70 年代後半イギリスに現れたスーパー・グループ「U.K.」。 KING CRIMSON、CURVED AIR/ROXY MUSIC、SOFT MACHINE/GONG から集まった憂国の四士は、ジャズ、ロック、クラシックに精通したテクニシャンであり、プログレッシヴ・ロック最盛期をつくり上げた強者でもあった。 したがって、77 年のこの新グループ結成は、ファンにとって、正にシーンの起死回生を意味したのである。 スタジオ・アルバム二枚と解散後のライヴ含めて全部でアルバム三枚に終ったが、70 年代最後のプログレッシヴ・ロックのスーパー・ノヴァであったのは間違いない。
John Wetton | bass, vocals |
Allan Holdsworth | guitars |
Eddie Jobson | keyboards, electric violin |
Bill Bruford | drums, percussion |
78 年発表の第一作「U.K.」。
プログレ復活ののろしとなった傑作アルバム。
ジャズロック的な躍動感をもつ即興と、70 年代末にしてすでにまとまりつつあったプログレッシヴ・ロックの様式美が拮抗して生み出された作品だ。
または、ポップ・ミュージシャンであるジョン・ウェットンの商業主義的保守プログレ路線に、典型的求道者タイプのアラン・ホールズワースが、我慢に我慢を重ね生み出された作品ともいえるだろう。
変拍子のリフでドライヴされる華麗なるアンサンブルに超絶ソロを盛り込み、冷気の迸る詩情で仕上げた楽曲は、ドラマチックそのもの。
目まぐるしくもあでやかな演奏は、まさに衝撃的だった。
貴公子エディ・ジョブソンは、メンバー間の音楽性の軋みもなんのそのと溌剌たるプレイを連発し、天才ぶりをいかんなく発揮している。
3 曲目のシンセサイザーによるカデンツァには、思わず息を呑むだろう。
また、ビル・ブルフォードは、ジャジーなタイムと冴えたフィルを活かしつつも、ここでは裏方に徹しているようだ。
一方、変拍子パターン・シンコペーションを交えたベースをプレイしながらヴォーカルも取る、ウェットンの職人芸もまたさすがというべきだろう。
この人のベース・プレイは、荒々しさと技巧がバランスしたかなりのもの。
ただし、ヴォーカル自体は、もう少し繊細さとメロディ・ラインに忠実なタイプの方が、この構築美を誇る楽曲に合っていたのではないだろうか。
特に、二つの終曲のヴォーカルは、アルバムのトータル・イメージということで入れられたと推測され、やや付けたし感あり。
しかし、楽曲そのものは、オープニングから 3 曲目まで雄大なストーリーを展開する組曲、4 曲目のシンセサイザーが描く幻想大作、さらにはホールズワースのセンスが盛り込まれた最終 2 曲のジャズロックと、多彩な上にどれもすばらしい完成度である。
サラリとした第一印象は、聴き込む毎に深みを増し、次第にテクニカルなアンサンブルのもつ底知れぬ魔力に惹き込まれてしまう。
ポリ・シンセサイザーの音色に象徴される冷ややかな感触のサウンドが、非常に新鮮なアルバムであった。
ごく個人的な感想ですが、ホールズワースのギターがあまりにキーボード的なために、ジョブソンのプレイと相殺しあって損をしている気がします。
スティーヴ・ハウのようなピッキング・スタイルの方が、音としての存在感と独特の引っかかりが生まれて、もっと全体に音に個性が出たのでは。
そうなるとじゃあ ASIA はという話になりますが、ハウ氏にあんまりその気がなかったようで...残念。
「In The Dead Of Night」(5:34)
ダークなきらめきをもつサウンドと挑みかかるような変拍子パターンが特徴的なシンフォニック・ジャズロック。
7 拍子のリフをシーケンサのようにクールに決めるシンセサイザーと、鋭いベースによるポリリズミックなオープニングから、パワフルなメイン・ヴォーカルによるドラマ、そして波打つようなレガートのギター・プレイまで、虚空に向かって解き放たれてゆく地球光のように、静謐にして雄大なイメージをもつ傑作である。
