメロディも、目の前の霧が晴れ、胸がすくような音楽的ダイビングもある。 冒頭や 3 曲目の「ネオプログレ = GENESIS クローン」(懐かしい言葉である)ぶりに少しおののくが、聴き進めれば、それはむしろハードルを低めにしてその後でビックリさせるという作戦ではなかったかとすら思わせる。 たまにシンセサイザーやピアノの音がチープに聴こえる以外は文句なし。 ヴォーカルはもちろんイタリア語。 ベルカントにして SSW 的な哀愁もまとった理想的な歌い手だ。(メタルなシャウトも上手そう) ドラム・ビートが HR/HM 風でない、強すぎないのも作風にあっていると思う。 そして、全体を通したときに改めて感じる特色は「気品」。 これに尽きると思う。
   ドラマーは MALOMBRAFINISTERRE でも活動。
   眼を見張る派手さはないが、掘り出し物という言い方がピッタリの逸品です。 グループ名は前世紀初頭に発表された著名な小説(ジョイス風か?)より。

  「Cronovisione」(7:36)冒頭部はややチープなネオプログレ調(サウンド面での手当てが足りないだけかもしれない)でズッコケるが、オルガンがざわめき、雷鳴と女性のモノローグを経た 3 分半あたりからのエキゾチックでミステリアスな 4+3 拍子のテーマと 5 分あたりからの素っ頓狂な展開で持ち直す(チープな音がテーマにフィットしていて予期せぬ味が出た、という見方もできる)。 まさに 70 年代黄金期の記憶を呼び覚ます悪魔の呪文といえそうだ。 もう一展開するとさらにうれしかった。 モノローグのほかはインストゥルメンタル。

  「Gatto Lupesco」(7:23)苦悩にすら色気があるジェントルな歌もの。 序盤の悠然としたバッキングがいい。 バンド全体が一台のメロトロンと化したよう。 1 曲目とは反対で中盤から昔の MARILLION のようなネオプログレと化す。 5 分くらいからのキーボード・アンサンブルは音色こそ微妙だが不思議な風味がある。 カツゼツがよく、声に憂いがあるヴォーカリストはすべてを救う。

  「Nei Cerchi Del Legno」(13.09)「月影」の翳りがどんより垂れ込めてしまう序盤のシンセサイザーのリフレイン。 そこをのり切れば、クラシカルでジャジー、愛らしいキーボード・アンサンブルとリズム・チェンジの多いややへヴィな演奏が入り乱れるイタリアン・ロックらしい世界を楽しめる。 全体を貫くのは、ピアノの音に象徴される「儚さ」。最終章で再びヴォーカリスト(と弦楽)がいいまとめをする。
    「a. Pinocchio
    「b. V.I.T.R.I.O.L.
    「c. L'eterna Spirale Del Destino」インストゥルメンタルの語り口に悠然とした風格がある。
    「d. Radici Di Una Coscienza

  「Il Fattore Precipitante」(7:00)切なさに身をよじるシンセサイザーとギターのアルペジオ、そして情感過多の歌メロで迫るドラマティックな作品。 全体にギターが活躍を見せる。 突如目の前に窓が現われてまったく異なる風景が広がったような 1:46 の展開に息を呑む。 希望にあふれるギターとさりげなくそれに応じるピアノがいい。 ハードエッジな演奏への発展もナチュラル。 高揚感あふれるシンフォニック・ロックの佳作。

  「Il Basilisco」(6:19)アコーディオンをフィーチュアしたアコースティックな歌もの。 熱き抱擁のような歌唱と吟遊詩人の竪琴のようなギターの調べ。 古い悲恋を歌ったような物哀しいメロディもいい。 ちょっとばかりカマトト風ではあるが、イタリアン・ロックの魅力は確かに放たれている。 終盤のスキャットで再び少しばかり英国を向くものの、アコーディオンがイタリアの田園に引き戻すようにいい幕引きをする。

  「Un Insolito Baratto Alchemico」(7:11)予想不能の不可逆な展開を見せる、これまた「らしい」怪作品。 リズム・チェンジに凝り捲くったハードな序盤、シンフォニックなブリッジからフルートが導くロマンティックなソロ・ピアノへの展開、そして、現代音楽調の揺らぎを見せるアンサンブル(個人的には PINK FLOYD の「シジファス」を思い出した)からへヴィでミニマルなエンディングへ。 主役、というか狂言廻しはフルート。 その抽象的なサウンドがアヴァンギャルドな作風に似合う。 インストゥルメンタル。

