MAGENTA

  イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループ「MAGENTA」。ロブ・リードによるプロジェクト。RENAISSANCEYESGENESIS のいいところ取り。 2019 年現在、スタジオ作品は七作。

 Chameleon
 
Christina Booth vocals
Chris Fry guitars
Rob Reed keyboards, bass, guitars
guest:
Kieran Bailey drums

  2011 年発表の第五作「Chameleon」。 内容は、YES の器楽と RENAISSANCE のヴォーカルを合わせたような、清涼なファンタジーにあふれるシンフォニック・ロック。 YES のテクニカルでややルナティックな部分を RENAISANCE のよりストレートな審美感で置き換えた、といってもいい。 今作では、15 分を越えるような超大作はなく、中程度からやや長めくらい曲に起承転結を盛り込んでいる。 サウンドは明快にして透明感があり、ヴォーカルをギターとキーボードが守り立てるパフォーマンスにはデリカシーと躍動感が両立し、常にメリハリがある。 軽やかに走る場面でも、クラシカルな厳かさの演出やゆったりとメロディアスにたゆとう場面でも、カラフルなサウンドと安定した演奏が確実にイメージを描き切っている。 エレクトリックなサウンド中心であるにもかかわらず、クリアーでアコースティックな響きがあるところも、上に述べた本家と共通する。 違いは、ユートピア的牧歌フォーク調一辺倒ではなく、現代人らしい都会的な憂鬱や愛憎を表現するためにモダンなスタイルも交えているところ。 (そして、そのブルーズ・フィーリングの表現は、PINK FLOYD に通じる) 降りしきる憂鬱を額にかかる黒髪を払うようにさりげなくぬぐうヴォーカリストの表現力は今回も申し分ない。 コケットな甘みと真っ直ぐで決然とした視線、エキゾティックなクールネスのバランスは絶妙だ。 アニー・ハズラムのみならずジュディ・ダイブルからマギー・ライリーまでにわたる女声英国フォークの伝統に則っているようにも思う。 全体的として均整の取れた、優秀としかいいようのない演奏に感じられる唯一の弱点は、ベース含めたリズム・セクションに個性的な「弾け」がないために、溌剌とした音にもかかわらず音楽の表情がやや鈍いこと。(ただしこれは、純然と好みの問題である。1 曲目では善戦している) したがって、演奏のリズミカルな小気味よさを支えるのは、リズム・セクションよりもギターやアナログ・シンセサイザーのコード・ワークではないだろうか。 ライヴでどのようにこれらの楽曲が再現されるのかは興味深い。 決めどころのギターが徹底して「リレイヤー」や「クジラに愛を」なところはやはり『こだわり』なのだろう。 もちろん素朴にして上品なメランコリーを描くアコースティック・ギターのプレイもふんだんに交えている。
   古臭くないプログレッシヴ・ロックが聴きたい!と思ったときには最適の盤の一つ。 GLASS HAMMER と比べると格段にプロです。
  
  「Glitterball」(4:30)格好のアルバム・オープナーたる清冽な YES 風シンフォニック・ロック。 中盤のアラビア風の展開がおもしろい。 ギターのプレイはスティーヴ・ハウから出発して独自の境地に至ったようだ。 控えめな管弦楽アレンジもいい。

  「Guernica」(7:03)管弦楽の悠揚迫らざる響きにセンチメンタリズムとダンディズムがにじむ英国ロックらしい佳品。 酸いも甘いもかみ分けてハードに迫る表情がいい。 ジャック・ヒギンズの冒険小説を読んで IRA のインテリ殺し屋にシンパシーを感じる時の BGM に合いそうだ。 DURAN DURAN とかにありそうですね。

  「Breathe」(4:23)不良少女風なのか、巻き舌気味の伝法な歌唱とヘビメタ・ギター、と思えば切ないアコースティック・ギター伴奏のバラードへの切り返し、などなどアイドル歌謡をスリリングにしたような作品。「マジすか学園」でも使えそう。

  「Turn The Tide」(6:21)タイトルからして RENESSAICE 風のファンタジー・バラード。 ピアノをフィーチュア。 オブリガートのさりげないシンセサイザーの音がいい。まろやかでつややかで。 ギターの表現もハウっぽさを抑えてここでは正解。 ミュージック・ソーだろうか、木枯らしのような音が印象的。 「危機」や「同志」の静かなパートを思い出します。

  「Book Of Dreams」(7:35)トリッキーなリズムのテーマでハッとさせてドラマに惹き込む大作。 ウェットなムードが貫くメロディアスな展開を跳ねるような変拍子リフで支える。 声はこっちの方がアニー・ハズラムっぽいか?