変則的なアクセントを刻むベース、硬質なのに吸い込まれるような響きをもつスネア、フロア・タムなど、リズム・セクションも抜群の存在感。
シンセサイザーは、ストリングスを思わせつつも、冷たく異質なタッチ。
そして、男性的なヴォイスを活かした骨太のメイン・パートの果てに、管楽器を思わせる摩訶不思議なギター・ソロ。
鋭角的で硬質な音をエレクトロニクスのなめらかなヴェールで包んだ、新時代のプログレだった。
「By The Light Of Day」(4:28)前曲のエンディングからざわめき出す電子音のリフレインが虚空を貫くと、前曲のサビのメロディをスローにしたヴォーカルが入ってくる。
ヴォーカルに絡みつくエレクトリック・ヴァイオリンは、スペイシーな広がりと強い哀感をもつ。
前曲とメロディを共有するも、リズムはさりげなく 5 拍子になっている。
ゆったりサビを繰り返すヴォーカルに応えるように、カラフルにして冷気を帯びたシンセサイザーがオーロラのように美しく歌う。
メカニカルな音色のシンセサイザーが重厚に幕を引いてゆく。
前作と対を成すロマンティックな作品だ。
「Presto Vivace And Reprise」(3:05)ドラムスがフェード・イン、けたたましいシンセサイザーの演奏が飛び込んでくる。
グリッサンドを交えつつスピーディに展開されるシンセサイザー・ソロ。
ここがプレスト・ヴィヴァーチェである。
壮絶な変拍子。
そして 1 曲目のテーマ・リフが劇的にリプライズ。
ヘヴィなギターがヴォーカルを受けて轟き、シンセサイザーのオスティナートと絡み合って壮絶に幕を引く。
ここまで 3 曲は一つの大作を成すと思われる。
男性的なヴォイス、デリケートにしてテクニカル、挑戦的なプレイ、冷ややかでデカダンな音色など、ニューウェーヴ時代に相応しい新しいプログレである。
「Thirty Years」(8:03)
アコースティック・ギターとヨーロッパ的な深みを感じさせるストリングス・シンセサイザーが織り成す叙情的な序章から、ミステリアスなジャズロックへと突き進む作品。
前半は、高潔にして怜悧な美感にあふれる。
中盤からは、変則リズムがドライヴする挑戦的なジャズロック・アンサンブルが、ホールズワースのギターを中心に繰り広げられ、シンフォニックなクライマックスへと雪崩れ込んでゆく。
「Alaska」(4:47)極北の白夜に響き渡るようなシンセサイザーのファンファーレ。
EL&P を思わせる、挑戦的な大上段の構えである。
低音で唸りを上げブラスのような和音が豊かに響く。
大編成オーケストラのような圧倒的スケールだ。
ドラマの幕開けを告げる迫真のオープニングである。
一気にギター、ハモンド・オルガンがせめぎあうエネルギッシュなテーマが走り出す。
キラキラときらめくシンセサイザーとオルガンのたたみかけるようなオスティナート。
そして、堰を切るようなヴォカリーズが迸る。
甦る 「Tarkus」EL&P としかいいようのないスリリングなキーボード・ロック。
それでも、熱気よりもメタリックなクールネスが特色である。
インストゥルメンタル。
「Time To Kill」(4:52)ウェットンの男性的なヴォイスを活かしたメロディアスなアダルト・プログレ。
前曲のエンディングをそのまま引継ぎ走り出す。
演歌っぽいヴォーカルとバランスを取るかのように、技巧的なプレイが随所に散りばめられ、中間部では再びエレクトリック・ヴァイオリンが現れる。
第二作へと直接つながる内容だ。
「Nevermore」(8:10)
ホールズワース/ジョブソンによる本曲は、アコースティック・ギターのイントロやキーボードによる即興にジャズの影響が強く現れた作品である。
シンセサイザーの個性的な音色とけれんみあるリフのおかげで U.K. らしさは出ているが、明らかにカンタベリー風味(ホールズワース入りの NATIONAL HEALTH ?!)があり、本作ではかなりの異色作だろう。