  「Acustica Felina」(9:37)華麗なピアノがざわめき、神秘的なストリングスが優美に膨れ上がる映画音楽調の演奏とメロディアスなハードロックがオーヴァーラップする、イタリア王道的へヴィ・シンフォニック幻想絵巻。 イタリアン・ロックらしいぶっ飛び気味の展開と邪悪にして力強い歌唱、GENESIS への憧憬をほどよくとかし込んだプレイなどが一つになって、すてきな余韻を生む。 改めて、ストリングスとハードロックの合体は見事な発明であると感服。 フォークダンス調の軽やかで愛らしいアンサンブルもいいアクセントだ。 胸にしまい込んだはずの思いをかきたてる。
  
(MMP 521)

 Sensitivita
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Alessio Calandriello voice Davide Serpico electric & acoustic & classical guitars
Andrea Orlando drums, percussions Stefano Agnini Solina string ensemble, synorchestra, analogue synthesizer
Gabriele Guidi Colombi bass Luca Scherani piano, analogue synthesizer, Mellotron, accordion, bouzouki
guest:
Joanne Roan flute Sylvia Trabucco violin
Melissa Dei Lucchese cello Rossano Villa Mellotron

  2011 年発表のアルバム「Sensitivita」。 キーボーディストの一人が前作でゲスト参加だったメンバーと交代した模様。 内容は、ツイン・キーボードを活かした、ジェントルでデリケートで品のいいクラシカル・シンフォニック・ロック。 潤沢なエレクトリック・キーボード・サウンドに加えてピアノや弦楽器などアコースティックな音も積極的に用いて、たおやかな美感のある音のタペストリを綴っている。 誤解させるといけないが、必ずしもメロディアスにまったりしているだけではなく、力強く押すところでは押し、邪悪な調子で攻め込むところではしっかりと攻撃性を出せている。 たおやかなピアノによる序章から一気に激情が迸る第一曲に象徴される音楽的な弾力性が魅力だ。 曲想、ストーリーに合ったサウンドとアンサンブルとアゴーギグが的確に選択されているのでどこまでも無理のない自然な流れがある、といってもいい。 リード・ヴォーカリストは、個性という面では線が細いが、正統的な声質であり情感を煽り立てて大きく燃え上がらせるのがうまい。 しかしながら、序破急を守った明快なストーリーテリングを心がけているせいか、ムリや無茶がない分往年のイタリアンロックの魅力の一つであったぶっ飛んだ展開や予測不能によるスリルはさほどでない。 これを不足に感じるか、書物を静かに紐解くように音をたどることに第一の楽しみを見出すかは、まったく嗜好の問題である。 とにかく、音を詰め込みすぎず場面ごとの主役をしっかりと立てている、このモデレートな作風が一番の特徴だろう。 メロトロンやストリングス・アンサンブルといったヴィンテージ楽器は曲想に合わせて適切に導入されており、楽器の音の質感だけでお手軽に往年の世界を再構築したと満足するような素人じみた姿勢は感じられない。 (「あのフレーズをあの音で」的なところで満足してしまうグループが多い中、このプロっぽさは貴重である) こういう使い方だからこそ、ソリーナやメロトロン・クワイヤの音が確実にリスナーの心のひだに分け入っていき、感動の増幅作用を果たすことができる。 そういう点も含め、90 年代のネオプログレの作品と比べるといろいろな意味でのバランスがいい。 これを「『プログレ』が『クラシック』になった」とアイロニカルにとらえて大げさに騒ぐ必要はない。 クラシカルな音楽性をロックとブレンドする手法そのものがより巧みに進化を続けている、と肯定的にととらえるべきだ。 また、レーベル移籍に伴ってか、製作面でも充実したようだ。 タイトルはおそらく Sesitivity、感じやすさ、感受性。
  
  「La Citta' Di Dite」(6:46) この曲の「入り」だけで「ああ、ジャケ買いは誤ってなかった」または「お金を払ってよかった」と思えます。(まあ GENESIS なんですが) 攻め込んでおいて音をすうっと落剥させる感じもみごと。 攻撃性とセンチメンタリズムが微妙な均衡を取るネオ・プログレの秀作。 タイトルはダンテの「地獄篇」で描かれる、ルシフェルが氷漬けになっている地獄の最下層の意。

  「Sensitivita'」(12:22)キーボード・サウンドをフィーチュアした大河ロマン的な正調シンフォニック・ロックの力作。 メロディアスなヴォーカルが物語を導き、自由でカラフルなアンサンブルが輪舞のようにくるくると走り抜ける。 意外な転調や変拍子アンサンブル、ジャズ・コンボなどのアクセントも適宜配し、パガニーニ風のフレーズも飛び出す。 テンポを動かしながら変化するトニー・バンクス風のシンセサイザー・プレイがほほえましい。 冒頭のヴォーカル表現はイタリアン・ロックならではの醍醐味。