  「Reflections」(2:08)アコースティック・ギター・アンサンブルによる小品。インストゥルメンタル。

  「Raw」(4:15)ハードな表情が新鮮な緊迫感あふれる好作品。ヴォーカルもやや蓮っ葉。安定を拒否するような、パンクなマインドも感じられる。

  「The Beginning Of The End」(4:40)パンクなパワーやゴシックな厳しさのアクセントが効いたキャッチーな作品。しかしギターがどうしてもハウる。

  「Red」(9:04)優しく、そして悠然とした大団円。
  
(TMRCD0911)

 Seven
 
Rob Reed keyboards, bass, recorders, harpsichord, grand piano, guitars, backing vocals
Christina vocals
Tim Robinson drums
Chris Fry guitars
Martin Rosser guitar
Martin Shellard guitar on 7

  2004 年発表の第二作「Seven」。 溌剌さとしっとりエモーショナルがタッチがブレンドした YES 風ブリット・ロック。 ジョン・アンダーソンをコケットにしたような女声ヴォーカル、スティーヴ・ハウの影武者のようなギター、オーソドックスながらも音を惜しまないキーボード、さらには軽やかに躍動するリズムでブリット・ポップ調のメロディを爽やかに歌い上げてゆく。 管弦楽のサポートも贅沢に散りばめられているし、変拍子のリフの切れ味もいい。 70 年代だけではなく 80 年代以降の YES もしっかりとカバーしている。 おまけにゲイブリエルな男声ヴォーカルを現れて、メランコリックな場面では GENESIS 的なひずみのある世界も見えてくる。 こうなるとギターもやおらハケット風に訥々と歌いだし、わななくようなシンセサイザーから角張ったハモンド・オルガン、ひたひたと打ち寄せるさざ波のようなピアノまで飛び出すから面白い。 さらには PINK FLOYD の影がちらつくところもある。 もっとも中盤からはあからさまな模倣ではない、湿り気のあるメロディを活かした独特の爽やかな美感をもつサウンドによるパフォーマンスが続いてゆく。 ここで軸になるのは、コケットにしてたくましさもある女性ヴォーカルとハーモニーだ。 SPOCK'S BEARDTHE FLOWER KINGS のような圧倒的な演奏力はないにしろ、胸にしみるメロディを支える演奏はどこまでもタイトで小気味よく、YES とニューウェーヴ、ワールド・ミュージック系女声ポップスとの取り合わせのような作風もいたって自然である。
  プログレ・クリシェを使うのにまったく抵抗がない新しい世代による作品であり、どうしても一種のカヴァー、リヴァイヴァルに聴こえてしまうと首をひねるオールド・ファンがいる一方で、こういう音をごく自然に聴いているファン層もすでにたくさんいるはずだ。 もっとも、リーダーシップをとっているロブ・リードはかなりのベテランなので、彼としてはプログレへの憧憬をすなおに表現しているに違いない。 全体としては、70 年代プログレ風アレンジを散りばめた(サンプリングした)、ポップな癒しのブリット・ロックといえるでしょう。 メロディアスで華やかなロックのファンヘお薦め。 吐息が上品な女性ヴォーカルというのはなかなかいいものです。 個人的には、3 曲目後半のようなプログレ・クリシェから離れたポップな演奏が好み。 透明感のある繊細なタッチは個性的だが、アメリカの IZZ と感覚は近いような気がする。 活気のある演奏とは裏腹に、7 曲並んだ楽曲はそのまま「七つの大罪」を現す。 傑作。