ここから、BRUFORD の第二作へと進んだのは明らかだ。
ヴォーカルは、アルバム・トータルでのイメージということで入れられたと考えられるが、音楽的にはない方がはるかによかった。
「Mental Medication」(7:24)
ジャジーななめらかさとポップ・テイスト、目まぐるしくトリッキーなプレイが入り乱れるジャズロック大作。
演奏はかなり無茶に暴れるが、それでもクールなイメージが強い。
ジョブソンは前半ピアノを用い、後半はヴァイオリンで勝負する。
前曲同様ヴォーカルは多分に付け足しであり、もし入れるならば (陳腐かもしれないが) 、女声スキャットが無難だったであろう。
もっともこういう曲で無理やり歌い込む人がいるために、反発/拮抗が生まれて、その結果パラノイアックな超絶技巧をたたみかけて応酬する U.K. のサウンドができているという気もする。
(EGCD 35)
John Wetton | lead voice, bass |
Eddie Jobson | keyboards, electric violin |
Terry Bozzio | drums, percussion |
79 年発表の第二作「Danger Money」。
音楽的な見地の違いか、ブルフォードとホールズワースが脱退、ドラムスにフランク・ザッパのグループ出身のアメリカ人テリー・ボジオを迎えた。
彼のプレイはいわばクセのないブルフォードといったタイプであり、技巧的にはすさまじいとしかいいようがない。
その後の数々のロック・ドラマーを影響を与えたテクニカル・ドラムスの草分けの一人である。
前半はシュアーなプレイに徹するも、後半では若さにまかせけれん味たっぷりのプレイを見せつける。
(ツアーにも出たが、僚友パトリック・オハーンらとの GROUP 87 とかけもちであったことなどからも分かるように、U.K. の音楽そのものよりも、技巧的な演奏をすることに力点があったようだ)
ギターを欠きキーボード・トリオとなったわけだが、アルバム自体はウェットンのポップなメロディ・センスとジョブソン、ボジオのハイ・テクニックをバランスよく活かしたドラマチックな楽曲の多い秀作となった。
ウェットンの目論見がここでようやく第一段階をクリアし、ASIA への布石ができあがったとも解釈できる。
いわゆるキーボード・トリオによるシンフォニック・ロックとして見ると、EL&P にポリフォニック・シンセサイザーと電子ピアノによるアダルトなサウンド・テイストとコンテンポラリーなポップさを加えたイメージである。
演奏をリードするのは、ポリシンセサイザー、電子ピアノ、ハモンド・オルガンにエレクトリック・ヴァイオリンまでも持ち出すジョブソンだ。
ニュー・ウェーブを見すえた楽曲のキャッチーさとスタイリッシュでデカダンなムード、シンセサイザーのメカニカルなプレイと様式美的変拍子を巧みにブレンドした 2 曲目のような作品には、ウェットンのみならず ROXY MUSIC を経たジョブソンのアイデアも貢献しているに違いない。
また 3 曲目のスリリングなインストゥルメンタルでは、かつてメンバーであったホールズワースのセンスを見事に吸収していることが分かる。
変拍子をドライヴするドラムスがすさまじいプレイを見せる。
さらに 5 曲目は、まさに ASIA へとつながってゆくストレートなハードポップ作品。
さて、全曲キーボードとヴァイオリンがこれでもかと走り回る分けだが、その中でもいわゆる 70 年代プログレッシヴ・ロックらしいオルガンと流麗なシンセサイザー・プレイがフィーチュアされた最終曲「Carrying No Cross」はシーンへの鎮魂歌といえる幻想と哀愁に満ちた大傑作である。
KING CRIMSON の「Starless」や EL&P の「Karn Evil #9」が思い浮かばないファンはいないだろう。