  「Tenue」(3:31)ラジオから流れ出ているような哀愁のバラード。イコライザで加工された平板で引っ込んだ音がいい感じだ。

  「Chiusa 1915」(7:04) 冒頭 90 年代ネオ・プログレ流シンセサイザー・シーケンスに若干青ざめるが、ピアノがすかさずリカバリーし、その後は、力強いヴォーカル表現にも救われて、安心できる展開となる。 イタリアン GENESIS フォロワーです。 タイトルは、ドイツ国境の谷あいの美しい小村が第一次大戦に巻き込まれた時代を示すようです。

  「Tensegrita'」(7:18) ヘヴィなギターのテーマで始まりヴォーカルも強面でひきずるように迫るが、少しづつ表情は優しげに変化し、慈愛の響きを帯びてくる。 軽快な変拍子アンサンブルは食傷気味だが、硬軟、軽重の巧みな反転が首尾よく曲を展開させていく。 くっきりと浮き上がるピアノ・ソロもいい。 後半の印象は I POOH 風のラヴ・ロックか「G 線上のアリア」=「青い影」か、いずれにしても真正面からのロマンティシズム賛歌である。 意表を突く豊かな変化が BANCO を思わせる。 ノスタルジーの「下駄」はあるものの、傑作といえる。 タイトルは張力と圧力のバランスで成型する建築物を表す Tensegrity のイタリア語表記。

  「Pauvre Misere」(7:40) リズム・チェンジを含むトリッキーな演奏と落ちつきあるアンサンブル、ヴォーカルが対比しつつ目まぐるしく展開する力作。 初期の SYNDONE のようなジャズ・タッチが特徴的。 通常の係り結びを吹き飛ばす展開としみ入る歌、これぞまさしくイタリアン・プログレ。 タイトルは歌詞にも取り上げられる言い回しであり、「惨めな貧乏人」の意。

  「La Temperanza」(10:38) アコースティックな音を活かしきったイタリアン・プログレ。 妙なるアコースティック・アンサンブルの奏でるワルツによる序盤、アコーディオンによる懐古調のブリッジを経て、シンセサイザーやギターが加わり、リズムとともにヴォーカルが登場するとスリルが生まれ、ジャジーでしなやかなシンフォニック・ロックになる。 前半、ヴォーカルの入りまでの展開は、さながら回り灯篭の趣。 オブリガートにバッキングにとヴォーカルの裏を取るムーグやメロトロンがいい。 5:00 からの 1 分にわたる捻じれた展開は、70 年代の血のなせる業か。 ギターのパワー・コードによるヘヴィなアクセントやテクニカルなプレイの応酬、アコースティック・アンサンブルのカットアップでテンションを一気に高めると、後半には哀愁を前面に出したフルート、ピアノ、アコースティック・ギターらによるバラードで切り返し、シンセサイザーも加えた重厚な全体演奏で悠然と進む。 タイトルは英語の temperance、節制、克己の意。どちらかというと、似合うのは「不摂生」ですけどね。
  
(FAD010)

 La Notte Anche Di Giorno
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Gabriele Guidi Colombi bass Andrea Orlando drums, percussions
Alessio Calandriello voice Stefano Agnini Solina, Elka Synthex, VCS3, Mini Moog, KeyB organ
Davide Serpico electric & acoustic guitars Domenico Ingenito violin
Luca Scherani Yamaha grand piano, Korg Sigma, Crumar Multiman S3, Elka Rhapsody, Korg MS20, Hammond B3, Mellotron M4000D, bouzouki
guest:
Joanne Roan flute
Melissa Del Lucchese cello
Simona Angioloni vocals