  「Gluttony」(12:07)あまりのインパクトに目もくらむプログレ総覧チューン。 YES 直系のプレイをバンバン放ってくるが、個人的には、中盤の GENESIS 風のエモーショナルな展開に力量を感じる。 びっくりさせてハートをつかむという役割のアルバム・オープナーです。
  「Envy」(10:10)RENAISANCEGENESIS に倣った作品。ささやかなメランコリーとつややかさを交差するヴォーカル・パートの表現がとてもいい。 著作権侵害訴訟が起こったらかなりこじれそうです。
  「Lust」(12:29)弦楽を巻き込んだ躍動感ある作品。 ストレートな表現になると、SOLSTICE とも共通する。
  「Greed」(13:55)名曲。 ベース、ドラムスが何気なくもカッコいい。カヴァーっぽくなくてもこんなにいい曲が作れるという証。 緩急自在。
  「Anger」(5:13)
  「Pride」(12:31)
  「Sloth」(10:08)
  
(F2 MUSIC 200403)

 Home
 
Rob Reed bass, guitars, backing vocals, recorders, tambourine, grand piano, mandolin, acoustic guitars
Christina vocals
Allan Mason-Jones drums
Chris Fry guitars
Martin Rosser guitar
Dan Fry bass

  2006 年発表の第三作「Home」。 リード・ヴォーカルを中心にドラマ性を強調した佳作。 イギリスからアメリカへと移り住んだ女性の心情を綴るトータル・アルバムらしい。 情感豊かにして抑制の効いた品のある歌唱を、メロディアスかついかにもプログレらしい器楽が取り巻く。 基調は感傷的、叙情的ながらも、小気味のいいメリハリもある。 フロントをつとめる女性ヴォーカルは、暖かみと透明感を兼ね備えた稀有な存在。 RENAISSANCE というよりは、PINK FLOYDYESGENESIS 的な音を生かした作風ではないだろうか。 また、メロディ・ラインは、PENDRAGON のセンスにかなり近い。 一方、器楽はハウ風のギターやバンクス調キーボードなど 70 年代プログレのエッセンスを品よく丁寧に織り込んだものであり、MANGALA VALLIS に勝るとも劣らない。 英国ポップスの王道を堅持した作風でもあり、70 年代以降の音楽ファンであれば必ずどこかに魅力を見出すことができそうだ。 一つだけ気になるのは、メドレー風の効果を狙っているのか、どの曲もオープニングに比べるとエンディングがあっさりとしていること。 ただし、全体の流れは確かにいい。 70 年代の音で育った方には、無視しようにも無視できない音です。
   凝った演奏を分かりやすく聴かせるアレンジメントも冴えている。 そう、音数が多くなくても劇的な描写は可能なのだ。 細かい霧のような翳りが全体を包み、物憂くもしっとりとした落ちつきを感じさせる内容は、夜一人静かにたしなむべきものである。

   第一曲「This Life」は、デリケート極まるバラードの序章。わななくような情動が凛と表現されている。 決して涙声にならない女性はすてきです。

   第二曲「Hurt」は、ネオ・プログレらしさをバーンと思い切り解き放った小気味のいい作品。 「ハウ/ギルモア」ギターが活躍。

   第三曲「Moving On」は、英国的なセンチメンタリズムとハードボイルド・タッチがブレンドした 007 の OST ばりの力作。 チェンバロを加えたアレンジに脱帽。 後半は、わりとあからさまに PINK FLOYD だが、ナイーヴな歌唱に救われる。

   第六曲「The Journey」は、GENESIS で始まり YES へと展開する力作。というか、ギターがハウでオルガンがバンクス。 重苦しすぎないところが奏効している。 ヴァイオリンこそないものの SOLSTICE との共通性を感じる。

   第七曲「Towers Of Hope」は、タイトルとおりオプティミスティックな響きが心地よい小品。 ほのかな明るさを控えめに讃える感じががいい。さりげないオーケストラというのはなかなか難しいと思う。

   第八曲「Demons」は、ツイン・ギターのユニゾンが印象的な作品。 弦楽奏とともにギターはエモーショナルなフレーズを歌い、どんどん盛り上がる。

   第十曲「Joe」も変化に富む力作。ここでも弦楽奏が効果的。第三曲のテーマが再現されているようだ。
   YESGENESIS どころか第十二曲「The Visionary」のようにスティーヴ・ハケットのソロ作のタッチすら継承しているからすごい。