ひょっとすると、PROCOL HARUM の「A Salty Dog」もあるかもしれない。
総じてアップテンポでロックっぽさが強まったことも手伝ってヴォーカルの進境は著しい。
また、ヒプノシスによるジャケット・アートや歌詞などのスタイリッシュな意匠はハードボイルドで男性的なイメージで統一感を目指しているようだ。
「Danger Money」(8:14)重厚かつ神秘的なサウンドだが、男性的なヴォーカルを活かしたハードボイルドなイメージの明快さとシンプルなテーマのおかげで非常にキャッチーに仕上がった傑作。
前作にあった音楽的な美意識を下品にならないようにポップにできるところはウェットンのセンスの賜物だろう。
ヴォーカルの声が軽かったら ROXY MUSIC 風のグラムっぽさが目立ったかもしれない。
変則的なリズムにおいても、あくまでシンプルなビート感を恐ろしく歯切れよくキープするボジオのテクニックにも注目。
キーボードはオルガンがメインであり、ポリフォニック・シンセサイザーは決めどころで用いている。
題名は KING CRIMSON の名曲「Easy Money」を意識しているのだろうか。
「Rendezvous 6:02」(5:00)クールなデカダンスを感じさせるシティ・ポップス風の作品。
エレクトリック・ピアノ(CP80 でしょうか)によるなめらかな変拍子リフが印象的。
ニューウェーヴ入ってます。
ピアノのみならず、妖しげな光沢を放つシンセサイザー・ソロ、ディストーションを効かせたベースによる何気なくも主張あるオブリガート、切れ味鋭いフィル/タム回しなど、聴きどころ満載。
小雨降る夕暮れの外苑東通り、青山交差点辺りでしょうか。
「The Only Thing She Needs」(7:54)
ポリリズミックできわめて技巧的な演奏にジャズ・フィーリングも漂わせて終始躍動するテクニカル・ロックの傑作。
前作の作風をそのままトリオでこなした作品であり、さらにいえばデイヴ・スチュアートとビル・ブルフォードのコンビによる BRUFORD の作風にも通じる作品である。
超絶的な技巧の応酬が緊張と独特な閉塞感をもたらすが歌メロに開放感をもたせてバランスを取る辺りがニクい。
エレクトリック・ヴァイオリンは、前作のホールズワースのギターによく似た華麗なるプレイを見せる。
そして、ドラムスをフィーチュアしているといっていいほどボジオのテクニカルなプレイが続いてゆく。
WEATHER REPORT が EL&P の真似をしている感じです。
ファズ・ベースが導く終盤のアンサンブルはテクノなノリも交えてキーボードプログレの醍醐味というべきハイテンションで緊迫感あふれる展開を見せる。
「Caesar's Palace Blues」(4:44)エレクトリック・ヴァイオリンを大きくフィーチュアし、プログレらしいけれんみあるプレイとキャッチーなヴォーカル・ハーモニーとシンプルで鋭利な変拍子ビートを組み合わせた佳作。
重厚にして軽妙、剛腕にして洒脱。
リードはまちがいなくヴァイオリンだがドラムスはここでも圧巻。
タム回しに思わず息を呑む。
一体感と勢いで押し切る感じ。
「Nothing To Lose」(3:57)シンセサイザーを多用した 80 年代産業ロックの典型というべきハードポップ・チューン。
間奏のヴァイオリンが切ない。
しかしスタイルは完全に ASIA だ。
「Carrying No Cross」(12:19)テクノなシンセサイザー・シーケンス、EL&P 調の大胆なプレイ、正統英国ロック調の幻想的ロマンティシズムなど、相反しそうな要素をみごとに織り上げたプログレ最後の大作。
リック・ウェイクマンを髣髴させるオルガンのプレイなどプログレらしさを思い切り打ち出した作品であり、それゆえに間奏のインストゥルメンタルがモダンさが特徴の本アルバムにおいてはやや古めかしく聴こえてしまう。
メイン・パートは YES の大作に通じるような気がします。
(EGCD 39)