  2015 年発表のアルバム「La Notte Anche Di Giorno」。 内容は、弦楽とツイン・キーボードを活かしたノーブルな歌ものシンフォニック・ロック。 ヴィンテージ・サウンドと存在感あるヴォーカルを軸とする多彩な展開は、BANCO から重厚さを減らしてより優しげにしたといえばいいだろうか。 ヴァイオリンを導入した、リズム・チェンジも自然な緩急自在のアンサンブルによる流れるようになめらかなタッチが、P.F.M に通じるともいえる。 美声のヴォーカルを軸にさまざまな楽器の音を丹念に配置した作曲がよく、パフォーマンスも、爆発力や度外れた迫力こそないが、安定していてバランスが取れている。 叙情性を基調とするも、変化のある入り組んだ展開が多いが、各場面、楽章でメインのテーマが明快に浮かび上がるので、たいへん聴きやすい。 いろいろな音楽を大胆に取り込んだ坩堝のようなかつての「プログレ」であったが、ここではその取り込みが、あたかもラウンジ・ミュージックのように万人の耳になじむ適度な「軽さ」と「甘さ」と「爽やかさ」のパッケージングとして行われている。 歌ものシンフォニック・ロックとしての佳品といえそうだ。
   キーボードはヴィンテージ品と思われる機種がさまざまに使われている。 その「管弦楽の簡易シミュレーションをするためのややチープな電子音」の生む効果が、全体の 70 年代プログレ的ムードを支えている。 どちらかといえばアンサンブル的な使い方が主であり、技巧的、即興的なソロのスペースはあまりない。 そういう意味でお手本は、EL&P よりも GENESIS のようだ。
   ヴァイオリン奏者は正規メンバー入りし、ゲストとともに弦楽パートを担う。 ヴァイオリンは、ストリングス・シンセサイザーと相まってシンフォニックな、室内楽的な表現でクラシカルに迫るとともに、フィドル風のフォーキーでダンサブルな調子も取り込み、欧州トラッド、ケルト風味の演出も効かせている。 その光沢ある音色となめらかなタッチは上品なサウンドをさらに品よく彩り、展開をリードする場面も多い。 アコースティック・ピアノとのやり取りも目の醒めるアクセントとして機能している。
   ていねいで整った演奏と脈絡の明快な語り口は、90 年代のネオプログレよりもはるかに優れている。 ただし、イタリアン・ロックの特徴である、大胆な飛躍、アヴァンギャルドさ、極端な逸脱調といった面はほとんどない。 とにかくメロトロンやミニムーグを駆使していいメロディを歌い上げたい、という趣味を貫いて、それを高いレベルで具現化した作品である。
   楽曲は、六楽章からなる「Giovane Figlia(若い娘)」と四楽章からなる「Madre Antica(老いた母)」という二部構成になっている。 おそらく物語形式であり、これまで以上に歌唱、歌詞が重視されていると想像される。 したがって、歌詞の意味が分からず器楽のみを味わうことになると本来の魅力を 100% は味わえないことになる。 やや一本調子に聴こえてしまうのは、こちらのせいだ。 やはりイタリア語を勉強するべきではないか、と思ったのも、すでに百回目くらいである。 組曲第一曲は叙情的な調子が主だが、第二曲はプログレらしいヘヴィでエキセントリックな調子が現れる。
   マスタリングのエンジニアに、5UU'SPRESENT に参加したイスラエル・レコメンのキーマン、ウディ・クームランの名前がある。
  
  「Giovane Figlia
    「A Ritroso」(5:26)ヴォーカリストが一気に物語世界へと惹き込むオープニング。

    「Il Giro Del Cappio」(5:22)クラシカルなサウンドが支える、密やかにして情熱あふれるバラード。 メロディ・ライン、歌唱パフォーマンスともに絶品。

    「Libero Pensatore」(5:12)ギターなエレクトリックな音を主役したシンフォニック・チューン。 ヴァイオリン、エレクトリック・ピアノによるジャジーなアクセントが特徴的。

    「Quiete Apparente」(1:37)ネオ・プログレらしさ全開の快速チューン。 波打つシンセサイザーやギター・リフなど典型的なパターンを短い中に押し込めて、いいブリッジとして機能させている。

    「Impromptu Pour S.Z.」(1:10)ピアノ、ヴァイオリンによる現代クラシック風の即興とパンチのあるリフ、ドラムスが呼応する。フィナーレへの序奏である。

    「Lenta Discesa All'Averno」(5:12)シンセサイザー、ヴァイオリン、ギター、ヴォーカルらが一体となったパワフルな終曲。 エピローグ、フルートに導かれたゲストの女性ヴォーカリストによる清冽で異国情趣ある歌唱が幕を引く。

  「Madre Antica
    「Il Paese Ferito」(5:52)ヴァイオリンやフルートのリードする輪舞に、ヘヴィに切迫するプレイを散らしたメロディアス・シンフォニック・チューン。牧歌調とたなびくようなハモンド・オルガンがいい取り合わせだ。

    「Cavanella」(3:09)音吐朗々と広がる歌もの。イタリア語で歌うビリー・ジョエルのようだな。弾き語りフォーク・ソングとオペラの中間くらいのニュアンス。 後半では次曲を導くようなせわしないアンサンブルとなる。

    「La Staffetta」(4:01)たたみ込むドラミングとシンセサイザー、ヴァイオリンらによる若々しく性急な演奏をメロディアスで力強いヴォーカルが乗りこなす。後半は、自由で華麗なソロ・ピアノあり。

    「Come Statua di Dolore」(7:06)ピアノと唸りをあげるシンセサイザーに導かれる終曲。 フルートのオブリガートとヴァイオリン、シンセサイザーによるジプシー音楽調の忙しないブリッジ。 三拍子系のスウィング感と力強いビートを巧みに交差させて、情熱的でロマンティックなだけに終わらないワイルドな「ロック」に仕立てる。 ヴォーカリストが演奏を自在にコントロールしている感じもいい。 名残惜しげなエンディングが切ない。

(FAD-017)


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