   ボーナス・ディスク・バージョンは CD 二枚目に「New York Suite」収録。 こちらでは、一枚目では相対的にやや抑えられたプログレ・タッチの器楽が全開。 ただし、伸びやかな歌唱をより活かせているという点では、一枚目に軍配が上がる。 先達に倣ったワウ・ギターも、なぜかけたたましさばかりが耳についてしまう。
  ロブ・リードの楽器クレジットにエレクトリック・キーボードが記載されていないのは、すべてプログラミングによるものなのだろう。 録音も APPLE Mac G5 上で行われている。

  
(F2 MUSIC 200606A/B)

 Metamorphosis
 
Rob Reed acoustic guitar, electric guitar, bass, keyboards, recorders, mandolin, backing vocals
Christina lead vocals Chris Fry guitars
guest:
Tim Robinson drums Martin Rosser detuned guitar
Troy Donockley uilleann pipes Steff Rhys Williams backing vocals, string section
Matthew Everlett violin Helina Rees violin
Claudine Cassidy cello Abigail Blackman cello
Louise Evans viola

  2008 年発表の第四作「Metamorphosis」。 内容は、優美だがメランコリックな表情がやや勝った叙情派シンフォニック・ロック。 特徴であるしっとりと湿り気をふくんだヴォーカルは変わらぬ魅力を放ち、すっきりとしたサウンド、アンサンブルにも大きな変化はない。 へヴィな音のアクセントや英国ギターロックらしいイコライジング、弦楽奏による奥深さの演出も決まっている。 ただ、美しい音のテクスチャを編み上げながらも、どちらかといえば抑えた表情でたんたんと進み、時おり悲憤がどっとこみあげる、そんな感じになっている。 スコットランド風というかケルト風というかほんのりとエキゾティックなスパイスも散らされている。 ノーブルな声による歌唱がリード役なのは間違いないが、単にメロディアスというよりは、屈折した展開にあわせて多彩な表情を見せているというべきだろう。 あくまで前々作、前作との比較だが、素直にメロディにのってカタルシスを得る部分は多くないと思う。 だからといって味わいが減ったわけではない。 ひねりのある器楽をすっとすくいあげるようにヴォーカルが現れる、その呼吸のよさは一層映えるようになっている。 ただ、おおきな波というか、わかりやすい起承転結はない(気づきにくい)ので、アンサンブルの機微とじっくりと腰をすえて対峙する必要はある。 もっとも、プログレ・ファンならそういう聴き方はお手の物だろう。 また、しっかりと味わうには戦争や人の内面など歌詞にこめられたメッセージをしっかり噛みしめる必要もあるのだろう。
  うれしいのは、プログレ・イディオム攻めが巧妙になっていて、不自然な目立ち方をしていないこと。(エレキギターのプレイはかなりモロに YES ではあるけれども) 顔色の悪いうつむき加減が明らかに PINK FLOYD になってしまう場面もあるが、そんなに嫌味には感じられない。 70 年代のバンドのみならず、今回は PENDRAGON もターゲットになっているらしい、なんて思ってしまうのは事実だが、それも許容範囲内である。 ただ、キーボードを抑え目にしたらそれがイコールプログレ風味を抑える結果になったのだとすると、ちょっと問題では。 トロイ・ドノックリー氏だろうか、バグパイプの音が印象的。 ファンに怒られそうだが、こういった作風の楽曲を男性ヴォーカルで聴いてみたい。

  「The Ballad Of Samuel Layne」(20:17)ヴォーカルの震えるようにほのかなヴィブラートがいい。アナログ・シンセサイザーは、悪くはないがサウンドがややステレオタイプ。ほのかなエキゾチズムがいい。
  「Prekestolen」(3:43)
  「Metamorphosis」(23:15)スライド・ギター、弦楽とともに舞い上がるエンディングは感動的。序盤のクールで伝法な感じもいい。 PINK FLOYD は、やり過ぎ。
  「Blind Faith」(6:01)「目を覚ませ!」といわれてドキッとしませんか? ヘビメタギターがあるせいか SOLSTICE によく似ている。
  
(CDTMR006)


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